第3話 帰省

文字数 1,519文字

年に一度は実家に帰ることにしている。実家には八十歳近くになる両親が住んでいる。もっと頻繁に帰った方が良いだろうとは思っているが飛行機代も安くない。
実家に着くと父と母が迎えてくれた。以前は飛行場まで迎えに来てくれていたが、免許証を取り上げられてしまったらしい。車が無いと不便ではあるが、近所に大きなスーパーができたおかげで買い物には困らないし、何より逆走して事故を起こすのも心配だった。
一年に一度しか食べないのに母の料理はそれだと分かった。ガスコンロで温められたすき焼きに箸を伸ばした。
「お前の小学校の同級の北原君覚えてるか?」
「ああ、裏の通りの?」
「北原君の親父さんはワシの同級なんやけど」
「あっ、そう……」
「嫁さんは先に亡くなったんやけど、二年前になるかな、ガンで死んでもうてな」
「そうなんや」
「死ぬ前に立派な墓作ってなあ。そやけど、誰も墓参りせんから、墓の周りは草ぼうぼうや」
「北原は帰ってこないの?」
「東京で忙しいみたいねぇ、北原君、一人っ子やし、まあ墓参りだけに帰ってくるのもねぇ……」
「家もそのまんでなぁ。潰すのもだいぶお金かかるからな」
「誰か勝手に入ってくるかも知れんし、火事にでもなったら大変やわ……」

僕は夕食を終えて、散歩に行ってくると言って、北原の家に向かった。
表札には「北原」と書かれていた。水が浸み込んで字がにじんでいた。壁はところどころ剥げ落ちて、雨どいから伸びている雑草が、空き家になってからの時間を感じさせた。
門が開いていた。吸い込まれるように身体が動いた。玄関の鍵も開いていた。かびの臭い。静かだった。誰も居るはずがないのだから当たり前のことだった。
さすがに家の中までは上がろうとは思わなかった。帰ろうとしたとき、後ろから声が聞こえた気がした。立ち止まって耳を澄ませた。浮浪者が寝泊まりしているのだろうかと、少し待ってみたが何も聞こえなかった。どうも勘違いだったようだ。
「孝明は今年も帰ってこんのかのう」
はっきりと聞こえた。振り返ると部屋の中にうっすらと明かりが灯っていた。
「孝明も仕事忙しいみたいやから」
「忙しいんはええけど、身体壊さんようにせんとな・・・・・・」
磨りガラスの窓の隙間から覗いてみた。
「あんたもそろそろ町内会の理事辞めさせて貰ったら?・・・・・・身体しんどいでしょう」
「ははは、理事辞めたら、やることなくなってしまうがな・・・・」
彼らは僕が居ることは気づいていないようだった。そのまま会話を続けていた。

翌朝、目を覚ますと、もう朝ごはんの用意ができていた。
「朝起きるの早いな」
「歳取ると目さめるの早いんや」
「お父さんはその分よく昼寝するけどね」
「死んだらなんぼでも寝れるから、寝んでもえんやけどな」
父は豪快に笑っていた。
「ご馳走さん。美味しかった」
「お粗末さま・・・・・・毎日ちゃんと朝ご飯食べてんの?」
「ああ、まあ・・・・・・ところで、北原さんって、町内会の理事やってた?」
「そや、入院して無理やろうって言うてたんやけど最後まで頑張っとったなぁ」
「そうか・・・・・・」
荷物を纏めた僕を両親が玄関で見送ってくれた。
「そこまで送っていこうか」
「ええよ、そぐそこや。ほな、またね」
「そうか・・・・・・また帰ってきいや」
バス停で空港行きのバスを待っていると車が目の前で停まり、弟が出てくる。
「なんや、帰ってきとったんかい?」
「ああ」
「連絡せいや」
「すまん、すまん。一泊だけやったから」
「もう帰るんか?送って行こうか?」
「いや、もうバス来るから大丈夫や。ありがとう」
「そうか・・・・・・ああ、そうや。連絡しようと思ってたんやけど、実家もう潰してええか?・・・・・・空き家のままやと危ないからな」
(了)
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