回収の鍵は

文字数 2,619文字

 ふとっちょの少年はひどく慌てていた。
 覗きが見つかった少年の図、とキャプションをつけると少し笑えるような慌てっぷりだった。両手をしきりに振って、自身の無実を訴えている。

 ふとっちょの目の前にはふたり組の男たちがいた。
 ひとりはふとっちょの胸倉を掴み、ひとりは部屋のなかを物色している。
 その粗暴さや立ち居振る舞いから素人ではないように思う。しかし金貸しということもないだろう。俺はこの世界で自分たち以外のノンバンク系金融業者を見たことがない。おそらくは仕事上の債権者か、その債権者から回収を依頼されたガラの悪い連中。

 そろそろ助けてやるか。

「なにしてるんだおまえら」

 入り口にまったく注意を払っていなかった男たちはビクリと動きを止めて、値踏みするように睨み付けてくる。

「おまえこそなんだ」
「そのふとっちょのツレだ。その手を離せよ。ガキ相手に恥ずかしくないのか」

 ふとっちょは安堵の表情を浮かべて今にも泣き出しそうだった。

「ガキ引き連れてなんの用だ。ここは俺たちが管理している。このガキが勝手に荒らしてるから説教してたんだ。見逃してやるからおまえも今すぐ出て行け」

 まず最初に裏の倉庫に来なかったということは、やっぱり誰かの依頼で派遣されたのかもしれない。この会社の財産がどこにあるのか認識していない証拠だ。

「なんの権利があってそんなこと言ってんだ。俺はここの社長にたんまり金を貸してる債権者だ。むしろこの会社の敷地内にあるものすべて俺のもんだ。勝手に手垢つけるんじゃねえド素人、」

 俺はカバンから委任状を取り出して、男の眼前に突き出した。

「委任状だ。読めるか?」

 朝までは白紙だった委任状だ。金に詰まった人間が、白紙の紙面に署名したくないんでお金は結構です、なんて言うわけがない。文面を好きなように付け足して、回収を有利に運ぶ。カネを貸すときの基本だ。

「左記の内容を委任するという書面。委任っていうのは任せて委ねるってことだ。つまりここに書かれているように、会社が不渡りを出した場合はこの会社の財産はグオシエン攻略資金金融が処分して返済金に当てても良い、と社長が了承しているんだ。最後に署名と拇印が見えるだろう。なにか文句あるか? あるならおまえらもここの財産を自分たちが管理しているという証拠を示せ」
「……攻略資金金融か」

 男たちは顔を見合わせてどうしようかと目でやりとりした。俺だって別に暴力的に物事を解決するつもりはない。この世界じゃどうか知らないが、特に現実世界では暴力は厳禁だ。顎で稼ぐんだよ。

「と、まあ格好つけたが――この会社に財産らしいものはなにもない。裏の倉庫を今見てきたけど、荒らされたあとだった。まさかおたくらが倉庫から金目のものをもって行ったのか? だったら今すぐ返せ」

 とりあえず存在しない誰かに責任を押しつけておく。

「や、違う。誤解するな。俺たちは倉庫なんて知らねえ。誰か来たら追い払えって言われただけで、なにももって行ったりしていない。犯人は他にいるはずだ」

 開闢此の方最悪、と評される魔女の威光は並じゃないな。

「本当か」
「嘘なんかつかねえ今来たばかりだ」
「おい、ふとっちょ、連絡先のリストはあったか」
「な、ないです」
「おたくらは知らないか。ここの会社関係の連絡先がわかるようなもの」

 男たちは首を振る。
 倉庫にあったものを金に換えるにはどうしても電話帳の類は必要だ。どこにあるんだ。会社運営をしているなら絶対にもっているはずだ。最初に荒らした連中がもって行ったのだろうか。
 いま言ってもしようがないが、なにか方法を考えないと。

「それならひとまず帰る。おたくらももし連絡先リストみたいなもん見つけたら教えてくれ、買い取るからさ」

 わかったよ、と不承不承頷いたのを見て、俺たちは一旦店に帰ることにする。もしこの世界に厳格な法と不動産登記の概念があるのなら、そのまま今の事務所も倉庫も占拠して金に換えることができたのに。帝都あたりの方はどうか知らないが、このあたりで賃借権なんて言っても鼻で笑われて終わりだろう。

「あ、えっと、あのー、あのー」

 まあ、そもそも土地が余りまくっているこの僻地で土地の売買なんていうものが成立するのかは怪しいけどな。

「……あのー」
「ちょっと、先輩! カラスタが呼んでるぞ!」

 ん?

「どうした」つーかおまえ、カラスタって名前だったのか。
「上を、上を見てください」

 上。
 俺は言われるがまま、まばゆい天を見上げた。夕刻が迫っていて少し寂しい気分になる。

「あ?」

 遥か上空にぐねぐねと波打つ奇妙な鳥が小さいながらも見てとれる。どこに飛んでいくわけでもなく、まるで衛星のように俺たちの上に留まっている。

「なんだあれ、もしかして〝赤の天領〟から飛び出した魔物か?」
「違います。さっきの会社からもってきた連絡先の資料です。あの男たちが入ってきたからずっと天井に浮かせて隠していて」
「なに! 電話帳はあったのか!」

 取引先の資料はこの回収に必要な鍵だ。なきゃ始まらない。

「で、デンワチョウ? かは分からないけど、あれそろそろ下ろしていいですか」
「いいぞ。すぐ下ろせ。つーかおまえ、自分だけじゃなくて物も浮かせられるのか。しかもあんな高くまで。凄いな! 見た目によらずなかなか機転も利くし、返事もいいし、仕事できるタイプだろ」

 ふとっちょ、もといカラスタはへへへと照れて頭を掻いている。

「軽い物だけですけど、あれくらいなら」

 言うなり、バサバサと音をさせながら落下してきて、電話帳が俺の両手のなかに収まった。

「よくやった」
「あによ! あたしだって倉庫のなかでたくさん箱見つけただろ」

 ヒノミカは顔中汚して、髪にもべったりと泥をつけて、不満を訴えている。

「おまえは他に気にしなきゃいけないことがあるだろ。風呂貸してやるから、戻ったらさっさと入れよ。見てるこっちがいたたまれない気持ちになるんだよ」

 俺らとすれ違う奴らも一様に怪訝な顔をして泥まみれの少女に視線送ってくる。

「頑張ったのに、汗かき損だよ!」

 ヒノミカは怒りを宿してひとり走りだした。
 頭が揺れるたびに砂がふりかけのように落ちている。
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