第5話  奇遇な出会い Ⅲ

文字数 1,015文字

由瑞は史有を連れて編入する私立高校へ面談に出掛けた。

面談は滞りなく済んだ。
父が振り込んだ多額の寄付金がモノを言ったに違いない。但し、暴力沙汰など起こした場合は有無を言わせず即刻退学だという事は念を押された。
疾うに前の学校に問い合わせは済んでいる様だ。それはそうだろう。こんな時期外れの転入生。それも親は付いてこない。
どんな家だと思っただろうな。
担任はごっつい顔と体をした中年の体育教師だ。生徒指導担当でもあるという。柔道とかやっていそうだ。
史有対応だな。
由瑞はそう思った。


高校を出て、史有とふらふら帰り道を辿っていたら樹に出会った。

奇妙な出会いだと思った。
樹にそんな場所で偶然出会った事も驚いたが、連れの男にも驚いた。
男が怪訝な表情でこちらを見た。

こいつは見えている。

一瞬でそう分かった。
男が樹を後ろ手に隠した。
その仕草を見て、自分の中を何かが横切った。

珍しい。
そう思った。
異質に気付く男の鋭い感性にも。
自分の感情が泡立つ事にも。

由瑞は振り返る。
「ほら、先日の宇田先生」
そう言いながら史有の反応を見て不味いなと思った。



由瑞は部屋のソファに座るとコーヒーを一口啜った。
夏の一日が終わった。

史有は実家の荷物の整理をすると言って帰って行った。
引っ越すと言っても持って来る物は衣服とPCとギター位だろうと由瑞は思っている。自分が書斎として使っていた部屋を史有に明け渡した。ベッドをひとつ買い入れた。それと小さなチェストと洋服を掛けるパイプ。史有は物持ちではないから、それで足りる。

帰る間際の史有に念を押した。
「間違っても、さっきの男に手は出すなよ」
「分かっているって。だけど兄さん。あいつは・・」
顔を上げて続きを言い掛けた史有に無理やり言い渡した。
「約束だからな。絶対に近付くな」
史有は「はあ」とため息を一つ付くと「分かったよ」と答えた。
「ちゃんと俺の目を見て言えよ」
由瑞はそう言った。
「分かっているって。しつこいな」
史有は由瑞を見てそう言うと、くるりと後ろを向いて歩き出した。
「気を付けて帰れよ」
由瑞はその後姿に声を掛ける。
史有は片手を上げた。

由瑞の脳裏に樹を後ろ手に隠した男の姿が浮かんだ。

あれから、あの場面が何度も脳裏に浮かぶ。
その都度心が微かに揺れる。
同時に蘇芳の言葉も蘇る。
自分では気が付かなかったが・・・。
由瑞は苦笑する。何もかもあの姉にはお見通しなのだ。
雰囲気か・・・そんな曖昧なものに魅かれるこのDNAとは一体何だと思う。
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