貸し付けの極意

文字数 2,691文字

「なんであんな言い回しするんすか」

 十一人の客が帰ったあと、カウンターでみなが席を並べているときにヒノミカがそのようなことをのたもうた。

「どういう意味だ」

 なんのことを言っているのかがわからない。

「二十万から一割利息の二回分をさっ引いて十六万の貸し付けになるってやつ。十六万貸し付けの二十万返しな、でいいんじゃないの。わかりやすいし」

 ほほう、妙なところに気が付くな。

「少しは自分で考えてみろ。人に教えられてもすぐ忘れるだろ。ブーちゃんはどうだ」
「うーん、」

 見た目にそぐわぬ利発さに期待して俺はカラスタに振ってみた。

「最初から二割と言うと利息が高く感じるからですか」

 おしいな。

「確かにそれもある。でも違う。ヒノミカ、今回の貸し付け条件の利率ってどれくらいかわかるか」
「バカにすんな! 一割が二回で二割! いまカラスタが言ったばっかりだろ」
「それが間違ってんだよ。二十万の二割で四万、これはこれで正しい。でもな、違うんだよ。二割ってのは二十万を基準に考えたときだろうが。でも貸し付けたのは十六万だ。十六万に対する四万は何割何分だ? 計算してみろ」

 ヒノミカはさっとカラスタの顔を見て丸投げの姿勢だ。

「えっと、十六万の四万は……四分の一だから……二割ご、」
「二割五分!」

 横取りしたヒノミカが嬉しそうに跳びはねて答えた。カラスタは信じられないものを見るようにヒノミカの横顔を見つめ、小さく肩を落とした。気持ちはわかる。
 いるよな、そういうふざけた奴って。

「つまり客には二割って印象のまま二割五分の利息を取ることができる。これが先引きマジックだ。貸付金の利息先引き。金貸しの基本だぞ」
「おおお、利息は一割だって話からいつの間にか二割五分も取られている不思議!」
「こんなのもあるぞ」

 過大なリアクションについ嬉しくなって、俺はまた別の話を引っ張りだした。

「一週間期日の貸し付けを十日間期日に錯覚させる方法」
「おおー! 面白そう」
「シキシマ、余計なことは言うな」

 昨日からどうも機嫌の悪いミツハが、カウンターの端っこで肘をついてピシャリと話の続きを切り飛ばした。

「同業者も出てきているのだろう。ノウハウを拡散させて良いことなどひとつもない」

 ミツハに最敬礼のヒノミカは、聞きたがった自分を棚に上げて「そうだそうだ」とばかりに俺に非難の目を向ける。
 刀匠協会に行ってからなにが気にくわないのか、ただでさえ喋らない奴が一層寡黙になった。顔に不機嫌さが張り付いているからタチが悪い。

 大人の女性というものにコンプレクスを抱えているのかとオブラートに包んで訊いたら完無視された。微動だにしない不動のシカト。猫だってもう少しは反応しただろう。話しかけてしまったこっちの身にもなって欲しい。

「おーし、ヒノミカ、この前の繊維問屋から回収してきたリストは」
「ほい」

 カウンター背後の書類棚から束を取り出して俺に差し出す。手遅れにならないうちに金に換える準備をしておかないと。

「三人いたっすね。皇軍の関係者ぽいの」

 三人。
 まあ上出来の部類だろう。
 早めに行動をしないと、皇軍の担当者は生地屋の夜逃げに気づくだろう。そうなってから勝手に回収に動かれると水の泡だ。

「あの倉庫の箱と関係あるんっすか。あれなんだったんすか」
「皇軍の攻略装備だよ。必須のな」

 俺はヒノミカの抽出した連絡先に順に電話(でいいだろ、もう)していく。



 ――今年度の〝赤の天領〟皇軍侵攻のためにグオシエンの問屋に攻略装備の大量注文を出している件です。覚え、ありますよね。

 あの問屋は倒産しましたよ。
 夜逃げです。
 はい、倉庫は荒らされて、一切合切もち去られています。あの会社に発注していた物があるはずです。すべて無くなっていますよ。

 私が連絡したのは、装備の件で力になれると思ったからです。損はしませんよ。お互いにとってメリットのある話で。
 私も生地を扱う商売をしているんですよ。もしそちらで必要な装備が宿営用天幕であれば、私の方で用意できますよ。ええ、テントですね。ご希望の数、即納します。

 ――今年度の皇軍侵攻までどれくらいの期間ですかね、考えている時間はあまりないと思いますが。金額も市価の半分以下で提供しますよ。

 ――私が横取りした? なにを根拠にそんな言いがかりを? 私の気分を害してあなたが得することなんてひとつもありませんよ。

 ――あなたの個人的なミスで、皇軍の精鋭を露天で寝かすつもりですか。それとも人数を絞るのかな。将軍はなんて言うでしょうね。あなた、クビが飛ぶんじゃないですか。

 ――経費の捻出? なにをケチケチとしたことを言ってるんですか。あなたのミスを国民の税金で補填させるつもりですか。自腹を切ればいいでしょう。どうせ問屋と癒着して見返りをもらっていたんでしょう。全部吐き出して真面目に生きればいい。

 ――いまからどこかに発注をかけたって、私より安く納品できる業者はないでしょう。全部で四百万で良いですよ。

 ――わかりました。三日だけ待ちます。



 一発目の連絡で即答する奴なんてまずいない。
 しかし問屋や卸業者が不渡りを出して飛んだときに、倉庫のなかの物を押さえたら取引先はまず買い取る。他所に注文しても単に倍払わなきゃならなくなるだけだ。

 冷静になって考えれば、俺からの提案を飲むのが一番安上がりで早い。こっちは債券額以上に高値がつけばいい。
 焦げ太ることも多い。
 特に組織からの注文は、個人と違って泣き寝入りというわけにはいかない。
 この取引は鉄板だ。

「先輩! おこづかいくださいよ! あたしが見つけた箱が売れたんすよね。ね」
「まずは借金を返せ。それと服をやっただろう。この先十年分くらいの」

 今日のヒノミカは、勘違いした都会人が森を歩きそうなロングのワンピースを、似合いもしないのにふわりとさせている。

「リストを守ったブーちゃんにはこづかいくらい出してもいいがな」
「えー、ずるい、ずるい、ずるい」

 ずるくはねえだろ、と思う。
 さっきまで差していた太陽はいつの間にか消え失せ、今にも降り出しそうな分厚い雲が急速に窓の外を暗くしていた。
 湿度が上がっているのを肌で感じる。じっとりとした不快感が体中にまとわりついてくる。

 二日酔いも手伝って、気分は沈んでいくばかりである。
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