第58話 困ったときは物理で殴れ
文字数 7,589文字
アローは困っていた。
師匠、ロザーリエ・クロイツァ(暫定)が、こう述べたのだ。
「お前が何に困っているのか、私は全て知っている。だから私の課題を全て成し遂げたら、手を貸してやろう。そら、喜べ」
ここまではある意味予想通りの展開である。魔術回路の障害は、アローには全く手に負えないものだ。スヴァルトのリューゲにも治せない。そもそもスヴァルトは人間とは魔術回路の存在の仕方が異なるのだから、それも当然だった。
だから絶対に師匠は来るだろうと確信していた。一体どれほど生きているのかもわからない、あまりにも色々と知り過ぎてしまって退屈しきっている師匠クロイツァが、恐らく「最高に面白い状況」にあるこの状況に首を突っ込まないはずがない。
師匠はアローを、「面白いから」という理由で拾って育てた人だ。
むしろアローが悠長にキノコを編む時間があるほど、大急ぎで飛んでこなかったのが不思議なくらいだった。他に予測が外れていたとするなら、それは。
「お師匠様」
「おう、なんだバカ弟子」
「扉を直してくれ。この店は教会からの借り物なんだ」
一番困ったのは、魔術が使えないこの状況で、師匠が何も考えずに扉を粉砕したことである。
「ぎゃははははあはははははははは、そこか、そこかバカ弟子よ!!」
「そこだ。何も考えずに破壊活動を行うのはやめてほしい。ここは王都だ。魔法でも何でも飛ばし放題だった黒き森とは違う」
「ぎゃはははははははは、お前が私に説教とはなぁ!! っていうか、お前、ちょっと見ない間に随分と所帯じみたな、あはははははははは」
ゲラゲラと笑い倒しながら、クロイツァは杖を一度カツン、と打ち鳴らした。それだけで木屑と化していた扉の残骸が一斉に集まって、元通りの扉を形成する。
「ほれ、これでいいんだろう」
「とりあえず、師匠は僕以上に常識がないことを自覚してくれ。見ろ、全員呆れてものも言えない顔をしている」
ほら、と指でヒルダとテオの方を指す。二人とも目を丸くしたまま固まっている。
当然の反応である。いきなり美女が現れて、一方的にベラベラ喋って勝手に爆笑しているのだ。驚かない方がおかしい。
「……というわけで、ヒルダ、テオ。これが僕のお師匠様だ」
「えー……」
テオが何とも言えない声を上げ、ヒルダが深く首を傾げる。
「あの、アローのお師匠様って確か、アローを赤ちゃんの頃に拾った……んだったわよね?」
要するに、年齢が合わないといいたいのだろう。今のクロイツァの外見年齢はせいぜい二十代の半ば。アローは十七歳。この年齢で逆算すると、師匠が幼女の頃にはすでに大魔術師だったことになってしまう。
「この人の外見はあてにしないでくれ。僕も本当の年齢なんて知らない」
「おお、アローよ。女性の年齢に言及するなんて、なっていないなぁ。モテの基本だぞ、女性は永遠のうら若き乙女なのだ」
「師匠、僕がモテようとしてるところまで把握してなくていい」
「何だ、アロー。私がこんな面白いことを放っておくとでも?」
「放っておいてくれ。とにかく、ヒルダ。この人の外見年齢はおろか、性別も信じるな。僕も本当はどちらなのか知らない。僕が知っている限り、五回は年齢と性別が変わっている。おっさんになったり少女になったり青年になったり幼女になったり大忙しだ」
「えええ……」
今度はヒルダが頭を抱えてしまった。気持ちはわかる。弟子のアローから見ても普通に意味がわからない。
「ふーん、これが例の常闇竜もひねりつぶせる噂のお師匠様ぁ?」
気づくとリューゲが中空に浮かんでいて、クロイツァをしげしげと眺めている。
「…………何だか、人間なのに人間じゃない匂いがするわ」
若干薄気味悪そうな顔になって、リューゲはアローの後ろに回った。どうにもクロイツァは彼女にとってあまりよくない気配を纏っているらしい。
一方で、師匠クロイツァは再び爆笑している。
「ひゃはははははは、本当にスヴァルトと契約していやがる!! バカ弟子、お前は本当に私の予測を裏切ることに関しては天才的だな……」
『……クロイツァ様は、お兄様のことに関しては笑いの沸点低すぎるだけだと思いますけど』
ぼそりと呟いたミステルの声に、クロイツァはニタニタと笑いながら彼女の収まっている遺灰の瓶を指でつつく。
「仕方がないだろう、私を楽しませられるほど意表をついてくるのはこいつくらいなのだ。ミステル、お前のことは養女としては可愛がってきたつもりだが、面白さでいうならばアローの足元にも及ばん」
『クロイツァ様に面白がられるとか、絶望の予兆でしかないです』
「お、今の冗談はミステルにしては面白かったぞ?」
『冗談じゃないです……というか、私がこの状態なのにもつっこまないんですね』
「ん? お前が死んだことか? それとも灰から出ないことか?」
『両方です』
(まぁ、当然全部知っていて放置したんだろうからなぁ……)
師匠とミステルのやりとりを聞きつつ、アローは心の中でひとりごちた。
ミステルとカタリナのことを知っていたのなら、止めてくれたらミステルが助かったかもしれないのに。そう思う気持ちがないわけではない。
ただ、それを師匠に求めるのは、自分のわがままでしかないことも理解している。
ミステルはアローが連れてきた。ミステルに魔術を教えたのも、アローだ。
師匠にとってミステルは孫弟子である。責任を取るべきなのは自分だ。それくらいはわかっているのだ。
「それで、アロー。本題に入ろう。お前に一週間の準備期間をやる。一週間後、お前に試練を与える。それを全て乗り越えられたら、お前のそれは治る。契約をしよう。一言の違いもなく果たされるように」
クロイツァは杖で軽くアローの額に触れる。小さな光がほとばしって、額の中に入って消えた。
「………………僕は何をさせられる?」
「それはお楽しみだなぁ。とりあえず、まずはお前一人で頑張ってみろ。ミステルの同行は許そう。どうせ今手出しもできまい。武器と魔法道具の使用は許可してやる」
「………………ろくでもない目にあわされるのはわかった」
「はははははははははっ、せいぜいがんばれよバカ弟子」
カツン、と杖が鳴る。
次の瞬間にはもう、そこに大魔術師クロイツァの姿はなく。
『……お兄様、今すぐ店をたたんで逃げましょう』
師匠がいなくなるなり、ミステルが静かにそう告げた。
「いや、契約させられたから無理だな」
『あああああああ…………!!』
絶望の声をあげるミステルをよそに、騎士二人はまだ困惑の中にいる。
「な、なんかアローさんのお師匠様っていろいろその……ぶっ飛んでますね」
「素直に頭がおかしいと言ってもいいんだぞ、テオ」
「私、アローがそこまで純朴に育ったのが奇跡だと思えて来たわ」
「奇遇だな、ヒルダ。僕もよくぞここまで、人間の範囲に収まったと思う」
真人間であるかと言われると、それは疑問だが。
それはともかくとして。
「よし、キノコを編もう」
「えっ、今そういう場合じゃなくない?」
「納期はまってくれないぞ。商売は世知辛いな」
何事もなかったかのように椅子に座り直すと、キノコをほぐしては伸ばしする。
ヒルダとテオも、なし崩しにキノコを編む作業に戻る。
「あのね、アロー、魔術回路を治すのに必要なんだろうし、お師匠様とのことは私が口出ししたりはしないけど」
「うん?」
「命が危険だとか、そういうのはさ、ちゃんと言ってね。友達なんだから、協力できることくらいはあるでしょ」
「あ……ああ、うん、ごめん」
魔術回路の修復が遅れると、少なからず命にかかわる可能性について彼女に言わなかったのは、彼女がそれを知ったら絶対に協力を申し出ると思ったからだ。
彼女には騎士の仕事があるし、アローのことばかりにも巻き込んでいられない。
竜討伐の時だって、一歩間違ったら彼女は死んでいた。もちろん、一番死にかけたのはアローではあるのだが、自己責任で死ぬのと他人を巻き込んで死なせるのは全然重みが違うのだ。
「約束して。必ず生きて帰ること。それと、自分だけじゃ無理だって思ったらちゃんと人を頼ること。私だって、いつだって手を貸せるとは限らないけど、知らない内に友達が大変な目に遭ってるとか嫌だもの」
「うん……そうだな」
もしもヒルダが、アローが知らない内に大変な目にあっていて、それがアローにも手助けできることだったのだとしたら、力を貸せなかったことを酷く後悔するだろう。
彼女が言っているのはそういうことだ。
「約束するよ。生きて帰るし、大変な時はちゃんと君を頼るから」
■
そんなやりとりがあった一週間後に、アローは黒き森の奥に独りで放り出された。
文字通り、放り出されたのだ。
朝起きて、身支度を整え、そういえば今日が師匠の言っていた一週間目だと気づいて、念のために剣と魔法道具を揃えた荷物を用意し、腰紐にミステルのいる瓶をくくりつけた。
その次の瞬間に、アローは黒き森の上空に放り出され、落ちて木の枝にひっかかり、地上に降り立ったところで魔獣の群れに追いかけ回される羽目になった。
そして駆けて、駆けた先に、独りの少女が立っていた。
紅い紅い、人ならざるものの瞳。アローに向けているのは、まぎれもない殺意。
「……悪いが、まだ死ぬわけにはいかないんだ。約束があるからな」
針葉樹のような濃い緑の髪、紅い瞳。その少女は森の中に忽然と姿を現した。
森には似つかわしくない光沢を纏った白い天鵞絨のドレス。腰には赤い紐を巻きつけている。
「師匠の使い魔か?」
「答えてあげる義理はないけれど、今はそう解釈してくれていいわ。貴方には悪いけど、殺してもいいって言われているから……ふふ、久しぶり……久しぶりにだわ……人が殺せるのね」
嬉しそうに少女はくるくると回る。
「貴方、踊りは踊れるの? 私と一緒に踊ってくれる?」
彼女の笑顔が、口が、耳の辺りまで紅く裂けて大きく口を開ける。
「人狼か」
緑色のドレスは引き裂かれ、大きく口を割いたその少女は白銀の毛皮を持つ巨大な狼へと変貌した。
アローは反射的に閃光の魔法道具を投げつける。
「誓約せよ、発動」
閃光が暗い森を一瞬眩く照らし出す。しかし踊り出た白銀の獣は傷一つなく飛び出してきた。地面を転がってそれをかわし、精霊の縄を投げつけて、一度木の枝の腕に避難する。
「あら、その程度の高さに逃げたところで、私は貴方に噛みつくのをためらったりしないわよ?」
狼の口から、少女の嘲笑が聞こえてくる。
「それと、別に私は人狼じゃなくてよ。私は森を行く者、闇から生まれる光の聖霊。いわゆるガンドライドの親玉みたいなものね」
「なるほど」
ガンドライドは亡くなったものたちの魂を冥府へと導く聖霊のたちのことだ。あらゆる死霊を取り込み、肥大化して、冥府へと渡っていく。その導き手となるのは光の聖霊アルキアと呼ばれている。
アルキアが率いるガンドライドの通り道を遮ると、そのものは死に至り魂がガンドライドに取り込まれるとされている。古い神話では、冥府の女神ヘカーティアが率いているとも。
だが、それはあくまで民間に信仰されているガンドライドの姿だ。
死霊は必ずしも冥府に導かれるとはかぎらない。それはアローが自分の目で見て散々確認してきている。そんなに簡単に冥府に召されてくれるのなら、死霊術は成り立たない。
ガンドライドの正体は、死霊を含む精霊、悪霊、魔物の集合体。その中で一番強い『統率者』が彼女ということだ。今にして思えば襲ってきた魔獣たちもガンドライドの一部だろう。
「それで、どうするの? もう少し遊んでくれないとつまらないわ。私を楽しませてくれたら、私たちの隊列に加わる名誉をさしあげましょう」
「それはとてもいらない気遣いだ」
とはいえ、死霊術が使えない状態では面倒な相手なのは事実。
何せ相手は集合体なのだ。その気になれば隊列に加わった魔物の分だけ分裂できる。狼や少女以外にもいくつか姿や特性をもっているに違いない。
『ガンドライドですか……統率者だけを叩けるのならよいのですが』
「ふーん、お困り?」
ふと横を見ると、リューゲが木の枝の隣に座って、足をぶらぶらと揺らしている。
「困ってはいるな。魔法道具と物理攻撃でどうにかできるとは思えない」
「手は貸さないわよ?」
『何のために出てきたんですか……』
ミステルがイライラと吐き捨てたが、リューゲは素知らぬ顔でガンドライドの狼を見下ろしている。
「いつでも手を貸すなんて思わないでちょうだい。高みの見物をしてみたくなっただけよ」
『今はどういう状況かわかってますか? 空気を読んでください』
「いや、リューゲのいうことは正しいぞ。彼女の手をかりたら、師匠はきっと大げさに『つまらん』を連発して、僕のことを放ってどこかへ消えるだろう。ミステル、これは単純に僕が苦難を乗り越えるかどうかの問題じゃなくて、いかに師匠を楽しませられるかという問題だ」
『わかってましたけど、本当にろくでもないですね、あの方は!』
「そう言うな、ミステル。リューゲの手を借りたら確かにガンドライドくらい倒せる。だけど、それじゃ多分師匠は納得しない。だけど、師匠は僕がリューゲの力を全く借りられない状況にはしていない」
『どういうことですか…………』
「僕が師匠を納得させられるくらい面白い機転をきかせてリューゲを説得するか、リューゲの力を直接借りずにリューゲに協力してもらうか、だ」
リューゲはちらりとアローを横目で見て「ふぅん」と興味なさそうにそっぽを向く。
だけど、彼女が狙ってそうしたのか、本当にその気はないのかは不明だが、ある意味リューゲはすでにアローに力を貸している。
ガンドライドの狼が、黒妖精の姿に明らかに警戒しているからだ。だからアローはまだ悠長にこんな会話をしていられる。
「それで、私に何をさせるの? リリエの時みたいな交換条件はないわよ? 常闇竜の件なら、お礼は竜鋼でしているはずだし」
「リューゲは基本的に何もしなくていい。僕が自力で何とかする」
「どうやって?」
手持ちは魔法道具と剣のみ。しかし、師匠は魔法道具と剣の使用は許可している。
「力を込めて物理で殴る」
『お兄様、何でそこでそんな脳筋な判断をされたんです!?』
ミステルの悲鳴をものともせず、アローはキノコ製の精霊の縄を数本肩にひっかけて、木の枝から飛び降りた。
「スヴァルトの手は借りないのかしら?」
「借りなくても君は倒せる」
「……ずいぶんとなめられたものね」
強大な狼が地を蹴った。アローは攻撃には移らず、精霊の縄を木にひっかけて枝を飛び移り、時折地に降りて駆け、を繰り返しながら逃げ続けた。
普通に走って逃げてもすぐに追いつかれる。しかし精霊の縄の強靭さと、思い通りに伸縮する力を上手く利用すれば、飛びかかってくる寸前に木の枝に退避する、といった逃げ方が可能だ。
もちろん失敗すれば命はない。じぶんの縄さばきを信じるしかない。
納品する前に使い方の仕様書を作るため、自分で一通り能力を試しておいたのが功を奏した。思っていたよりもかなり使える。
「おのれ、ちょこまかと……!」
『お兄様、いくら精霊の縄が便利でも、このままではいずれ追い詰められてしまいます』
「いや、追い詰めたのは僕の方だ」
アローはただやみくもに逃げ回っていたわけじゃない。逃げるだけならもっと高い場所で、木の枝同士で渡った方が安全だ。
わざわざ地面に降りて、相手の目の前ぎりぎりでかわすということを繰り返した理由は、ひとつは相手をいらだたせて冷静さを失わせること。もうひとつは、相手の注意を自分だけに集中させることだ。
そして今、木と木の間を幾重にも張り巡らされた精霊の縄が、ガンドライドを囲む檻のようになって、淡く光を発している。
「これくらいで追い詰めたと思われるのは心外だわ。私はガンドライド。狼や人以外にも姿はあってよ? これくらい飛び越えて――」
「誓約せよ、発動!」
アローの命令に従って、一斉に木が爆発する。
アローが逃げ回りながら仕込んだ最後の仕掛け、それはガンドライドの周囲を囲む木々に、爆風の魔法道具を仕込んでおくことだ。
ガンドライドを殺すことは出来なくても、木を倒すことならできる。きちんと仕込む場所だって計算した。
何せアローはこの森で育った。薪を得るために木を倒すのは、師匠クロイツァがそんなことをやるわけがないので、ずっとアローの仕事だった。
縄と合わせて、全ての気が円の内側に向かって倒れるように仕向けたのだ。
轟音を立てて、幾重にも折り重なって倒れてきた木々がガンドライドに降りかかる。
「――なっ!?」
物理攻撃では簡単には死なないかもしれない。しかし、ガンドライドであっても、実体のあるものであるならば、この物理的な木で造られた檻から抜け出すには一瞬でとはいかない。ほんの数秒でも、相手が全く手を出せない時間を作る。それが重要だ。
アローは天然の木でできたその牢屋の隙間に、閃裂魔法を込めた水晶を全て押し込んだ。
「誓約せよ――発動!」
木の檻の中で、光がほとばしる。
獣の咆哮。死霊の悲鳴。悪霊の放つ怨嗟の声。
「魔法道具でも、数をぶちこむと立派な暴力だな」
『………………お兄様』
恐らく、音だけでも何となく状況がわかったのだろう。ミステルが若干呆れたような声を漏らす。
リューゲは木の上で見物をしたまま。
「かわいい顔してえげつない倒し方するわね、坊や……」
心底ドン引きした表情で見下ろすリューゲに、アローはにっと笑う。
「別にかわいくはないと思うが。僕は男だし、別にそんなかわいい見た目でもないぞ。でもいいんだ、ミステルだって言っている、人は外見ではない、と」
「そういう問題ではないし、貴方は妹のいうことをもう少しよく考えてから信じた方がいいわよ。……あと」
「……あと?」
「魔獣が寄って来てるわよ。ガンドライドの一部か、元々森にいた魔獣かはしらないけど」
「ああ……」
アローはそっとリューゲから目をそらす。
『お兄様……まさかとは思いますけど、魔法道具全て使い切ったりとかしていませんよね?』
「勘がいいな、ミステル。そのまさかだ」
『どうするんですか? まさか物理で殴るおつもりで?』
「……逃げる!」
ガンドライドだけなら物理と数の暴力ができたが、魔法道具なしで魔獣全てを剣で相手にするなんて、アローには無理だ。
確かに剣が使えるが、あくまで本業は死霊術師なのだから、たかが知れている。せめてヒルダかギルベルトくらいの剣の才能が欲しい。
「しまらないわねぇ」
呆れた様子で、しかし手を貸す気はやはりないらしいリューゲをよそに……。
かくして、アローは再びミステルの瓶を抱えて森の中を走りまわる羽目になってしまった。
師匠、ロザーリエ・クロイツァ(暫定)が、こう述べたのだ。
「お前が何に困っているのか、私は全て知っている。だから私の課題を全て成し遂げたら、手を貸してやろう。そら、喜べ」
ここまではある意味予想通りの展開である。魔術回路の障害は、アローには全く手に負えないものだ。スヴァルトのリューゲにも治せない。そもそもスヴァルトは人間とは魔術回路の存在の仕方が異なるのだから、それも当然だった。
だから絶対に師匠は来るだろうと確信していた。一体どれほど生きているのかもわからない、あまりにも色々と知り過ぎてしまって退屈しきっている師匠クロイツァが、恐らく「最高に面白い状況」にあるこの状況に首を突っ込まないはずがない。
師匠はアローを、「面白いから」という理由で拾って育てた人だ。
むしろアローが悠長にキノコを編む時間があるほど、大急ぎで飛んでこなかったのが不思議なくらいだった。他に予測が外れていたとするなら、それは。
「お師匠様」
「おう、なんだバカ弟子」
「扉を直してくれ。この店は教会からの借り物なんだ」
一番困ったのは、魔術が使えないこの状況で、師匠が何も考えずに扉を粉砕したことである。
「ぎゃははははあはははははははは、そこか、そこかバカ弟子よ!!」
「そこだ。何も考えずに破壊活動を行うのはやめてほしい。ここは王都だ。魔法でも何でも飛ばし放題だった黒き森とは違う」
「ぎゃはははははははは、お前が私に説教とはなぁ!! っていうか、お前、ちょっと見ない間に随分と所帯じみたな、あはははははははは」
ゲラゲラと笑い倒しながら、クロイツァは杖を一度カツン、と打ち鳴らした。それだけで木屑と化していた扉の残骸が一斉に集まって、元通りの扉を形成する。
「ほれ、これでいいんだろう」
「とりあえず、師匠は僕以上に常識がないことを自覚してくれ。見ろ、全員呆れてものも言えない顔をしている」
ほら、と指でヒルダとテオの方を指す。二人とも目を丸くしたまま固まっている。
当然の反応である。いきなり美女が現れて、一方的にベラベラ喋って勝手に爆笑しているのだ。驚かない方がおかしい。
「……というわけで、ヒルダ、テオ。これが僕のお師匠様だ」
「えー……」
テオが何とも言えない声を上げ、ヒルダが深く首を傾げる。
「あの、アローのお師匠様って確か、アローを赤ちゃんの頃に拾った……んだったわよね?」
要するに、年齢が合わないといいたいのだろう。今のクロイツァの外見年齢はせいぜい二十代の半ば。アローは十七歳。この年齢で逆算すると、師匠が幼女の頃にはすでに大魔術師だったことになってしまう。
「この人の外見はあてにしないでくれ。僕も本当の年齢なんて知らない」
「おお、アローよ。女性の年齢に言及するなんて、なっていないなぁ。モテの基本だぞ、女性は永遠のうら若き乙女なのだ」
「師匠、僕がモテようとしてるところまで把握してなくていい」
「何だ、アロー。私がこんな面白いことを放っておくとでも?」
「放っておいてくれ。とにかく、ヒルダ。この人の外見年齢はおろか、性別も信じるな。僕も本当はどちらなのか知らない。僕が知っている限り、五回は年齢と性別が変わっている。おっさんになったり少女になったり青年になったり幼女になったり大忙しだ」
「えええ……」
今度はヒルダが頭を抱えてしまった。気持ちはわかる。弟子のアローから見ても普通に意味がわからない。
「ふーん、これが例の常闇竜もひねりつぶせる噂のお師匠様ぁ?」
気づくとリューゲが中空に浮かんでいて、クロイツァをしげしげと眺めている。
「…………何だか、人間なのに人間じゃない匂いがするわ」
若干薄気味悪そうな顔になって、リューゲはアローの後ろに回った。どうにもクロイツァは彼女にとってあまりよくない気配を纏っているらしい。
一方で、師匠クロイツァは再び爆笑している。
「ひゃはははははは、本当にスヴァルトと契約していやがる!! バカ弟子、お前は本当に私の予測を裏切ることに関しては天才的だな……」
『……クロイツァ様は、お兄様のことに関しては笑いの沸点低すぎるだけだと思いますけど』
ぼそりと呟いたミステルの声に、クロイツァはニタニタと笑いながら彼女の収まっている遺灰の瓶を指でつつく。
「仕方がないだろう、私を楽しませられるほど意表をついてくるのはこいつくらいなのだ。ミステル、お前のことは養女としては可愛がってきたつもりだが、面白さでいうならばアローの足元にも及ばん」
『クロイツァ様に面白がられるとか、絶望の予兆でしかないです』
「お、今の冗談はミステルにしては面白かったぞ?」
『冗談じゃないです……というか、私がこの状態なのにもつっこまないんですね』
「ん? お前が死んだことか? それとも灰から出ないことか?」
『両方です』
(まぁ、当然全部知っていて放置したんだろうからなぁ……)
師匠とミステルのやりとりを聞きつつ、アローは心の中でひとりごちた。
ミステルとカタリナのことを知っていたのなら、止めてくれたらミステルが助かったかもしれないのに。そう思う気持ちがないわけではない。
ただ、それを師匠に求めるのは、自分のわがままでしかないことも理解している。
ミステルはアローが連れてきた。ミステルに魔術を教えたのも、アローだ。
師匠にとってミステルは孫弟子である。責任を取るべきなのは自分だ。それくらいはわかっているのだ。
「それで、アロー。本題に入ろう。お前に一週間の準備期間をやる。一週間後、お前に試練を与える。それを全て乗り越えられたら、お前のそれは治る。契約をしよう。一言の違いもなく果たされるように」
クロイツァは杖で軽くアローの額に触れる。小さな光がほとばしって、額の中に入って消えた。
「………………僕は何をさせられる?」
「それはお楽しみだなぁ。とりあえず、まずはお前一人で頑張ってみろ。ミステルの同行は許そう。どうせ今手出しもできまい。武器と魔法道具の使用は許可してやる」
「………………ろくでもない目にあわされるのはわかった」
「はははははははははっ、せいぜいがんばれよバカ弟子」
カツン、と杖が鳴る。
次の瞬間にはもう、そこに大魔術師クロイツァの姿はなく。
『……お兄様、今すぐ店をたたんで逃げましょう』
師匠がいなくなるなり、ミステルが静かにそう告げた。
「いや、契約させられたから無理だな」
『あああああああ…………!!』
絶望の声をあげるミステルをよそに、騎士二人はまだ困惑の中にいる。
「な、なんかアローさんのお師匠様っていろいろその……ぶっ飛んでますね」
「素直に頭がおかしいと言ってもいいんだぞ、テオ」
「私、アローがそこまで純朴に育ったのが奇跡だと思えて来たわ」
「奇遇だな、ヒルダ。僕もよくぞここまで、人間の範囲に収まったと思う」
真人間であるかと言われると、それは疑問だが。
それはともかくとして。
「よし、キノコを編もう」
「えっ、今そういう場合じゃなくない?」
「納期はまってくれないぞ。商売は世知辛いな」
何事もなかったかのように椅子に座り直すと、キノコをほぐしては伸ばしする。
ヒルダとテオも、なし崩しにキノコを編む作業に戻る。
「あのね、アロー、魔術回路を治すのに必要なんだろうし、お師匠様とのことは私が口出ししたりはしないけど」
「うん?」
「命が危険だとか、そういうのはさ、ちゃんと言ってね。友達なんだから、協力できることくらいはあるでしょ」
「あ……ああ、うん、ごめん」
魔術回路の修復が遅れると、少なからず命にかかわる可能性について彼女に言わなかったのは、彼女がそれを知ったら絶対に協力を申し出ると思ったからだ。
彼女には騎士の仕事があるし、アローのことばかりにも巻き込んでいられない。
竜討伐の時だって、一歩間違ったら彼女は死んでいた。もちろん、一番死にかけたのはアローではあるのだが、自己責任で死ぬのと他人を巻き込んで死なせるのは全然重みが違うのだ。
「約束して。必ず生きて帰ること。それと、自分だけじゃ無理だって思ったらちゃんと人を頼ること。私だって、いつだって手を貸せるとは限らないけど、知らない内に友達が大変な目に遭ってるとか嫌だもの」
「うん……そうだな」
もしもヒルダが、アローが知らない内に大変な目にあっていて、それがアローにも手助けできることだったのだとしたら、力を貸せなかったことを酷く後悔するだろう。
彼女が言っているのはそういうことだ。
「約束するよ。生きて帰るし、大変な時はちゃんと君を頼るから」
■
そんなやりとりがあった一週間後に、アローは黒き森の奥に独りで放り出された。
文字通り、放り出されたのだ。
朝起きて、身支度を整え、そういえば今日が師匠の言っていた一週間目だと気づいて、念のために剣と魔法道具を揃えた荷物を用意し、腰紐にミステルのいる瓶をくくりつけた。
その次の瞬間に、アローは黒き森の上空に放り出され、落ちて木の枝にひっかかり、地上に降り立ったところで魔獣の群れに追いかけ回される羽目になった。
そして駆けて、駆けた先に、独りの少女が立っていた。
紅い紅い、人ならざるものの瞳。アローに向けているのは、まぎれもない殺意。
「……悪いが、まだ死ぬわけにはいかないんだ。約束があるからな」
針葉樹のような濃い緑の髪、紅い瞳。その少女は森の中に忽然と姿を現した。
森には似つかわしくない光沢を纏った白い天鵞絨のドレス。腰には赤い紐を巻きつけている。
「師匠の使い魔か?」
「答えてあげる義理はないけれど、今はそう解釈してくれていいわ。貴方には悪いけど、殺してもいいって言われているから……ふふ、久しぶり……久しぶりにだわ……人が殺せるのね」
嬉しそうに少女はくるくると回る。
「貴方、踊りは踊れるの? 私と一緒に踊ってくれる?」
彼女の笑顔が、口が、耳の辺りまで紅く裂けて大きく口を開ける。
「人狼か」
緑色のドレスは引き裂かれ、大きく口を割いたその少女は白銀の毛皮を持つ巨大な狼へと変貌した。
アローは反射的に閃光の魔法道具を投げつける。
「誓約せよ、発動」
閃光が暗い森を一瞬眩く照らし出す。しかし踊り出た白銀の獣は傷一つなく飛び出してきた。地面を転がってそれをかわし、精霊の縄を投げつけて、一度木の枝の腕に避難する。
「あら、その程度の高さに逃げたところで、私は貴方に噛みつくのをためらったりしないわよ?」
狼の口から、少女の嘲笑が聞こえてくる。
「それと、別に私は人狼じゃなくてよ。私は森を行く者、闇から生まれる光の聖霊。いわゆるガンドライドの親玉みたいなものね」
「なるほど」
ガンドライドは亡くなったものたちの魂を冥府へと導く聖霊のたちのことだ。あらゆる死霊を取り込み、肥大化して、冥府へと渡っていく。その導き手となるのは光の聖霊アルキアと呼ばれている。
アルキアが率いるガンドライドの通り道を遮ると、そのものは死に至り魂がガンドライドに取り込まれるとされている。古い神話では、冥府の女神ヘカーティアが率いているとも。
だが、それはあくまで民間に信仰されているガンドライドの姿だ。
死霊は必ずしも冥府に導かれるとはかぎらない。それはアローが自分の目で見て散々確認してきている。そんなに簡単に冥府に召されてくれるのなら、死霊術は成り立たない。
ガンドライドの正体は、死霊を含む精霊、悪霊、魔物の集合体。その中で一番強い『統率者』が彼女ということだ。今にして思えば襲ってきた魔獣たちもガンドライドの一部だろう。
「それで、どうするの? もう少し遊んでくれないとつまらないわ。私を楽しませてくれたら、私たちの隊列に加わる名誉をさしあげましょう」
「それはとてもいらない気遣いだ」
とはいえ、死霊術が使えない状態では面倒な相手なのは事実。
何せ相手は集合体なのだ。その気になれば隊列に加わった魔物の分だけ分裂できる。狼や少女以外にもいくつか姿や特性をもっているに違いない。
『ガンドライドですか……統率者だけを叩けるのならよいのですが』
「ふーん、お困り?」
ふと横を見ると、リューゲが木の枝の隣に座って、足をぶらぶらと揺らしている。
「困ってはいるな。魔法道具と物理攻撃でどうにかできるとは思えない」
「手は貸さないわよ?」
『何のために出てきたんですか……』
ミステルがイライラと吐き捨てたが、リューゲは素知らぬ顔でガンドライドの狼を見下ろしている。
「いつでも手を貸すなんて思わないでちょうだい。高みの見物をしてみたくなっただけよ」
『今はどういう状況かわかってますか? 空気を読んでください』
「いや、リューゲのいうことは正しいぞ。彼女の手をかりたら、師匠はきっと大げさに『つまらん』を連発して、僕のことを放ってどこかへ消えるだろう。ミステル、これは単純に僕が苦難を乗り越えるかどうかの問題じゃなくて、いかに師匠を楽しませられるかという問題だ」
『わかってましたけど、本当にろくでもないですね、あの方は!』
「そう言うな、ミステル。リューゲの手を借りたら確かにガンドライドくらい倒せる。だけど、それじゃ多分師匠は納得しない。だけど、師匠は僕がリューゲの力を全く借りられない状況にはしていない」
『どういうことですか…………』
「僕が師匠を納得させられるくらい面白い機転をきかせてリューゲを説得するか、リューゲの力を直接借りずにリューゲに協力してもらうか、だ」
リューゲはちらりとアローを横目で見て「ふぅん」と興味なさそうにそっぽを向く。
だけど、彼女が狙ってそうしたのか、本当にその気はないのかは不明だが、ある意味リューゲはすでにアローに力を貸している。
ガンドライドの狼が、黒妖精の姿に明らかに警戒しているからだ。だからアローはまだ悠長にこんな会話をしていられる。
「それで、私に何をさせるの? リリエの時みたいな交換条件はないわよ? 常闇竜の件なら、お礼は竜鋼でしているはずだし」
「リューゲは基本的に何もしなくていい。僕が自力で何とかする」
「どうやって?」
手持ちは魔法道具と剣のみ。しかし、師匠は魔法道具と剣の使用は許可している。
「力を込めて物理で殴る」
『お兄様、何でそこでそんな脳筋な判断をされたんです!?』
ミステルの悲鳴をものともせず、アローはキノコ製の精霊の縄を数本肩にひっかけて、木の枝から飛び降りた。
「スヴァルトの手は借りないのかしら?」
「借りなくても君は倒せる」
「……ずいぶんとなめられたものね」
強大な狼が地を蹴った。アローは攻撃には移らず、精霊の縄を木にひっかけて枝を飛び移り、時折地に降りて駆け、を繰り返しながら逃げ続けた。
普通に走って逃げてもすぐに追いつかれる。しかし精霊の縄の強靭さと、思い通りに伸縮する力を上手く利用すれば、飛びかかってくる寸前に木の枝に退避する、といった逃げ方が可能だ。
もちろん失敗すれば命はない。じぶんの縄さばきを信じるしかない。
納品する前に使い方の仕様書を作るため、自分で一通り能力を試しておいたのが功を奏した。思っていたよりもかなり使える。
「おのれ、ちょこまかと……!」
『お兄様、いくら精霊の縄が便利でも、このままではいずれ追い詰められてしまいます』
「いや、追い詰めたのは僕の方だ」
アローはただやみくもに逃げ回っていたわけじゃない。逃げるだけならもっと高い場所で、木の枝同士で渡った方が安全だ。
わざわざ地面に降りて、相手の目の前ぎりぎりでかわすということを繰り返した理由は、ひとつは相手をいらだたせて冷静さを失わせること。もうひとつは、相手の注意を自分だけに集中させることだ。
そして今、木と木の間を幾重にも張り巡らされた精霊の縄が、ガンドライドを囲む檻のようになって、淡く光を発している。
「これくらいで追い詰めたと思われるのは心外だわ。私はガンドライド。狼や人以外にも姿はあってよ? これくらい飛び越えて――」
「誓約せよ、発動!」
アローの命令に従って、一斉に木が爆発する。
アローが逃げ回りながら仕込んだ最後の仕掛け、それはガンドライドの周囲を囲む木々に、爆風の魔法道具を仕込んでおくことだ。
ガンドライドを殺すことは出来なくても、木を倒すことならできる。きちんと仕込む場所だって計算した。
何せアローはこの森で育った。薪を得るために木を倒すのは、師匠クロイツァがそんなことをやるわけがないので、ずっとアローの仕事だった。
縄と合わせて、全ての気が円の内側に向かって倒れるように仕向けたのだ。
轟音を立てて、幾重にも折り重なって倒れてきた木々がガンドライドに降りかかる。
「――なっ!?」
物理攻撃では簡単には死なないかもしれない。しかし、ガンドライドであっても、実体のあるものであるならば、この物理的な木で造られた檻から抜け出すには一瞬でとはいかない。ほんの数秒でも、相手が全く手を出せない時間を作る。それが重要だ。
アローは天然の木でできたその牢屋の隙間に、閃裂魔法を込めた水晶を全て押し込んだ。
「誓約せよ――発動!」
木の檻の中で、光がほとばしる。
獣の咆哮。死霊の悲鳴。悪霊の放つ怨嗟の声。
「魔法道具でも、数をぶちこむと立派な暴力だな」
『………………お兄様』
恐らく、音だけでも何となく状況がわかったのだろう。ミステルが若干呆れたような声を漏らす。
リューゲは木の上で見物をしたまま。
「かわいい顔してえげつない倒し方するわね、坊や……」
心底ドン引きした表情で見下ろすリューゲに、アローはにっと笑う。
「別にかわいくはないと思うが。僕は男だし、別にそんなかわいい見た目でもないぞ。でもいいんだ、ミステルだって言っている、人は外見ではない、と」
「そういう問題ではないし、貴方は妹のいうことをもう少しよく考えてから信じた方がいいわよ。……あと」
「……あと?」
「魔獣が寄って来てるわよ。ガンドライドの一部か、元々森にいた魔獣かはしらないけど」
「ああ……」
アローはそっとリューゲから目をそらす。
『お兄様……まさかとは思いますけど、魔法道具全て使い切ったりとかしていませんよね?』
「勘がいいな、ミステル。そのまさかだ」
『どうするんですか? まさか物理で殴るおつもりで?』
「……逃げる!」
ガンドライドだけなら物理と数の暴力ができたが、魔法道具なしで魔獣全てを剣で相手にするなんて、アローには無理だ。
確かに剣が使えるが、あくまで本業は死霊術師なのだから、たかが知れている。せめてヒルダかギルベルトくらいの剣の才能が欲しい。
「しまらないわねぇ」
呆れた様子で、しかし手を貸す気はやはりないらしいリューゲをよそに……。
かくして、アローは再びミステルの瓶を抱えて森の中を走りまわる羽目になってしまった。