第6話 アケビ

文字数 2,820文字

 アケビは美味い。と人に言うと、あまり肯定的な反応は返ってこない。
 自然豊かだった昔は、子供にとって重要なおやつであったらしいし、最近ではシーズンになるといい値段で市販されていたりもするのだが、好き、という人にはついぞ会ったことがない。
 とかく「種が多い」「食べるところが少ない」「香りも酸味もなく、甘さしかない」などと言われがちで、それほどまでの価値はない、とする人が多いように思う。
 実際、俺自身もそう思う。あの、甘い部分に関しては。
 だが、アケビは美味いのである。何故なら本当に美味いのは、あの部分ではなく、皮の部分なのだから。
 皮が食える、というと妙な顔をする人も多い。
 実際、あんな部分が食えると知っている人は少ないし、いい色合いだからと、試しにちょっと囓ってみると強烈に苦い。
 だが、実はこの皮、料理すると絶品なのである。コレを知ったのはやはり大学寮にいる頃であった。
 自然豊かなT大学。
 この構内には、ため池があり、キノコが生えるというだけではない。様々な木の実もまた豊富に実った。たくさん実を付けるアケビのツルは、カモが塒(ねぐら)にしている、とある池の畔(ほとり)の松の木に巻き付いていた。
 野鳥を見るサークルに入っていた俺は、先輩達に連れられ、カモを見に行った時に、双眼鏡でそれを発見したのだ。
 コガモ、カルガモ、オナガガモ、ハシビロガモ、ヒドリガモ……どれも似たような色味、似たような体型のカモ達。
 先輩方はその中から、更に別の種類を神業のごとく見つけ出していく。
「お!! すごいぞ!! キンクロハジロだ!!
 なんて言われても、当時の俺には何が凄いのかサッパリ分からなかった。
 地味で単調な作業に完全に飽きた俺は、先輩方とは全く違う方向を見ていたのだ。
 カモ以外の鳥でもいないかな……なんて梢のあたりを見るともなしに眺めていると、紫色に色づいたアケビの実が目に飛び込んできた。そのあたりの木々にツルが巻き付いているらしく、ざっと見ただけでも十数個はぶら下がっている。
 こんな美味そうなモンを放っておくワケにはいくまい。
 協調性のない俺は双眼鏡を放り出し、とっととグループから抜け出して早速木に登り始めた。
 アケビは地上十メートルくらいのところに多数実っていた。喜んでツルを引き寄せた俺は、その中身を見て、唖然とした。
 「中身がない」のである。パックリ開いたアケビの実は、とっくに小鳥たちの餌になっていたのだ。
 だが、下では俺の奇行に気がついたサークルの先輩や仲間達が、期待を込めた目で俺を見上げている。もはや手ぶらで下りるわけにはいかない状況だ。俺は、仕方なく中身のないアケビの実を持って下へ降りた。
 空っぽの実にみんな落胆するかと思いきや、意外に喜んだ。
 もともと自然と生き物の好きな人間ばかり。俺と違って、べつに食欲でアケビを待っていたわけではなかったのだ。
 植物に詳しい先輩に、それがいわゆる和名「アケビ」ではなく「ミツバアケビ」であることを聞き、まあ、記念に、ということで俺はその皮を二、三個持ち帰ったのであった。
 寮に帰った俺は、ハタケシメジの時に購入した山菜とキノコの本で、アケビの項を確認することにした。
 すると、何々……ほほう、アケビもミツバアケビも扱いは同じで良い。ムベなんて常緑の種類もある……なんと新芽も食えるのか。……って……何いい!? 油炒めだってえ!?
 この本。カラーページに、料理の事例が掲載されているのだが、そこにはあの実の形そのままに、フライパンで茶色に焼き上げられたアケビの実の姿が!!
 その本によると、どうやらあの、綿状のもので包まれた甘い種の部分は、あくまで子供のおやつに過ぎず、山菜として美味いのは皮の部分であるというのだ。
 こいつはラッキー。俺は皮を持ち帰っているではないか。
 ということで、レシピを確認して料理に掛かった。
 どうやら、この料理のポイントは「挽肉」と「マイタケ」であるようだ。
 まず、挽肉を炒めて味噌で味を付ける。ここにきざんだマイタケを投入して混ぜ合わせ、あんを作る。これをアケビの皮に詰め、そのままギョーザのように焼き上げる、という手順だ。
 みそ味の挽肉あんを作るのは簡単だったが、アケビの皮は、ナスビのように空気を含んでいて火が通りにくい。今なら酒なんかの水分を加えて落とし蓋をし、じっくり焼けばいいくらいのことは分かるのだが、当時はそんなことは知りもしない。バカ正直にそのまま焼いたので、かなり時間がかかった。しかも、例によって器具は電磁調理器。ようやく焼き上がった時には、味噌挽肉はアケビから漏れ出し、ただの炒め物状態になっていた。
 こんなんだったら、最初からアケビの皮もきざんで混ぜちゃえば良かったか……などと考えながら食べてみると……「美味い」
 特に香りや旨味があるわけではないのだが、歯触りとほのかな苦み。そこにマイタケの香りと挽肉の旨味が重なって、それはもう、えもいわれぬ美味であった。
 それから病みつきになった俺は、例のカモの池に通ってアケビを採り尽くした。やりすぎ、という批判もあろうが、小鳥たちの餌になる部分はすべて食べられた後だったのだから、その辺、自然界への影響は少なかったのではないか。
 その後も秋になると、山林でアケビを見つけては、この「アケビの皮料理」を楽しんだ。中身を鳥などにやられていても無問題、という点がこの料理の良いところではある。

 さて、この話を読んで、万一「アケビの皮を食べてみよう」と思われた方には、一つ注意していただきたい点がある。
 後日、一人このアケビ料理で夕飯を食っていたところ、友人が訪ねてきた。
 俺の食べている得体の知れない料理に興味を示した友人は、味見をしたのであるが「苦~い!!」と叫んで、それ以上口にしようとはしなかったのである。
 俺にとっては、ほのかな苦みが絶妙な、まことに美味な食材だったのだが、彼にとっては耐え難い苦みだったようだ。
 気になった俺は、他の友人達にも試してもらったのだが、どうやら、とても食えないほどの苦みと感じる者と、そうでない者がいるようだった。
 慣れや好みもあるのだろうが、どうもこのアケビの皮の「苦み」というヤツは、感じ方に個人差があるようだ。まあ、そんな理由であんまり一般的ではないのかも知れない。
 口に合えば絶品。合わなければ地獄。その辺、覚悟の上でお試しいただけるとありがたい。
 まあ幸いなことに、この詰め物の「挽肉とマイタケの味噌炒め」は、アケビの皮抜きでも、そのままご飯のおかずに最適だし、ナスやピーマンに詰めても美味い。
 だから、味噌挽肉が無駄になることはないし、とりあえず採ってきて料理してみて、口に合えばその後は、安心して食えばいいだけのこと。もし、耐え難い苦みと感じたなら、アケビの皮は諦めて、味噌挽肉をピーマンかナスに詰めて食えばよいのである。




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