第27話 ウナギ2

文字数 2,957文字

 さて、今回は怪談ではない。
 ちゃんとウナギの話である。とはいえついに絶滅危惧IB類となってしまったウナギ。
 絶滅危惧IB類、といえば、アカメ、カワバタモロコ、ネコギギなんかと同レベルということで、どれも超絶珍しい魚である。どのくらい珍しいかというと、日本産淡水魚採集を趣味にして一生続けていたとしても、運が悪ければ一生出会わないかも知れないレベル、といえば分かるだろうか。
 かくいう俺も、長年、日本各地でタモ網を振り続けているが、絶滅危惧IB類の魚に出会った経験は数えるほどしかない。ホトケドジョウとイシドジョウ、あとタナゴくらいであろうか。
 ウナギまでもが絶滅危惧IB類とは、あまりにも残念なことであるが、俺がウナギ釣りに燃えていた頃は、割とどこにでもいた魚だったのだ。

 さて。
 K川でチビウナギを捕った翌年の夏。
 伊豆にある、大学の実験施設で単位取得できる実習があった。発生学実習である。
 具体的には、自分で捕ったウニのオスとメスを見分け、人工授精して卵割つまり、細胞分裂の様子を見たり、カイメンをすりつぶして、その組織の再生を観察したり、といった、海洋に面した施設ならではの実験を行うのだ。
 面白そうな実習であるので、参加人数も多かった。
 たしか、同じ学年の連中が殆ど参加したのではなかったか。
 もちろん、俺は実習も楽しみだったのだが、参加者の中に片思いの女の子がいたので、それはもう楽しみにしていたのだ。
 当時、俺は今にもましてバカであった。
 どんな男性が好きか、という相手の気持ちを考えるよりも、自分はこんなにもすごいヤツだぞ、というとこを見せたくて仕方なかったのだ。
 まだ実習が始まる前に到着した俺は、どうやってアピールしようか、と考えながら海岸を歩いていた。すると、実習所脇を小さな流れが海に注いでいるのに気がついた。
 ところどころに水の溜まった場所はあるものの、水深はほぼゼロに等しい細流。
 普通のヤツなら見逃す。っていうか、知らない奴には、ほとんどまともな生物など、いなさそうに見える場所。
 だが、西表島での経験で、海に近いそういう川には、けっこう面白いものがいることを俺は知っていた。
 海にいながら、淡水を必要とするヤツら。
 川に住みながら、海での生活期を持つヤツら。
 遡上能力が高く、浸透圧耐性も強く、海水でも淡水でもけっこう平気な顔で生きている。
 そういう連中にとって、捕食者である大型魚が住めない細流は、いわば天国なのだ。
 例えばモクズガニ、テナガエビ、ヌマエビ類、ボウズハゼ類、汽水性の貝、そしてウナギ。
 西表島ならオオウナギがいるところだが、ここは伊豆。可能性があるとすれば、ウナギだろう。と、目星を付けた。
 俺はやおら車に戻ると、常備してある釣り具の中からウナギ針セットを取り出した。
 二泊三日の最終日の夜、つまり明日の夜は合同宴会。
 その時までに、ウナギをゲットするのである。それには、今日のウチに針を仕掛けておく必要があった。
 ウナギを上手に料理して、その宴会で提供すれば……絶対に目立つ。
 目立てば、彼女に注目して貰える可能性も増える。その程度の浅薄な考えであった。
 今であれば、そんなヒマがあったらまじめに実習やって、頭の冴えで目立った方が、何倍もマシなことくらいは分かる。
 もし本筋と違う線で攻めるなら、女性の喜びそうな貝殻や、可愛い稚魚を見つけて、さりげなく話題にして近づくとか、夕日を見に誘うとかした方がいいし、どうせ夜の宴会に提供するなら、ワインやオシャレなケーキの方がいいことも分かる。
 だが、よりによってウナギ。
 服装もままならない汚い男が、どぶ川みたいな小さい川でウナギを捕って食わせるって……普通の女性ならどん引きだ。
 しかし、当時の俺は、そんなことは思い至らなかった。まあ、目立つヤツだったのであろうと思う。悪い意味で。
 仕掛けた翌朝。つまり、その日の夜が宴会、という日。
 ウナギの置き針には、見込み通り、三匹ものウナギが掛かっていた。細流であることもあってか、比較的小さいウナギだったが、以前K川で捕ったヤツよりはかなりでかい。
 まあ、既に死んでいたので、小さいからといって放流するわけにもいかなかったのであるが。
 ウナギの置き針ではよくあることだが、三匹とも釣り糸テグスで自分を縛り上げて死んでいたのである。ウナギは針に掛かると、自分の体を巻き付けて引っ張り、糸を切ろうとする。
 糸の方が弱ければ、ブッツリ切られる。これがオオウナギなら、相当の太さのナイロンテグスでも切ってしまう。だからハリスにはワイヤーを使う。
 だが、本州のウナギにはそこまでのパワーはない。しかも太めのハリスにしていたので、哀れウナギたちは糸を切れずに、自分で自分に巻き付いたまま、絶命していたのであった。
 可哀想なことではあるが、どうせ食べるために殺すのである。むしろ、生きたまま目打ちされ、のたうちながらさばかれるよりは、ナンボかマシ、というところではないだろうか。
 さて、どうやって裂くか、という時になって、ようやく俺は包丁もまな板もないことに気づいた。ほんとに、とことんバカであった。
 しかたなく、食堂の調理室へ借りに行ったのだが、そこで思わぬ展開となってしまった。
 ウナギ三匹をぶらぶらとぶら下げて食堂へ向かう途中、行き会ったのは、なんと教授。
「おい君、何持ってんの?」
「あ、はあ、ウナギっす。そこの川で捕ったんで……」
「ほほう!! あんなところにウナギがねえ。で、それ、食べるんだろ? 俺がさばき方を教えてあげよう!!
 え? いやいや、別にさばいたの初めてじゃないし、ウナギくらい余裕でさばけるし。っていうか、俺の見せ場無くなっちゃうじゃん。
 とは、言えなかった。
 俺の見せ場のはずだった料理シーンは、急遽、教授のウナギさばきショーへ。
 しかも……ウナギが小さかったとか言って、少し失敗。骨に身を付けすぎだっつーの。
 まあ、焼き、味付け、タレ作りは俺がやったが、教授がヒーロー。
 俺の影は一気に薄くなった。
 なにより……その時、片思いの子を見ているウチに、気づいちまったんだな。その子の好きなヤツに。
 用もなくソイツに近づいたり、他の女子としゃべる姿をじっと見ていたり、実習室に最後に残っていないか、確認に来たり。
 俺のウナギなんか見ちゃいねえ。まあ、普通の女子なら当たり前だが。
 自棄になって、友人や先輩を焚き付け、宴会はバカみたいに盛り上げたが、盛り上げすぎて、教授に全員しこたま怒られた。
 その時、一人フォローに回ってくれたのもその子だった。
 いや、俺のフォローってわけじゃないよ。全員のためのフォロー。それもたった一人で。とてもいい子なのだと再認識して、更に落ち込む。
 しかも、その夜……突然、おふくろから泣き声で電話が掛かってきた。
 携帯なんか普及してない頃だから、わざわざ職員室呼び出しで。何事かと思ったら、親父が不治の病だって言って泣くわけ。
 なんだか、この実習、俺的には不幸のトリプルパンチであった。
 結局、それから親父は割と元気に十五年も生きるわけだが、失恋もウナギも取り返せたわけではない。

 ああ、そん時のウナギの味?
 全ッ然、覚えちゃいねえ。
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