飲み過ぎの代償
文字数 4,036文字
身体中が痛てぇ。
頬も痛いし胸も痛いし腰も痛いし肘も痛いし膝も痛いし足の甲も痛い。気分は最悪だ。砂漠で溺れたような喉の渇きと頭の重さ、息苦しさ。
目を開けるのも億劫で、凄まじく暑い。
とっさにエアコンのリモコンを探して手が泳いだのは、もはや本能とも言える。異世界にいることなんか思考から追い出されていた。ここは地獄か。
皮膚の表面すべてがベタベタしている。
まぶたの裏は赤く、薄く目を開けると強烈な日差しが突き刺さってくる。
どこだここは。
かんべんしてくれ。
今すぐ冷房の効いた部屋とふかふかの布団を用意してくれるなら、結構な財産をくれてやってもいい。だれか助けてくれ。
意識が少しずつ浮上してくるのが億劫でしようがない。もう少し眠らせてくれ。まだまだ気分が悪いぞ。
日差しに耐えかね、俺は寝返りをうった。猫のように冷たい場所を探す。しかし右に左に動いたところで暑いものは暑い。
起きる他ない。
ぅゎぁぁ、にすべて濁点を付けて呻きながら俺はゆっくりと意識をもち上げた。
自分の店だ。陽を注ぐ大きな窓。見覚えのある店内。――なんて不快な場所だ。
そのとき気付く。
なんで裸なんだ。
自分の二の腕が身体に張り付いて気持ち悪い。内腿と内腿がべっとりとして汗を感じさせる。
どうやら下着だけは穿いているらしいが、身ぐるみ剥がされているのは確実だ。ああ、昨日飲み過ぎたんだな、と今更ながらに気がついてしまう。あのボトルに入っていた酒は凄まじく強かった。消毒液を飲んでいるような痺れが口内に広がった。
自分が板張りの床に倒れこんでいるんだなと認識して、ただでさえ少ない気力がさらにぐんと減る。もう今日は休みたい。
目を開けると頭の横に綺麗にたたまれた服が重ねて置かれている。上半身を起こしてみれば、その横にはグラスに入った水。
――いすゞだな。
服を畳んでいるのはヒノミカの影響か。身に付けたスキルをすぐに使いこなせる賢い子だ。水を置いていく気づかいも嬉しいじゃないか。俺は乾いた口内を潤そうと、さっそくコップに手を伸ばす。
うん、まあもう温くなっているがこの際、贅沢は言うまい。ありがたく頂こう。
「うぇ」んだこれ炭酸水じゃねえか。
微炭酸に成り果てたそれが舌をチクチクする。まずい。とてつもなくまずい。
「はぁー」無茶苦茶しんどい。
確か昨日の夜はセロリに奢ってやったはずだ。
いすゞがいたってことはそこまで遅く飲んではいないとは思うのだが、帰り道の記憶が曖昧だ。店の前でセロリと別れたのか途中まで一緒に帰ったのかすら定かじゃない。
とりあえず揉めたりしてはいないはずだ。
しかし店の鍵を開けた記憶もないし、自分の部屋まで戻らずにここで寝てしまった記憶もない。あとでいすゞに訊いてみようか。
「おざーっす、ってあれ?」
元気よく扉を開けて入ってきたのはヒノミカだった。
汗だくのまま半裸で床に転がっている俺を見て、たじろぐのがわかった。
「なんすか先輩……頭どうかしたんすか。てか酒臭っ、なんだあんた」
背後からカラスタも覗き込んで哀れんだ表情で俺を見下ろしている。おまえだけはそんな顔をしないでくれ。
「もうそんな時間か、」
正直、反論する気力もない。
「ちょっと風呂入ってくるから店開けといてくれ」
「もうすぐ昨日の審査の人たちが来るんすよ。だから早く来たのに」
「わかった急ぐから」
「早くしろよな!」
でかい声を出すなバカ娘。
ため息だけは百発分のストックがあった。
*
「はいこれです」
皇国からの攻略許可証がすいと差し出しだされた。
昨日申し込みにきたというのは、若い女ばかりの十一人のパーティだった。
こんな子たちが〝赤の天領〟に入って、生きて帰ってこれらるのだろうか。どこからどう見ても、そこらの町娘だ。
「私たちは薬草を集めて、街で売るって仕事をしているんです。城門をくぐってすぐのあたりを活動範囲にしていて、あまり奥まで行きません。今まで襲われたことはないし、緘魔石をもっている子も三人います。私だってこう見えて剣術は手ほどきを受けたことがあります」
窓口になっている女がそう言って腰のあたりにぶら下げた短刀をもち上げた。
そんなものがいざという時に役に立つかどうかは疑問だが、今まで事故がないからこそ五体満足だし、再挑戦もするんだろう。しかも総勢十一人。
「今回は滞在を長期にして大量に薬草を集めようとかなり大所帯できました。滞在コストなど足りない部分をご融資してもらいたいのですが」
リスクとリターンは基本的に比例する。
この子たちの商売はそんなに大きく儲けが出るようなものではないだろう。戦闘を考慮に入れていないということは、〝この世ならざるもの〟を手に入れて一攫千金という可能性もほとんどない。
「いくらぐらい必要かな」
「二十万ぐらいで考えています」
「攻略期間は」
「二十日間程」
「わかった。二十万出そう。ただし攻略資金金融はリスクのある分利息は安くない。あんたらが予期せぬトラブルで戻ってこなければこっちは泣き寝入りだからな。今回は初めての付き合いだし、十日間で一割だ。もしそちらの商売の利益が利息に追いつかないのならやめた方がいいと思う」
「十日で戻ってくるのはちょっと……」
「だから利息は先引きする。二十万貸したとして十日おきに二万の利息、つまり二十日で四万だ。それを先に引くから、手渡し十六万。帰ってくる二十日後に二十万返してくれればもうそれで完済だ」
薬草を売ったことはないが、これで条件を飲むほど儲かるのだろうか。
女たちはそれぞれ困ったような顔を作っている。
「帰ってすぐ現金が手に入るわけではありません。地元に帰って薬にしてから売らないと」
それはそうか。草花を摘んですぐに売り飛ばせるなら、誰だって参入するだろう。彼女らは薬品に変える技術を持っているから商売になるんだな。
「加工前の薬草を買い取ってくれる者を準備しておく。だからそっちで完済に見合う分だけの薬草をより多く取ってくればいい。現金の代わりにそれも認める」
それでも女たちは困惑している。
「正直言いますと、すこし利息が厳しいです」
なるほど。
「そこまで粗利は大きくないのかな」
「それと薬草で返済額を作るというのは膨大です。加工すれば高く売れるのに原材料のままだと高く買い取る人はいないと思います」
これからも付き合いが続くかもしれないと考えた場合、あまり最初から安い利息で貸すのは得策じゃない。顧客にとって最大のサービスは金利が下がることだ。その喜びを今後与え続けるには最初は少しでも高めじゃないと、というのが基本指針だ。
「じゃあ、日にちを伸ばそう。十五日間で一割。つまり三十日間で二割。二十日後に戻ってきたら、さらに十日の猶予があるからその増えた日にちで薬にして現金に換える」どうだ。
十一人はそれぞれ顔を見合わせてアイコンタクトしている。これで条件を飲んだらそれなりに儲かる商売なのかもしれない。石の次は草ってのもいいかもな。
まあ金が追いつかなくなっても、債務は一人頭二万以下だ。
女たちは皆がそれぞれ頷いて、
「わかりました! それでお願いします」
良かった。
「それなら、二十日後に戻ってきたら一回ウチの店に寄ってくれ。安否確認をしたい」
「承知しました」
そのとき誰か一人でも生きていれば、二十万程度は返せない金額じゃない。
「あと、薬草以外でも香石なんか見かけたらもって帰ってくればいい」
俺はカウンターの下から、いくつかの香石の見本を出して説明する。
「あんたらは重い石だと攻略の邪魔になるだろうから、指先ほどのもんでもいいよ。この見本と同じものがあればそれなりの値段になるから、現物返済も可能だ。利息に充当してもいいし多い分は元金から差っ引く」
どの攻略者にもするアドバイス。
納得いったようなので、無事契約は成立した。
「ところで、なんで苗をもってきてこっちで育てないんだ。いちいち攻略に行く必要はなくなるだろう」
「身体検査が厳しくて、こちらに生物をもって戻るのは無理なんです。安全だと思うんですけどね、私は」
そりゃあそうか、そんなことがまかり通ればテロが容易になってしまう。
「じゃあ全員に連帯保証してもらう。金が作れない事故が起こっても、帰ってきた者たちで金は作ってもらう」
女たちは問題ないと頷き合った。
「助かります。こちらで融資が駄目だったら、遊郭の金融屋さんに行かないとならないところでした。女だらけで遊郭の方は行きたくなくて」
遊郭の金貸し?
そういえば居酒屋が昨日言っていたような――、
「その遊郭の金貸しって誰に紹介してもらったんだ。店出したの最近だろう。なんで知っている」
「私たちの地元では〝赤の天領〟に挑むときには、こちらのミツハ・クラルル様の攻略資金金融か刀匠協会を頼りなさいと言われているんです……」
ん?
「最初は刀匠協会に行ったんです。でも、私たちだけで重い石をもち帰るのは難しいだろうということになりまして……」
なにか歯切れが悪い。最初にウチに来なかったことを怒るとでも思っているのだろうか。
「どうした?」
「刀匠協会の会長さんが、どんなに困っても攻略資金金融からは借りない方が良いと……その、極悪非道だと」
あいつ、
「くそっ! 酒の奢り損だよ!」ばかやろう!
どおりで散々待っていたのに、刀匠協会に寄ったという客が来ないわけだ。
俺は思わず立ち上がって、ペンをカウンターに叩きつけていた。
もう誰にも優しくしてやるものか。
頬も痛いし胸も痛いし腰も痛いし肘も痛いし膝も痛いし足の甲も痛い。気分は最悪だ。砂漠で溺れたような喉の渇きと頭の重さ、息苦しさ。
目を開けるのも億劫で、凄まじく暑い。
とっさにエアコンのリモコンを探して手が泳いだのは、もはや本能とも言える。異世界にいることなんか思考から追い出されていた。ここは地獄か。
皮膚の表面すべてがベタベタしている。
まぶたの裏は赤く、薄く目を開けると強烈な日差しが突き刺さってくる。
どこだここは。
かんべんしてくれ。
今すぐ冷房の効いた部屋とふかふかの布団を用意してくれるなら、結構な財産をくれてやってもいい。だれか助けてくれ。
意識が少しずつ浮上してくるのが億劫でしようがない。もう少し眠らせてくれ。まだまだ気分が悪いぞ。
日差しに耐えかね、俺は寝返りをうった。猫のように冷たい場所を探す。しかし右に左に動いたところで暑いものは暑い。
起きる他ない。
ぅゎぁぁ、にすべて濁点を付けて呻きながら俺はゆっくりと意識をもち上げた。
自分の店だ。陽を注ぐ大きな窓。見覚えのある店内。――なんて不快な場所だ。
そのとき気付く。
なんで裸なんだ。
自分の二の腕が身体に張り付いて気持ち悪い。内腿と内腿がべっとりとして汗を感じさせる。
どうやら下着だけは穿いているらしいが、身ぐるみ剥がされているのは確実だ。ああ、昨日飲み過ぎたんだな、と今更ながらに気がついてしまう。あのボトルに入っていた酒は凄まじく強かった。消毒液を飲んでいるような痺れが口内に広がった。
自分が板張りの床に倒れこんでいるんだなと認識して、ただでさえ少ない気力がさらにぐんと減る。もう今日は休みたい。
目を開けると頭の横に綺麗にたたまれた服が重ねて置かれている。上半身を起こしてみれば、その横にはグラスに入った水。
――いすゞだな。
服を畳んでいるのはヒノミカの影響か。身に付けたスキルをすぐに使いこなせる賢い子だ。水を置いていく気づかいも嬉しいじゃないか。俺は乾いた口内を潤そうと、さっそくコップに手を伸ばす。
うん、まあもう温くなっているがこの際、贅沢は言うまい。ありがたく頂こう。
「うぇ」んだこれ炭酸水じゃねえか。
微炭酸に成り果てたそれが舌をチクチクする。まずい。とてつもなくまずい。
「はぁー」無茶苦茶しんどい。
確か昨日の夜はセロリに奢ってやったはずだ。
いすゞがいたってことはそこまで遅く飲んではいないとは思うのだが、帰り道の記憶が曖昧だ。店の前でセロリと別れたのか途中まで一緒に帰ったのかすら定かじゃない。
とりあえず揉めたりしてはいないはずだ。
しかし店の鍵を開けた記憶もないし、自分の部屋まで戻らずにここで寝てしまった記憶もない。あとでいすゞに訊いてみようか。
「おざーっす、ってあれ?」
元気よく扉を開けて入ってきたのはヒノミカだった。
汗だくのまま半裸で床に転がっている俺を見て、たじろぐのがわかった。
「なんすか先輩……頭どうかしたんすか。てか酒臭っ、なんだあんた」
背後からカラスタも覗き込んで哀れんだ表情で俺を見下ろしている。おまえだけはそんな顔をしないでくれ。
「もうそんな時間か、」
正直、反論する気力もない。
「ちょっと風呂入ってくるから店開けといてくれ」
「もうすぐ昨日の審査の人たちが来るんすよ。だから早く来たのに」
「わかった急ぐから」
「早くしろよな!」
でかい声を出すなバカ娘。
ため息だけは百発分のストックがあった。
*
「はいこれです」
皇国からの攻略許可証がすいと差し出しだされた。
昨日申し込みにきたというのは、若い女ばかりの十一人のパーティだった。
こんな子たちが〝赤の天領〟に入って、生きて帰ってこれらるのだろうか。どこからどう見ても、そこらの町娘だ。
「私たちは薬草を集めて、街で売るって仕事をしているんです。城門をくぐってすぐのあたりを活動範囲にしていて、あまり奥まで行きません。今まで襲われたことはないし、緘魔石をもっている子も三人います。私だってこう見えて剣術は手ほどきを受けたことがあります」
窓口になっている女がそう言って腰のあたりにぶら下げた短刀をもち上げた。
そんなものがいざという時に役に立つかどうかは疑問だが、今まで事故がないからこそ五体満足だし、再挑戦もするんだろう。しかも総勢十一人。
「今回は滞在を長期にして大量に薬草を集めようとかなり大所帯できました。滞在コストなど足りない部分をご融資してもらいたいのですが」
リスクとリターンは基本的に比例する。
この子たちの商売はそんなに大きく儲けが出るようなものではないだろう。戦闘を考慮に入れていないということは、〝この世ならざるもの〟を手に入れて一攫千金という可能性もほとんどない。
「いくらぐらい必要かな」
「二十万ぐらいで考えています」
「攻略期間は」
「二十日間程」
「わかった。二十万出そう。ただし攻略資金金融はリスクのある分利息は安くない。あんたらが予期せぬトラブルで戻ってこなければこっちは泣き寝入りだからな。今回は初めての付き合いだし、十日間で一割だ。もしそちらの商売の利益が利息に追いつかないのならやめた方がいいと思う」
「十日で戻ってくるのはちょっと……」
「だから利息は先引きする。二十万貸したとして十日おきに二万の利息、つまり二十日で四万だ。それを先に引くから、手渡し十六万。帰ってくる二十日後に二十万返してくれればもうそれで完済だ」
薬草を売ったことはないが、これで条件を飲むほど儲かるのだろうか。
女たちはそれぞれ困ったような顔を作っている。
「帰ってすぐ現金が手に入るわけではありません。地元に帰って薬にしてから売らないと」
それはそうか。草花を摘んですぐに売り飛ばせるなら、誰だって参入するだろう。彼女らは薬品に変える技術を持っているから商売になるんだな。
「加工前の薬草を買い取ってくれる者を準備しておく。だからそっちで完済に見合う分だけの薬草をより多く取ってくればいい。現金の代わりにそれも認める」
それでも女たちは困惑している。
「正直言いますと、すこし利息が厳しいです」
なるほど。
「そこまで粗利は大きくないのかな」
「それと薬草で返済額を作るというのは膨大です。加工すれば高く売れるのに原材料のままだと高く買い取る人はいないと思います」
これからも付き合いが続くかもしれないと考えた場合、あまり最初から安い利息で貸すのは得策じゃない。顧客にとって最大のサービスは金利が下がることだ。その喜びを今後与え続けるには最初は少しでも高めじゃないと、というのが基本指針だ。
「じゃあ、日にちを伸ばそう。十五日間で一割。つまり三十日間で二割。二十日後に戻ってきたら、さらに十日の猶予があるからその増えた日にちで薬にして現金に換える」どうだ。
十一人はそれぞれ顔を見合わせてアイコンタクトしている。これで条件を飲んだらそれなりに儲かる商売なのかもしれない。石の次は草ってのもいいかもな。
まあ金が追いつかなくなっても、債務は一人頭二万以下だ。
女たちは皆がそれぞれ頷いて、
「わかりました! それでお願いします」
良かった。
「それなら、二十日後に戻ってきたら一回ウチの店に寄ってくれ。安否確認をしたい」
「承知しました」
そのとき誰か一人でも生きていれば、二十万程度は返せない金額じゃない。
「あと、薬草以外でも香石なんか見かけたらもって帰ってくればいい」
俺はカウンターの下から、いくつかの香石の見本を出して説明する。
「あんたらは重い石だと攻略の邪魔になるだろうから、指先ほどのもんでもいいよ。この見本と同じものがあればそれなりの値段になるから、現物返済も可能だ。利息に充当してもいいし多い分は元金から差っ引く」
どの攻略者にもするアドバイス。
納得いったようなので、無事契約は成立した。
「ところで、なんで苗をもってきてこっちで育てないんだ。いちいち攻略に行く必要はなくなるだろう」
「身体検査が厳しくて、こちらに生物をもって戻るのは無理なんです。安全だと思うんですけどね、私は」
そりゃあそうか、そんなことがまかり通ればテロが容易になってしまう。
「じゃあ全員に連帯保証してもらう。金が作れない事故が起こっても、帰ってきた者たちで金は作ってもらう」
女たちは問題ないと頷き合った。
「助かります。こちらで融資が駄目だったら、遊郭の金融屋さんに行かないとならないところでした。女だらけで遊郭の方は行きたくなくて」
遊郭の金貸し?
そういえば居酒屋が昨日言っていたような――、
「その遊郭の金貸しって誰に紹介してもらったんだ。店出したの最近だろう。なんで知っている」
「私たちの地元では〝赤の天領〟に挑むときには、こちらのミツハ・クラルル様の攻略資金金融か刀匠協会を頼りなさいと言われているんです……」
ん?
「最初は刀匠協会に行ったんです。でも、私たちだけで重い石をもち帰るのは難しいだろうということになりまして……」
なにか歯切れが悪い。最初にウチに来なかったことを怒るとでも思っているのだろうか。
「どうした?」
「刀匠協会の会長さんが、どんなに困っても攻略資金金融からは借りない方が良いと……その、極悪非道だと」
あいつ、
「くそっ! 酒の奢り損だよ!」ばかやろう!
どおりで散々待っていたのに、刀匠協会に寄ったという客が来ないわけだ。
俺は思わず立ち上がって、ペンをカウンターに叩きつけていた。
もう誰にも優しくしてやるものか。