第14話 闇揚げ

文字数 4,194文字

 
 今回は、食材の話ではない。
 いや、食材は出てくるのだが、少々多岐にわたるので、料理法? でひとまとめにさせていただいた。料理法というよりは、ゲームと表現した方が正しいかも知れない。しかも美味とはほど遠い話である。

 俺達が初めてこの『闇揚げ』というゲームを開発したのは、とある漁港で野営した時であった。
 その日は、釣り同好会のメンバーで、年に一度の釣り大会をやったのだが、まるで釣れず、全員腐っていた。
 秋風の吹く休日であった。いろんな釣りモノが端境期で、条件は良くなかったものの、あまり釣り人も来ない田舎の漁港である。サビキを出せば、小アジくらいは釣れるだろう、とタカをくくっていたのだが、数人がかりでほぼ釣果ゼロ。セグロイワシとおぼしき小魚が、数匹掛かったのみであった。
 ルアー、投げ釣り、底釣り、穴釣り、撒き餌釣り、サビキ、サビキに餌を付けての反則釣りまでやったが、何も釣れない。粘っているうちに、宿を取ることもしないままで夜を迎えてしまい、仕方なくそのまま漁港で夜を明かそうということになった。
 まだ空気には夏の匂いの残る、暖かい時期であったから、テントも張らず、寝袋シュラフだけでの、まさに野営である。とりあえず酒と食料を買い込むべく町へ繰り出したが、所詮、寂れた漁村の商店。ロクなものが置いていない。あったものは菓子スナック類とビールが少々。それどころかコンビニさえも見つからず、主食類は無し。
 宴会だか夕食だか分からない食事を始めたものの、夜も八時近くになると、少なかったつまみは完全になくなり、大量に持って来ていた酒だけをあおりながら、俺達は更に腐っていった。
 捕らぬタヌキの皮算用で、小アジが大漁になった時のことを考え、カセットコンロと鍋、サラダ油は大量に持ってきていたのが、むしろ腹立たしい。
「こんな鍋や油なんかあっても、揚げるモノがなけりゃ、なんにもならんだろうが!!
「何も釣れねえヘボなお前らが悪いんじゃねえか!!
「釣れないのはウデじゃねえ。この海には魚がいないんだよ!!
「……では、試してみましょう」
 白熱する罵り合いのさなか、真っ赤な顔で一人ふらっと立ち上がったのは、メガネを掛けた背の高い後輩である。
 この男。九州でスッポンを食った時に、同行していたうちの一人だ。
 ひょろっとしている割にパワフルで、漁具の扱いがメチャクチャ上手い。
 タモ網はもちろん、叉手網も見事に使いこなし、九州の採集旅行では、珍しい魚を何種類も捕獲して見せてくれた。
 今回も釣り大会だというのに、そいつは何故か『投網』を用意してきていたのである。
 厳密に言えば、漁業法違反なのであろう。
 そいつは、ふらふらと防波堤まで行くと、暗い海面に向けて投網を投げた。
 実際に投げてみれば分かるが、投網を遠くまで、広範囲に広げつつ投げるには、熟練の技を必要とする。
 失敗すると、団子になって飛んだり、開かずに線状になったりしてしまい、そうなるとむろん、まったく魚は捕れない。
 だが、酔っていてもそいつは見事に投網を放った。美しい円を形作って、投網の錘が着水する。
 海底に網が着底するまで数十秒。
 それだけの間待って、やおら引き上げた投網には、なんとスズキの子……いわゆるフッコ級のスズキが二匹も掛かっていたのである。
「ほう。魚はいるようですな? 釣れないのは、やはり、ウデのせいでしょうなあ……」
 ぼそり、とソイツが呟く。
 何か言い返したかったが、たった一投で獲物をゲットした彼の前では、何を言っても負け惜しみだ。
「くっ……何にせよ、つまみが出来た。さっさとソイツをさばいて揚げようぜ?」
「何を仰いますやら。これは、私が捕った魚。つまり、私が食べるのですよ?」
 投網男は平然と言ってのけた。
 これは意地悪、ではない。この時、俺達の釣り同好会には鉄の掟があったのだ。
 それは、「責任食い制度」である。
 ルールは単純。釣った魚は、自分で食わねばならない。のだ。
 それは、毒魚以外のすべてに適用され、無事にリリース、もしくは飼育する場合にはこの限りではない。命を無駄にしてはならない、無駄に苦しめない、それが理念であったのだ。
 淡水であれば、タナゴやウグイ、オイカワ、フナ、ドンコ。海水魚なら、ゴンズイ、ハオコゼ、ウツボ、などなど、普通の釣り師ならまず食わない、マナーの悪い連中だと堤防上にうっちゃっておくような魚でも、俺達は食った。
 たとえ猫が敬遠する魚でも、もし殺してしまったら食わねばならない、のであった。
 カワムツを食いたくないがために、飲ませすぎた針を、魚体に触らぬよう必要以上に丁寧に外し、リリースする。針外しに手間取り、結局弱らせてしまったバケツの中のハオコゼに、必死で声援を送る。瀕死のフナを挟んで、これは助かる、助からない、の議論を繰り広げる。
 我々の同好会では、これらの光景が日常であった。
 そして、逆に言えば、捕った魚は捕獲者に食べる権利が生ずる、ということにもなる。
 大物や美味な魚を、皆に食わせずに持ち帰るための口実としても、この「責任食い制度」は機能していたのであった。
「貴様!! 皆が飢えているというのに、お前は一人でスズキを食って、それで楽しいのか!?」
「楽しいですとも。皆のあさましい顔を見ながら食べるスズキは至上の美味。悔しかったら、あなたも魚をお捕りなさい」
 投網後輩は、過去、この責任食い制度のおかげで『富栄養化した阿寒湖の真夏のウグイ』という、激烈にまずい魚を食わされているため、引き下がらない。
「ちょっと待て」
 口を挟んできたのは「ハクレンに引きずり込まれそうになった後輩」である。
「たしかに彼の言うことにも一理ある。このスズキ、全員で食うには小さすぎます。そこで……どうでしょう? 全員でこれ以外の食材をかき集めてみては?」
「ええっ!? ここでか!?」
 食材をかき集める、と簡単に言うが、磯や山中ならまだしも、夜中の漁港は一面のコンクリ。草すら大して生えてない上に、暗闇の岸壁はかなり危険そうだ。
 俺は尻込みしたが、ハクレン後輩の目は本気だ。
「こうしましょう。鍋に油を沸かしておきます。で、集合時間を決めて、全員が散る。毒のあるもの以外は、何でもいい。一人一種ずつ捕獲して来るのです。そして、それをすべて揚げる。全員でジャンケンをして、勝った者から選んで食う」
「もし、何も捕獲できなかったら?」
「ソイツは食う権利を失う、もしくは、最後に残ったモノを食ってもらう」
「……面白そうだな。やるか」
 要は、美味いモノを採ってきて、ジャンケンに勝てばよいのだ。ハクレン後輩のルール説明の間に、俺もその気になってきた。
 人数は七、八人だったように思う。
 ハクレン後輩の合図と同時に、酔っぱらいの集団は闇に散った。
 そして、集合時間。
「お前ら……本気か」
 集まった食材? は、確かに毒ではなかったのだが……。
 エンマコオロギ、ショウリョウバッタ、エノコログサ、イソガニ、フナムシ、ムラサキイガイ、などなど。
 ちなみに俺はイソガニ。まあ、イソガニは揚げれば普通に美味い。だが、それ以外はたしかに毒ではない、というだけで誰も食ったことがない。エノコログサの穂など、飲み込めるかどうかも怪しいし……こともあろうにフナムシ。いくらなんでもキツイ。むろん、どれもスズキと釣り合うモノではない。
 だが、投網後輩もこの時点でかなりノッていた。
 コオロギや草と、自分のスズキが同列にジャンケンの対象になるのを、面白がっていたのである。
 で、結局、投網後輩はショウリョウバッタを食うことになった。
「うわ!! 苦えええ!!
 漁港の闇に投網後輩の声が響く。
 どうやらショウリョウバッタはかなり『苦い』らしい。
 俺の当たったのはエンマコオロギ。
 だが、これは意外にも旨かった。揚げすぎたせいか、少しシャリシャリしていたが、しっかりした旨味もあり、苦みはない。充分酒の肴になり得る一品であった。
 それから、俺達は何度か闇に散った。まずいモノに当たったヤツは気持ちが治まらなかったし、旨いモノに当たったヤツは、面白いモノが食えなくて少し残念な気持ちになったからだ。
 結局、俺もフナムシ、ショウリョウバッタ、クローバー、イソガニなど、色んな得体の知れないモノの素揚げを食った。
 フナムシは、防波堤上で釣り人の捨てたオキアミを食っていたせいか、強烈な腐ったオキアミの臭いがした。ショウリョウバッタは確かに苦いが、食えないほどではない。クローバーは揚げすぎで味がなかった。
 他にも色々食った気がするが、後半は酔っていてよく覚えていない。
 せっかくのスズキは、いまいち人気がなかった。
 たぶん、「当たり前すぎて面白くなかった」からであろう。

 その後も、山中などで何度か闇揚げをやった。
 深山でやった時は、異常にでかいミツバを丸ごと揚げて食ったり、タモ網持って渓流に飛び込み、岩の隙間で寝ているイワナを捕ってくる剛の者がいたりして、なかなか盛り上がったものである。
 まあ、これを読んでやってみようって人は、まずいないだろうが、この『闇揚げ』をやる場合の注意点をいくつか。
 まず、生で食わず、闇鍋でもなく、油で揚げるってのが一番のミソ。
 シスト状態の寄生虫は、種類によっては水の沸点くらいでは、死なないらしいのだ。つまり、百度を越える油で揚げれば完全消毒され、何を食っても割と安心できるのである。
 次に、生物知識がそこそこ無いと、このゲームはやってはいけない。
 言うまでもなく、毒草や毒魚、毒キノコを持ってきてしまう可能性があるのだ。
 山では、ハシリドコロやドクゼリ、トリカブトなどの猛毒植物がある。海の場合にも、ツムギハゼやマンジュウガニなど、小さくても人を殺せる猛毒持ちがけっこういる。ましてや、酔ってやる場合には、何を採ってくるか分かったものではない。
 少なくとも、一人。現地の生物相を把握している専門家がいないと、このゲームは危険である。
 最後に。無駄に殺さないようにしよう。
 我々は、捕ったモノ、殺したモノはすべて食った。
 バッタやフナムシは正直きつかったが、殺した以上は責任をとらねばならぬ。それが出来ないなら、このゲームは行わないでいただきたい。


 ……………………って、誰もやらんか(笑)
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