第8話 ドライブで遠出

文字数 1,457文字

「だからさっきの店に入っておけば良かったじゃん」
「あんな寂れたところは、きっと不味いって」
優太は気乗りがしなかったのだが、聡子が森林浴に行きたいと言うので嫌々ながらやってきた。都心に住んでいて車など無用の長物。わざわざレンタカーを借りて遠出をしてきた。普段のストレスが解消されるかと期待もしたが、途中渋滞に巻き込まれて優太のイライラは募っていた。高速を降りてペンションまで一般道を更に五十キロ走らなければいけなかった。
「こんな遠くに来て贅沢言っちゃダメよ。飢え死にするより良いでしょう」
「大袈裟な。一食抜いたって死ぬわけないだろう。あれ、メシ屋だろ?」
車を寄せてみると既に『本日閉店』という看板が出されていた。
「店が閉まるの早いなぁ」
バックしてまた走り出した。車の中の不安定な沈黙をかき消すはずのラジオも受信状況が悪く、ずっと止めたままだった。
「お腹空いた」
「言わなくたって分かってるよ」
聡子は一人っ子で親に甘やかされて育ってきた。容姿は人並み以上なので付き合うには良いが結婚はやめておいたほうが良いと改めて思った。優太はそれが今回分かったことが収穫だったと思うことで怒りを押し殺した。
「あれコンビニじゃないか?」
「なんだか見たことない、ロゴね」
「コンビニはコンビニだ。もう今晩は軽くコンビニ弁当で良いな?」
聡子から返事はなかったが、優太は不必要なまでに大きな駐車場に車を滑り入れた。
『ロータン』緑の文字で看板が光っていた。
「なんだかパチモン感溢れてるなあ」
先客は二名。コンビニにもかかわらず店内の照明は暗かった。
おにぎりやサンドイッチは売り切れており、プラケースに入ったお弁当が三つだけ申し訳なさそうに並んでいた。ぬか漬け弁当。普段は絶対に手を伸ばさないような代物だが選択肢は無かった。
「賞味期限切れだよ。全部昨日になってる……すみません」
優太はレジに向かって店員を呼んだが、店員は先客の二人と話し込んでいた。
「この弁当、賞味期限切れなんだけど」
優太はレジに行き弁当を差し出した。
「これぬか漬けだから、まだ何日か大丈夫ですよ」
「賞味期限切れの弁当売るつもり?」
「嫌なら買わなきゃ良いでしょう」
「何だよ、お客にそういう言い方。店長は居る?店長と話しなきゃダメだ」
「彼が店長だし」
店員と話していた客が会話に入ってきた。
「ぬか漬けなんだから、何日経っても食べられるよ」
「じゃあ、何のための賞味期限なんですか?」「そんなの今まで気にしたことないよ」
「優太、もう良いじゃん」
「良くないよ。こういうのはちゃんとさせなきゃ」
聡子はあきれて車に戻っていった。
「あんたもしつこねぇ。そんなだから彼女に逃げられるんだよ」
「逃げられてなんかない」
そう言いながら、外を見やると聡子が乗った車が走り去っていった。
「あいつ……」
「ほうら、逃げられた。どうもお兄ちゃん、元気過ぎてピリピリしていかんねぇ。ちょっとゆっくり寝かしたろうか」
そう言って三人の男たちが優太を囲んで押さえ込んだ。そしてじたばたと暴れる優太の手足を持って店の奥に連れていった。

一年後、聡子は別の男とドライブに来ていた。
「なんだか、この辺来たことあるような気がする……お腹空いてきたし、あそこで食事していかない?」
くすんだ看板。あまり流行っているとは思えない佇まいだった。入ってみると、料理はぬか漬け定食しかなく、声を上げてそれを注文した。暫くして、店員の男が定食を運んできた。そこには糠に漬かって良い感じに力の抜けた優太が両手にお盆を持って立っていた。
      (了)
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