第32話   小夜子

文字数 1,728文字

病室の前のパイプ椅子に黒服の男が座っていた。

融を見るとすっと立ち上がって頭を下げた。
見るからに怜悧な印象を受ける。
眼鏡の奥の細い目が鋭く二人を見る。
武術でもやっていそうな身体つきだ。と言うか、オールバックの髪形と言い、どう見ても筋者に見える。


「里村さん。こちらは佐伯さんご兄弟です。弟の史有君とお兄さんの由瑞さん」
二人は頭を下げる。
「佐伯さん。こちらは里村さん。薄羽様の運転手兼・・・何だろう?秘書かな」
「ただの寺男です」
里村が言った。
「薄羽様は中に?」
「はい」
男は返事をした。
「里村さんもどうぞ」
融が言った。
「いや、私はここで」
「ここにあなたに居られると、看護師さんが怯えるから。変な噂が立つと困るんです」
融はにこやかに言った。
里村も苦笑いをして「ああ・・これは気が付かないで申し訳ありませんでした」と言った。
そしてパイプ椅子を折り畳むと一緒に中に入って行った。

融が病室のドアを開けた。
里村は部屋の隅に音も無く座った。

最初に目に入ったのはベッド脇に座る着物姿の大男だった。
坊主頭で少し伸びた髪は銀色をしていた。40過ぎ・・いや50過ぎか?
由瑞はそう思った。

「佐伯さん。こちらは薄羽様です。うちと縁の深い寺の御住職です」
融が紹介する。
「薄羽様。こちらは佐伯さんです。兄の佐伯由瑞さんと弟の史有君です」
大男は立ち上がると頭を下げた。
「薄羽と申します。奈良にお住まいとか・・・。私の寺は京丹波に御座います。・・・お見知り置きを」
男の片目は灰色に濁って半分閉じていた。そこに大きな傷がある。太い眉の下のもう片方の目はしっかりと由瑞の目を見た。大きくて穏やかな瞳だった。
由瑞はほっとして、頭を下げた。
「佐伯由瑞と申します。初めまして。・・・これは、弟の史有です。宜しくお願い致します」

史有。挨拶・・そう思って史有を見ると、史有はただ一点、白いベッドに横になっている女性をじっと見詰めていた。

これが小夜子か・・
由瑞はその女性を眺める。
まるで日本人形だな。
そう思う。

本当に生きているのだろうか。由瑞はその顔に自分の顔を寄せて息を確かめたくなった。
まさか・・・ここにいる全員で俺達をかついでいるんじゃないだろうな・・・。

「ちゃんと生きていますよ」
突然融が言った。
由瑞はびっくりして融の顔を見た。
「日本人形みたいでしょう?・・・きっとそう思っただろうと・・・これが今の俺の唯一の肉親です」
融が小夜子を見てそう言った。

その眼差しを見てふと由瑞は樹を思い出した。
樹はここに来た事が有るのだろう。
男のこの眼差しを見て、樹は何を思うだろうか。


史有はじっと小夜子を見ていたが、
「赤津さん。近くに寄ってもいいですか。」と聞いた。
「ああ。どうぞ」
史有が小夜子の枕元に立つ。
小夜子を見詰める。
「ああ、やっぱり同じだ。あの男と同じだ。・・・あの、済みません。赤津さん・・。小夜子さんの手を握ってもいいですか」
史有は融を見てそう言った。
融はじっと史有を見た。そして頷いた。

史有は小夜子の手に触れた。恐る恐る掌で小夜子の手を温めるように包んだ。
由瑞は驚いた。
あの乱暴者の史有とは思えない程の繊細さだった。

史有は暫く手を握って顔を見ていたが、その手をそっと布団の中に戻した。
「赤津さん。きっとこの人です。いや、絶対にこの人です。あの人が探していたのは。・・・実は俺、あの人に預かっていたものがあるんです」
史有が言った。


「えっ?」
由瑞は驚いた。
そんな事は一言も言っていなかった。
あの大満月の夜も。この騒ぎの最中にも。まだこいつは何か隠していたのか?
由瑞は史有をまじまじと見た。


史有は済まなそうに由瑞を見た。
「御免なさい。兄さん。俺は言えなかったんだ。『サヨ』にだけ言うべきだと思ったんだ。・・本当だったら・・・目を覚ましているこの人にちゃんと渡したかった」
そう言うと上着のポケットから小さな紫色の石を取り出した。
それを一目見た融は目を見張った。

石は独特の形をしている。
勾玉だ。
勾玉には細い革紐が通してあった。
革紐は切れていた。
融はそれを手に取った。そして史有を見詰めた。






*読んでくださって有り難う御座います。

以下「汞の月」【参】に続きます。1月17日スタートです。いよいよ蘇芳参戦です。

お楽しみに。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み