第67話 呪い人形の壊し方

文字数 4,090文字

 斬る、といっても相手は触れるだけで朽ちるウィッカーマンだ。この世界に現存する中でも、恐らくもっともたちの悪い種類の呪術。
 ヒルダに頑張ってもらうにしても、できるだけ装甲を剥いでおきたい。
「ハインツ、聖霊符の即時発動は可能か?」
「そちらなら、何とか。だが、これはあくまで初歩的な魔法だ。この森の中ではさらに威力は落ちる。あれの腹に穴を空けるのは難しいだろう」
「なら、付与魔法ならどうだ?」
「……なるほど。それならば待たせはしないよ。加護を少しばかり貸し出すだけだからね」
 女神の加護があれば、多少なりとも呪い避けはできる。そしてヒルダが攻撃できる隙さえできれば、相手は木の枝だ。攻撃さえ通れば、ハインツの聖霊魔法も効果を発揮できるだろう。
 つまり、呪術部分を一時的にでも無効化すれば、物理で殴れるということである。
「テオ、矢の残りはまだたくさんあるか?」
「へっ? ありますけど、この状況で役に立たなくないすか、俺!」
 テオはあからさまに遠巻きで、あからさまに逃げ腰である。当然といえば当然の反応。しかし、ここで逃げられても困る。クロイツァが逃がしてくれるとも思えない。
「いや、むしろ君が重要だ。ハインツ、テオの矢に女神の加護を。そしてテオはそれをなるべく、ウィッカーマンの腹を囲むように円状に矢を当ててくれ」
「何気なくすごい事細かに、めちゃくちゃな無茶振りしてきますね!?
 とは言いつつも、一人一段と遠くへと逃げていた彼は素直に戻ってきた。
「君の弓の腕前だけは信用している」
「だけって。ちょっとくらい他のとこも信じてくれていいんですよ?」
「それで、できるのか?」
「さらっと無視しないでください。できなくてもやれっていうやつですよね」
 テオは、まだ英雄には程遠い小さな弓の名手は、それでも弓を手に取る。
「この距離なら当たります。竜の目よりは簡単です」
「君は土壇場になると度胸が座るな」
「今からあれに突っ込んで行こうとしてるアローさんだけには、言われたくないやつです」
 ハインツがテオの持つ矢に付与魔法をかけていく。ついでにヒルダの魔法剣と、ヒルダ自身にも。
「お兄様、私はどういましましょう」
「テオの矢で呪いを弱めたところに、加護付きのヒルダに切りかかってもらう。そして、ハインツの即時発動できる聖霊魔法だ。ここまでやればさすがに腹に穴が開く。その後はミステル、なるべく多くの悪霊をあいつの中から引きずり出す」
「なるほど、そこからはガンドライドと同じ戦法ですね」
 悪霊を閉じ込めているのは、呪詛のこめて木の枝で編まれた人形。
 逆に言えば、人形部分を壊せば多少は呪詛が弱まる。中に詰まっている悪霊の一部も開放される。
 ミステルの死霊術で多少なりともこちらの制御下におくことができれば、また少しウィッカーマンは弱体化するだろう。ガンドライドの時ほど素直な霊たちではないだろうから、冥府への道を開くことを条件にしても恐らく完全にこちら側に寝返らせることはできないが、少なくとも足止めできる。
 核をどうにかしなければ、完全に倒すことは難しい。そこからはアローの勝負だ。
「僕が必ず核を見つけてくる」
 竜鋼の首飾りを握りしめて、アローは頷いた。
「テオ、上手くいったら借金半額にするぞ」
「マジですか。絶対当てます。任せてください」
 なにやら振り切ったように矢をつがえるテオ。何というか、とことんチョロい。
 だが、今はそのチョロさが心強くもある。何せ彼は竜も射抜く弓の名手なのだから。
「ヒルダ、行けるか?」
「アローは自分の心配して」
 ヒルダは一定の距離をとりつつ、剣の間合いを図ろうとしている。彼女も彼女で、一度振り切れてしまうと強い。
「お兄様、大丈夫です、やれます」
「わかった。それじゃあテオ、思い切りやってくれ」
「了解です!」
 すでに闇が濃くなった森の中、ウィッカーマンの纏う煉獄の火だけが明々と辺りを照らす。
「これだけ目立つ的なら余裕ですよっ」
 言葉に違わず、テオの放った矢は女神フライアの加護を帯びて、青白い軌跡を描きながら次々と飛んでいく。
 それぞれが違うことなくウィッカーマンの腹を囲むように突き立てられていく。
「行くわ」
 テオが十本目の矢を放ったのと同時に、ヒルダが地を蹴る。
 夜行性の獣のように早く、しなやかに彼女は音もなく森を駆けた。テオの矢と同じく、女神の加護の燐光が彼女の動きに添って闇の中に散る。
 彼女の剣がウィッカーマンに届くか届かないか、その瞬間に。
「フライアの加護をここに!」
 ハインツの聖霊魔法が放たれる。
 ヒルダの剣撃がウィッカーマンの腹を裂いて、そして彼女が横に転がって避けた一瞬後に聖霊魔法の光がその腹を穿つ。
 呪いが届く前にヒルダが駆け戻り、聖霊魔法の光が弱まったその一瞬。
 アローもまた、走る。途中、すれ違ったヒルダと片手で手を叩き合って。
「死なないで!」
「ああ!」
 まっすぐに走る。彼女の声に、返事だけをして決して振り向かない。
「誰だって、死ぬのは嫌だからな!」
 アローの背を見送り、ヒルダが戻ってくるのを確認してミステルは手を掲げる。
「さぁ、木偶人形の腹の中をかき回して差し上げましょう。踊りましょう。《()》と共に!」
 ウィッカーマンの中から溢れ出た呪いが、悪霊の怨念がアローには目もくれず、死霊によって冥府とこの場を繋ぐミステルへと向かう。現状では一番無力であろうアローよりも、より強い魔力を持つミステルを敵とみなしたのかもしれない。
(頼んだぞ)
 アローは振り切って走った。
 一方ミステルの方は、アローばかりを注視するわけにもいかなくなっている。引きつけておく、ということは一番表に立っているということだ。
「怖い顔をなさらないで、もっと楽しく踊ってくださいね」
 ミステルの死霊術によって呼び出された死霊達が、暗い森の中でも更に闇を煮詰めたかのようなその悪霊とぶつかりあっていく。
「援護しよう。ただの悪霊ごときならば、敵ではない。……フライアの加護をここに!」
 ハインツの聖霊魔法が悪霊の一部を灼き尽くした。
「お、俺もまだ矢はありますからね!」
「もう、みんなミステルくらい綺麗な外見していてくれたらいいのに!」
 テオとヒルダが、それぞれ矢と剣を持って溢れ出てきた悪霊を迎え撃つ。
「さぁ、もっともっと楽しく踊ってください。戻らせはしませんよ。あんな呪い人形のことなんて忘れるくらいに激しく踊っていってくださいね」
 くるくると歌うように語りながら踊るミステルの傍らで、ヒルダがそれこそ剣舞のように動きに闇色の悪霊を切り裂いていく。
「私としては、もっとか弱き乙女と踊りたいのだがね」
 軽口を叩きながらも、ハインツは悪霊を聖霊魔法でどんどんなぎ払っていく。
 多少の討ち漏らしがあっても構わない。テオの弓が着実に仕留めていくからだ。
 この場にいる誰も、この戦いに何の意味があるのかを知らない。一人ウィッカーマンに向かっていくアローですら、はっきりとは知らない。
 アローに与えられたクロイツァの試練には何の関係もない、ただ巻き込まれただけといえばそれまでの者たちが、戦っている。
「ミステルさんとの仲を認めてもらうまで、アローさんに死なれたら困るんで!」
「たとえお兄様が認めても、私の方はジャリガキのことを認めませんが、貴方の弓の腕だけは買います」
「本当にアローさんもミステルさんも、弓の腕前以外をちょっとくらい買ってくださいよ!?
「君たちは余裕だな」
 テオとミステルのやりとりに苦笑いをしつつ、ハインツは聖霊符を取り出す。
「まぁ、私もここでアロー君に死なれては困るのだ。大人の事情というものだな。……フライアの加護をここに!」
「カーテ司祭も随分ご余裕のようで」
「ヒルダ嬢ほどではないよ。それと、言っておくが別に大人の事情抜きでもアロー君に死んで欲しいわけでもない」
「それは、当然、です!」
 ハインツが聖霊魔法を放つ傍らで、討ち漏らしの悪霊三体をヒルダの剣が切り裂く。
「誰だって、たとえ無関係な人だって、死んで欲しいわけじゃない。それがよく知る人ならなおさら。死にたくない、死なせたくない、そんなの何も特別なことじゃないわ。別に理由なんていらない」
「さすが戦女神様は眩しいことを言う」
「バカなこと言ってないでください、司祭様」
 ただ、死んでほしくない。
 それが打算ゆえでも、秘めた思惑ゆえでも、思慕の心からでも。それでもいい。どんな理由でも、利害が一致すれば人は戦える。
「私はアローを死なせない」



 悪霊の群れを振り切って、アローはウィッカーマンの元にたどり着いた。
 腹に大きく穴を穿たれて、歪な呪い人形はのろのらとこちらに首をもたげる。
 腹の中から呪詛と悪霊を吐き出しながら、それでも明々と燃える煉獄の炎をまとったまま。
「邪魔をするぞ」
 ウィッカーマンの穴の中によじ登ると、狭い木の枝の檻の中に潜り込んだ。
 中はぬかるみに満ちている。むせかえるような死臭が、腐肉の臭いが立ち込めている。
 それをどこかで懐かしく感じたのは、自分が墓場で育った名残かもしれない。
 膝立ちがやっとの狭い空間。
 死ね、死ね、死ね。
 声が聞こえる。
 苦しい助けて怖い死ね殺すやめて助けて死ね痛い熱い助けて殺す嫌だ苦しい苦しい苦しい助けて助けて助けて死ね死ね死ね。
 中に満ち満ちている呪いと嘆きの言葉。
「うるさい。お前たちには用事はない。後で幾らでも冥府に送ってやるから、黙れ」
 一瞬だけ、沈黙。
 しかし今度はすすり泣く音が満ち満ちていく。
 呪う呪う呪う呪うなぜ呪うなぜ呪われない呪う呪う呪うなぜ呪うなぜなの呪う。
「合唱をするな。僕はそう簡単には呪われない。ある意味僕自身が強烈な呪いの産物だからな」
 だからこそ、この役割は他の誰でもなくアローがやらねばならなかった。アロー以外にはできなかった。呪われずに呪いを処理できる人間は、アローの他にいないのだ。
 死と呪いに満ちた人型の呪いの中で、少年の姿をした呪いは竜鋼を掲げて微笑む。
「お前たちの統率者を出せ。僕と平和的解決(はなし)をしようじゃないか」

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