第27話 恐竜の骨、見つけた

文字数 1,768文字

五年前に町を襲った津波が山肌を抉っていた。垂直にせり立った崖は、火傷の痕のように痛々しく地肌を露出していた。
タカシが住んでいるこの町はイチゴ栽培が盛んだった。品種改良を重ねて糖度を高め、ヘタまで甘いと評判のイチゴだった。ところが津波はイチゴ畑を全部流してしまった。塩を被った土地では、またイチゴができるようになるのに何十年もかかると言われた。
町役場で勤めていたタカシは、津波の後、被災者の救済事業で忙しかったが、段々と転出届の処理に煩わされるようになった。以前は遅くまで灯りが消えなかった町の中心部も、今では弟のケンジがやっている居酒屋の「与太郎」のほか、二軒ほどの店しか営業していない。
タカシは毎朝五キロほど散歩しているが、いつも抉られた崖の前で立ち止まり、津波の爪痕をまじまじと眺める。津波は景色だけでなく、町の生活も大きく変えた。
崖の壁面で、タカシの手が届くくらいの高さのところに何かが飛び出していた。周りの土を掘り起こして取り出してみると、長さ三十センチほどのもの。何かの骨かも知れない。もしも人間のものだとしたら大腿骨か。そう思うと少しぞっとしたがタカシはそれを持ち帰った。
友人の学校の教師に聞いてみたところ、骨らしくはあるが、形状は人間のものではないということだった。その骨の正体を探して、数か所を転々とした挙句、どうやら恐竜の手の骨ではないかとされた。
テレビのニュースにも取り上げられ、急に日本中がざわめきたった。町に多くの調査員が流入してきた。専門家以外にも、化石ハンターと称するマニアも集まってきた。その様子を撮影しようとテレビの番組クルーもやってくる。町は急に賑やかさを取り戻した。
人が集まると食事の場が必要になる。ケンジの「与太郎」も連日客足が絶えることがなくなった。焼きトンが評判だった。地元の豚を使っていて、確かに美味いとは思っていたが、予約無しでは入れない人気ぶりだった。
発掘作業が続けられたが、骨はもう出てこなかった。そもそも最初の骨も本当に恐竜の骨なのか分からない、と気の短い調査員が遠慮なく噂していた。
徐々に町に訪れる人の数が減ってきた頃だった。最初の発見場所から少し離れたところで、第二の骨が見つかった。恐竜の骨だと見做されたが、この骨は別の論議を巻き起こした。南米で見つかった恐竜と同じ種類のものだったからだ。現在の大陸は、くっついたり離れたりしながら今の形になってきたようだが、南米と日本が隣り合わせになった話はない。大陸移動の仮説が間違えているのではと学会に議論を呼んだ。
世間を騒がせたこの話は、骨が南米から持ち込まれたことが判明して決着した。恐竜ブームが去ることを恐れたケンジが輸入して、自分で埋めたものを見つけるという自作自演だった。警察沙汰にはならなかったが、メディアでは随分と叩かれた。話は最初に見つかった骨にまで及び、本当にここで見つかったものなのか、やはり恐竜の骨ではないのではと疑問が呈された。結局見つかったのは最初の骨だけで、ケンジの偽装事件以降は、調査員の姿も見かけなくなってしまった。
町はまた静かになり、「与太郎」も閑古鳥が鳴いた。そんななか、わざわざ遠方から「与太郎」の焼きトンを食べたいという客が現れた。町の豚が美味しいという話が拡がりつつあると言う。イチゴを作らなくなった土地で豚を放牧するようになっていたがそれが良かったらしい。豚は町の名物となり、それを目当てに訪れる客が町の賑わいを戻していった。
タカシが崖の上に立つ。崖の上から町を見渡すと、あちこちに豚の姿が見えた。

丘の上からは平原が見渡せる。水たまりに恐竜たちが集まっていた。ブロントサウルスのような竜脚類、ステゴサウルスのような剣竜類が群れになって動いていた。戦いに敗れたのか、骨だけになった小型の獣脚類の死体も横たわっていた。
地面が大きく揺れた。そのあと、地鳴りのような音を立てながら、大きな波が押し寄せてきて、恐竜たちは波にさらわれていった。波が去ったあと、平原は灰色の泥水で覆われた。静かな時間。生き物の影はなかった。
丘の上では、平原に転がっていた死体の骨のうちの一本が流されてきて、木の枝に引っ掛かっていた。ときどき風に揺られて音を立てていたが、ポトンと泥の上に落ちて、ゆっくりと沈んでいった。
(了)
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