倒産整理と禁制品

文字数 3,812文字

 目的地は建物の裏にある倉庫だった。
 現実世界でいうところのコンクリート様の三階建て社屋、その裏手の倉庫に訪れたのは二度目だった。

 一度目は金を貸すとき。
 二度目は金を取り戻すとき、今だ。

 表の建物内はシェイカーで振られたんじゃないかという荒れようだった。俺以外に小切手で金を貸す業者はいないはずだが、給金を貰い損ねた従業員や、金を貸していた友人知人関係者が頭にきて荒らしていったのかもしれない。

 二度の不渡りを出した小切手帳がバラバラに裂かれて床に散らばっていた。会社が健在の頃であれば好きな金額を書いてハンコを押せば銀行で現金化できた。社長からしたらとても大切に扱わねばならないものだ。
 しかし今となってはただの紙クズに相違ない。

「おいヒノミカ、敷地内ぐるっと回って誰かいないか見てこい」
「へい!」

 揉み手をしながら愛想よく、腰を折ってからヒノミカは駆け出す。

「ふとっちょ、おまえは表の建物のなかから取引業者のリストとか連絡先一覧とか探してこい。誰か来たらさりげなく関係を聞き出せ。子どもらしくあどけなくな」
「はい!」

 こいつは返事がいい。頼りなくふわふわと漂いながら表通りまで浮かんでいく。
 裏の倉庫は一昔前の建物なのか、表の建物よりさらに燻んでいるように見えた。しかし言い換えれば、こちらの方が威容を誇っている。レンガ様の建材が高く積まれていて、中世の体育館といえばうんと納得できる。
 表の建物を荒らした連中もこの重厚さには太刀打ちできなかったのか、大きな錠前の掛かった入り口は破られていなかった。猫ほどもでかい金属の錠前は、徒手だったら確かに難儀しただろう。

 俺はカバンを開けて、ミツハから預かっている転送用魔法符を錠前に貼り付けた。ざまあみやがれ、と思う。固めた拳でガンと殴りつけると、重く固く主人から倉庫の守りを言いつけられていた塊は、なんの感慨もなく消える。音の余韻すらない。今頃は事務所に転がっているはずだ。
 障害物の消えた大きな引き戸は、重いながらも素直に開いてくれる。少し動かしただけで隙間から溢れ出てくる膨張した空気は、温く不穏でどこか辛気臭い。

 この会社の正業はいわゆる繊維問屋だった。
 国中から生地にまつわるものを集めてきて、この街と周辺の需要に応え卸している。そこらの商店よりは大きな事業だし、信用も大きかった。どこの誰にそそのかされたのか、正業の儲けをなにかに突っ込んで闇に溶かした。
 俺は手元にある――今は紙切れになった――三百万の小切手をなんとか現金に換えなくてはならない。

「先輩、敷地内見てきましたが、特に誰もいないっす」

 ヒノミカがあざといほど低姿勢に倉庫に飛び込んできた。

「なんか金になりそうなものはなかったか」
「ないっす!」

 こいつは軽い。本当にしっかり見てきたのか。

「おまえの負った借金をいち早く清算したいと思うなら、この客からの回収はとても重要だぞ。適当な仕事すんなよ。一生、ミツハの労役から解放されないぞ」
「へ、へい!」

 もしかしたら本人は真剣なつもりかもしれない。が、この少女はどうにもチャラついて見える。

「まずはそのヘソ出しをやめたらどうだ。仕事中だぞ」
「えー、だってこれ以上まじめな服もってねーし――じゃなくて、ないですし」

 どこが真面目なんだよ。
 下はホットパンツの如き短パン、上もヘソ出しのキャミソールだ。いくら真夏だからって仕事着には相応しくないだろう。しかしこの現実世界的概念を理解させるのは面倒くさい。

「まーいいや。とりあえず倉庫のなかのもの全部検分していくぞ。どんなものがあるか全部メモして最後に教えろ」
「ぜ、全部っすか?」まじかよ、と顔に書いてある。

 俺だって楽じゃないことくらい分かっている。
 金に詰まった者の習いなのか、こんなタイプだから金に詰まるのか、倉庫のなかは整理整頓からは程遠い。場当たり的な積み上げ方で商品が置かれている。

「とりあえず手前だけでいい。奥はもう出し入れしてなかっただろうから」

 俺とヒノミカは左右に分かれて、積まれた物の中身を確認していく。ある程度まとまった商品があれば現金化も夢じゃない。

「あ! 先輩、女の服ギッパイアル!」

 甲高い叫びが倉庫に響いた。

「はあ?」

 まずは落ち着けと。

「女の服が、いっぱい、ある! もらっていいか? いいだろ? さっきちゃんとした服着ろって言ったしな」

 両手を挙げて飛び跳ねんばかりだ。

「いいよ。でも、最後にしろ。まずは仕事だ」

 延滞利息と思えば、服をもっていったくらいで文句をつけられる筋合いもない。それに小売用の服なんかいくら集めても、三百万を作るには期間と労力が相当に必要だろう。やっていられるか。そんなものは現金化のメイン商材じゃない。
 しかしそこらの木箱を開けてみても、これってゴミだよねという布の切れ端ばかりで、もしかしたらただの不要品置き場なんじゃないかという気さえしてくる。

 服の仕立て屋がメートル単位で買っていくような、舗装ローラー車のごときロールの布も有るには有るが、俺が預かったところで金を作るのに二重三重の手間がかかるだろうと思う。買い取らせるツテすらないのだ。

「先輩先輩! これこれ! きたお宝!」

 うるせー、メモして最後に教えろつったろ。

「なんだよ」
「見て、見て。コレ絶対お宝だよ」

 コレ、とはヒノミカの胸高ほどある立方体木箱に詰め込まれた服を、掻き分けて掻き分けて、二重底であることを発見したことにより顕になっていた。

「なんでまだ服見てんだバカ。仕事しろ」
「でもそのおかげで発見できたんだぞ!」

 底の一角に切れ目が入り、強く引っ張ると物を隠せる空間が出現する。そしてそこには金属製で取っ手のついたケースが見えた。かなり大きい。

 確かに怪しい。
 人目につきたくないからこのような細工をしているのは明白で、そうなると金に変えやすいなにかである可能性も高い。

 取っ手をもち上げてみるとケースは思ったよりも重く、中身が布じゃないことを示していた。サイズも三十二インチのテレビ画面くらいあると思う。分厚さもかなりのもので、対戦車ロケットの弾頭でも収まっていそうだ。

「はやく開けてみてくれよ。なんだろうな!」

 そんなにワクワクされても困る。
 ヒノミカの浮かれた気分に反比例するように、俺は少し不安になってきた。こいつは逆目のフラグを立てやすいタイプな気がする。
 俺はケースを床に下ろして留め金を外し――、

「あ? 鍵がかかってるな」

 無理やり開けたら毒ガスでもぶちまけられないだろうな。

「ほらよっ」

 横から手が伸びてきて、ジュ、ジュ、と音がした。決して俺の予期したことでも望んだことでもない。すべてこのガキの無鉄砲さが悪いんだ。

「これで開くだろ」

 留め具はヒノミカの指先の炎でどろりと溶けて、鍵の機能を完全に無効にしていた。こいつはきっと畳の上では死ねないだろう。

「おまえ勝手な真似するなよ」俺を置いてぐんぐんと進むな。
「そっちこそもったいぶるなよな」

 そのまま有無も言わさず、ケースを弾くように開ける。
 と、

「――先輩、なんだこれ」

 ケースいっぱいに衝撃吸収用の詰め物がされて、そこに十本の瓶が埋め込まれている。500mlの缶ビールほどのガラス瓶。中身は真っ白な粉が目一杯に入っている。

 真っ白な粉、二重底、金――。

 俺は咄嗟にヒノミカの手首を掴んだ。

「まてまて、おまえ瓶に触るな」三歩下がって手を後ろに組んで黙って見てろ。
「は? なんすか」

 なんだ?
 この世界にはこんなもんまで有るのか。

 そりゃあ水だって草木だって、さらには人間どころか魔女まで存在しているんだから、有っても不思議はないけどよ。しかし、なんだ、やっぱりこの世界でもご禁制で、荒っぽい連中の収入源になっていたりすんのか。

 大丈夫かよ、おい。

「先輩、どうしたんだ」
「いーから落ちつけ。見なかったことにしろ。こりゃあアレだろ」
「アレ?」
「関わるな。元に戻す。その箱に入ってる服はもって帰るなよ。それとこの瓶のことは誰にも口外するな。わかったな」

 シノギはかぶらないが、コレが原因でトラブルになっても困る。利益に対するリスクなら考慮もするが、見てしまったってだけで付け狙われてはたまらない。無関係なのに。

「作業の続きだ。とりあえず急いで他の箱の中身だけ確認していけ。二重底はもう探さなくていい。それと歯を見せるな冗談じゃない」
「なんだよ、急に」

 ヒヒヒと笑っていた口許をすぼめて、ぶつくさと頬を膨らませる。

 こんなもんがあるとなると、他にも債権者は押しかけてきそうだ。さっさと貰うもの貰って帰らないとな。
 不渡り現場には匂いを嗅ぎつけた魑魅魍魎が集まってくる。
 倒産整理とは、謂わば良いとこ取りのボーナスステージだ。多くの者が群がって、債務者の負ったリスクを無感情に蹂躙し金に変えていく。

 一つの餌場に嘴を突っ込み合えば、お互い邪魔に思う。当然反目に回るしトラブルが生まれる。

 嫌な予感しかしない。
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