第25話 晴れの舞台に借金取り

文字数 1,652文字

ステージカーテンの裏側で、最後のセリフ合わせをしていた高山伸助のところに借金取りがやってきた。光沢のある素材の派手派手しいスーツを着た男が二人。サングラスの向こう側から不必要なくらいの威圧感を出している。とても普通のサラリーマンには見えない。彼らはまっすぐに伸助に向かってきた。
「おいおい、期限が過ぎてんのに演劇ごっこか?」
「勝手に入ってこられたら困ります」
今日が初日の舞台は、伸助が初めて脚本を担当したもの。仲間たちと稽古を続け、予算を切り詰めながら、なんとか公演にこぎつけた。あと一時間ほどで開演予定だった。
「期限は昨日だろ。今日チケット代入るんだろう。それをよこせ」
「それは僕のお金じゃないですから」
「何?みんなのお金か?」
「そうです。それに、劇場にもお金払わないといけないので」
劇団員は長期間のアルバイトができない。公演が近づいてくると、稽古で、バイトに入れなくなってしまう。やむなく、短期間のバイトを繋いでいくことになるが、不安定なうえ、単価も安い。
公演があっても、劇団員がもらえるお金は食事代程度だ。人気俳優として売れない限り、ギリギリの生活が続く。耐え切れず、心ならずも離脱していく者も多い。
「伸助。いくら借金があるのか分からないけど、俺の出演料も使って良いから」
「私のも良いよ。ごめんね。お金の工面も全部伸助に任せちゃってて……」
「「いや、実は、これは公演をやるために作った借金じゃないんだ」
「えっ、じゃあ何の借金なの?」
「ごめん。言いたくないんだ」
仲間たちは借金取りの方に目を向けた。
「俺だって、なんでこいつが借金したのかは知らねぇよ。うちは金貸し屋から債権を買い取って回収してるだけだから。とにかくチケット代は貰っていくからな」
会場にお願いして、明日以降の会場費は、売上から払うということで許して貰っていた。それが払えないと、明日からの公演は中止にせざるを得なくなってしまう。
「公演終わるまで返済待って貰えませんか。公演続けられれば、またチケット代も入るし」
「バカヤロウ。そんなので騙されないぞ。お客が入るかどうか分かんないじゃないか」
確かに予約の状況は芳しくなかった。借金取りの言う通りかも知れない。
「面白いのかよ?」
「は?」
「今日やる演目は面白いのかって」
「はい。そう思ってますけど」
「どういう話なんだよ?面白そうだったら、少しは考えてやる」
「兄貴、そんな甘いことを言って?」
「うるせえな。お前は芝居なんか観たことないだろ。たまには文化に触れろ。……それでどういう話なんだ?」

川島隆太は映画監督。監督と言っても見習いで自分の映画は撮ったことがなかった。どうしても自分の映画が撮りたかったが、もとより金はない。親戚、友人から金を借り、サラ金にも手を出した。妻が貯めていた通帳から金を引き出し、息子の給食代も封筒からお金を抜き出した。そうやってようやく映画が撮れた。しかし上映しようという段になって、疫病で緊急事態宣言。上演予定だったミニシアターも休館となった。たいそう落ち込んでしまった川島は妻と息子を道連れに自殺しようと車を走らせた。しかし、途中で考えを変え、二人を車から降ろし、自分だけ猛スピードで走っていってしまった。

「で、その続きは?」
若い方の男が尋ねた。
「馬鹿野郎。最後まで聞いたら面白くねえだろう。いくぞ」
二人は舞台脇から会場に入っていった。

伸助は父を虜にした映画が憎かった。父を追い込んだ借金が腹ただしかった。行き場を失った怒りに任せて多額の借金を引き継いでしまった。収入が少ないうえに金利が積み重なった。父は生命保険に入っていたが、自殺した父親の死体は出てこなかった。お陰で失踪扱いとなり保険も出なかった。
それもあと半年すれば七年。死亡が認定される。保険金で借金も返済できるはずだ。
ゆっくりと舞台の幕が上がっていった。伸助にスポットライトが当たる。
伸助が客席に視線を向けると、観客席には、間違いない、自殺したと思っていた父が食い入るように舞台に目を向けていた。
(了)
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