第15話 服部、『マジ・カン』ロスになる
文字数 1,919文字
次の日、久し振りに近藤さんに声をかけられた。今日は小春日和。白黒猫もベンチで丸くなっている。
「よかったわ、昨日の。私、ああいうのが見たかったのよ」
なんのこと言っているんだろう、この幽霊。
昨日、よかったことと言えば、ノートをゲットして服部に直接お礼を言えたことなんだけど。
あと、じゃがバターとおでん、貰ったお菓子も美味かった。特に梅味とサラダ味とチーズが乗っているオカキ。
「服部が村瀬さんにバラの花束を渡して。クリスマスパーティーで、しかも遅れてきて」
ああ、昔の少女マンガオタクだっけ、この人。
「さすがの村瀬さんも受け取ったわよね、ツンとしながら『ありがと』なんて小さい声で言っちゃって」
「あの2人、つき合う可能性あるのかな」
「うーん……それはどうだろう。一度、服部が祟 ったとき、田中宮司がお祓いで縁切りしているのよ。村瀬さんの希望でね。だから可能性は低いのよね」
そうなのか、服部、残念だったな。いつの間にか応援していたのだが。
それにしてもこの時代に “祟る” なんて、なかなか服部のポテンシャルは侮れないな。
大晦日に服部は、食堂にお正月っぽいアレンジメントの大きめな花束を持ってきた。
松と葉ボタン、黄色い水仙、白く丸い菊の花。赤い実は千両というらしい。
「あら、いいの? こんな立派なお花」
大家さんが喜ぶと、
「僕の母親、自宅でフラワーアレンジメント教室をしていまして……」
「まあ、絵に描いたようなハイソなご家庭ねぇ」
本当にボンボンなんだな、服部。今までの花束はママお手製なのか?
それから服部は、私に紙袋を渡して言った。
「天宮さん、これ、洗えるマスクとうがい薬と、マヌカハニーのど飴はうちの新商品。あと、ノートも入っている」
「こんなにいっぱい!? 服部ありがとう、マジで感謝」
「もう1セットは、ナツメグに渡してください」
高山さんの名前を教えたのに、服部は勝手にあだ名を付けている。
「マヌカハニー? 高価なのよ。開ちゃん、のど飴はガリガリ噛まないでゆっくり大切に舐めるのよ」
「大家さんの分もあります、どうぞ」
「あら、催促したみたい、ありがとう」
大家さんは高らかに笑った。
成田君と岬の分は個別に用意は無いようで、「ここに来る子ども達にどうぞ」とノートを20冊くらい大家さんに渡していた。
成田君と岬って、服部に対して距離置いているんだよな。
岬は “金持ちのオタク” ってことで別の種族を見るような目だし、成田君の表情はずっと硬い。
仕方ない、成田君は村瀬さんにずっと片思いしているからな。
これは多分、私しか知らない。
それから服部は、葉月ちゃんに小さな紙袋を二つ渡した。
「葉月ちゃんも、どうぞ」
ノートとマスクとのど飴が入った袋と、そしてもう一つの袋には丸いバスケットに入ったフラワーアレンジメントが入っていた。
クリスマスのとき、葉月ちゃんがバラの花束を見て羨ましがっていたのを覚えていたんだ。
葉月ちゃんは目を輝かせた。
「わっ、きれい! ピンクのバラとカーネーションと……スイートピー! 素敵。ありがとう服部さん、お母さんもこの色大好きなの」
葉月ちゃんは服部に対し、ちゃんと「さん」付けしている。もちろん高山さんも。
私は服部に対し、すっかり呼び捨てになっていた。こんな年下のガキから呼び捨てにされても嫌な顔をしない、服部も寛大だな。
ふと、服部の声に力が無いような気がした。
「服部、ちょっと元気無いようだけど、どうした? なにかあったか?」
「え? ああ、うん。……バカにしない?」
「世話になっている服部のこと、バカにするわけないだろ」
「いや、あのね、……マジ・カンが最終回だったんだ……」
マジ・カン?
………………アニメか! バカじゃねえの!
「服部、そんなに気を落とすな、ハットリ製菓がなにかあったのかと思ったぜ」
「ありがとう、天宮ちゃん。ハットリ製菓の業績は安定しています」
「なら良かった。ハットリ製菓がおかしくなったら、地域経済に大打撃だ。従業員たくさん抱えているんだろ?」
そして私は声をひそめて言った。「今の話、村瀬さんの前ではするなよ」
「そうだよね、引かれるよね」
わかってはいるようだな。
服部は本格的な『マジ・カン』ロスになり、新年になってから食堂に訪れる回数がめっきり減った。
そして成田君がすぐさまリークして、服部が『マジ・カン』ロスになっているということが村瀬さんの耳に入ってしまった。
クリスマス会のとき、バラの花束を受け取り、ほんの少し接近したかに見えた2人だったが、服部は彗星のように遠ざかっていった。
田中宮司のお祓いスキルってマジで凄いな。
私は万全の体調で県立泉水第一高校の受験を終え、合格した。
「よかったわ、昨日の。私、ああいうのが見たかったのよ」
なんのこと言っているんだろう、この幽霊。
昨日、よかったことと言えば、ノートをゲットして服部に直接お礼を言えたことなんだけど。
あと、じゃがバターとおでん、貰ったお菓子も美味かった。特に梅味とサラダ味とチーズが乗っているオカキ。
「服部が村瀬さんにバラの花束を渡して。クリスマスパーティーで、しかも遅れてきて」
ああ、昔の少女マンガオタクだっけ、この人。
「さすがの村瀬さんも受け取ったわよね、ツンとしながら『ありがと』なんて小さい声で言っちゃって」
「あの2人、つき合う可能性あるのかな」
「うーん……それはどうだろう。一度、服部が
そうなのか、服部、残念だったな。いつの間にか応援していたのだが。
それにしてもこの時代に “祟る” なんて、なかなか服部のポテンシャルは侮れないな。
大晦日に服部は、食堂にお正月っぽいアレンジメントの大きめな花束を持ってきた。
松と葉ボタン、黄色い水仙、白く丸い菊の花。赤い実は千両というらしい。
「あら、いいの? こんな立派なお花」
大家さんが喜ぶと、
「僕の母親、自宅でフラワーアレンジメント教室をしていまして……」
「まあ、絵に描いたようなハイソなご家庭ねぇ」
本当にボンボンなんだな、服部。今までの花束はママお手製なのか?
それから服部は、私に紙袋を渡して言った。
「天宮さん、これ、洗えるマスクとうがい薬と、マヌカハニーのど飴はうちの新商品。あと、ノートも入っている」
「こんなにいっぱい!? 服部ありがとう、マジで感謝」
「もう1セットは、ナツメグに渡してください」
高山さんの名前を教えたのに、服部は勝手にあだ名を付けている。
「マヌカハニー? 高価なのよ。開ちゃん、のど飴はガリガリ噛まないでゆっくり大切に舐めるのよ」
「大家さんの分もあります、どうぞ」
「あら、催促したみたい、ありがとう」
大家さんは高らかに笑った。
成田君と岬の分は個別に用意は無いようで、「ここに来る子ども達にどうぞ」とノートを20冊くらい大家さんに渡していた。
成田君と岬って、服部に対して距離置いているんだよな。
岬は “金持ちのオタク” ってことで別の種族を見るような目だし、成田君の表情はずっと硬い。
仕方ない、成田君は村瀬さんにずっと片思いしているからな。
これは多分、私しか知らない。
それから服部は、葉月ちゃんに小さな紙袋を二つ渡した。
「葉月ちゃんも、どうぞ」
ノートとマスクとのど飴が入った袋と、そしてもう一つの袋には丸いバスケットに入ったフラワーアレンジメントが入っていた。
クリスマスのとき、葉月ちゃんがバラの花束を見て羨ましがっていたのを覚えていたんだ。
葉月ちゃんは目を輝かせた。
「わっ、きれい! ピンクのバラとカーネーションと……スイートピー! 素敵。ありがとう服部さん、お母さんもこの色大好きなの」
葉月ちゃんは服部に対し、ちゃんと「さん」付けしている。もちろん高山さんも。
私は服部に対し、すっかり呼び捨てになっていた。こんな年下のガキから呼び捨てにされても嫌な顔をしない、服部も寛大だな。
ふと、服部の声に力が無いような気がした。
「服部、ちょっと元気無いようだけど、どうした? なにかあったか?」
「え? ああ、うん。……バカにしない?」
「世話になっている服部のこと、バカにするわけないだろ」
「いや、あのね、……マジ・カンが最終回だったんだ……」
マジ・カン?
………………アニメか! バカじゃねえの!
「服部、そんなに気を落とすな、ハットリ製菓がなにかあったのかと思ったぜ」
「ありがとう、天宮ちゃん。ハットリ製菓の業績は安定しています」
「なら良かった。ハットリ製菓がおかしくなったら、地域経済に大打撃だ。従業員たくさん抱えているんだろ?」
そして私は声をひそめて言った。「今の話、村瀬さんの前ではするなよ」
「そうだよね、引かれるよね」
わかってはいるようだな。
服部は本格的な『マジ・カン』ロスになり、新年になってから食堂に訪れる回数がめっきり減った。
そして成田君がすぐさまリークして、服部が『マジ・カン』ロスになっているということが村瀬さんの耳に入ってしまった。
クリスマス会のとき、バラの花束を受け取り、ほんの少し接近したかに見えた2人だったが、服部は彗星のように遠ざかっていった。
田中宮司のお祓いスキルってマジで凄いな。
私は万全の体調で県立泉水第一高校の受験を終え、合格した。