第20話 史有Ⅴ
文字数 2,429文字
史有は体で樹を押さえて片手で口を塞いだ。
樹は力一杯藻掻いたが、史有は動かなかった。
史有は乱暴にブラウスのボタンを引き千切り、その肩に咬み付いた。
「痛い」
樹は必死で暴れる。押さえ付けられた口から悲鳴が漏れる。
咬み付いた。
怖い。何なの。こいつ。
樹は恐怖で一杯になる。
夢中で暴れた。
力一杯抗っても史有はピクリともしない。
樹はふと体の力を抜いた。
史有はその様子を横目で見る。
そして咬み付いた口を離して唇をその胸に這わせた。
樹の目に涙が溢れた。涙がベッドに落ちる。
その顔を見ていた史有が言った。
「泣く事はねえだろう?」
甘い顔で囁く。
そしてその舌で頬をぺろりと舐めた。
樹は鳥肌が立った。
「お前が悪いんだからさ」
史有は樹の項に顔を近付ける。
「痛い」
樹が叫んだ。
「キスマーク。おまけ」
史有が言った。
「・・ふうん。お前いい匂いがするな・・・。ちょっとそそられるけど・・由兄に怒られるから止めて置くわ・・・。成程なあ。そんな訳か」
史有はクックと笑う。
白い肩に血の滲んだ歯形がくっきりと浮かんだ。
それを見て、「まあまあだな」と史有は言った。
「甘噛みにして置いたから。・・もっと見える所にして置けば良かったかな。キスマークはちょっとエロくて良い感じだぜ」
史有は笑ってそう言った。
彼は立ち上がると樹のバックからスマホを取り出した。
「ほれ。早く電話番号」
樹は自失茫然としている。
「早く。電話番号!」
スマホを樹の頬に押し付けた。
樹はのろのろと起き上がった。
史有はコーラを飲む。
「ねえ。ここに来てもらってもいい?」
樹が聞いた。
「ここへ?」
「だって、そうすれば会いに行く手間が省けるでしょう。家を探す手間も」
史有は暫く考える。
「ああ。成程。宇田ちゃん。流石頭いいねえ・・・。そうだな。探す手間が省ける。その男に確認すればいいだけの話だからな。・・・たったそれだけの事なのにさ。宇田ちゃんがごねるからこんな痛い目見ちゃって。馬鹿な女だねえ。・・・俺の大事な顔を靴なんかで殴りやがったんだから・・本当だったら腕を噛み切ってやってもいい位なんだぜ」
樹は黙ってスマホを見ている。
「どれ位掛かる?」
史有が聞く。
「一時間も掛からないと思う。すぐに来てもらうから」
「はあ。・・流石。愛されているんだねえ。・・んじゃそのカッコ、不味いな。もっときちんとしてもらわないと」
樹はのろのろと動いてジャケットを羽織る。
「肩の歯型はさ・・じゃあ、その愛しい融君が来る前に俺と一発やっちゃったって事にしておけば?」
史有の口から融の名前が出たのでまた鳥肌が立った。
「ねえ。冷蔵庫から冷やすの。取って。肩が痛いから」
「はいはい。俺の焼き印だからね。結構消えないもんだよ。それ」
そう言いながら史有が冷蔵庫に向かう。
樹は電話を入れた。
用があるから急いでアパートに来てくれる様に頼んだ。出来るだけ早く。何を置いても。理由は来れば分かるから。と。
最後は泣き声になった。
樹は電話を切るとそのままテーブルに突っ伏して泣いた。
史有はそんな樹を見て言った。
「仕方ねえだろう。泣いたって・・・。でもさ、自分の女が泣きながら早く来てなんて言ったら、融君、きっと飛んで来るよな。羨ましいねえ。アツアツで。まあさ、その男が来て俺の用が済んだら、宇田ちゃんの写真は消しておいてやるよ。大丈夫だから。心配するな。」
「今消して欲しい。呼んであげたのだから」
「・・いや。やっぱり駄目だな。その男に何かごねられたら困るし、それにあんたがこの事を兄貴に言ったらそれも困る。ああ・・畜生。だったらさっきのベッドの写真も撮っておけば良かった。宇田ちゃんには悪いけれど、これは保険だから消す訳には行かないな」
「・・誰にも言わない。こんな事誰にも言えない・・」
樹は顔を伏せたままそう言った。
「そうだよなあ。言えねえよなあ・・・。彼氏にだって言えねえよなあ。でもなあ・・・SNSって怖いよな。だって一度拡散するともう未来永劫に消えないかも知れないんだぜ。その写真。その後でさ、幾ら真実は違うとか言っても、もう関係ねえ。ハイエナみたいな奴らが拡散するんだ。勝手なコメントをくっ付けてさ。ホント怖えよな。
中学教師・・・・兄貴と同じ年って言ってたから28歳?イケメン高校男子とエンコーなんて。すげえバッシングだろうなあ・・・・怖い。怖い。ネットって怖いね。もう一生外に出られないね。怖くて。きっと家も特定されちゃうかも。怖いなあ。ねえ。そう思わない?俺の体験談も入れて置こうか?うんと過激なやつ。」
史有はそう言うと椅子に座って鼻歌を歌いながらスマホを見始めた。
樹はぐったりと倒れていたが、ふらりと立ち上がると蛇口に行ってごくごくと水を飲んだ。
「ねえ。どうして彼と会いたいの?」
史有はちらりと樹を見た。
「だから確認したいんだよ。ただそれだけなんだ。その男をどうこうする積りは無いんだ。ただその男が、ちゃんと正直に言えばな。まあ、この写真があるから大丈夫だろう。・・俺はただ知りたいだけなんだから」
「何を?」
樹は聞いた。
「何でそんなの、あんたに教えなくちゃなんねえの?カンケーねえだろう」
樹は泣き腫らした目で史有を見るとふらふらと歩いて玄関先に座って顔を膝に埋めた。
「何だよ。その陰気な感じ。やだやだ。宇田ちゃんが靴で俺を殴るからこんな事になったんだろう?まるで俺が悪いみたいに。最初っから素直に教えりゃあこんな事にならなかったんだよ。あの駅でさ。大人しく聞いている内に。ホント阿保やなー。何がお兄さんに言ったの?だよ。笑かすぜ。ガキ扱いしてんじゃねーよ。」
史有は椅子を揺らしながらそう言った。
樹は固まった様に座っている。
史有は頬杖を付いてスマホの動画を見ている。時々笑う声が聞こえる。
玄関のチャイムが鳴った。
樹はすっと立ってドアを開けた。外にいた男の手を引いて中に入れて鍵を掛ける。
史有は「彼氏。来たのー?」と言って玄関を覗く。
一瞬唖然とする。
そして「このクソ女・・」と呟いた。
樹は力一杯藻掻いたが、史有は動かなかった。
史有は乱暴にブラウスのボタンを引き千切り、その肩に咬み付いた。
「痛い」
樹は必死で暴れる。押さえ付けられた口から悲鳴が漏れる。
咬み付いた。
怖い。何なの。こいつ。
樹は恐怖で一杯になる。
夢中で暴れた。
力一杯抗っても史有はピクリともしない。
樹はふと体の力を抜いた。
史有はその様子を横目で見る。
そして咬み付いた口を離して唇をその胸に這わせた。
樹の目に涙が溢れた。涙がベッドに落ちる。
その顔を見ていた史有が言った。
「泣く事はねえだろう?」
甘い顔で囁く。
そしてその舌で頬をぺろりと舐めた。
樹は鳥肌が立った。
「お前が悪いんだからさ」
史有は樹の項に顔を近付ける。
「痛い」
樹が叫んだ。
「キスマーク。おまけ」
史有が言った。
「・・ふうん。お前いい匂いがするな・・・。ちょっとそそられるけど・・由兄に怒られるから止めて置くわ・・・。成程なあ。そんな訳か」
史有はクックと笑う。
白い肩に血の滲んだ歯形がくっきりと浮かんだ。
それを見て、「まあまあだな」と史有は言った。
「甘噛みにして置いたから。・・もっと見える所にして置けば良かったかな。キスマークはちょっとエロくて良い感じだぜ」
史有は笑ってそう言った。
彼は立ち上がると樹のバックからスマホを取り出した。
「ほれ。早く電話番号」
樹は自失茫然としている。
「早く。電話番号!」
スマホを樹の頬に押し付けた。
樹はのろのろと起き上がった。
史有はコーラを飲む。
「ねえ。ここに来てもらってもいい?」
樹が聞いた。
「ここへ?」
「だって、そうすれば会いに行く手間が省けるでしょう。家を探す手間も」
史有は暫く考える。
「ああ。成程。宇田ちゃん。流石頭いいねえ・・・。そうだな。探す手間が省ける。その男に確認すればいいだけの話だからな。・・・たったそれだけの事なのにさ。宇田ちゃんがごねるからこんな痛い目見ちゃって。馬鹿な女だねえ。・・・俺の大事な顔を靴なんかで殴りやがったんだから・・本当だったら腕を噛み切ってやってもいい位なんだぜ」
樹は黙ってスマホを見ている。
「どれ位掛かる?」
史有が聞く。
「一時間も掛からないと思う。すぐに来てもらうから」
「はあ。・・流石。愛されているんだねえ。・・んじゃそのカッコ、不味いな。もっときちんとしてもらわないと」
樹はのろのろと動いてジャケットを羽織る。
「肩の歯型はさ・・じゃあ、その愛しい融君が来る前に俺と一発やっちゃったって事にしておけば?」
史有の口から融の名前が出たのでまた鳥肌が立った。
「ねえ。冷蔵庫から冷やすの。取って。肩が痛いから」
「はいはい。俺の焼き印だからね。結構消えないもんだよ。それ」
そう言いながら史有が冷蔵庫に向かう。
樹は電話を入れた。
用があるから急いでアパートに来てくれる様に頼んだ。出来るだけ早く。何を置いても。理由は来れば分かるから。と。
最後は泣き声になった。
樹は電話を切るとそのままテーブルに突っ伏して泣いた。
史有はそんな樹を見て言った。
「仕方ねえだろう。泣いたって・・・。でもさ、自分の女が泣きながら早く来てなんて言ったら、融君、きっと飛んで来るよな。羨ましいねえ。アツアツで。まあさ、その男が来て俺の用が済んだら、宇田ちゃんの写真は消しておいてやるよ。大丈夫だから。心配するな。」
「今消して欲しい。呼んであげたのだから」
「・・いや。やっぱり駄目だな。その男に何かごねられたら困るし、それにあんたがこの事を兄貴に言ったらそれも困る。ああ・・畜生。だったらさっきのベッドの写真も撮っておけば良かった。宇田ちゃんには悪いけれど、これは保険だから消す訳には行かないな」
「・・誰にも言わない。こんな事誰にも言えない・・」
樹は顔を伏せたままそう言った。
「そうだよなあ。言えねえよなあ・・・。彼氏にだって言えねえよなあ。でもなあ・・・SNSって怖いよな。だって一度拡散するともう未来永劫に消えないかも知れないんだぜ。その写真。その後でさ、幾ら真実は違うとか言っても、もう関係ねえ。ハイエナみたいな奴らが拡散するんだ。勝手なコメントをくっ付けてさ。ホント怖えよな。
中学教師・・・・兄貴と同じ年って言ってたから28歳?イケメン高校男子とエンコーなんて。すげえバッシングだろうなあ・・・・怖い。怖い。ネットって怖いね。もう一生外に出られないね。怖くて。きっと家も特定されちゃうかも。怖いなあ。ねえ。そう思わない?俺の体験談も入れて置こうか?うんと過激なやつ。」
史有はそう言うと椅子に座って鼻歌を歌いながらスマホを見始めた。
樹はぐったりと倒れていたが、ふらりと立ち上がると蛇口に行ってごくごくと水を飲んだ。
「ねえ。どうして彼と会いたいの?」
史有はちらりと樹を見た。
「だから確認したいんだよ。ただそれだけなんだ。その男をどうこうする積りは無いんだ。ただその男が、ちゃんと正直に言えばな。まあ、この写真があるから大丈夫だろう。・・俺はただ知りたいだけなんだから」
「何を?」
樹は聞いた。
「何でそんなの、あんたに教えなくちゃなんねえの?カンケーねえだろう」
樹は泣き腫らした目で史有を見るとふらふらと歩いて玄関先に座って顔を膝に埋めた。
「何だよ。その陰気な感じ。やだやだ。宇田ちゃんが靴で俺を殴るからこんな事になったんだろう?まるで俺が悪いみたいに。最初っから素直に教えりゃあこんな事にならなかったんだよ。あの駅でさ。大人しく聞いている内に。ホント阿保やなー。何がお兄さんに言ったの?だよ。笑かすぜ。ガキ扱いしてんじゃねーよ。」
史有は椅子を揺らしながらそう言った。
樹は固まった様に座っている。
史有は頬杖を付いてスマホの動画を見ている。時々笑う声が聞こえる。
玄関のチャイムが鳴った。
樹はすっと立ってドアを開けた。外にいた男の手を引いて中に入れて鍵を掛ける。
史有は「彼氏。来たのー?」と言って玄関を覗く。
一瞬唖然とする。
そして「このクソ女・・」と呟いた。