第14話   奈々さん

文字数 1,234文字

「ねえ、融。話があるの」
奈々さんがそう言った。
奈々さんはベッドに座って髪を乾かしていた。レースのキャミから伸びる白い手足が眩しい。融は座ってコットンパンツに足を通す。

「何?」
「私、結婚する事にしたの」
「えっ?」
融は驚いた。


彼女はドライヤーを置くと、言葉の出ない融をベッドに押し倒し、上から顔を覗き込んで口付けをした。
女の肩までの髪が融の顔に落ちる。
彼女は唇を離すと融の顔を眺める。
そしてクスリと笑った。
「御免なさいね。ニューヨークには仕事で出掛けた訳では無くて、その・・・婚約者に会いに行っていたの。・・・私は結婚して暫く向こうに住む積りなの」
融はまじまじと彼女の顔を見る。
「・・・って事はずっと二股を掛けていたって事?」
知らなかった・・・。何て事だ。信じられない。

「あら、嫌だ。そんな事はしないわよ。・・・・彼とは婚活のサイトで知り合ったのよ。ここ数か月の事よ。二股はまあ、3か月位かなあ・・・。
お互いに気が合って・・・・趣味も合うしでトントン拍子に話が進んで・・・貴方ほどカッコよくはないし、貴方ほど優しくもないけれど、貴方よりは収入はあるし、貴方よりもしっかりしているし・・・。私よりも4つ年上なのよ」
奈々さんは言葉を切って融を見る。

「・・・・・だって、あなたは私と結婚しないのでしょう?」
そう言われて融は言葉に詰まった。

「男はいいわよ。その気になれば子供が作れるから。でも女は子供を身籠ってお腹の中で育てなくてはならないから。
私は早く赤ちゃんが欲しいの。・・・・あなたには私の気持ちは分からないわ」
奈々さんは諦めた様に言った。

「あなたが一番大切にしている女性は小夜子さんよ。小夜子さんに何かあればきっとあなたは私を置いてそこに駆け付けるわ。・・・私はあなたの一番には到底なれないと思ったの。・・・結婚して、そして子供もいながらよ?それでも好きな男の一番になれないって、惨めな話よね。どうすればいいの?諦めるの?そういう相手だったって」
彼女は苦い笑いを浮かべてそう言った。

それは違う。
融はそう思った。
そんな事がある筈が無い。

でも、それをどう説明したら良いか分からなかった。
余りにも突然過ぎて。
まさかこんな展開になるとは・・・。

だったら今、この場でお前は彼女と結婚しようと言えるのかと自分に問い掛ける。
今じゃなくてはいけないのか?
今は無理だ。とてもそんな気分になれない。
じゃあ、いつならいいんだ?

融は奈々さんの顔を見た。
「ねえ。だったらどうして今日は俺と寝たの?」
彼女は笑った。
「だって、あなたの事が好きだから。良いじゃないの。そんなの。もうこれで最後だから。ふふふ。私はあなたとこうやってベッドにいるのがすごく好きだったの。でもこれで最後。
だから最後は楽しく過ごしたかったの。・・・・・いいでしょう?だって、あなたを諦めてあげるのだから」
彼女はそう言って白い指で融の髪をかき上げた。そしてその肩に額を押し当てる。
融は彼女の髪を撫でた。そして黙って天井を見詰めた。
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