最後の晩餐

文字数 3,094文字

 山盛りのコロッケを作ってやった。
 俺、ミツハ、いすゞ、ヒノミカ、カラスタ、セロリ、内二人が子どもだっていったって、一人はふとっちょだし六人分のコロッケともなると相当な量だと想像がつくだろう。

「あなたたちは、いつもこんなカウンターで食事をしているのですか」

 呆れるというよりも少し怒り気味でセロリは食膳を見つめた。

「そうだ。食事が出来るテーブルなんてこれしかないし、金貸しってのは昔から早飯が習いだ。さっさと食って仕事をしようと思えば都合がいいだろう」
「お姉さん誰なんスか。顔はきれいだし胸も大きいし、かっこいーなー」

 デリカシーの欠片もないヒノミカの物言いに、なぜかカラスタが顔を赤くする。

「わたしは刀匠協会の者です。セロリと呼んでください」

 初対面の相手だからか、ことさらクールな顔をして自己紹介をしている。俺らの前で胸をはだけただなんて想像できまい。

「セロリさん、あたしはヒノミカってんだ。そういえば護身用の小さなナイフ探してんだ。今度見せてくださいよね」

 こいつの屈託のないところは救われる。空気が読めないとも言うな。どうしたって場の空気は沈みがちなのに。

「いいから座れよ」

 カウンターを真ん中に三人ずつ向かい合った。カラスタとヒノミカでセロリを挟み、こちらは俺とミツハでいすゞを挟んだ。

「なんですかこの焦げた塊は」
「ころっけ、ころっけ」

 懐かしの現実世界料理にいすゞは足をぶらつかせて喜んでいる。

「いすゞの生まれた地域の郷土料理だ」
「へえ、それじゃあシブカワさんも食べたんでしょうね」
「もちろんだ。コロッケを食べたことのない奴などいないってレベルだ」

 本当はソースがあれば申し分ないんだけどな。
 そういえば現実世界でも、中世なら胡椒が黄金と同等の価値があったなんて聞いたことがある。〝赤の天領〟から新種のスパイスでも見つければ、鉱石なんかを運ばせるよりよっぽど効率がいいかもしれない。

「なんでこやつらと晩餐なんじゃ。今は楽しく飯を食っている場合なのか」
「今だからこそ、だ。明日にはどうなっているのかも分からないんだから、今のうちにみんなで食卓を囲むんだよ」
「先輩、ここどうなっちゃうんスか」

 俺が訊きたいよ。

「わからないけど、ここが潰されたらおまえらの借金はチャラだ。好きに生きろ」
「いつからそんなややこしい話になったんだ。わたしがここに残る。あいつらが鉄鉱の青を取りに来るなら抗う。おまえらは余所に移ってこの生活を続けたらいい。簡単な話だ」

 ヒノミカが顔をくしゃっとさせてそっぽを向いた。

「あたし嫌なんだけどな、社長がいないの」

 らしくねえこと言ってんじゃねえ。湿っぽくなるだろ。
 カラスタなんとかしやがれ、と視線で要求するとミツハの方を盗み見て両手のひらを胸の前で開いて見せた。お手上げ。
 シンとしてシリアスな空気になる。最後の晩餐のつもりか。こうなったら俺が銀貨を握るしかない。

「とにかく冷める前に食べるぞ」

 コロッケに罪はないんだから。

「おまえはわたしを見くびっているな」

 喧嘩腰でミツハはつぶやいた。顔こそ前を向いたままだが俺に対する発言であることは明らかだ。話を終わらせるつもりはないらしい。

「いいからコロッケを食えよ。話はそれからだ」

 ミツハはコロッケを素手でつかみ取ると、小さな口を目一杯開かせてかじりついた。いすゞが真似しそうだからやめて欲しい。口の周りをテカテカさせたまま、続ける。

「今日来た連中などものの数ではない。今なら全員、この世界から抹殺できる。シブカワがいなくなったら、この回収はどうなるんだ。誰かが引き継ぐのか。わたしを相手に皇軍を送り込むのか」
「シブカワさんのくだりは聞き捨てなりませんね」
「先に喧嘩をふっかけてきたのは向こうだ。わたしを怒らせて生きていられるなどと考えないことだな。シブカワとあの小生意気な娘を始末して、回収が止まればよし。皇軍が雪崩れ込んできてもよし。わたしにとってはどちらでも好都合だ」

 やらない方がどうかしているだろう、と。

「飯食ってるときにややこしいこと言うなよ。おまえがケンケンするから、みんな箸がつけられなくなってる」

 いすゞなんか、泣きそうな顔でミツハを見つめてかわいそうだ。皆が皆、あまり良くない状況を感じ取って、言葉を口に出来ず空気を悪くしている。

「……もうなにも言わん。手を洗ってくる」

 ミツハは椅子を降りて奥へ消えていった。
 少しだけ張り詰めた空気が弛緩する。

「おい、ヒノミカもカラスタもどんどん食べろ。あったかいうちじゃないと美味くないぞ」

 俺はどんどん取り分けてやって、食卓を動かしたかった。それでも頭のなかではシブカワたちのことがグルグルと回って、やっぱり払拭できない。

 ――先に喧嘩をふっかけてきたのは向こうだ。

 確かにその通りだが、相手の目的は『担保』にしていた緘魔石だ。横取りされれば怒るのも無理はない。一方で、リリリンやその一族が家宝の緘魔石を銀行に渡すことを良しとしない気持ちもわかる。だからといって、二度会っただけの俺たちに預けておくのはどうなんだ。

 ミツハが全部ひっかぶって身体を賭ける羽目になった。
 あの緘魔石は疫病神だ。
 下心を出したのが間違いの始まりか。

「くそ」

 リリリンの顔が頭にちらつく。
 邪気のない少女だった。まだまだ子どもで、決して戦闘に向いているタイプじゃない。そんな少女が自分の手首を斬り落としてまで守ろうとした緘魔石だ。ミツハの気持ちもわかる。

「やはり子どもは預けたらどうですか。シブカワさんは目的を果たせば、あなたたちを深追いしないとは思いますが、あの魔女の末裔と皇軍が戦闘状態になったら、いまより生活環境が良くなることはないでしょう。皇国の傘の下にいれば豊かな生活が約束されます」

 頭ではその方が良いんじゃないかと分かっている。俺はいすゞに対してなにも保証してやれない。

「でも、いすゞの気持ちはどうなる」

 ここにいたいかどうかなんて知らないが、こいつは人見知りなんだ。

「まだ子どもです。どこへ行ってもすぐに馴染めるでしょう」
「じゃあ、俺の気持ちはどうなる」やっと見つけた同胞だぞ。

 セロリは不思議そうに眉根を寄せた。

「踏ん切りがつかないのはあなたの我が儘ですか」
「……そうかもな」

 このままいったら、シブカワが押しかけてきてミツハが応戦する。今日より大きい規模で来られたら、今日より大きい被害が出るだろう。ミツハは死ぬかもしれないし、シブカワだって死ぬかもしれない。
 その結果どうなるというんだ。
 このままじゃ全員が不幸になる。
 今この状況をコントロールしているのはシブカワだ。シブカワの動き一つですべての流れが決まる。

「なあ、セロリさんさ、なんでシブカワがあんなに強硬な手段を選んででも債権回収しているか知ってるのか?」
「知りません」
「あんた元銀行員だろ。この国の銀行はいつもあんなに武闘派なのか」

 しかもあいつは現実世界の銀行マンだ。もし「武力回収はこの世界の流儀だ」なんて言われても納得できない。

「そんなことはないと思います」
「ああでもしないといけない事情があるんだな」

 絶対にそこに解決の糸口がある。あの異常さを無視するな。考えろ。なにがシブカワを突き動かすのか――。
 やるならもう今夜しかない。
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