第7話 服部のお祓い~手土産は玉手箱~
文字数 1,868文字
「カラス男がお祓いに来たよ」
田中宮司の言葉に村瀬さんが目を見開いた。土曜日の昼下がりのたんぽぽ食堂。
「え? どうして?」
「守秘義務あるから言えませーん」
どうみても宮司がからかっている。高山さんが2人の顔を交互に見比べてハラハラしていて可愛い。
「なんちゃって。カラス男改め服部君からの伝言でーす」
村瀬さんが露骨に嫌な顔をして目線を落とした。
「えっとですね、やっと目が覚めました。今まで迷惑をかけてしまって本当にごめんなさい。心から反省しています。許してはもらえないとは思いますが、少しでも償いをさせてもらえればと思います。だって」
村瀬さんが下を向いたままボソボソと何か呟いた。
「え? なあに、村瀬さん」大家さんが口を挟む。
「だから前のときも服部は最初そうやって謝ったけど、逆恨みしたんですよ。服部の話なんて当てにならない。私に関わらないでくれるのが一番の償いですよ」
そう言って村瀬さんはため息をついた。
カラス男というのは、村瀬さんにストーカーをしていた泉工医大生だ。
クリスタルギルド梯子の会の、キショい案山子人形で呪いをかけてきたメンヘラ男。案山子が食堂の周りをウロウロしていたときは、めっちゃウザかった。
私はそのとき古文をやっていて、こっちはこっちで源氏物語のメンヘラ具合にウンザリしていたところだったので、耳が釘付けに。
高山さんが、
「宮司、午前中のお客様のことですか?」
「うん、そう。カラス男がさ、運転手付きの大きな黒塗りの車で来たから、実家はなにをやっているのって聞いたらさ、ハットリ製菓の会長の孫だった! 村瀬さんに話していいって了解とってまーす」
大家さんと田所さんが食いついた。
「服部権造 の孫!? 羽河 商工会の会頭よ。田舎のオカキ屋だったのに、贈答用高級路線で成り上がったやり手なの。新型ウイルスを予兆して、衛生用品部門も立ち上げたばかりよ。じゃあ父親が社長なの? 取締役? ああ、お兄さんが代表取締役なの」
みんなのおしゃべりを整理すると、服部はクリスタルギルド梯子の会でバイトをしていたが、慕っていた上司が突然辞めたため、自分も退職。
また引き籠もり生活をしているところを祖父母に見つかり、強制的にお祓いにつれて来られたのだと。だらしねぇ男だな、まったく。
「なんだ、服部ってのは貧相な案山子のイメージだったけど、実物はボンボンだったのかい、驚いたね」
田所さんは占い師らしいけど、いつ見てもリアクションが普通のお婆さんだ。
筮竹 という細い竹の棒を50本くらい使って占うと聞いたときは「ハァ? 意味わかんね」とつい口にでてしまい、田所さんも笑っていた。
宮司は立派な紙袋から、これまた浦島太郎の玉手箱のようなきれいな紐の付いた箱をもったいぶって取り出した。
「これ、お祓いのお礼にって。ハットリ製菓『プレミアム七福神お茶漬けあられ』貰っちゃった」
「あら、これ宮内庁御用達でなかなか手に入らないのよ!」
「みなさん1セットずつどーぞ。村瀬さんもどーぞ」
「……結構です」
その高級お茶漬けの素は、仰々しくきれいな和紙に包まれていた。梅、鮭、鯛、ウニ、伊勢海老、あおさ海苔、山葵 の7種類。
もちろん私は貰った。服部が作った訳ではないし、なんといってもプレミアムだ。大家さん、田所さん、畑中さん、高山さん、葉月ちゃんもキャッキャして笑顔で貰った。
村瀬さんは途中で帰ろうとしたところを、宮司に呼び止められた。
「服部君ね、憑きもの落ちてサッパリしたよ~。もう前みたいにそんなに警戒しないでも大丈夫だと思うー、普通の常識人になったから~僕のお祓いスキルを信じて~」
宮司は合掌しておどけてみせたけど、村瀬さんは口を尖らせたまま無言で食堂を出て行った。
翌日、日曜日の昼食に『プレミアム七福神お茶漬けあられ』を食べた。
私はウニをとって、お父さんとお母さんはどれにするか真剣に悩んだ結果、お父さんは伊勢海老、お母さんはあおさ海苔を選んだ。私とお父さんはお替わりして、私は梅をお父さんは山葵を選んだ。残った鮭と鯛はお父さんとお母さんの残業用の非常食になった。
贅沢はできないけど、今、私を取り巻くこの景色は嫌いじゃない。なに不自由無く暮らして、なにもわからなかった頃には見えなかった景色だから。
夏休みあのラップバトルを見てから、私は少し思うところあって数学以外の教科もやるようになった。てきめんに成績は安定して、泉水第一高校は合格安全圏になった。
私を賢く産んでくれて、日頃うるさいことを言わない両親に感謝。
ついでに住田ドーピングにも感謝。
田中宮司の言葉に村瀬さんが目を見開いた。土曜日の昼下がりのたんぽぽ食堂。
「え? どうして?」
「守秘義務あるから言えませーん」
どうみても宮司がからかっている。高山さんが2人の顔を交互に見比べてハラハラしていて可愛い。
「なんちゃって。カラス男改め服部君からの伝言でーす」
村瀬さんが露骨に嫌な顔をして目線を落とした。
「えっとですね、やっと目が覚めました。今まで迷惑をかけてしまって本当にごめんなさい。心から反省しています。許してはもらえないとは思いますが、少しでも償いをさせてもらえればと思います。だって」
村瀬さんが下を向いたままボソボソと何か呟いた。
「え? なあに、村瀬さん」大家さんが口を挟む。
「だから前のときも服部は最初そうやって謝ったけど、逆恨みしたんですよ。服部の話なんて当てにならない。私に関わらないでくれるのが一番の償いですよ」
そう言って村瀬さんはため息をついた。
カラス男というのは、村瀬さんにストーカーをしていた泉工医大生だ。
クリスタルギルド梯子の会の、キショい案山子人形で呪いをかけてきたメンヘラ男。案山子が食堂の周りをウロウロしていたときは、めっちゃウザかった。
私はそのとき古文をやっていて、こっちはこっちで源氏物語のメンヘラ具合にウンザリしていたところだったので、耳が釘付けに。
高山さんが、
「宮司、午前中のお客様のことですか?」
「うん、そう。カラス男がさ、運転手付きの大きな黒塗りの車で来たから、実家はなにをやっているのって聞いたらさ、ハットリ製菓の会長の孫だった! 村瀬さんに話していいって了解とってまーす」
大家さんと田所さんが食いついた。
「
みんなのおしゃべりを整理すると、服部はクリスタルギルド梯子の会でバイトをしていたが、慕っていた上司が突然辞めたため、自分も退職。
また引き籠もり生活をしているところを祖父母に見つかり、強制的にお祓いにつれて来られたのだと。だらしねぇ男だな、まったく。
「なんだ、服部ってのは貧相な案山子のイメージだったけど、実物はボンボンだったのかい、驚いたね」
田所さんは占い師らしいけど、いつ見てもリアクションが普通のお婆さんだ。
宮司は立派な紙袋から、これまた浦島太郎の玉手箱のようなきれいな紐の付いた箱をもったいぶって取り出した。
「これ、お祓いのお礼にって。ハットリ製菓『プレミアム七福神お茶漬けあられ』貰っちゃった」
「あら、これ宮内庁御用達でなかなか手に入らないのよ!」
「みなさん1セットずつどーぞ。村瀬さんもどーぞ」
「……結構です」
その高級お茶漬けの素は、仰々しくきれいな和紙に包まれていた。梅、鮭、鯛、ウニ、伊勢海老、あおさ海苔、
もちろん私は貰った。服部が作った訳ではないし、なんといってもプレミアムだ。大家さん、田所さん、畑中さん、高山さん、葉月ちゃんもキャッキャして笑顔で貰った。
村瀬さんは途中で帰ろうとしたところを、宮司に呼び止められた。
「服部君ね、憑きもの落ちてサッパリしたよ~。もう前みたいにそんなに警戒しないでも大丈夫だと思うー、普通の常識人になったから~僕のお祓いスキルを信じて~」
宮司は合掌しておどけてみせたけど、村瀬さんは口を尖らせたまま無言で食堂を出て行った。
翌日、日曜日の昼食に『プレミアム七福神お茶漬けあられ』を食べた。
私はウニをとって、お父さんとお母さんはどれにするか真剣に悩んだ結果、お父さんは伊勢海老、お母さんはあおさ海苔を選んだ。私とお父さんはお替わりして、私は梅をお父さんは山葵を選んだ。残った鮭と鯛はお父さんとお母さんの残業用の非常食になった。
贅沢はできないけど、今、私を取り巻くこの景色は嫌いじゃない。なに不自由無く暮らして、なにもわからなかった頃には見えなかった景色だから。
夏休みあのラップバトルを見てから、私は少し思うところあって数学以外の教科もやるようになった。てきめんに成績は安定して、泉水第一高校は合格安全圏になった。
私を賢く産んでくれて、日頃うるさいことを言わない両親に感謝。
ついでに住田ドーピングにも感謝。