第3話   蘇芳と史有

文字数 1,830文字

由瑞は樹がエントランスから出て行くのを見送った。

部屋に戻ると、蘇芳(すおう)と史有(しう)はそれぞれにリビングの椅子に座ってスマホを見ていた。
蘇芳はちらりと由瑞を見上げた。
じっと彼を見る。
「蘇芳、止めてくれないか」
由瑞はうんざりした様に言った。

「ふうん。あの人の事が気になっているのね」
蘇芳が言った。
「うるさいな」
由瑞はそう言った。

蘇芳はふふっと笑った。
「馬鹿ね。何も視ていないわよ。視えないわよ。ガードが固くて。それに覗かないのがルールだから。でも、あなたのその雰囲気で分かるわよ。ねえ史有。・・・あら?駄目よ。今更そんな顔しても」
蘇芳は可笑しそうに声を上げて笑った。

「そんなの、分かるわよ。あなたが魅かれるのはあんな感じの子よね。ちょっと中性的な感じの。朱華もそうだったし。ふふ。きっとあなたの遺伝子がそれを求めているのね。・・・でも、ちょっとあの子は・・不思議な感じがするわね。揺らぎが有ると言うか・・不安定な・・ああ。成程。そこがまた魅力とか?」
蘇芳がにやりと笑う。
「いいから。もう黙ってくれ」
由瑞はため息を付いた。
本当にこの姉は厄介だ。

「由瑞。お茶を入れてくださらない?私はアッサムでいいわ。ミルクも付けてね。史有は?」
「俺はコーラでいい」
「コーラはない」
「じゃ、お茶でいい」
「お茶もティーパックしかない」
「じゃあもうそれでいいわよ。今度は自分で買って来るわ」
蘇芳がそう言った。

由瑞はキッチンに向かう。後ろから蘇芳の声が追い掛ける。
「ねえ。あの子は幾つなの?」
「俺達と同級生だよ」
「えっ?」
史有が驚く。
「あら?そうなの?見えないわね。じゃあ、あの子なんて言ったら失礼ね」
蘇芳がそう言った。

 由瑞はお茶をテーブルに運ぶと、さっき樹に貰ったアップルパイを切った。
「あら。美味しそう」
「姉さん。いいのかよ?アップルパイなんか食べて。」
史有が言う。
「うるさいわね。余計なお世話よ。大体あなたが、あんな馬鹿な事をするから、こんな東京くんだりまで来なくちゃ・・」
「うるせえよ。だから俺は一人で来るって言ったろう?」
史有が不機嫌に言う。
「あのねえ。・・好きで来た訳じゃないわ。必ず付いて行けと言うお父様からのお達しよ。・・・何よ。その態度。全く反省の欠片も無い・・・末っ子だからって皆で甘やかすからこんな事になるのよ」
蘇芳は言い返す。
由瑞は黙ってそれぞれのカップに紅茶を注いだ。

沈黙が訪れる。

「それで?何があったんだ?母さんから電話を貰ったが、詳しい事は二人に聞いてくれと言われた。」
由瑞は言った。

史有はそっぽを向いている。
蘇芳はお茶の香りを確認して
「あら、ちょっといいわね。これはダージリンね」
と言ってパイを一口食べる。
「すごく美味しい」
彼女は嬉しそうに微笑む。

由瑞は蘇芳を黙って見ている。

蘇芳はお構いなしにパイを食べてお茶を飲む。
食べ終えると「御馳走様。美味しかったわ」と言ってハンカチで口元を拭った。
そしてじっと由瑞のパイを見る。
「由瑞。甘いものは苦手だったわよね」

由瑞は自分のパイをほんの少し残すと他を蘇芳の皿に移す。
「あら、有り難う。珍しい。今回は食べるのね」
蘇芳はふふふと笑う。
「頂いたものだから」
由瑞はそう言う。

そしてまたしばし沈黙。

「蘇芳」
由瑞は呑気にパイを食べる姉を呼んだ。

「史有がどっかの高校生をぼこぼこにやっつけたのよ。3人。高階とお父様が必死で火消しに走り回ったけれど・・・学校は勿論退学よ」

「向こうから因縁を付けて来たってこの子は言っているわ。・・・・まあ向こうはナイフとか木刀とか持っていたから。・・待ち伏せされたらしいわよ。だから、一応、この子は被害者なのよ。・・・・でも、3人とも入院よ。
過剰防衛で家裁送りよ。まあ裁判官の心証が良かったから、厳重注意で済んだけれど。
やり過ぎだっつーの。って思うでしょう?・・・詳しい事は本人に聞いて。
向こうの親も下手すれば少年院行だしね。和解に応じたわ。」
蘇芳は説明した。
由瑞は史有を見た。
史有はアップルパイを突っつきながら下を向いている。

「それでね。こっちの高校に編入の手続きを取ったの。向こうはもう無理だという事で」
「えっ?」
由瑞は驚いた。

「だから由瑞。史有が高校を卒業するまでは、ここで一緒に暮らしてあげて欲しいの。部屋はあるのだから。と、お母様はおっしゃっていたわ」
蘇芳はポットからお茶のお替りをカップに注ぐとそう言った。
「はあ?・・何?それ」
由瑞はそう言った切り蘇芳と史有を交互に眺めた。
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