第70話 大魔術師の愛的な何か

文字数 7,873文字

「アローの魔術回路については治してもらえる手筈が整ったみたいだし、私たちは明日は普通に仕事だから帰るね」
 ヒルダは渋々といった様子で帰り支度を始めた。きちんと治療してもらえるのか確認したかったのだろう。何せクロイツァはあの性格だ。彼女が若干疑わしく思うのもわからないではない。
 一方、テオは別の意味で帰るのを渋っていた。
「うう、今日はこんなに大変だったのに、また明日も鍛錬と雑用ですよ……はぁぁ」
 深いため息。しかしヒルダはそんな彼を軽く小突いた。
「ぼやかないの。いくらグリューネが割と平和って言っても、事件や事故で夜中に駆り出されることだってあるのよ。見習いじゃなくなったらそういう仕事もやるんだからね?」
「はぁい……」
 テオはがっくりとしながらうなずく。
「テオ、見習いじゃなくなるのか?」
「ああ、アローにはまだ言ってなかったっけ。オステンワルドの功績で、この子昇級決まったのよ。来月から正式に騎士ね」
 どうやらヒルダはオステンワルドでの一件を、きちんと報告にまとめたようだ。竜鋼の剣のこともあったし、書かないわけにもいかなかったのだろう。
 スヴァルトの血を引くリリエやリューゲの手を借りてしまった手前、常闇竜のことを何もかも正直に書くわけにはいかなかったはずだ。真面目なヒルダのことだから、ごまかしに苦心しただろう。
「でも弓の技術だけでこの歳で正騎士昇格って結構凄いんですよ! というか、ぶっちゃけこの国あんまり弓兵重視してないで俺が初めてです。褒めてください」
「すごいな、おめでとう」
「素直に返されると何かムズムズしますね?」
「かわいそうに、すっかり雑に扱われることに慣れきって」
「誰のせいっすか?」
「はいはい、帰るわよ。もうとっくに寮の門限すぎてるんだから」
「あっ、まだミステルさんに俺の魅力を伝えるのが済んでないんです」
「いいからいいから」
 淡々とテオを引きずっていくヒルダを見送る。
「さて、私もそろそろ教会に戻ろう。何せ仕事を放り出してきてしまったものだからね」
 ハインツも少しばかり泥に汚れてしまった法衣を払いながら答える。
「おや、ここで『どうせ女のところに行くつもりだろう』とは言わないのだね?」
「僕だってそこまでボケているわけでもない。青薔薇館がただ女遊びするためだけの店とは思っていない。……どうかとは思っているが」
「教会だって色々しがらみが多いのさ。まあ、できれば私としてはもう少し君に日常を満喫してほしいものだ。では、失礼しよう」
「ああ」
 去っていくハインツの背を見送って、アローは思う。
(あともう少し、日常を……か)
 ハインツなりに、しがらみに影響しない範囲で忠告をしてくれたのだ。
 この日常はいつか消える。このまま王都でのんびりとお店をやりながら、四季の移ろいを眺めてずっと過ごしていくことなどできはしないのだ。
 呪われているというのは、そういうことなのだから。
「よう、馬鹿弟子。しけた顔をしやがって」
 振り向くとそこに、クロイツァが立っていた。年齢不詳、性別不詳、何もかもがわからないアローの師匠だ。今は美女の姿になっているが、次もこの姿で会う保証はない。
「お久しぶりです、大師匠クロイツァ様」
 以前店に押しかけてきた時は、ミステルはまだ、遺灰の中から出てこられなかった。姿だけは生前と変わらないミステルに、クロイツァは存外に優しく微笑みかけた。
「師匠には聞きたいことがたくさんある」
「おう、答えてやる義理はないぞ」
 アローの言葉を即座に否定して、しかし何故かクロイツァは楽しげだった。機嫌がいい。機嫌がいいということは、恐らくアローが気にかけていることのいくつかは的を射ていたのだろう。
「わざわざ仲間が帰るのを待っていたな?」
「そりゃぁ、もう夜も遅いのに引き止めちゃ戦女神様とちびっ子が可哀想だろう。司祭様はこれ以上しがらみは増やしたくないだろうしなぁ。アッハハハハハ」
 クロイツァは夜の街中で近所迷惑な笑い声をあげる。アローはため息まじりに店を開けた。アローの家はここだし、師匠にこれ以上外で騒がれても困る。
「お茶くらい出す」
「ん? 気にするな。お前んちのお茶はもう飲んだ。薬用効果を出すならもう少し配合を変えろ。味を良くするなら薬草は減らせ」
「勝手に家に上がられていた上に、お茶にダメ出しされるとは思わなかった」
 そういえば、ヒルダが駆けつけた時にクロイツァに教えてもらったと言っていたか。アローがガンドライドに追いかけ回されていた間、悠長に人の家でお茶をしていたらしい。
 お茶は不評なようなので、ヒルダやテオが来た時にたまに出す蜂蜜酒を出した。
「おお、蜂蜜酒か。お前にしては気がきく」
 クロイツァは杯を片手にニヤニヤと笑う。
「それで、元気にしていたか? 不肖の弟子よ」
「散々に叩きのめした末にそれを言うのか。見てのとおり、魔術回路以外は問題ない」
「そりゃぁそうだ。回路以外は私が先に治してやっただろう」
「……は?」
 アローが思わず聞き返すと、クロイツァはますますおかしそうにくつくつと笑い出す。
「オステンワルドでお前が飲まされた薬、あれは誰が作ったと思ってるんだ」
「なっ……、どうりでやたらと師匠の薬の再現率が高すぎると……」
 オステンワルドで熱が下がるまで毎日飲まされた魔法薬。師匠の作った薬と同じものだとは思っていたが、まさか師匠のお手製だとまでは思っていなかった。
 冷静に考えてみれば大魔術師クロイツァの秘薬と同じものが、魔術の発展がイマイチなオステンワルドにいくつと存在するわけがない。オステンワルドの一件は全て師匠が覗き見していたということだ。
「あの舌が消し飛びそうなくらい絶望的に苦い薬ですか……あれを飲ませてたんですか?」
 ミステルも生前に何度か薬を飲まされたことがあり、あの壮絶な味を知っている。霊体なのに心なしか彼女の顔が青い。
「仕方がないだろう。あのまま放置してたらお前、死んでたぞ? 手塩にかけて育てた弟子が、あっさり死んだらさすがの私もだいぶへこむぞ」
「師匠がへこむというのは割と新発見だ」
「お前は私をどんな人でなしと思っているんだ? 私が口出しすることではないから放っておいたが、ミステルが死んだ時だって私は少しくらいは落ち込んだぞ? 直弟子ではなくても、可愛い私の養女だからな」
「クロイツァ様……私のことは、私の責任ですので」
 おずおずと口を出したミステルに、クロイツァは首を横に振った。
「いや、このボケナスは自分の弟子の教育を間違った。そして救い方も間違った。こうなる前に全て止めようと思えば止められた」
 それは、まぎれもない事実だった。ミステルの盲信をそのまま受け取って、アローは森に引きこもるばかりで彼女が都で何をしているのかに無関心だったのだ。その結果がカタリナの起こした呪殺事件だ。
 アローは気付けたはずだった。ミステルが呪殺に加担するのを止められたはずだった。
「私はお前に一から十まで道を用意してやることはない。もうお前は独り立ちできる歳だ。だからミステルのことはお前に任せ、そしてお前は間違った。それだけのことだ。そして致命的な間違いは人の命をたやすく奪う」
「それは散々思い知らされた」
「なら、今後はせいぜい気をつけろ。今生きているお前の仲間は、死んでもミステルみたいに都合よく使い魔にはならん。ミステル自身が優れた魔術の資質を持っていて、お前を信頼していたからできたことだ。死んだ仲間は戻ってこない」
 死は断絶。死は何もかもを引き離す。それをアローはきちんと認識しなければならなかった。
 クロイツァの言っていることは全て、アローには否定できない。
 アローが引きこもって思考停止してきたことの代償だ。この身で受け止めるしかないのだ。
「それで不肖の弟子、アーロイスよ。お前にもう一度真実を知る機会を与えてやろう」
 師匠クロイツァがパチリと指を鳴らす。それだけで周囲の風景はガラリと変わる。
 アローは気づくとまたあの黒き森の中にいた。今度はミステルも一緒だ。一日に何度連れてこられるのだろうと思うが、ここよりも人目がない場所というのもそうそうないだろう。
 今までと違うのはそこが森の真っ只中ではなく、かつてアローとミステルがクロイツァと共に暮らしていた、森の山小屋だったことだ。
「いやぁ、久々の我が家だなぁ」
 クロイツァは何事もなかったかのようにそう言って、背伸びをする。ここで暮らしていた時のように、三脚しかない素朴な木の椅子に腰かけて足を組んだ。
「この家は私がお前を育てるために作ったんだ。黒き森の奥では、さすがに奴らも探しようがなかったらしい。実に平和だったな。平和すぎて眠かったぞ。ぶっちゃけ向こうもお前が、墓場で無事にすくすく育ってるとも思っていなかっただろうしなぁ」
 クロイツァが語っているのは、アローを『作った』者たちのことだ。
 王都には人が多い。潜ませようと思ったらどこにでも、何にでも潜ませられる。もちろんクロイツァはそれを見逃すほど愚かではないが、街暮らしに慣れてきたばかりのアローにはそこまでの注意力はない。今は魔力が使えないから尚更だ。一応、警戒してここまできたのかもしれない。
「ベルも同じ連中の仕業か?」
「知らん。でも他にいくつもこんなつまらんことをする奴らがわらわらいたら、さすがの私もひと暴れするぞ」
「それはやめてくれ」
「クロイツァ様が暴れるのは洒落になってませんので」
 アローとミステルが口々に言う。クロイツァが暴れたら、それこそ国が一つ消えそうだ。
「……私は見たいわねぇ、貴女、妖精族並みの魔力を持ってるけれど、何者かしら?」
 ふわりとリューゲが姿を現す。ハインツがいなくなったからだろう。王都グリューネはフライア教会の力も強い。黒き森の方が居心地がいいのか、彼女は口ぶりの割に機嫌がよさそうだ。
「さあ? 私にも私の存在の定義はしかねるよ。何せ人間からはだいぶ外れてしまったのでね。だからこそそいつを弟子にした。はみ出し者同士というわけだ。あはははははははは!」
「師匠と同じ枠に入れられることを、喜んでいいのかわからない……」
 愉快そうに笑うクロイツァの隣で、アローは微妙な顔を決めている。
「だが、あまりこいつに手を貸しすぎるなよ黒妖精様よ。これ以上甘えたになったら困るのでな」
「貸さないわよぉ。契約にないし? ま、簡単に死なれたらがっかりだから、そういう意味では多少甘やかしてるのは認めるわ。でも、私が全力で魔術を使ったらこの子消し飛ぶわよ。使いたくても使えないわ」
「そりゃぁそうだな!はははは!」
 全く笑いごとではないが、クロイツァはさもおかしそうに笑った。確かにリューゲが魔術を惜しみなく使ったら、人の身であるアローにはどうしようもない。冥府の門経由でスヴァルト召喚をして魔術回路の故障で済んだのは、ある意味幸運だ。
《貴方は色々わけのわからないものに囲まれていますね》
 恐らくわけのわからないもののひとつに含まれているはずのベルが、ぽつりと呟いた。ウィッカーマンの呪縛が弱まって正気に戻ってから、周りに真面目な人間がヒルダくらいしかいなかったのだ。この反応も仕方がないのかもしれない。
(しかし、喋る呪いの杖に、義妹の使い魔に、黒妖精に、正体不明の大魔術師か。……まともな人間が一人もいないな)
 無論、アロー自身もまともとは言いがたい。
 ため息をつきながら、アローもベルの杖を食卓に立てかけて椅子に座る。
 窓の外、夜の森は漆黒に染まっていた。クロイツァが呼び出したのであろう光聖霊が舞っているので、家の中はほの明るい。
 空けて随分と経つのに埃一つなかった。微弱な聖霊たちが常に掃除して回っているからだ。目的を果たしたら戻ってくるつもりだから、アローも停止を命令しなかった。
 旅立ちが随分と遠い出来事に思える。まだ半年も経っていない。
「結局ここに来るなら、店に上がる前に飛ばせばよかったじゃないか」
「お前があんまりにもすっとぼけてたら、黙って帰るつもりだったからなぁ」
(つまり『正解』を引けなかったら、魔術回路の修復もナシだったのか……)
 この師匠にしてはわかりやすい方だったとはいえ、情け容赦がない。
 しかしこの破天荒な大魔術師は、ある意味まっとうに『師匠』をしてくれるのだ。面白がっているだけのようで、きちんとアローに教えを説いている。真面目なことを言っているような時は、大抵ただ純粋にふざけている。そういう人だ。
「おい、アロー。ちょっと頭をよこせ。頑張ったからなでてやろう」
 ニヤニヤ笑いを浮かべたまま、クロイツァが手招きをする。
 アローとミステルが顔を見合わせた。真面目なことをしようとする時、師匠は大体ふざけているからだ。
「嫌な予感しかしない」
「潰されたりとかしませんよね?」
「お前ら、幼少期の素直さはどこに……そんなに素直でもなかったか?」
 芝居がかった仕草で泣きまねをしようとして、クロイツァは自分で「はて?」と首を傾げた。
「師匠が穏便に優しかった覚えもないな」
 何せこの師匠である。アローもミステルも、割と奔放に育てられている。弟子が素直に育たないのも致し方なしではないだろうか。
 とはいえ、あまりに拒否するとそれこそシャレになるかならないかギリギリの悪戯をされそうだったので、アローは渋々と頭を差し出す。
「はははは、最初から素直に差し出せばいいものを」
「何もしないでくれ、頼むから」
「んん? そんな約束はしたかな?」
 クロイツァは少しばかり乱暴に、アローの髪をくしゃくしゃと撫で回し、そして。
「あいだだだだだだだっ!!
 突如襲いかかってきた猛烈な頭痛に、アローはその場に崩れ落ちた。
「大丈夫ですかお兄様! やはりお師匠様の卑劣な罠に?」
 頭をおさえたまま突っ伏すアローに、ミステルが半狂乱の声を上げる。それをクロイツァは若干生温い眼差しで見つめた。
「人聞きの悪いことを言うな、ミステル。というか、お前本当にブレないな」
「お兄様の使い魔として、お兄様のためにこの魂を尽くしますので! たとえお相手が大師匠様でも!」
「魂を尽くすつもりなら、人を疑う前に冷静になれ。約束しただろう。魔術回路を治す、と」
「はい?」
 ミステルがきょとんとした顔になって、足元でうめき声を上げている義兄を見やる。
「どうみてもトドメさしていますね」
 アローはまだ床でピクピクとしている。
「まぁ、魔術回路が絡まってるのを、無理やり引っ張って伸ばしたみたいなもんだからな。……で、まだ半分しか治してないが、残りの半分を耐える勇気はあるか? バカ弟子よ」
「うぅ…………」
 低いうなり声を上げつつ、アローは何とか起き上がった。頭の奥がまだ痛い。ミステルが心配そうに顔を覗き込む。
「お兄様、大丈夫ですか?」
「大丈夫……と言いたいが、身体中の血管を引きちぎられた気分だな……」
「まぁ、似たようなことをしたからなぁ。でも半分だぞ」
「こ、これで半分か……」
 あともう一回耐えなければならないということだ。若干遠い目になったアローをよそに、クロイツァは何やら思案している。
「さすがに魔術回路は私の万能薬でも治せなかったなぁ。配合を変えてみるか……」
 どうやらあの不味さを極めた魔法薬の改良案を考えているらしい。それを聞いて、もう薬を飲む必要などないミステルまでが遠い目になる。
「クロイツァ様、アレを更に苦くするおつもりで?」
「ん? 別に美味しくもできるが?」
「「できるのか!?」ですか!?
 義兄妹の声がハモる。どちらも少し風邪をこじらせたりすると容赦なくアレを飲まされてきたのだ。ツッコみたくもなるというものだ。
「美味しくすると簡単に私の薬に頼るだろうが。これも愛だぞー?」
「愛のつもりが欠片でもあるなら、あそこまでエグさの暴力みたいな味にしなくてもいいだろうに」
 オステンワルドで毎日飲まされたこちらの身にもなって欲しいものだ。
 ちなみに、アローはクロイツァの万能薬を再現してみようとしたことがある。ミステルが死ぬ少し前のことだ。ミステルを治療したくて色々薬草を煮詰めてみたが、結局上手くはできなかった。
 師匠の配合した薬の中には、未だにアローが解読できないものがごろごろ転がっている。この山小屋にある薬品の半数が、そういった師匠以外には扱いようがない魔法薬の山だ。
「一体何が入ってるんだ、アレは……」
「知らない方がいいと思うぞ?」
 ニヤニヤ笑うクロイツァから、アローはそっと目をそらした。師匠がこう言うのだから、本当に知らない方がいいものに違いない。ミステルも同感のようで、粛々とうなずいた。
「何かおぞましいものが入ってるということはわかりました。本当に子供に何飲ませてたんですか」
「毒も極めれば薬になるということだ。私以外が処方したら猛毒になるから勧めないぞ。それとアロー、ミステル。あとその杖。ちょっと庭にでろ」
 クロイツァは唐突に立ち上がると、玄関の扉をあけ放ちアローを手招きする。
 やはり嫌な予感しかしない。ひんやりとした夜の森の冷気と共に、不穏な気配が忍び寄ってくる気がする。
「ベルとミステルと一緒に、ということは……」
「ご明察だな、アロー。そうだ。少しばかり手合わせといこうではないか」
「手合せ?」
 そんなもの、実際にこの家で師弟として一緒に暮らしていた時だってただの一度もしたことはない。純粋に、アローではクロイツァの足元にも及ばないからだ。
 クロイツァはアローのことなど、よそ見しながら片手で倒せる。それくらいに力量差がある。きっと、今もさほどその差は縮まっていない。
 クロイツァは魔術ひとつ使わずにアローを倒せる。何せ、アローに剣や弓、暗殺術などの物理的な鍛錬を教え込んだのは、他ならぬ師匠クロイツァだからである。
「安心しろ。魔術回路半分しか使えないお前のために、全力で手は抜いてやる。麗しい師匠の愛だぞ?」
「愛とかいいつつ堂々の手抜き宣言とは……」
 クロイツァが本気を出せば黒き森自体が消えてもおかしくはない。アローが本調子だとしてもまず、勝てる相手ではない。しかし。
「やるしか、ないな」
「いいんですか、お兄様」
「口で言って納得する師匠か?」
「そうでした」
 ミステルが「はぁ」と、ため息をつく。
《よくわからないけれど……あの人と戦えばいいの?》
「そういうことらしいぞ、ベル」
 いつも使っている杖は店の中だ。ベルを使って戦うのは初めてだが仕方がない。恐らく、その点も含めてクロイツァなりに『師匠』をやっているのだろうから。
「私は見物に回るわよ。楽しませてねぇ」
 リューゲは近くの木の枝に移動して、大魔術師とその弟子の対峙を見下ろした。
「君の娯楽のためにやるわけじゃないぞ」
「知ってるわ。でも正直とても面白いわよ、貴方の師匠。弾き飛ばされたのは不愉快だったけれど」
「はははは、黒妖精様はノリがいい。お前、いいのと契約したなぁ。さすがの私も黒妖精とは契約したことはないぞ!」
「子供のおもちゃ自慢みたいなノリで、羨ましがらないでくれ」
 魔術回路の修復は半分。ベルを手に取る。
 目を閉じる。開く。アローの瞳が、薄く紅く輝いた。
「いくぞベル。それと、僕の《ミストルティン》」
「――はい、仰せのままに、主様」
 ベルの杖が光を帯びる。ミステルが右手を掲げる。
「さあ、全力でかかってこい。この私が直々に相手をしてやるなんて、今後あるかどうかわからんぞ?」
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