性格の悪い女

文字数 2,576文字

 ミツハといすゞを店に返して、俺はひとつの心当たりに向かった。

『グオシエン刀匠協会』

 看板にそう書かれている。

「なんの用ですか、金貸し風情が」

 喧嘩腰である。
 なんと言っても初対面、通された執務室で顔を合わせたばかり、挨拶がないどころの騒ぎではない。明確な敵対行為である。

「俺、なんかしたかな」

 執務机で偉そうにされると、まるで俺が金を借りに来た債務者のような錯覚まで覚える。

「女だと思って舐めているのですか」

 やはり女、か。どうも綺麗な顔してやたらと胸が膨らんでいると思ったんだ。

「なにも言ってないだろう。なにをケンケンとしてるんだ」

 そいつはシャツとスラックスのようなものを身に付け、そのまま現代に連れて行っても通用しそうな雰囲気があった。線は細く鋭利な印象で、刀匠にはとても見えないし、こいつが刀を打つところも想像がつかない。政治的事務的な能力で協会をまとめあげ、その頂に座っているんじゃないかと思う。

 反面、執務机に置かれた協会長のプレートには「セロリ」と書かれている。元現実世界の住人たる俺からすると、見た目の印象に比べて間抜けな名前だ。長い金髪をうしろで引っ詰めて化粧気のない顔に三白眼、初対面にも臆することなく棘のある物言いができる胆力――にもかかわらず繊維質野菜な名前だと思うと頬が緩んでしまう。

「悪名高い攻略金金融が近寄ってきたら警戒するのが当然です」

 どこの世界でも金貸しは嫌われる運命なのか。

「べつに悪意があって来たわけじゃない。情報交換をしようと思ってな、」

 ハナから嫌われていると思えば、自分を飾らなくても良い分、気安く構えていられる。

「刀匠協会じゃ〝赤の天領〟にある特殊鉱物を集めていると聞いた」
「商売のタネですから」当然です、と。

 〝この世ならざるもの〟と融合しつつある〝赤の天領〟では石ころひとつ取ってみても変質しているそうで、グオシエンには特殊鉱物目当てに多くの刀匠が集まり鍛冶町が形成されている。また特殊鉱物で造られた刀剣類は悪魔が宿ると言われている。

「攻略者たちに、鉱物の買い取りを約束しているんだろう。どこそこのこの石をもって帰ればいくらで買い取るとか、どこそこに行けば高価な石があるとか指南してる」
「なにか文句でも」
「いや、うまいこと考えたなって思ったよ。自分たちで攻略パーティを組んで材料を集めるのは限界があるもんな。毎回生死をかけることになるし、そうなるとギャラも相当弾まなきゃ成り立たない。しかし他所から来た攻略組ならおたくらが居ようと居まいと勝手になかに入っていくし、向こうとしても稼ぐ金額と立ち回りのメドが立ってありがたいだろう」

 セロリの三白眼がひときわ鋭くなって、俺を睨めつけた。

「この業界に参入してくるつもりですか?」

 得体の知れない金貸しと有名な魔女のコンビは、さぞやありがたくないライバルになるだろう。でもな、

「そんなつもりは毛頭ない。心配するな、」俺は教えて欲しいことがあっただけだ。「少し前に若い女がひとりいる五人組のパーティが来たんじゃないか」
「だったらどうしました」
「三十日間で一億集めると言っていた。ここに寄っただろう」
「さあ。そういう客は毎日来るんです。戻ってくるかどうかもわからない連中のことなど覚えていませんね」
「なんとか思い出して欲しい。ココは皇国軍より詳細な〝赤の天領〟マップをもっているんだろう。効率的に鉱物を集めるために、出入りする攻略者からの情報を蓄積して独自のマップ化に成功しているとか。その五人組がどの辺りに行ったのか教えて欲しいんだ」
「皇軍を凌ぐマップ化ですって? 根も葉もない噂です。それに、もしうちに情報が集まっていたとしても金貸しに教えてやる義理はないではないですか。わたしはあなたたちのようななにも生み出さないくせに金ばかり集める賤業が大嫌いなんです」

 言ってくれるぜ。

「なんだ、おたくらは銀行のことはどう思っているんだ。皇国銀行もやっていることは一緒だぞ。金を貸してその利息で飯を食っている。なにも生み出さないぞ」

 まさか金利が安いから正義だとか言わないよな。

「銀行は産業の発展に寄与していますから」
「俺らも一緒だ。本来銀行が相手にしないような攻略者たちにその資金を提供する。資金がなければ攻略に出発できない。もし攻略者によって〝ゲート〟が閉められれば世界に平和を与えるだろ。そうじゃなくても、未だ人類が手に入れていない〝この世ならざるもの〟をもち帰ることによって必ず新しいものが生まれる。おたくらの刀剣もそうだろう」

 悪魔が宿るとまで言われた高品質の刀剣類はこの街だけで消費されるわけじゃない。皇国のあらゆる場所で桁の違う値をつけられ取り引きされる。だから刀匠たちの特殊鉱物の収集は激しい競争になっていったし、それを取りまとめる刀匠協会が発足したはずだ。

「金を借りなきゃ攻略に行けない者は行くべきじゃないんです。そんな分をわきまえない奴をうまいこと乗せて、命がけの博打に駆り出しているあなたは悪魔の商人じゃないですか」

 こいつ、好き勝手言いやがって。

「おたくだって、鉱物みたいな重いもん担がせて攻略者に無理を強いてるじゃねえか。しかも新しい鉱物探すためにどんどん危ないところに行かせてるだろ。自分たちが手に入れたいもんのために他人の身体賭けやがって、やってることは俺より悪質だ」
「そうですか、じゃあさっさと帰ったらどうです。どうぞ」

 手のひらを天に向けて、出口に向ける。
 このやろう、名前はかわいいくせに性格悪いなばかやろう。

「後悔させてやる。おたくの顔が後悔に歪んで、許しを請う媚びた表情になった目の前で冷たい発泡水をすすってやる。おぼえてろ」

 まるでコテンパンにやられた悪役のような捨てゼリフだと解っていても、なにか言ってやらないと気が済まなかった。こんなに人を苛つかせることに長けた奴は久しぶりだ。
 だが俺はまだ一枚カードを残している。ただでくれてやるつもりだったが、やめだ。近いうち絶対に屈辱を与えてやる。

 むしゃくしゃとしながら店まで戻る道のりは、めまいがするほど暑かった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み