なんていやらしいんだ
文字数 3,008文字
「シキシマ、なんで適当に情報をくれてやらなかったんだ」
コップに入れたソーダ水をすすりながらミツハといすゞは店の奥から出てきた。俺なんか刃物まで突きつけられていたというのに、のんきなものだ。
「百万たらずの金であの根付けをあいつに渡すのか」
「いくらウチが高利貸しとはいえ、これから攻略に行く連中を相手にまさか根付けを担保にとっているとも思うまい。適当に嘘情報をくれてやって、しらばっくれてもバレやしないはずじゃ」
たしかに、と思う。
「冷静じゃなかった」
変につっぱったせいで余計な敵対をしてしまったのかもしれない。
ミツハはコップを口に当てたまま、じっと俺を見つめていた。そしてなにを感じたのか、婉曲な言い回しで、さっきのふたりを評した。
「あいつらの服装は奇妙だったの」
ご推察の通りだ。
「ほぼ間違いなく俺と同じ世界から来ている。名前からしても間違いがないし、あの黒い人形たちの装備、あれは俺がいた世界での戦士の装束だ」
「ほう、変わった格好で戦うんじゃな」
「魔法なんかないからな。直接攻撃から身を守ることと軽快性を秤にかけてバランスをとるとああなるんだろう」よく知らないが。
「しかし人形遣いは少女の方だったぞ。おまえらの世界には魔法が存在しないのだろう。この世界の住人たるあの少女が、魔法を使っておまえらの国の戦士を操るなどおかしいではないか。見たこともないはずなのに」
たしかにそれは疑問だ。
あのサノンという少女が魔法使いであることは間違いがない。つまり現実世界からやってきたわけではないのだ。にもかかわらず鎧兜を知っているのか、と。
「あの女の子が着ていた服はセーラー服という。俺がいた世界での少女の標準的な服装なんだ。この世界には似たような服装があるのか」
「あの様な襟や折り目のついたひらひらは見たことがないの。しかしあの年頃で皇国のお抱え魔法使いとなれば、おそらく皇国関係者の子女が通う魔導学寮の生徒だろう。そこの制服なのではないか」
「制服!?」
まさかこの世界でセーラー服を着た女子生徒に出会えるとはな。
「ってことはだぞ、」
現実世界の制服デザインを持ち込んだ者がいる。シブカワだと考えるのが自然だろう。
「あの制服も人形も銀行の男が自分の趣味で作らせたのだろう」
「こわっ」
こわ、といすゞも真似してつぶやいた。
「人形遣いといえば、少女のもっていた根付けはおそらく『陽落の赤』。まだまだ魔法は未熟だが、わたしが宮廷魔導士だった頃にいた『落陽の赤』の末裔であれば六十五番手の高級緘魔石だったかの。この五百年を順当に相続していれば家柄も相当良いはずで、あれに自分の趣味の人形を押し付けるなど、あの男はかなりの地位であるはずだな」
なんで現実世界からやってきた男がこの国で出世した。俺との違いはなんだ。コネも血縁もないはずだろう。
「ミツハもその魔導学寮とかいうのに入ってたのか」
「もちろんだ。筆頭魔導士なのだぞ。すべての子女がわたしに平伏したものだ」はははは、と。
この尊大さが、どうにも小物臭い。
「ん? なんじゃその目は! 疑っているのか。落陽の赤などわたしと目も合わせられなかったぞ。声をかけてやれば震えていたものだ。身長以外はなにひとつ負けていなかったのだ」
身長は負けていたのかよ。
「それは嫌われていたんじゃないのか」
思わず率直な感想が漏れてしまう。
数瞬の間があって、空気が張り詰めたのに気付く。ミツハは怒りが極まったのか、目をつり上げ肩をいからせた。叫び出さんばかりの勢いだ。
「おまえ、死にたいか! 恋文など部屋が埋まるほどもらったわ。嫌われてなどいない」
あまりの剣幕に、踏んではいけない地雷を踏んだのだと気が付いた。
「す、すまん」
「謝って済むようなことか。どういう神経をしているのだ。だいたいな、壱番の根付けを相続したわたしという存在は――」
から始まる、やたらと長文の説教をくどくどと始めて、その必死さは笑えるレベルを遙かに超えていた。なんとか話を変えなくてはならない。
「で、でだ。そのときはあんな制服じゃなかったんだな」
「まあ大昔だからの」
言いたいことを言って、いくらかは気分が良くなったようだ。
それにしても、自分の立場を利用して教育機関の制服を自分好みに変更したり、趣味の色濃く出た人形を使わせている……、
「なんていやらしいんだ!」
「いやらしいの」
「いやらしい、いやらしい」
いすゞだけは無邪気に嬌声を上げて楽しそうにしている。俺は少しばかり憂鬱にならざるを得ない。
「あいつらまた来るよな」
知らないと言ってもまるで信用していなかった。身体を賭けて鉄鉱の青を取り戻そうだなんていうくらいだ、俺のもっている情報に価値があると思い込んでいるだろう。情報どころか本物がすぐそこにあるんだけども。
「しかし良かったではないか。あのシブカワというのが鉄鉱の青の安否を勝手に確認してくれる。あの者たちが帰る前に成果はどうでしたと阿呆のふりをして訊いてくればよい」
リリリンたちがどのくらい危険な地域まで攻略に進んだのかわからないが、あの荒武者軍団はリリリンと同じ行程をたどって無事に帰ってこられるのだろうか。長い歴史のなかで〝この世ならざるもの〟を圧倒するほどの軍隊はいなかったはずだ。
「武器や魔法の練度は向上し続けている。あの面妖な刀などもそうだが、ある程度は自信をもって臨む根拠があるんじゃろう」
とは言ってもな、
「奢れる者、久しからず」
「なんて?」
「調子にのると痛い目に遭うぞ、という俺の生まれた世界のありがたい言葉だ。な、いすゞ」
「はい!」
「ふんっ。それにしても、あの老人じゃ。おまえ以外にも結構な人数が異世界より飛ばされてきているようだな」
たしかに直近でふたりも同士が増えた。
本人に確認をとったわけではないが、おそらく現実世界からやってきた銀行家。そして小学校入学前の児童。共通点はなんだ。この世界に引き込まれる理由は――。
「シブカワの出世ぶりを見ると、俺よりかなり前にこの世界に来ているようだった。あいつの周りにはもっといるのかもしれないな」
この世界に飛ばされた直後の心細さを思えば、もし同種の人間と知り合ったならなにがなんでも徒党を組んで、この世界をサバイブしていくことだろう。俺だってミツハがいなかったらとっくに死んでいたかもしれない。仲間は大切だ。
今となっては心細さもクソもないが、そんなに長い間この世界にいるシブカワを鑑みるに、俺はもう現実世界に戻れないのかもしれないな、という寂しさは感じる。
あれほど力をもち余裕があれば、戻る方法は散々考えたはずだ。なにせ人間関係や財産すべてを向こうに置いてきているんだ。戻りたいに決まっている。
「おまえらにとって、この世界とはなんなのであろうな」
こっちが聞きたい。
「俺やシブカワ、いすゞがこの世界に飛ばされてきた意味っていうのがなにかあるんだろうかね」
開き直って生きていく他にどうすることもできない。
この仮想世界のような出来損ないの世界は俺になにをさせたいのか。
答えなど見つけられそうもない。
コップに入れたソーダ水をすすりながらミツハといすゞは店の奥から出てきた。俺なんか刃物まで突きつけられていたというのに、のんきなものだ。
「百万たらずの金であの根付けをあいつに渡すのか」
「いくらウチが高利貸しとはいえ、これから攻略に行く連中を相手にまさか根付けを担保にとっているとも思うまい。適当に嘘情報をくれてやって、しらばっくれてもバレやしないはずじゃ」
たしかに、と思う。
「冷静じゃなかった」
変につっぱったせいで余計な敵対をしてしまったのかもしれない。
ミツハはコップを口に当てたまま、じっと俺を見つめていた。そしてなにを感じたのか、婉曲な言い回しで、さっきのふたりを評した。
「あいつらの服装は奇妙だったの」
ご推察の通りだ。
「ほぼ間違いなく俺と同じ世界から来ている。名前からしても間違いがないし、あの黒い人形たちの装備、あれは俺がいた世界での戦士の装束だ」
「ほう、変わった格好で戦うんじゃな」
「魔法なんかないからな。直接攻撃から身を守ることと軽快性を秤にかけてバランスをとるとああなるんだろう」よく知らないが。
「しかし人形遣いは少女の方だったぞ。おまえらの世界には魔法が存在しないのだろう。この世界の住人たるあの少女が、魔法を使っておまえらの国の戦士を操るなどおかしいではないか。見たこともないはずなのに」
たしかにそれは疑問だ。
あのサノンという少女が魔法使いであることは間違いがない。つまり現実世界からやってきたわけではないのだ。にもかかわらず鎧兜を知っているのか、と。
「あの女の子が着ていた服はセーラー服という。俺がいた世界での少女の標準的な服装なんだ。この世界には似たような服装があるのか」
「あの様な襟や折り目のついたひらひらは見たことがないの。しかしあの年頃で皇国のお抱え魔法使いとなれば、おそらく皇国関係者の子女が通う魔導学寮の生徒だろう。そこの制服なのではないか」
「制服!?」
まさかこの世界でセーラー服を着た女子生徒に出会えるとはな。
「ってことはだぞ、」
現実世界の制服デザインを持ち込んだ者がいる。シブカワだと考えるのが自然だろう。
「あの制服も人形も銀行の男が自分の趣味で作らせたのだろう」
「こわっ」
こわ、といすゞも真似してつぶやいた。
「人形遣いといえば、少女のもっていた根付けはおそらく『陽落の赤』。まだまだ魔法は未熟だが、わたしが宮廷魔導士だった頃にいた『落陽の赤』の末裔であれば六十五番手の高級緘魔石だったかの。この五百年を順当に相続していれば家柄も相当良いはずで、あれに自分の趣味の人形を押し付けるなど、あの男はかなりの地位であるはずだな」
なんで現実世界からやってきた男がこの国で出世した。俺との違いはなんだ。コネも血縁もないはずだろう。
「ミツハもその魔導学寮とかいうのに入ってたのか」
「もちろんだ。筆頭魔導士なのだぞ。すべての子女がわたしに平伏したものだ」はははは、と。
この尊大さが、どうにも小物臭い。
「ん? なんじゃその目は! 疑っているのか。落陽の赤などわたしと目も合わせられなかったぞ。声をかけてやれば震えていたものだ。身長以外はなにひとつ負けていなかったのだ」
身長は負けていたのかよ。
「それは嫌われていたんじゃないのか」
思わず率直な感想が漏れてしまう。
数瞬の間があって、空気が張り詰めたのに気付く。ミツハは怒りが極まったのか、目をつり上げ肩をいからせた。叫び出さんばかりの勢いだ。
「おまえ、死にたいか! 恋文など部屋が埋まるほどもらったわ。嫌われてなどいない」
あまりの剣幕に、踏んではいけない地雷を踏んだのだと気が付いた。
「す、すまん」
「謝って済むようなことか。どういう神経をしているのだ。だいたいな、壱番の根付けを相続したわたしという存在は――」
から始まる、やたらと長文の説教をくどくどと始めて、その必死さは笑えるレベルを遙かに超えていた。なんとか話を変えなくてはならない。
「で、でだ。そのときはあんな制服じゃなかったんだな」
「まあ大昔だからの」
言いたいことを言って、いくらかは気分が良くなったようだ。
それにしても、自分の立場を利用して教育機関の制服を自分好みに変更したり、趣味の色濃く出た人形を使わせている……、
「なんていやらしいんだ!」
「いやらしいの」
「いやらしい、いやらしい」
いすゞだけは無邪気に嬌声を上げて楽しそうにしている。俺は少しばかり憂鬱にならざるを得ない。
「あいつらまた来るよな」
知らないと言ってもまるで信用していなかった。身体を賭けて鉄鉱の青を取り戻そうだなんていうくらいだ、俺のもっている情報に価値があると思い込んでいるだろう。情報どころか本物がすぐそこにあるんだけども。
「しかし良かったではないか。あのシブカワというのが鉄鉱の青の安否を勝手に確認してくれる。あの者たちが帰る前に成果はどうでしたと阿呆のふりをして訊いてくればよい」
リリリンたちがどのくらい危険な地域まで攻略に進んだのかわからないが、あの荒武者軍団はリリリンと同じ行程をたどって無事に帰ってこられるのだろうか。長い歴史のなかで〝この世ならざるもの〟を圧倒するほどの軍隊はいなかったはずだ。
「武器や魔法の練度は向上し続けている。あの面妖な刀などもそうだが、ある程度は自信をもって臨む根拠があるんじゃろう」
とは言ってもな、
「奢れる者、久しからず」
「なんて?」
「調子にのると痛い目に遭うぞ、という俺の生まれた世界のありがたい言葉だ。な、いすゞ」
「はい!」
「ふんっ。それにしても、あの老人じゃ。おまえ以外にも結構な人数が異世界より飛ばされてきているようだな」
たしかに直近でふたりも同士が増えた。
本人に確認をとったわけではないが、おそらく現実世界からやってきた銀行家。そして小学校入学前の児童。共通点はなんだ。この世界に引き込まれる理由は――。
「シブカワの出世ぶりを見ると、俺よりかなり前にこの世界に来ているようだった。あいつの周りにはもっといるのかもしれないな」
この世界に飛ばされた直後の心細さを思えば、もし同種の人間と知り合ったならなにがなんでも徒党を組んで、この世界をサバイブしていくことだろう。俺だってミツハがいなかったらとっくに死んでいたかもしれない。仲間は大切だ。
今となっては心細さもクソもないが、そんなに長い間この世界にいるシブカワを鑑みるに、俺はもう現実世界に戻れないのかもしれないな、という寂しさは感じる。
あれほど力をもち余裕があれば、戻る方法は散々考えたはずだ。なにせ人間関係や財産すべてを向こうに置いてきているんだ。戻りたいに決まっている。
「おまえらにとって、この世界とはなんなのであろうな」
こっちが聞きたい。
「俺やシブカワ、いすゞがこの世界に飛ばされてきた意味っていうのがなにかあるんだろうかね」
開き直って生きていく他にどうすることもできない。
この仮想世界のような出来損ないの世界は俺になにをさせたいのか。
答えなど見つけられそうもない。