第23話 家族って

文字数 2,701文字

先に出てきたほうが兄ということか、とにかく僕たちは、同じ日に生まれた。お母さんは産後の肥立ちが良くなったようで、僕たちを産んでから、入退院を繰り返すようになってしまったようだ。お父さんは生まれたときから居らず、お母さんの身体の調子が悪い時は、おばあちゃんがよく僕たちの面倒をみてくれた。
僕たち兄弟は一緒によく遊んだ。その頃が一番楽しかった毎日だったかも知れない。庭で虫取り。さんざん走り回ったあとは疲れて、芝生の上でお昼寝もした。弟のコウタロウはやんちゃで庭の木に登った挙句、下りられなくなって、ずっとわんわんと泣いていたこともあった。
お母さんが何度目かの入院をした。今度の入院は長くなるということだった。おばあちゃんも年齢のせいでいつまでも僕たち面倒をみることができないということで、やむなく、僕たちは新しい両親のところに引き取られていくことになってしまった。離れ離れになるのが辛かったけれども、僕たちを一遍にというのは受け入れ先を見つけるのが難しく、僕たちはバラバラの生活を歩むことになった。
先ずコウタロウが引き取られていった。コウタロウが「元気で、また」と挨拶してきたのに、僕は悲しくて、ずっと部屋の隅に縮こまって、きちんとサヨナラを言えなかった。
それからしばらくおばあちゃんとの生活。一緒に散歩をしたりはしたが、走り回って遊ぶことはできない。おばあちゃんに対しては申し訳ない気持ちはあったものの、僕は少し塞ぎ込んでしまった。
そんななか、僕も新しい両親に引き取られる日が来た。家族が変わるというのは、単に引っ越しするということよりも遥かに大きなことだ。本当は嫌だったけど、腰を悪くして歩くのも不自由になってしまったおばあちゃんに迷惑を掛け続けるわけにはいかなかった。
新しい両親がどんなだか、最初はひどく心配したけど、随分と優しい人たちだった。
二人には子供が居なかったので、実の息子のように接してくれた、優しいだけではなく、いたずらが過ぎたときにはしっかり怒られた。怒られたあと、僕が神妙におとなしくしていると必ずフォローが入ってきた。
コウタロウも楽しくやっているだろうか?お母さんは退院できたんだろうか?会いたい。でもそういうことを言うと、きっとこの家の人たちは哀しむだろう。僕に目いっぱい愛情を注いでくれていることは感じていた。ここの家の子として全うするべきなんだろう。
そんななかで家に異変が起きた。両親に子供ができてしまったのだ。僕に弟ができる、そう告げられたときは、遊び相手ができると嬉しくも思ったけど、複雑な気持ちになった。僕は我が子同様だけど、生まれてくる子は我が子だ。いけないとは分かっていたけど、弟が生まれてこなければ良いのにと思ってしまった。僕は悪い子だ。
そして赤ん坊が産まれた。きっと両親は、それまで通りに僕に接してくれていたんだろう。でも僕はそう思うことができなかった。気が付いたら、弟の紙おむつをぐちゃぐちゃに引きちぎってしまっていた。叱られた。なんだかとてもやるせなくなってしまって、そのまま家出をしてしまった。何日経ったか記憶にない。でも両親はずっと僕のことを捜してくれていたようだ。見つかったときは、僕のことを叱るでなく、ボロボロに汚れてしまった僕の身体を躊躇なく抱きしめてくれた。ごめんなさい。もう勝手なことはしません。そう心の中で誓った。
弟の健太は大きくなり、一緒に遊べるようになった。僕が言うのは何だが、なかなか良いやつだ。子供だからいたずらなところはあるが、優しい子だった。僕が貰われてきた子だということも知らないだろう。僕たちは本当の兄弟のように一緒に過ごした。
ある日、僕だけを残して三人で出掛けてしまった。僕が昼寝をしていたせいかも知れないと思ったが、そんな日が何日か続いた。楽しそうな顔をした健太が帰って来たのを見たとき、心の奥底の引き出しにしまっていた感情が再び溢れ出てきてしまった。僕はまた家出をした。
足の向くままに歩いた。来たことのない初めての場所を随分と歩いた。車に何度も轢かれそうになった。それで死んでしまうならそれでも良いやとも思っていた。僕みたいな子供がふらふら歩いていると不信がる人も居る。何度か話し掛けられたが、その度に走って逃げた。幸い追いかけてこられることはなかった。
ふと気づくとなんだか見覚えのある家があった。どこだっただろう。すぐには思い出せなかった。半開きになった勝手口から、中を覗いてみた。あっ、そうだ。コウタロウがよく登っていた木だ。そこは僕が生まれた家だった。家は人が住まなくなってから随分と時間が経っていそうだった。屋根の雨どいには草が生え、窓ガラスも割れたままだった。
蜘蛛の巣が張っていて、家の中に入っていくのが憚れた。それでも懐かしかった。遠目から中の様子を想像した。すると、中で物陰が動いた。
目に映ったものが信じられなかった。それは僕とそっくりのコウタロウだった。警戒感の目を露わにして出てきた彼も、僕を見るなり、直ぐに分かったようだ。何しろ僕らは双子の兄弟なのだ。
驚きはそれだけではなかった。その家にはお母さんも居た。少し身体を重そうにしていたが、動けるようだった。もうそんなことをする歳ではないかと思ったけど、僕はお母さん飛びついた。記憶が蘇る。それはお母さんの匂いだった。
どういう経緯で彼らがここに戻ってこれたのかは分からなかったが、そんなことはどうでも良かった。これからは一緒に暮らせるのだ。
勝手口から誰かが入ってきた音がした。僕たちは身を強張らせた。そっと玄関に出てみた。庭に立って居たのは両親だった。健太も一緒だった。
「こんなところにいたのか。まさかとは思ったけど、来てみて良かった」
「ほんと随分遠くまで来たわねぇ」
「怒らせちゃったみたいだな。ごめんな。もう、おいてけぼりにしないから」
僕は黙ったまま俯いていた。お父さんはそんな僕を抱き上げた。そしてそのまま家を出ていこうとした。僕は必死に抵抗して腕を解いて、家に走り戻った。
「そんな駄々をこねないでくれよ……あれ?」
僕と並んだ双子の弟と、その後ろに居るお母さんを見て、彼らはたいそう驚いた顔をしていた。
「そうか……」
お父さんは、新しいほうのお母さんと目を合わせた。

家族が増えて家が賑やかになった。お父さんは、みんなを養うために頑張らなくちゃ、と張り切っている。
「じゃあ、散歩行ってくるから」
お父さんは健太を連れ立って家を出た。僕ら三匹のリードを持って。
                                     (了)
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