第22話  史有Ⅶ

文字数 1,362文字

次の日、由瑞は体調不良という事で休みを取った。
とても学校に行く気分では無かった。
風邪で熱が出たので数日休むと連絡を入れた。
そしてきっと今日は樹も休みだろうなと思った。
由瑞は樹が心配だった。

 昨夜、樹の部屋から戻ると史有はベッドで眠っていた。由瑞は史有の顔の痣を眺めた。由瑞は他の誰かを殴った事はない。だが、史有はこれで二度目だ。
一度目は由瑞が可愛がっていた小犬を史有が殺した時。
理由は犬が史有を噛んだから。
あの時は蘇芳や母が止めに入った。
そしてこれで二度目・・・。
自分が少しでも攻撃されると倍返し所かとんでもない仕返しをする。切れる訳ではない。それが当然だと思っている。あれで切れる性格だったら樹は今頃救急車で搬送されていただろう。
「悪かった」と言っていたが本当にそう思っているのかどうか・・・。

由瑞は自分の部屋に戻ると、そのままベッドに転がった。体を丸めて泣いていた樹の姿が蘇って胸が痛んだ。
 まさか史有がそんな事をしているなんて夢にも思わなかった。
あの男に拘ってはいるなとは思ったが・・・。あの時、もっとよく史有の話を聞けば良かったと思った。こんな事になるなんて・・・厄介な弟への対応を誤った。

「参った」
由瑞はそう呟くとのろのろと起き上がって洗面所に向かった。
顔をばしゃばしゃと洗う。
鏡に映った自分の顔を眺めた。
久々に凶悪な顔付きをしている。
樹が怖がるのも無理はないと思った。
史有を殴った手が痛かった。人を殴ると自分の手も腫れる。樹の手も随分腫れている事だろう。しかし・・。これはどう始末を付けたものか・・・。由瑞は暗澹たる気持ちで洗面所を出ると、室生にいる蘇芳に電話を入れた。



樹は目覚めて、頭が痛い事に気が付いた。

昨日史有に髪を引っ張られた時には頭の皮が剥がれるかと思う程痛かった。
そのせいだろうか。
随分泣いたせいか目が赤く腫れて瞼が開かなかった。そのせいで痛いのかとも思った。

 そのまま学校へ電話を入れて、風邪で熱が出たから数日休むと連絡を入れた。2日休めば週末だから、来週から出勤すると伝えた。

 破れたブラウスをごみ箱に捨てた。シャワーを浴びてごしごしと体を洗った。髪は恐る恐る洗った。肩の傷は赤紫にくっきりと付いていた。
それを手でなぞりながら深くため息を付いた。
あのガキ、キスマークも付けて行った。それに触れて舌打ちする。

危なかった。
自分も相当やばかった。人生始まっての危機だった。くそ野郎。あんな小僧のお陰で人生が台無しになる所だった。
「くそガキ・・ふざけんなよ」
樹は呟く。怒りがめらめらと涌き上がって来る。

もう少しで融に災厄を呼び込んでしまう所だった。
たった一人で意識不明の従姉を抱えて頑張っている融に・・・そう思うとぞっとした。


一体あのクソガキはこんなことまでして融に何の用事があるのだろうと思った。佐伯がその理由を教えてくれるだろうから、それを確認してから融に連絡を入れようと思った。こんな事があったのだから流石に融に黙っている訳には行かない。


 髪を乾かし、コーヒーを入れて音楽を流した。
それを聞きながら部屋の中を片付ける。幾つかの服と下着や日用品を旅行バックに詰め込む。部屋の戸締りを確認すると陸の写真をひとつ取り上げた。それをバックに入れる。
ドアの鍵を掛けた。
今日は涼子の所に泊めてもらおうと思った。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み