冴えない復讐劇に

文字数 4,905文字

 翌日返済日がくる客の、前日確認がすべて終わった。
 攻略者の方ではなく、小切手割引で出した方だ。

「期日五人のうち三人が完済の連絡だ。シキシマ、これは多くないか」
「多いな」

 というか今日に限ったことじゃない。
 ここ数日、期日がくるたびに完済の客が増えている。無事に返済されたと安心する一方で、貸し付け続けないと利益を生まないこの商売ゆえに、少し怖くもある。まあ飛ぶよかましだけど。
 このペースだとあっという間に客が半減する。
 理想は延々と利息を入れてジャンプを繰り返す鉄板客だが、多くはそのまえに潰れる。鉄板客はそういない。

「気持ち悪いと思わんか」
「皇軍の天領侵攻が近づいているから、全体的に街の景気が上向いているのかもしれないな」

 他の要因として考えられることもいくつかあるが、そう多くはない。すぐにネタは割れるだろう。

「ヒノミカ、ちょっと出てくるから店番頼んだぞ。あと、ふとっちょが持ってきたこのリストから軍人か軍属の奴を漏れなくピックアップしておいてくれ。これだというのが居なかったら一軒一軒連絡してみて、皇国軍の○○さんですか、って聞いていけ。しっかりやれよ」
「えー、なんだよそれ。人使い荒れーなあ」ぶつくさ、と。

 本日のヒノミカは、不釣り合いにも深窓の令嬢が過ごすような過剰装飾の服を纏っていた。いつのまにやら俺が転送した箱に詰め込んでいたらしく、どっさりと女の子らしい衣類を手に入れたようだ。

「あと、攻略資金を借りにきた客がいたら、そこの借入申込書に全部記入させろ。基本的には審査結果は明日出るからまたきてくれと伝えて、急ぎだという客は茶でも出して待たせておけ。俺もすぐ戻るから」
「ちょっと、あたしひとりでそんな奴ら相手に喋れないって」

 ヒノミカひとりで店番をさせるのは別の意味で不安は残るが、ミツハの畏怖が記憶に新しい今、滅多なこともできないだろう。

「なんでだよ、俺に襲いかかったときの図々しさを考えたらできるだろ」
「わたしもいるからだいじょうぶだよ」

 いすゞが安く請け合う。ヒノミカが女だというのもあるだろうが、あっという間に慣れてまとわりついている。ここを燃やそうとした奴だと忘れてしまったのか。女子でこのおおらかさは将来が不安になる。

「いすゞが大丈夫だって言ってんだ。問題ないな。くれぐれも勝手に追い返すなよ」
「そんなぁ……」

 俺とミツハとふとっちょが店を出ると、社長行ってらっしゃい、なんてミツハだけを労うわざとらしい声が背中に飛んできた。俺のことはまだ恨んでいるらしい。あの水の一杯で助かったかもしれないのに、感謝というものがない。

 ふとっちょは、居酒屋から預かった拳サイズの赤い鉱石をふたつばかり浮かせて俺についてくる。しかしどうやら魔力の限界は案外低いようで、自分は地面を歩き鉱石は十五センチほど空中をふらふらと漂っているばかりだった。
 格好良く肩の辺りまで浮かせて欲しかったね。

「やっぱりこれ重いです。もし、もし僕の魔力が尽きた場合は手でもって行ってもらうことになるかも……」
「ふざけんな、気合入れろ。修行だと思え」

 まだいくらも歩いていないのに、体力のなさは体型を裏切らないらしい。
 たしかにこの赤い石は重い。ひとつもち上げるだけで、正体をなくした酔っ払いを連れて帰るくらいの重労働だ。こんなことが続けば、来月あたりはふとっちょと呼べなくなるかもしれない。マッチョだ。
 目指す先にはすぐたどり着く。

『グオシエン刀匠協会』

 二度目の訪問。

「――なんの用ですか、金貸し風情が」

 あいかわらずの喧嘩腰である。
 今日もパンツスーツのような身なりで、やり手のビジネスウーマンといった格好だ。
 ひっつめた金髪と、化粧気のない割に整った容姿、対峙するこちらが怯んでしまう雰囲気をまとっている。革張りの重厚な椅子に深く座っていることでそんな印象を加速させたのかもしれない。
 しかし今回は揉める必要はない。その生意気な態度を改めさせ謝らせてやる。

「セロリさん、今日は見てもらいたいもんがあってきたんだ。おたくはここらの石には滅法詳しいだろう。俺が見たこともない鉱石をお客さんにもってきてもらってさ。カラスタ」

 呼びかけると、ダラダラ汗をかいたふとっちょはホッとした表情を浮かべて、すでに五センチまで下がっていた赤い石をゴトリと床に落とした。
 相撲取りの拳くらいの大きさであるが、その落下音は餅つきのようである。

「なんですか、いまの音は」

 執務机の向こう側にいて、ふとっちょの足元に浮いていた石は見えなかったらしい。俺はふとっちょに目で合図を送る。

「……え」

 首をふるふるとして、拒否。目まで逸らしやがる。
 ミツハに視線を送るもすでに最初からこちらなど見てもいなかった。
 しようがない。
 俺は腰をかがめてひとつの石を両手で掴み、全身の筋肉を総動員してもち上げた。

 冗談でもなんでもなく今までもち上げた物のなかで一番重いと思った。人間ひとりなら背負うこともできるが、こんなサイズだとそれも叶わない。
 全然笑えず、憤怒の表情を浮かべて、俺はなんとかそれを机の端に置いた。
 セロリはいかがわしい物でも見るような冷めた目つきをして、俺を軽蔑する。

「嘘じゃない。もってみろ」

 友達でもないのに、いきなり押しかけてパントマイムなどするかアホが。

「なんですか、これは」
「先日〝赤の天領〟に行ったうちのお客がもってきたもんだ。色は真っ赤だし比重が常識はずれ。おたくらの商売に使えるかどうかは知らないが、もし欲しいならうちの店にまだいっぱいあるぞ。買うか」

 セロリは疑わしそうに指先で石を突くが、思った通りに動かなかったのか次第に強く力を込めていった。女が片手で押したって動きもしない。

「これでぼったくろうという魂胆ですか。使えるかどうかわからないのに大金など出すものですか」
「いや、これはサンプルでくれてやってもいい。欲しくなったら俺の店にたくさんあるし、〝赤の天領〟のどこで採れるかも俺は知っている」
「……なにが目的ですか」

 警戒の色は消えない。
 どれだけ金貸しが嫌いなんだ。

「おたくらは客に『あそこの石を買い取る』『あそこの石を取ってこい』とやっているが効率はそんなに良くないだろう。もてないサイズは置いてくるしかないし、個人じゃ量にも限界がある。ところがどうだ、俺らならどんな重量物だって安全迅速にこちらに送ることができる」
「俺らじゃない。わたしが、じゃ」

 あさっての方を向いたまま、ミツハはつぶやくように言うが聞こえないふりだ。

「そこの怠惰な少年のことですか」
「俺の連れに失礼なことを言うな。ただちょっと食べる量が多いだけだ。足以外は大抵速いんだ。頭の回転とか」

 ふとっちょがセロリの言葉に大きくうなだれてしまったじゃないか。

「物を浮かせる魔法が使えたからなんだというんですか。たまたま先祖から緘魔石を相続しただけで、本人の実力など関係ない。我々は努力と知恵で魔法以上の成果を出すのです。その魔法至上主義な選民意識がこの世界に争いを生むのです」

 睨みつけるような目つきが怖い。
 俺は魔法が使えないことに劣等感などもったことはないが、そうじゃない奴もいるようだ。

「そいつの話じゃない。こっちだ」

 俺はミツハへ顎をしゃくった。

「有名な魔女の末裔とあなたの間に生まれた子ですか」
「違うわ!」

 この界隈にややこしい誤解が広まっている。

「こいつは、」

 と言ったところでガツンと脛を蹴られた。

「この子は、どんな物でも特定の場所へ転送させることができる。たとえば、」

 ミツハにアイコンタクトを送ると、不機嫌そうに卓上を睥睨して、『セロリ』と名前の書かれた協会長のネームプレートを指でつついた。メンドくさそうに最小限しか動かない。

「はっ?」

 ふわっと空気が動いて、ネームプレートは消えた。

「うちの店に転送した。嘘だと思うなら俺らと一緒に取りに来るといい」
「攻略資金金融など行きたくもないです。くれてやります」

 強気ではあるが少し戸惑っているようにも見える。前回の無礼を思い返せばこれだけでも痛快だ。

「こっちの要望はこの前話した、五人組のパーティの情報だ。まずこの赤い石はやるからそのくらいの情報は出してくれ」

 セロリは押し黙ってじっと前を向いていた。組まれた腕がやたらと膨らんだ胸を強調している。

「……いいでしょう。調べてあとで回答します」

 さて、

「それが聞ければ、本題はこっからだ」
「本題? なんですか、なんのつもりですか」

 薄くなりかけた警戒の色がまたひときわ濃くなる。なにをそんなに気を張っているのか。こいつはいつもこうなのだろうか。

「こいつの転送の魔法は誰でも扱うことができる」

 俺はミツハ謹製の魔法符を一枚出してひらひらと見せつけた。

「これを対象物に貼り付けて『転送しろ』と念じてやれば、その時にはもううちの店に届いている」
「根付けをもっていなくても」
「いなくても、だ」

 セロリは言葉を発しなかったが、その眼差しには畏敬が感じられた。無意識のように手が俺の方に伸びてきている。さっきの発言は酸っぱいブドウというやつか。こんな奴でも、少女時代は根付けをもっている連中に憧れを抱いたのだろうか。魔法少女になりたい、と。

「わたしのおかげだろう。偉そうにするな」がつん、と。

 ミツハのつま先が俺の脛、弁慶の泣き所のなかの泣き所、真っ芯に叩き込まれた。

 ぎゃ、と叫んだかもしれない。

 稀にある、いい角度で入った、というやつだ。本人にそこまでの意図はなかったかもしれないが、俺の感じた痛みは一瞬息が止まるほどのもので、俺が身体を折るのも無理はない。ないはずだ。ないといいなと思っている。

 ――瞬間、
 セロリが上半身に着ていたはずの衣類が丸ごと消し飛んだ。

「え」

 肌面積は最大値まで跳ね上がって、押さえつけられていた膨らみはここぞとばかりに存在を主張している。
 俺の右手につままれていたはずの魔法符も消失していることから、セロリの服と一緒に転送されたんだろうと、まあ冷静に分析することはできる。

 状況を瞬時に呑み込めた者は皆無で、当のセロリすらも両腕を泳がせたまま柔肌を隠そうともしていない。皆の目が点になり、皆が言葉を失った。
 責任は誰にもない。もしくは全員に平等に分配されている。ここに悪意をもった者などいないのだから。天災といっても良いんじゃないか?

 事故というとまるで俺の責任のようじゃないか。うん。これは天災だよ。だよね?

「きゃぁああああぁ――――――――――――――――――――――――――っ」

 椅子、
 金属の脚が俺の鼻先をものすごいスピードでかすめていった。尻餅をつく。

「殺す気か、てまっ、バカ」

 セロリが顔を真っ赤にして椅子を振り上げている。こんなものが顔面にぶち当たったら、ゴリラと殴り合いをしても勝負になる海兵隊員だって死ぬと思う。

 逃げる間もなく垂直に椅子の脚が、俺の頭頂部めがけて、スローモーション、
 死――を覚悟した間際、
 なんの痛みも襲ってこないことから恐る恐る目を開けてみると、ミツハが俺の頭上で手をかざして、振り下ろされた椅子をこの部屋から消し飛ばしていた。

「すまんの。飛ばしたものはあとですべて届ける。こいつも今すぐ連れて帰るから勘弁してくれ」

 ミツハは俺のベルトを掴むと引きずるように部屋から連れ出した。
 本当はあの魔法符を提供する代わりにこの前の非礼を謝らせてやろうと思ったのに、すでにそんなことを言える状況ではなかった。

 セロリは両腕を抱えて、あさっての方向に身体をねじっている。
 作戦失敗だ。
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