第9話  占いⅢ

文字数 2,023文字

客は帰った。

蘇芳は部屋着に着替えると、庭の池に注ぐ水をペットボトルに汲む。
暫くじっと池を眺める。
池の鯉は5匹。


泳いでいるそれの姿がいつの間にか視界から消えた。
見詰めている水の表面が水晶玉の様に硬度を持ち始める。同時に輝度も。
結晶に閉じ込められた内部の水は揺れている。流動の音がさらさらと聞こえる。表面がきらきらと輝く。
水が動く度に淡い虹色が散らばり、光り、弾ける。
蘇芳はそれから目が離せない。

内部の水が固まり始める。
色が変化し始めた。最初に白がそして緑と・・それらは揺れて伸びる。
いきなり紅の線が走る。眼が眩むほどの点描が現れ、至る所でクラッシュする。生まれては消え、また生まれる。

内部の水は金属と非金属との境界に属する。
比重は13.6程度・・・。かなり重い。そう思った途端に水が鈍い銀色に光り始める。
水はどんどん銀色の液体金属に姿を変える。
ゆらゆらと動く『生きている銀』を眺めるうちに、ふと気が付く。

「魚は?」
魚はどうしただろう?

まさか「これ」に飲み込まれていないだろうか。
慌てて魚を探すと、彼らが空気を求めて喘ぐ姿が映る。
「苦しい。苦しい・・・」
魚の内部まで銀が埋め尽くす。
口や目から銀があふれ出す。
何時の間にか魚は自分の姿に置き換わる。

ふらりと揺れてそこに座り込む。
「蘇芳」
誰かが肩を叩く。
蘇芳は、はっとする。後ろを振り返ると心配そうな母の顔があった。

「ビジョンが現れるのね」
蘇芳の目は虚ろだ。
母は蘇芳の肩を抱く。暫し一緒にそこに佇む。

「大丈夫?」
蘇芳は頷く。
母が蘇芳の肩を抱いて歩く。
「水晶占いの後遺症ね」
「休めば治ります」
蘇芳は答えた。



「あの方はご自分の息子程の年齢の男性とお付き合いしていらっしゃるのよ」
水晶玉を容器に入れてその上からペットボトルの水を灌ぐ。

蘇芳が占いで相手を観る時、幾つかの場面が頭に浮かぶ。
それは脈絡のないただのワンシーンに過ぎない。

相手の考えている事が分かる訳では無い。
ただ、そのシーンを共有するだけだ。
だから相手がそれを思い浮かべなければ、蘇芳は何も知る事はない。
共有したシーンを繋ぎ合わせてその人の悩みを推測する。
相手に触れるとそれは倍増する。
より明確になったり、より多くの情報を得たり。


未来など分かる訳がない。
今現在、ここで現れるビジョンを解釈して伝えるだけだ。未来は変動する。
不確定因子は至る所に存在する。
選ぶのは本人だ。
蘇芳は必ずそう伝える。


今回のクライアントは割と分かりやすかったと思う。
「ご主人が亡くなった後、必死で会社を支えて来たのが分かったわ。・・・・その男性が本当に自分を愛しているのか、それともお金目当てなのかと悩んでいる」
母は眉を顰める。
「そんなの金目当てに決まっているじゃない。誰が、自分の母親程の年齢の女性と本気で付き合おうと思うの?そんな都合のいい話がある訳無いじゃないの。
だって、あの方はもう60に近いのよ。」
「あら?そうなの?でもまだまだパワーがあるわ。色気も。意志の強そうな方よ」
「会社を切り盛りする位だから・・・息子は何をしているのかしら?」
「息子は専務で彼女が取締役」
蘇芳がすかさず答える。
「息子は母親の恋愛に薄々気が付いている。苦々しく思っているわ。でも何も言えないのよ。母親が怖くて・・・・あの方は迷っているの。誰にも相談も出来ずに」


「でもね。お母様。炎が見えたの。一瞬。めらめらと燃え上がる炎が。
あれは彼女を破滅させる炎かしら?それとも老いに向かう彼女を温め、熱くする炎かしら。あの火が無ければ、彼女は安全だけれど、ただ冷えて行く一方よ。冷えて固くなって行くわ。
彼女はどっちを選ぶのかしら?破滅に向かう道?燃え尽きてしまう道かしら?それとも大人しく安全な道を選ぶのかしら。焼き尽くすならその男も一緒に焼き尽くすとか?」

「おお。怖い」
母が言う。

蘇芳は容器から水晶玉を取り出すと柔らかい布で水気をふき取る。それをよいしょと台座に載せて覆いを掛けた。

「お母様。ある意味羨ましいわよ。ねえ、私もそんな身を焦がす様な恋がしてみたいわ。
もう28歳だと言うのに・・・お母様は20歳で私達を産んだわ。お祖母様だって同じよ。もう8年も出遅れている」
母は笑って蘇芳の手に触れる。
「だって、あなたはお父様がいくら縁談を持って来ても片っ端から断ってしまうのだから」
「お父様の持って来る男には全く魅かれないの。・・・ねえ。お母様。私は由瑞みたいな男と結婚したいの。・・・由瑞と姉弟じゃなければ良かったのに・・・。いつもそう思うわ」
母は笑った。
「強力なブラコンね。いつかそのブラコンを木っ端微塵に打ち砕いてくれる人が現れるわよ。・・さて、蘇芳。少し休みなさい。夕ご飯には起こしてあげるわ」
「有り難う。そうね。眠るわ。占いをするとひどく疲れるの」
「ビジョンが現れるからよ。日常では使用しない扉を開くからだと思うわ。・・お茶を入れましょうか?」
「いいえ。結構よ。有り難う。お母様」
蘇芳はそう言った。
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