コンプレクス
文字数 4,025文字
「なんだおまえという奴は、油断も隙もないというか、誠意に欠けるというか」
人がまばらな表通りをミツハはぶつくさと言いながらずんずんと店まで歩いていく。
俺にだって言い分はある。
「ミツハ、おまえが俺の向こう脛を蹴飛ばしたりしなければこうはならなかったんだ。これから先も有利な条件で鉱物の取り引きにもち込めそうだったのに」
「わたしのせいにするな。おまえがあの女の衣服が消えればいいと心のどこかで願い続けていたからこそ、衣服と札が触れた途端に転送されたのだ。違うのか。この煩悩男め」
ぐうの音も出なかった。
「そ、それは誤解だ」
誤解なのは間違いないが、服が転送されたのもまた事実だ。なにを言い返しても苦しい。
「わたしの偉大なる能力を自我の欲望の為に利用した男は、この数百年を振り返ってみてもおまえただ一人だ。稀代のエロ金融屋め」
妙な単語を作るな。
「不幸な偶然の積み重ねだ。俺だけの問題じゃない」
「過去の過酷な修行の日々を思い返すと泣けてくるわ。氷山に置き去りにされ、火山に投げ込まれ、密林で一ヵ月も野宿した。……結局のところ、おまえのヨコシマな衝動を解消する為にわたしは血を吐き涙に濡れながら魔法を身に付けたのだな」
「話を大袈裟にするな」
真顔でそんなことを言うのはやめてくれ。
「わたしに根付けを託してくれた母や、偉大なる先祖に申し訳がたたない。この世界で最も価値があるとされる壱番の根付けも、結局はあの女の裸体を露わにする為だけに生まれてきたのだろうか。運命とは恐ろしい。あれが歴史の集約点なのだ」
「おい、」
「しかし当のわたしの身体が子どものままというのも皮肉だ。わたしの価値は魔力だけというわけだ」
「ミツハ? ミツハさん?」
まったく聞く耳をもたずに、ミツハはさっさと歩き続ける。これ以上の言い訳はヤブヘビな気がする。
楽しそうなのはカラスタだけだ。労働に見合った対価があったというわけだ。
「おまえ、俺に感謝しろよ」
耳元で嫌味のひとつでも言ってやらないと釣り合いが取れないだろう。
「べ、べべべつになにも見ていないので」
ひひひ。
「性格は悪いが見てくれは最高だもんな、刀匠協会の会長さんは」
「さ、さあ。ぼくにはわかりませんけど」
「俺はおまえのために株を落としたようなもんだ。いや、俺はおまえが喜んでくれればそれでいいんだけどさ。頑張ってくれてるしさ。良かったな」
カラスタは聞こえていないフリをしてふわふわとミツハのあとを追っていく。その耳は真っ赤だ。しばらくこのネタでからかってやろうと思う。
店に戻ると、ヒノミカが大量の服を大きな毛布にまとめて、風呂敷よろしく背負い込む練習をしていた。例の倉庫からの回収品だろう。その容積たるや自分の身体と変わらないほどに見える。欲張りすぎだ。
「社長、おかえりなさい!」
ミツハには愛想が良いが、相変わらず俺にはふてくされた眼をしている。
「じゃ、あたしは帰るんで。カラスタ、乗っけてって」
返事も待たずにふとっちょの背中に飛び乗る。
「おい、まて。客は来なかったか」
「あ、忘れてた。申し込み用紙書かせといたんで。明日またくるって」
「それを忘れるな」
一番大切なことだろうが。
「そいじゃまた明日! カラスタ、ゴー!」
騒がしい奴は太った友人を連れて店を出て行く。
窓の外はオレンジに染まり、往来の人たちも一日のクライマックスに向けて片付けをするように動いている。店に残った俺とミツハといすゞ、誰も言葉を発しないもんだから、寂しい雰囲気に拍車をかける。
そろそろ夕飯のことでも考えるか、と思ったときだった。
「わたしはもう寝るぞ」
まだ就業時間だぞ。
ミツハはなにをプンスカとしているのか。
振り返ったらミツハの背中が見えて、カウンターに座ったままのいすゞと目が合った。しようがないので隣に座る。
いすゞはどこから材料を調達したのか、自分でトランプを作ってひとりで並べている。
電気を必要とするゲームがないから、えらく健康的な遊びしか縁がない。それが可哀想なことなのか、それとも良いことなのか、いまはまだ判断がつかないな。
「竹馬って知ってるか」
「しらないです」
「今度作ってやるよ」竹状のものがあるか知らんけど。
「うん!」
「ヒノミカとなにして遊んでたんだ」
「お洋服! たたんでました。おしえてもらって」
うまいこと使役されやがって。無邪気なもんだ。
こいつは現実世界との線引きをどのようにしているんだろうか。家族や友達に会えない日常をどう解釈しているんだろうか。直接泣き言を聞いたことはないが、すべて忘れてしまうほど六歳の世界はおぼろではないはずだ。
たまに、なにもかもから突然目覚めるんじゃないかという気になったりするが、この世界での日常も当たり前のように翌日を運んでくる。息をしている限りは飯も食わなきゃならないし、睡眠だって必要だ。
こうして日常に絡め取られて、日々に埋もれていく。だんだんとこっちの世界の日常が大きくなる。自分につながる線の一本一本が他人事でなくなる。
リリリンのこともシブカワのこともセロリのこともヒノミカやカラスタやミツハのことも、どうでもいいやと放り出せない。
「とりあえず飯でも食いに行くか」
「はい!」
ちょっと早いが、子どもの頃は夕方に用意されていたよな。作るのもしんどいし、外に行くのがベストだ。ミツハに嫌味を言われる前にさっさと用意してしまおう。
そんなときだった、
入り口に人の影。扉越しに店のなかを覗き込んでいる。長い金色の髪が大きく下がって揺れている。
「女のひとがやってきましたよ」
その通りだ。こいつは見覚えがある。俺は入り口から入ってこようとしないそいつが、いなくなる前に扉を開けてやった。
「なんだ、まだ文句が言い足りないのか」
セロリだ。
いつもと違う。ポケットのたくさん付いたカジュアルなズボン姿で、心なしか上も厚着だ。
このくそ暑い季節にこんなに着込んでいるのが、こいつの心情を物語っている。いままで必ずひっつめられていた髪はざんばらで、艶艶と光を弾き飛ばして胸のあたりで揺れている。
無頓着さで女らしさを排除したかったのかもしれないが逆効果だと思う。
「い、いや、得体の知れない金貸しに自分の下着がいつまでも蹂躙されているのは不愉快ですから」
下着……か。
すっかり頭から抜けていた。そうか、いま転送の部屋にはこいつの下着が、
「想像しないでください! 早く返してください」
恥辱に耐えがたいという表情に美貌を歪めてセロリは怒っていた。
「いすゞ、真ん中の部屋にこのお姉さんの服があるからもってきてくれるか」
「はい!」
たったと駆けて行く。
「まだ子どもがいたのですね」
「預かってるだけだ」
余計な情報を与えてしまった。妙な噂がまた広まらないといいんだけどな。
「あの、これ……、」
ん?
「おそらくあなたが言う五人組のパーティに渡した地図です。〝赤の天領〟の城門から三日以内に行ける範囲ですが多くの攻略者はこの辺りにしか進みません。赤くラインの引かれているのが最近大きめに稼ごうという攻略者たちに勧めているルートで、終点に半開発された山があり、わたしたちの求めている鉱石があります」
手にもっている紙は十枚以上の束になっている。
「他のはなんだ」
「拡大図や鳥瞰図などです。地図の見方も解らないような者が大勢攻略に赴きますから、極力わかりやすくしています」
思ったより仕事が細かいな。
「もっと放ったらかしかと思ってたわ」
「一応、みなに利用されやすいように配慮はしています。帰ってこないと、こちらも寝覚めが悪いので」
「そうか、助かる」
この地図を利用すれば、これからうちにくる客にリリリンたちの情報を集めてもらえる。
「なぜそのパーティにこだわるのですか。金貸しが攻略者の客すべてにそのような思い入れがあるとは思えないのですが」
「あー、」少し説明が難しい。根付けのことを口にするわけにはいかない。「普通の客以上に仲良くなってしまうことっていうのはある。俺だってロボットじゃないんだ。人情として気になるというのは普通のことだろう。それにまるきり返済のないもち逃げ状態だ。放ったらかしにする方がどうかしている」
「なんですか、あやしいですね。企みがあるのですか。よほどの美人だったのでしょうか」
俺の人間性そのものを疑ってやがる。
金貸しがいかに苛烈な取り立てを行おうと、それは悪者を定義する条件じゃない。筋を通して返してもらうべきものを返してもらうだけだ。むしろ借りたものを返さないで被害者ぶる債務者のメンタリティこそが悪だ。
セロリには色眼鏡を外してもらわないとなるまい。
「そうだ、これからさっきの子どもと飯を食いに行くんだ。おたくも一緒に来るか」
単に思いついて誘っただけだが、セロリの眉間にシワが寄った。
「いや、違うんだ、攻略を趣味にしてる居酒屋がいてな。こないだ赤い鉱石をもって帰ったオヤジだ。その居酒屋が最近〝赤の天領〟が変わってきたと言っていた。話を聞けばおたくのマップ化に新しい情報が加えられるんじゃないかと思ってな」
言い訳がましく聞こえないようにと思って余計にたくさん喋ってしまった。ますます胡散臭そうに俺を見る。本当にそんなつもりじゃないのに。
「洋服なかったー。ヒノミカちゃんがもって帰っちゃったー」
いすゞがブラジャーらしきものだけ指に引っかけて、駆け戻ってくる。
純真無垢な子どもの笑顔が、逆に残酷だと思う。
俺のせいじゃないのに。
人がまばらな表通りをミツハはぶつくさと言いながらずんずんと店まで歩いていく。
俺にだって言い分はある。
「ミツハ、おまえが俺の向こう脛を蹴飛ばしたりしなければこうはならなかったんだ。これから先も有利な条件で鉱物の取り引きにもち込めそうだったのに」
「わたしのせいにするな。おまえがあの女の衣服が消えればいいと心のどこかで願い続けていたからこそ、衣服と札が触れた途端に転送されたのだ。違うのか。この煩悩男め」
ぐうの音も出なかった。
「そ、それは誤解だ」
誤解なのは間違いないが、服が転送されたのもまた事実だ。なにを言い返しても苦しい。
「わたしの偉大なる能力を自我の欲望の為に利用した男は、この数百年を振り返ってみてもおまえただ一人だ。稀代のエロ金融屋め」
妙な単語を作るな。
「不幸な偶然の積み重ねだ。俺だけの問題じゃない」
「過去の過酷な修行の日々を思い返すと泣けてくるわ。氷山に置き去りにされ、火山に投げ込まれ、密林で一ヵ月も野宿した。……結局のところ、おまえのヨコシマな衝動を解消する為にわたしは血を吐き涙に濡れながら魔法を身に付けたのだな」
「話を大袈裟にするな」
真顔でそんなことを言うのはやめてくれ。
「わたしに根付けを託してくれた母や、偉大なる先祖に申し訳がたたない。この世界で最も価値があるとされる壱番の根付けも、結局はあの女の裸体を露わにする為だけに生まれてきたのだろうか。運命とは恐ろしい。あれが歴史の集約点なのだ」
「おい、」
「しかし当のわたしの身体が子どものままというのも皮肉だ。わたしの価値は魔力だけというわけだ」
「ミツハ? ミツハさん?」
まったく聞く耳をもたずに、ミツハはさっさと歩き続ける。これ以上の言い訳はヤブヘビな気がする。
楽しそうなのはカラスタだけだ。労働に見合った対価があったというわけだ。
「おまえ、俺に感謝しろよ」
耳元で嫌味のひとつでも言ってやらないと釣り合いが取れないだろう。
「べ、べべべつになにも見ていないので」
ひひひ。
「性格は悪いが見てくれは最高だもんな、刀匠協会の会長さんは」
「さ、さあ。ぼくにはわかりませんけど」
「俺はおまえのために株を落としたようなもんだ。いや、俺はおまえが喜んでくれればそれでいいんだけどさ。頑張ってくれてるしさ。良かったな」
カラスタは聞こえていないフリをしてふわふわとミツハのあとを追っていく。その耳は真っ赤だ。しばらくこのネタでからかってやろうと思う。
店に戻ると、ヒノミカが大量の服を大きな毛布にまとめて、風呂敷よろしく背負い込む練習をしていた。例の倉庫からの回収品だろう。その容積たるや自分の身体と変わらないほどに見える。欲張りすぎだ。
「社長、おかえりなさい!」
ミツハには愛想が良いが、相変わらず俺にはふてくされた眼をしている。
「じゃ、あたしは帰るんで。カラスタ、乗っけてって」
返事も待たずにふとっちょの背中に飛び乗る。
「おい、まて。客は来なかったか」
「あ、忘れてた。申し込み用紙書かせといたんで。明日またくるって」
「それを忘れるな」
一番大切なことだろうが。
「そいじゃまた明日! カラスタ、ゴー!」
騒がしい奴は太った友人を連れて店を出て行く。
窓の外はオレンジに染まり、往来の人たちも一日のクライマックスに向けて片付けをするように動いている。店に残った俺とミツハといすゞ、誰も言葉を発しないもんだから、寂しい雰囲気に拍車をかける。
そろそろ夕飯のことでも考えるか、と思ったときだった。
「わたしはもう寝るぞ」
まだ就業時間だぞ。
ミツハはなにをプンスカとしているのか。
振り返ったらミツハの背中が見えて、カウンターに座ったままのいすゞと目が合った。しようがないので隣に座る。
いすゞはどこから材料を調達したのか、自分でトランプを作ってひとりで並べている。
電気を必要とするゲームがないから、えらく健康的な遊びしか縁がない。それが可哀想なことなのか、それとも良いことなのか、いまはまだ判断がつかないな。
「竹馬って知ってるか」
「しらないです」
「今度作ってやるよ」竹状のものがあるか知らんけど。
「うん!」
「ヒノミカとなにして遊んでたんだ」
「お洋服! たたんでました。おしえてもらって」
うまいこと使役されやがって。無邪気なもんだ。
こいつは現実世界との線引きをどのようにしているんだろうか。家族や友達に会えない日常をどう解釈しているんだろうか。直接泣き言を聞いたことはないが、すべて忘れてしまうほど六歳の世界はおぼろではないはずだ。
たまに、なにもかもから突然目覚めるんじゃないかという気になったりするが、この世界での日常も当たり前のように翌日を運んでくる。息をしている限りは飯も食わなきゃならないし、睡眠だって必要だ。
こうして日常に絡め取られて、日々に埋もれていく。だんだんとこっちの世界の日常が大きくなる。自分につながる線の一本一本が他人事でなくなる。
リリリンのこともシブカワのこともセロリのこともヒノミカやカラスタやミツハのことも、どうでもいいやと放り出せない。
「とりあえず飯でも食いに行くか」
「はい!」
ちょっと早いが、子どもの頃は夕方に用意されていたよな。作るのもしんどいし、外に行くのがベストだ。ミツハに嫌味を言われる前にさっさと用意してしまおう。
そんなときだった、
入り口に人の影。扉越しに店のなかを覗き込んでいる。長い金色の髪が大きく下がって揺れている。
「女のひとがやってきましたよ」
その通りだ。こいつは見覚えがある。俺は入り口から入ってこようとしないそいつが、いなくなる前に扉を開けてやった。
「なんだ、まだ文句が言い足りないのか」
セロリだ。
いつもと違う。ポケットのたくさん付いたカジュアルなズボン姿で、心なしか上も厚着だ。
このくそ暑い季節にこんなに着込んでいるのが、こいつの心情を物語っている。いままで必ずひっつめられていた髪はざんばらで、艶艶と光を弾き飛ばして胸のあたりで揺れている。
無頓着さで女らしさを排除したかったのかもしれないが逆効果だと思う。
「い、いや、得体の知れない金貸しに自分の下着がいつまでも蹂躙されているのは不愉快ですから」
下着……か。
すっかり頭から抜けていた。そうか、いま転送の部屋にはこいつの下着が、
「想像しないでください! 早く返してください」
恥辱に耐えがたいという表情に美貌を歪めてセロリは怒っていた。
「いすゞ、真ん中の部屋にこのお姉さんの服があるからもってきてくれるか」
「はい!」
たったと駆けて行く。
「まだ子どもがいたのですね」
「預かってるだけだ」
余計な情報を与えてしまった。妙な噂がまた広まらないといいんだけどな。
「あの、これ……、」
ん?
「おそらくあなたが言う五人組のパーティに渡した地図です。〝赤の天領〟の城門から三日以内に行ける範囲ですが多くの攻略者はこの辺りにしか進みません。赤くラインの引かれているのが最近大きめに稼ごうという攻略者たちに勧めているルートで、終点に半開発された山があり、わたしたちの求めている鉱石があります」
手にもっている紙は十枚以上の束になっている。
「他のはなんだ」
「拡大図や鳥瞰図などです。地図の見方も解らないような者が大勢攻略に赴きますから、極力わかりやすくしています」
思ったより仕事が細かいな。
「もっと放ったらかしかと思ってたわ」
「一応、みなに利用されやすいように配慮はしています。帰ってこないと、こちらも寝覚めが悪いので」
「そうか、助かる」
この地図を利用すれば、これからうちにくる客にリリリンたちの情報を集めてもらえる。
「なぜそのパーティにこだわるのですか。金貸しが攻略者の客すべてにそのような思い入れがあるとは思えないのですが」
「あー、」少し説明が難しい。根付けのことを口にするわけにはいかない。「普通の客以上に仲良くなってしまうことっていうのはある。俺だってロボットじゃないんだ。人情として気になるというのは普通のことだろう。それにまるきり返済のないもち逃げ状態だ。放ったらかしにする方がどうかしている」
「なんですか、あやしいですね。企みがあるのですか。よほどの美人だったのでしょうか」
俺の人間性そのものを疑ってやがる。
金貸しがいかに苛烈な取り立てを行おうと、それは悪者を定義する条件じゃない。筋を通して返してもらうべきものを返してもらうだけだ。むしろ借りたものを返さないで被害者ぶる債務者のメンタリティこそが悪だ。
セロリには色眼鏡を外してもらわないとなるまい。
「そうだ、これからさっきの子どもと飯を食いに行くんだ。おたくも一緒に来るか」
単に思いついて誘っただけだが、セロリの眉間にシワが寄った。
「いや、違うんだ、攻略を趣味にしてる居酒屋がいてな。こないだ赤い鉱石をもって帰ったオヤジだ。その居酒屋が最近〝赤の天領〟が変わってきたと言っていた。話を聞けばおたくのマップ化に新しい情報が加えられるんじゃないかと思ってな」
言い訳がましく聞こえないようにと思って余計にたくさん喋ってしまった。ますます胡散臭そうに俺を見る。本当にそんなつもりじゃないのに。
「洋服なかったー。ヒノミカちゃんがもって帰っちゃったー」
いすゞがブラジャーらしきものだけ指に引っかけて、駆け戻ってくる。
純真無垢な子どもの笑顔が、逆に残酷だと思う。
俺のせいじゃないのに。