第22話 マジ・カン最終回 鑑賞会
文字数 3,194文字
梅雨の晴れ間、服部の家に自転車で行った。場所は把握したからスイスイ行ける。
もう私は顔パス、モニター越しの対応がグレードアップしている。
玄関には百合の花をあしらったアレンジメントが飾られていた。
広い客間で服部と2人、アニメ『マジ・カン』鑑賞会。
太ったお手伝いさんが、ティーポットとパンみたいな菓子が載った皿を持ってきてくれた。
「なんだこれ」
つい口に出してしまいお手伝いさんが微笑む。
「スコーンです、クロテッドクリームとリンゴジャムを添えてどうぞ」
「へえ」
お手伝いさんが部屋を出てから、服部の食べ方を真似て、スコーンを割って2等分にしてその上にクリームとジャムをのせて食べた。
美味いな、紅茶に合う。この紅茶も、なんつーか鼻から脳に抜けるような力強い風味だ。
私は貧乏だけど、たんぽぽ食堂でいいものを食っている。お母さんがインスタント料理を嫌うので、一汁一菜と発酵食品の質素だが新鮮な飯を家でも食っている。だから舌は肥えていると自負しているのだ。
服部がリモコンを操作して、アニメを再生した。
《バジルの消滅》
シナモン達は、国土調整環境省 事務統括センター東裏州地区管理支援室第8課に忍び込み、課長代理ユーカリを待ち伏せした。
ユーカリ「あなた達はエリア19―22地区の清掃員、えーとシナモン、ナツメグ、カルダモン……問い合わせは原則メールという決まりだが」
シナモン「バジルが姿を消した。どこに行ったの?」
ユーカリ「決まりごとを無視か。重要事項でもないから教えてあげます。先月20日締めでスクラップ。死骸化調整区域に廃棄済み」
ナツメグ「どうして? バジルの反射鏡 はレアスキルなのに」
ユーカリ「彼女は知りすぎた。好奇心は命取り。あなた達もね」
カルダモン「上級州国民になれるっていうから、アタシら必死こいて頑張ってきたのに。なんだよ、その態度」
ユーカリ「上級州国民? おまえ達が? クローブやローズマリーだってまだまださ、上には上がいる。大人になって能力を手放して、静かに老いていければ幸せだったものを」
シナモン「みんな! ひとまず撤退!」
ユーカリ「偏差値35にしては身の振り方が賢いじゃないか、シナモン。余計なことは考えずに、身を粉にして任務を全うしろ。それが私からの忠告だ」
《上級州国民の孫》
カルダモンのサーチ能力『鬼女 』で、シナモンを襲ったレイプ未遂犯を捜し出した。その名は ”立川セージ” 。
上級州国民であり特殊犯罪先端捜査スーパー特区プロジェクトの代表 ”立川ワサビ” の孫。権力で守られ何度レイプ事件を起しても不起訴となっていた。
シナモン「……私は立川セージと差し違える覚悟よ。バカだけど……アイツのことを忘れたことはなかった。毎晩思い出した。忘れたくても忘れられないの。私はある意味アイツに一度殺されているようなものだから」
サンショウ「シナモン、おまえマジかよ。上級州国民に危害を加えたら、自分も廃棄、調整区域送りだぜ」
シナモン「覚悟はできている。もうみんな、私に関わらないほうがいい」
暫しの沈黙のあと、ずっと黙っていたナツメグが、決意したように口を開いた。
ナツメグ「私は、立川セージみたいな人間、そしてそれを庇う人間と体制が許せない。ヤツはこれからも人を傷つけるだろう。シナモンの復讐に関係なく、私は立川セージを去勢 する。でないと、臨終のいまわの際で絶対に後悔するもの」
カルダモン「シナモン、水くせーよ、アタシ達はチームだろ!」
コウジ「シナモン、おまえ、俺にだってビビるクセにおまえ一人じゃ危ないよ。自分を襲ったヤツ相手に冷静になれないだろ。無理して笑顔作るな、ちょっとは俺を頼れよ」
ミリン「俺は特待生になってから、体制に疑問を持っていた。破損したら中身を入れ替えるって、人権侵害だよね。君たちならともかく、失礼、クローブやローズマリーも疑問を感じないなんて、どこかで洗脳されているな、と。俺は面白いかどうかで判断するから、お供しますよ。今の生活に未練ないし、君たち見ていると飽きないし。自分で言うのもなんだけど、俺はけっこう使える男だよ」
カルダモン「出た、早口! ミリンちゃんただのオタクじゃないね! 中身男前じゃん。グッときたぜ」
クローブ「私は、少し、考えさせて……ミリン君の話聞いてから頭が痛いの。ガンガンする」
サンショウ「俺は辞退する。上級州国民に逆らうなんて正気の沙汰じゃない。おまえらヤンキーは失うものがなくて気楽でいいよな!」
ゴマ「俺も頭痛い、なにも考えられない。だってどっち選んでも地獄っぽいじゃん……どっちか決めてよ」
ナツメグ「ゴマ、自分で決めないと後悔するぞ(笑)」
《立川セージと若手俳優内海ジンジャー》
シナモン達は、インナーバトルフィールドで立川セージを捉えた。
場所は皮膜隔てた異次元森林公園。展望台から対象を捕獲。
国民的プロパガンダ俳優内海ジンジャーと一緒に広場にいるのが見えた。
その時ジンジャーはゆっくりと辺りを見渡した。遠くの見えないはずの私達を見つけようとしている。ジンジャーの存在は曖昧で捉えどころがない。存在自体が因果律の向こう側にいるようなたたずまい。
ジンジャーが私達に気が付いたようだった。クスクス笑いながらセージに耳打ちしている。
ジンジャー「ほら、あの子、セージが忘れられない子猫ちゃんじゃない?」
セージ「あ、本当だ。僕のカワイイ子猫ちゃんだ。ずーっと会いたかった。忘れたことなかったよ」
セージはシナモンに向けて右手を軽く挙げ、指をヒラヒラさせて笑った。
***************
幾重にもセキュリティーで守られ、攻撃の効かない相手。
打つ手無しと思われた追い詰められたとき、シナモンが新スキルを発動。
「不良債権償却! もうこの世界に関わるな!!!!!」
《ユーカリからのDM》
シナモンが放った超小型ブラックホールは、立川セージと内海ジンジャーを包括したまま、現実での森林公園までをも広域にわたり掘削した。
センター長は、シナモンのスキルの軍事転用を強く期待。
立川セージと内海ジンジャーを廃棄した罪は抹消され、シナモンは上級特殊工作員候補としての道を提示されたのだった。
破格の待遇であったが、運営と上級州国民というものを見限ったシナモンと仲間達。単なる駒として使い捨てにされる前に、体制から逃げることにした。
《最終回 そこは地の果て調整区域・ここは隠れ家非公然アジト》
本土と死骸化調整区域の間に流れる巨大な『境川』。
スクラップ搬入ルートと連なる鉄橋。
調整区域に廃棄されるのなら、先回りして潜伏して運営の裏をかく。これはシナモンの提案。みんなの気持ちは一致した。
ゴマ「身を捨ててこそ浮かぶ背もあれ『境川』か……」
ナツメグ「感傷に浸って一句詠んでいるところ悪いが、9番ゲートから侵入する」
ミリン「ダイヤ改正 で11分45秒間9番ゲート解除。急いで」
グリズリー君「ちょっと待ったー!」
サフラン先生「みんな、私に相談しないなんて、ひどいじゃない」
みんな「先生、グリ君、来てくれたの!?」
シナモン、ナツメグ、カルダモン、クローブ、そして男子チームのコウジ、ゴマ、ミリン、そしてサフラン先生とグリズリー君で9番ゲートを渡る。
境川を越えると、そこは地の果て調整区域。
調整区域は焼却炉と原子炉が並ぶ全域産廃処理場で人が住めない場所と聞かされていたが、9番ゲートを渡ると過疎地域の限界集落といった自然豊かな風景が広がっていた。
田畑が広がり、きれいな小川も流れている。自給自足をしているらしい世捨て人のような人々も数名確認した。
そしてバジルとその仲間2名が先に潜伏していたのを発見。感激の再会を果たす。
【ナレーション】
上級州国民を目指していたはずの私達は、現在、非公然組織でここは非公然アジト。
あなたはこの世の現実をどう見る? どう歩く?
もう私は顔パス、モニター越しの対応がグレードアップしている。
玄関には百合の花をあしらったアレンジメントが飾られていた。
広い客間で服部と2人、アニメ『マジ・カン』鑑賞会。
太ったお手伝いさんが、ティーポットとパンみたいな菓子が載った皿を持ってきてくれた。
「なんだこれ」
つい口に出してしまいお手伝いさんが微笑む。
「スコーンです、クロテッドクリームとリンゴジャムを添えてどうぞ」
「へえ」
お手伝いさんが部屋を出てから、服部の食べ方を真似て、スコーンを割って2等分にしてその上にクリームとジャムをのせて食べた。
美味いな、紅茶に合う。この紅茶も、なんつーか鼻から脳に抜けるような力強い風味だ。
私は貧乏だけど、たんぽぽ食堂でいいものを食っている。お母さんがインスタント料理を嫌うので、一汁一菜と発酵食品の質素だが新鮮な飯を家でも食っている。だから舌は肥えていると自負しているのだ。
服部がリモコンを操作して、アニメを再生した。
《バジルの消滅》
シナモン達は、国土調整環境省 事務統括センター東裏州地区管理支援室第8課に忍び込み、課長代理ユーカリを待ち伏せした。
ユーカリ「あなた達はエリア19―22地区の清掃員、えーとシナモン、ナツメグ、カルダモン……問い合わせは原則メールという決まりだが」
シナモン「バジルが姿を消した。どこに行ったの?」
ユーカリ「決まりごとを無視か。重要事項でもないから教えてあげます。先月20日締めでスクラップ。死骸化調整区域に廃棄済み」
ナツメグ「どうして? バジルの
ユーカリ「彼女は知りすぎた。好奇心は命取り。あなた達もね」
カルダモン「上級州国民になれるっていうから、アタシら必死こいて頑張ってきたのに。なんだよ、その態度」
ユーカリ「上級州国民? おまえ達が? クローブやローズマリーだってまだまださ、上には上がいる。大人になって能力を手放して、静かに老いていければ幸せだったものを」
シナモン「みんな! ひとまず撤退!」
ユーカリ「偏差値35にしては身の振り方が賢いじゃないか、シナモン。余計なことは考えずに、身を粉にして任務を全うしろ。それが私からの忠告だ」
《上級州国民の孫》
カルダモンのサーチ能力『
上級州国民であり特殊犯罪先端捜査スーパー特区プロジェクトの代表 ”立川ワサビ” の孫。権力で守られ何度レイプ事件を起しても不起訴となっていた。
シナモン「……私は立川セージと差し違える覚悟よ。バカだけど……アイツのことを忘れたことはなかった。毎晩思い出した。忘れたくても忘れられないの。私はある意味アイツに一度殺されているようなものだから」
サンショウ「シナモン、おまえマジかよ。上級州国民に危害を加えたら、自分も廃棄、調整区域送りだぜ」
シナモン「覚悟はできている。もうみんな、私に関わらないほうがいい」
暫しの沈黙のあと、ずっと黙っていたナツメグが、決意したように口を開いた。
ナツメグ「私は、立川セージみたいな人間、そしてそれを庇う人間と体制が許せない。ヤツはこれからも人を傷つけるだろう。シナモンの復讐に関係なく、私は立川セージを
カルダモン「シナモン、水くせーよ、アタシ達はチームだろ!」
コウジ「シナモン、おまえ、俺にだってビビるクセにおまえ一人じゃ危ないよ。自分を襲ったヤツ相手に冷静になれないだろ。無理して笑顔作るな、ちょっとは俺を頼れよ」
ミリン「俺は特待生になってから、体制に疑問を持っていた。破損したら中身を入れ替えるって、人権侵害だよね。君たちならともかく、失礼、クローブやローズマリーも疑問を感じないなんて、どこかで洗脳されているな、と。俺は面白いかどうかで判断するから、お供しますよ。今の生活に未練ないし、君たち見ていると飽きないし。自分で言うのもなんだけど、俺はけっこう使える男だよ」
カルダモン「出た、早口! ミリンちゃんただのオタクじゃないね! 中身男前じゃん。グッときたぜ」
クローブ「私は、少し、考えさせて……ミリン君の話聞いてから頭が痛いの。ガンガンする」
サンショウ「俺は辞退する。上級州国民に逆らうなんて正気の沙汰じゃない。おまえらヤンキーは失うものがなくて気楽でいいよな!」
ゴマ「俺も頭痛い、なにも考えられない。だってどっち選んでも地獄っぽいじゃん……どっちか決めてよ」
ナツメグ「ゴマ、自分で決めないと後悔するぞ(笑)」
《立川セージと若手俳優内海ジンジャー》
シナモン達は、インナーバトルフィールドで立川セージを捉えた。
場所は皮膜隔てた異次元森林公園。展望台から対象を捕獲。
国民的プロパガンダ俳優内海ジンジャーと一緒に広場にいるのが見えた。
その時ジンジャーはゆっくりと辺りを見渡した。遠くの見えないはずの私達を見つけようとしている。ジンジャーの存在は曖昧で捉えどころがない。存在自体が因果律の向こう側にいるようなたたずまい。
ジンジャーが私達に気が付いたようだった。クスクス笑いながらセージに耳打ちしている。
ジンジャー「ほら、あの子、セージが忘れられない子猫ちゃんじゃない?」
セージ「あ、本当だ。僕のカワイイ子猫ちゃんだ。ずーっと会いたかった。忘れたことなかったよ」
セージはシナモンに向けて右手を軽く挙げ、指をヒラヒラさせて笑った。
***************
幾重にもセキュリティーで守られ、攻撃の効かない相手。
打つ手無しと思われた追い詰められたとき、シナモンが新スキルを発動。
「不良債権償却! もうこの世界に関わるな!!!!!」
《ユーカリからのDM》
シナモンが放った超小型ブラックホールは、立川セージと内海ジンジャーを包括したまま、現実での森林公園までをも広域にわたり掘削した。
センター長は、シナモンのスキルの軍事転用を強く期待。
立川セージと内海ジンジャーを廃棄した罪は抹消され、シナモンは上級特殊工作員候補としての道を提示されたのだった。
破格の待遇であったが、運営と上級州国民というものを見限ったシナモンと仲間達。単なる駒として使い捨てにされる前に、体制から逃げることにした。
《最終回 そこは地の果て調整区域・ここは隠れ家非公然アジト》
本土と死骸化調整区域の間に流れる巨大な『境川』。
スクラップ搬入ルートと連なる鉄橋。
調整区域に廃棄されるのなら、先回りして潜伏して運営の裏をかく。これはシナモンの提案。みんなの気持ちは一致した。
ゴマ「身を捨ててこそ浮かぶ背もあれ『境川』か……」
ナツメグ「感傷に浸って一句詠んでいるところ悪いが、9番ゲートから侵入する」
ミリン「
グリズリー君「ちょっと待ったー!」
サフラン先生「みんな、私に相談しないなんて、ひどいじゃない」
みんな「先生、グリ君、来てくれたの!?」
シナモン、ナツメグ、カルダモン、クローブ、そして男子チームのコウジ、ゴマ、ミリン、そしてサフラン先生とグリズリー君で9番ゲートを渡る。
境川を越えると、そこは地の果て調整区域。
調整区域は焼却炉と原子炉が並ぶ全域産廃処理場で人が住めない場所と聞かされていたが、9番ゲートを渡ると過疎地域の限界集落といった自然豊かな風景が広がっていた。
田畑が広がり、きれいな小川も流れている。自給自足をしているらしい世捨て人のような人々も数名確認した。
そしてバジルとその仲間2名が先に潜伏していたのを発見。感激の再会を果たす。
【ナレーション】
上級州国民を目指していたはずの私達は、現在、非公然組織でここは非公然アジト。
あなたはこの世の現実をどう見る? どう歩く?