第19話  史有 Ⅲ

文字数 1,111文字

樹はいつもの駅で降りると、改札口で知っている顔を見付け、はたと立ち止まった。
「あれ?どうしたの。史有君」
樹が言った。
「お疲れ様です。お帰りなさい。宇田先生。ちょっとお話したい事があって・・」
「何かしら?」
樹は立ち止まって聞いた。
「ちょっと、こっちに来てください」
史有がロータリーの端に樹を引っ張って行く。
「どうしたの?史有君」
樹は慌てる。

史有は樹に向き直ると言った。
「あのう・・・前回の男の人。宇田先生と一緒に居た・・・あの人に会って確認したい事があるんですが・・」
「えっ?融君?」
樹は驚いた。
「ああ。そうそう。その人。確か、宇田先生は融君って言っていました。・・なので電話番号か・・住所か教えて頂けませんか?」
樹は史有を見る。
「だって、あなた、本人の許可も無くてそんな個人情報を勝手に教える訳に行かないでしょう?」
史有は首を傾げる。
「ああ確かに。じゃあ・・その人に確認を取ってもらってもいいですか?」
高校生は爽やかにそう言う。
「いや、構わないけれど・・・拒否されたら教えられないわよ。それにこの事を佐伯先生はご存じなの?」
「あー」
と言って史有は樹を見る。
何と答えるか迷う。
 知っていると言っても嘘だとすぐにばれるだろう。何しろ同じ職場に居るのだから・・・。
「ちょっと・・ウチの兄には内緒なので・・・宇田先生も黙っていてもらっていいですか?」

えっ?
ちょっとそれは不味いのではないかい?

「・・そうねえ。史有君。ご希望に添えなくて悪いんだけれど、お兄さんの許可を取ってくれるかしら。それからでいい?私から確認しようか?」
史有は慌てて言った。
「あっ、大丈夫です。じゃあ先に兄に話をしてからまたお願いに来ます」
「そうだよね。その方が良いよ」
樹は言った。

「じゃあ、また」
史有は頭を下げて駅に向かう。
樹も「じゃあね」と言って家路に向かう。
あの子、今日は私を待っていたんだ・・。
前回もそうだったが、彼はすごく融君を気にしている・・・・何でだろう。

融君は彼に付いては知り合いでも何でもないと言っていたが・・・。何か思い違いでもしているのだろうか。樹はそう思いながら家を目指して歩いた。


 玄関の鍵を開けた時、ふと後ろに人の気配がした。
樹は後ろを振り向く。すぐ後ろに史有が立っている。
樹は驚いて悲鳴を上げた。
その口を後ろから史有の手が塞ぐ。
片手で樹を押さえ、片手でドアを開けた。
史有は無言で樹と一緒に部屋に入り込むとドアの鍵を掛けた。

「今晩は。また会ったね。宇田先生。さっきの続きなんだけれど・・すぐに済むから。・・おっと、騒がない方がいいよ。俺、あんたと援助交際(エンコー)しているって事になっているから」
彼は樹の口を押えたままそう言った。



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