第31話  サヨⅢ

文字数 955文字

小正月が過ぎたある休日だった。
空は不機嫌に曇っている。予報では雪になると言っていたが。
由瑞は車を駐車場に入れると玄関に向かった。
随分不便な場所に入院させているなと思った。


玄関先のベンチでは融が寒そうに二人を待っていた。
足元に大きな犬が寝そべっていた。
ざらざらした質感の毛並みがここからでも分かる。日本犬か?
見たことも無い大型犬だ。いや・・でかすぎるだろう。
何の犬種だろうか。

融は二人が近付いて来るのを見ると立ち上がった。同時に犬も顔を上げた。
その顔を見て由瑞はぶるりと震えた。
鳥肌が腕から背中にざっと走るのを感じた。

これは狼なんじゃないのか?

二人は離れた場所で立ち止まる。

「ああ・・済みません。今、犬を車に入れて来ますね。この後ちょっと高原でも走らそうかと思って。いいドックランがあるんです」
犬は青みがかった銀の目で二人を見詰める。体は強(こわ)い灰色の毛で覆われている。
「これは・・ハスキーとの交配種ですか?」
由瑞は聞いた。
「いや。どうだろう・・・ただの雑種じゃないかな。・・・ちょっと待っていてください。車に入れて来ますから」
そう言うと融は犬の首に手を置いた。
「行くぞ。伊刀」
犬はのそりと立ち上がる。その間も二人から目を離さない。そしてふんと鼻を鳴らすと融に引かれて駐車場に向かって歩いて行く。

二人は唖然とそれを見送る。

あの目は・・犬の目じゃない。理性のある人間の目に近い。
あれは本当に犬なのか?
由瑞はそう思った。

「兄さん」
史有が声を掛けた。
「あれ」
史有が病院の屋上を指差す。
そこには大きな鴉が一羽、柵にとまってこちらを見下ろしていた。
これもでかい。見た事も無い程でかい鴉だ。
漆黒の羽。
正に怪鳥だ。
二人が見上げても鴉は微動だにしない。じっと下を見ている。

由瑞は言った。
「・・・史有。あれは、あの鴉は何か赤津と関係が有るのか?・・・もしそうなら俺達は・・とんでもない奴と関わり合いになってしまったようだ」
「ああ。体中がぞわぞわする。恐ろしい位だ。アドレナリンがドバドバ出て体中を駆け巡っている」
史有が言った。

「済みません。お待たせしました」
融が向こうから駆けて来る。
「あいつ・・善良そうな顔して‥すっかり騙された。・・・参ったな。だが、今更逃げる訳にも行くまい。これは腹をくくるしかないな」
由瑞はそう言った。

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