Unpoisoned pineapple(毒入りのりんご)

文字数 1,801文字

たのもう!
お呼びではありませんことよ!
お城を訪ねて来た王妃さまに、淑女さまはけんもほろろな対応でした。
その理由は、夜中に突然押しかけられたせいだけではありません。

女の敵、それは女です。
(無邪気な顔でぬけぬけと……きっと素敵なダーリンの噂を耳にして、どうにかしてやろうという性悪泥棒猫に決まっていますわ)
そなたのところに素晴らしい鏡があると聞いて参ったのじゃ。
(ほうら、やっぱり!)
しかし、淑女さまは落ち着きはらっておりました。

何故なら、ティーンズラブでもハーレクィーンでも、最後に愛を勝ち取るのはいつも淑女なのですから。

乙女ゲーでも悪役令嬢はいつもギャフンという目にあってスゴスゴ退場します。
(淑女は正義、正義は淑女ですのよ! 思い知らせてあげますわ)
なにを恐れることがあるでしょう。
貴女のことはよく存じておりますのよ。
淑女さまは少し意地悪そうに(それでも、ちゃんと上品に)微笑んでみせました。

そして、一通のダイレクトメールを差し出したのです。
「わらわのオナニーを見たい人、この指と~まれ♪」
それは……! そなたの所にまで……!
ホーッホッホッ! 天知る、地知る、人ぞ知るですわね。貴女のいやらしい隠し事など私にはお見通しですのよ!
なんと……!
さあ、恥ずかしいでしょう? いたたまれないでしょう? お引き取りなさいな。
見てはくれぬのかえ?
なっ……じょ、冗談じゃありませんわ!
てっきり、王妃さまが泣き出してスゴスゴと逃げ帰るものと思っていた淑女さまは、予想外の反応につい取り乱してしまいました。

淑女さまはこういう品性下劣なことが、とてもとても大嫌いなタチなのです。
(そういうのもアリかと少し思ったのじゃが……残念だのう)
そして、貴女は探求心が前向きすぎます。

そーいうの……激怒する人だっているんですからね!
なんですか、はしたない! 恥知らずな……! 慎みというものはありませんの!?
ほーら。

王妃さまは激しい罵倒を浴びせられてしまいました。

罵られるのは割とイケる口の王妃様でしたが、それはイケメンな殿方に限ります。女の人に罵られてもムカッとするだけ。
その言いよう、ちと口が過ぎるのではないか? カチンときたぞよ。
こうなったら売り言葉に買い言葉です。女同士の戦闘開始です。

王妃さまは堂々と肩をそびやかして威厳を正すと、カッコ良く啖呵を切りました。
オナニーのどこがはしたないというのじゃ!
はしたないでしょう!
恥知らずなどと、よくもいいがかりを!
何がいいがかりですの、常識的に考えて!
オナニーと慎みになんの関係があるというのじゃ!
大ありですわ!
……どうじゃ、まいったか!
どうしてそうなるんですの!
完全論破されたクセに何故か完全論破した感じの王妃さまに、淑女さまは呆れて口もきけませんでした。

これは価値観の違いですね。
ふたりは決して交わらない平行線なのです。

ところが……。
まあよい。わらわもちと言葉が過ぎた。
仲直りをしようぞえ。これは心ばかりの品じゃ。どうか受け取ってたもれ。
王妃様は突然態度を変えると、そう言って姫君にパイナップルをお渡しになりました。
それでは、出直して参る!
そうして、そそくさとお帰りになったのです。
……。
怪しい……このパイナップル、毒でも盛ってあるのではないかしら?
淑女さまは手の中に残されたパイナップルを疑い深くじっと見つめました。

賢いですね。
しかし、もっと警戒すべきだったのです。

それは毒などという甘っちょろいものではありませんでした。
どりゃあああああ!
突然、パイナップルが淑女さまの形の良い下顎めがけてジャンプし、それは見事な頭突きを食らわせたのです。
きゃふぅーっ!
脳震盪を起こした淑女さまがその場に昏倒すると、身を隠していた茂みから王妃さまが姿を現しました。
よくやった。なかなかの首尾じゃ。褒めてつかわす。
犯罪ですよ、これ。
まさしく計画的犯行でした。

諫めるパイナップルですが、王妃様は聞く耳を持ちません。
やむを得ぬ……わらわはどうしても、魔法の鏡とやらが見たいのじゃ。
全ては新しいオナニーの開発のため。
許せよ。
よく、女の人の下着を何枚も泥棒して捕まる男の人がいますが、きっとこんな心境なのかもしれませんね。
王妃様もいつか捕まるんじゃ……
なにか申したか?
いいえ、別に。
やる気マンマンのそのお姿に、心配するのが少しばかり遅かったと悟ったパイナップルでした。
さて、鏡はどこにあるのかのう……?
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登場人物紹介

王妃様

小さな星でひとり暮し。

パイナップル

頼んだ憶えはないのに届いた。

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