第16話 人生を紡ぐ本

文字数 1,741文字

「何かお探しのものはありますか?」
「いえ、でも随分と大きな図書館ですね……」
入口で途方に暮れている僕に司書らしき人が声を掛けてくれた。
「そうですね。歴史書しか置いてないんですが、随分と書籍が溜まってきました」
「歴史が好きなので、楽しみです」
「歴史と言いましても個人個人の人生の歴史を記述している本でして」
「伝記ですか?」
「いえ、タイムマシーンで米粒より小さいドローンを過去に送って、人の表情から感情を分析して記録したものです。誰かが書いたものは主観が入って事実が歪んでますからね」
「それは面白そうだ。それで何人分くらいの本があるんですか?」
「生きている人のものは置いてませんが、死んだ人の分は全員分です。と言っても、まだ途中でして、それでも二百年前までの物は集まりました。これからもっと遡っていきます」
「それって物凄い量じゃないですか?」
「そうですね。薄いのも分厚いのもありますが、一人一冊ずつですから」
図書館の中は、向こう側の壁が見えないくらいに大きな空間に書棚が並び、そこには本がぎっしりと詰まっていた。
「こちらのパソコンで読みたい人の人生を検索してもらえばどこにあるか分かります」「有難うございます。何人か読んでみたい人のものがありますので」
二百年前までなら明治維新の時の人は入っている。学校の授業には全く関心が持てず、高校もさぼってばかりだったが、歴史だけは大好きで図書館にはよく通った。暫らく時間の過ぎるのを忘れて本を読み漁った。
「随分熱心に読んでましたね?」
「まだまだ読みたいんですが……。なんで西郷隆盛が西南戦争を始めたか分かりました」
「ほう、どういうことだったんですか?」
「皆に担がれてしまって、やむなく行動したと思ってたんですが……」
「違いましたか?」
「本気で勝てると思ってたようです。負けましたが、自分の意思で動いたようです」
「ほう」
「ところで、あちらのコーナーにはどんな本が置いてあるんですか?」
書棚とは別に個室になっている場所を指差して聞いた。
「あれは新刊コーナーです。最近死んだ人についての本が置いてあります」
司書の人に断って、個室の中に入ってみた。本には背表紙にその人の名前と生年月日、死亡年月日が書いてある。知らない人の名前が並んでいるなか、自分と同じ横峯武司という名前を見つけた。
「僕と同じ名前の人が居ますね。おや、誕生日も同じだ」
「はい、それは貴方ですから」
「えっ?本になるのは死んだ人だけでは?」
急いで本を手に取った。十六年分しかないので本は他のものに比べて薄かった。開いたページは小学校の修学旅行のところ。財布を落としたが、皆に同情されるのが嫌で誰にも言わずに最後まで通したことが書いてあった。確かに僕のことだった。どうして死んでしまったのか。最後のページを開いた。
僕は落ちこぼれ友達同士でよくつるんで遊んでいたが、そんな友達に誘われて、振り込め詐欺の掛け子のバイトをするようになった。人を騙すのは気分の良い話ではない。何度も辞めると切り出そうとしたが、言えずにいた。そんな気持ちを本は忠実に記していた。本によれば、掛け子が集まっている事務所に警察が乗り込んできたとき、窓から逃げようとして足を滑らせて落下、ご臨終となったようだ。
「ここは、そうすると?」
「死者の図書館です」
「僕、まだ死にたくないんですけど、何とかなりませんか?」
「過去は変えられませんからねぇ」
「この本の最後の箇所を消して書き換えてもダメですか?」
「これは事実を書いてあるだけです。新聞を書き換えても事実は変らないのと同じです」
こんなことなら、もっと読みたい本があった。ここに置いてある本を読むのはそれからで良い。僕はその場にうずくまった。

「タケシ、何をぼうっとしてんだ?」
暫く意識が飛んでいたようだ。目の前には悪友の耕太が居た。
「そろそろバイトの時間だ。事務所行くぞ」
「……ごめん、俺、行かない。俺、もうこのバイト辞めるわ。耕太も辞めよう」
「何バカ言ってんだ。さあ、行くぞ」
きっと友達をなくしてしまうだろう。でも、行く気はなかった。どうなっても自分の未来は自分で決めたいから。 (了)
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