第6話 住田ドーピング VS MCミサキ
文字数 2,258文字
次は住田ドーピングとMCミサキの対決。
「宮司さん、住田さんてライムやフローができるんですか?」
小関さんの質問に宮司はニコニコして答えた。
「そういうのはよくわかんない。住田君は全部オリジナルだよ。相手の問いにあんま答えないかな。でもいつも憑依して即興。勝負はどうでもいい、自分が気持ちよくなればOK」
「会話ができないタイプのラッパーか。相手がやりにくそうだな」
なんとなくイメージが湧いたのか、小関さんがニヤッとした。
住田ドーピングが出てきた。
黒いキャップをかぶった小柄な男。白いTシャツに黒のジャージで地味。怖ず怖ずとずっと下を向いて指の先をいじっていて、岬と目を合わせない。こんな陰キャに、ラップなんてできるのかな。
岬、もうイライラしている。岬は感情がすぐ表に出るんだ。相手に引っ張られるなよ。
小関さんが、住田ドーピングが出てきた途端ゲラゲラ笑い出した。
「絶対ヤベー奴じゃん。真奈、一緒に仕事していて変だと思わなかったの?」
高山さんがちょっとムキになって
「住田さんは変じゃないよ、真面目できちんとした仕事をする人だよ」
高山さんは変な奴に寛大だ。人にランクをつけない。
まあ、村瀬さんも椎貝さんも寛大だな。おっと、大御所を忘れていた、畑中さんもだ。短気な私は、とてもじゃないがあの域には到底達せそうにない。
「先行住田ドーピング、後攻MCミサキ、レディーファイ!」
曲が流れた途端、住田ドーピングが顔をあげニヤッと笑った。
アーアーアー お客さんこんにちは君が対戦相手のミサキ君かはじめまして 中学生ですか? 久し振りに声を出すので アーハ? 僕の声こんなだった? まず自己紹介をさせてください 僕大学1年で休学して1の次に2がこないんです 僕に自然数が懐いてくれない 僕は雨の日に捨てられていた数字を拾って介抱して育てて解放してそれでも俺を尋ねて三千里ボロボロになりながらも帰って来てくれた整数だったのに あんなに愛し合っていたのに! 三千里って何キロメートル? 12,000キロメートル! 何マイル? 3210.883マイル! 南極までひとっ飛び
What’s up 俺がMCミサキ アンタ頭イカレてる 俺は数学が全然だけど ゼロを1にしてここに立ってる この位置が天下分け目 ぎんなん君にゃリスペクト アンタのリリックはゴミアスベスト 調整区域に不法投棄 俺のバースで息の根止める 空回りの自転車操業 アンタに出る幕はねえ!
僕が乗っているのは自転車じゃなくて一輪車だよ! ミサキ君の言うとおり僕は頭がおかしくなって世界が整数で満ち満ちて溢れているのを目の当たりにしたんだわかるか? 気持ちいいのは一瞬だけ俺は乱降下して急降下して地面に頭ぶつけてこの有様あんなに甘酸っぱかった整数も今はザラザラ砂を噛むようラップは噛まないけどね とにかく整数が集まらない懐かない つれなくなった恋人みたい僕は真性チェリー ところで最初見たときからずーっと気になっていた君のTシャツ 胸のその数字は完全数 君は完全なつもりか? 何様だ 僕を完全スルーするな 君の夢は何だ
夢は音楽で食っていくこと are you ready 生まれたときから底辺 勉強もできねえ まずはここ優勝が足がかり アンダーグラウンドから這い上がり 逆転ホームランかっ飛ばす all right この胸の数字がなんだって? 28? 俺は1位しか欲しくねえ! さっきから意味わかんねえ スキルとバイブス上げて ダチと泉水盛り上げる!
田中宮司と小関さんは、お腹を抱え笑い転げながら「やべー! 住田ドーピングー!」と叫んでいて、高山さんも何がハマったのか「住田さーん!」と声援を送っている。この3人声がデカい。
高山・小関ペアってノリが独特で、みんなからバカップルって言われているんだよな。まあ、高山さんが楽しそうだからいいんだけど。
「それでは勝敗を決めたいと思います。1回だけ手を挙げてください。まずは住田ドーピングがよかったと思う人!」
田中宮司、小関さん、高山さんが立ち上がって両手をブンブン振った。後方ギャラリーのウサギとカエル達、5人囃子もやんややんやの拍手喝采をしていたが、熱量はそこだけだった。
「それでは、MCミサキがよかったと思う人!」
大部分の客が手を挙げた。もちろん私も挙げた。いや、消去法でそうなるでしょ。赤い着物とタヌキも手を挙げていた。あの2人感性ギャルだから。
村瀬さんはどちらにも挙げなかった。後で聞いたら
「どっちもイマイチ、MCぎんなん君の方がよかった」
だって。ぎんなん君のこと、どんだけ気に入ったんだ。
ステージ上で岬は、『道の駅商品券30,000円』と書かれた大きなボードを持ってフラついた。
住田ドーピングは、音楽が止まってマイクを離した途端、住田さんに戻って下を向いた。
正直、マイクを持った住田ドーピングは、恐かった。トリップしていて話が通じない感じ。
あんな風になったらたまらない。そして数学科というところにはあれ以上の化け物がたくさんいるのか。たんぽぽ食堂の魑魅魍魎なんてファンシーな部類じゃないか。
私はその夜から数学以外も勉強するようになった。
住田さんは準優勝で道の駅商品券10,000円分を貰った。
それを田中宮司に渡して、田中宮司は畑中さんに渡して、それで畑中さんは道の駅で米を買ってきて、タンポポ食堂で炊いて私のガソリンとなった。
巡り巡ってタダ飯になるのなら、岬ではなく、住田ドーピングを応援してもよかったか?
「宮司さん、住田さんてライムやフローができるんですか?」
小関さんの質問に宮司はニコニコして答えた。
「そういうのはよくわかんない。住田君は全部オリジナルだよ。相手の問いにあんま答えないかな。でもいつも憑依して即興。勝負はどうでもいい、自分が気持ちよくなればOK」
「会話ができないタイプのラッパーか。相手がやりにくそうだな」
なんとなくイメージが湧いたのか、小関さんがニヤッとした。
住田ドーピングが出てきた。
黒いキャップをかぶった小柄な男。白いTシャツに黒のジャージで地味。怖ず怖ずとずっと下を向いて指の先をいじっていて、岬と目を合わせない。こんな陰キャに、ラップなんてできるのかな。
岬、もうイライラしている。岬は感情がすぐ表に出るんだ。相手に引っ張られるなよ。
小関さんが、住田ドーピングが出てきた途端ゲラゲラ笑い出した。
「絶対ヤベー奴じゃん。真奈、一緒に仕事していて変だと思わなかったの?」
高山さんがちょっとムキになって
「住田さんは変じゃないよ、真面目できちんとした仕事をする人だよ」
高山さんは変な奴に寛大だ。人にランクをつけない。
まあ、村瀬さんも椎貝さんも寛大だな。おっと、大御所を忘れていた、畑中さんもだ。短気な私は、とてもじゃないがあの域には到底達せそうにない。
「先行住田ドーピング、後攻MCミサキ、レディーファイ!」
曲が流れた途端、住田ドーピングが顔をあげニヤッと笑った。
アーアーアー お客さんこんにちは君が対戦相手のミサキ君かはじめまして 中学生ですか? 久し振りに声を出すので アーハ? 僕の声こんなだった? まず自己紹介をさせてください 僕大学1年で休学して1の次に2がこないんです 僕に自然数が懐いてくれない 僕は雨の日に捨てられていた数字を拾って介抱して育てて解放してそれでも俺を尋ねて三千里ボロボロになりながらも帰って来てくれた整数だったのに あんなに愛し合っていたのに! 三千里って何キロメートル? 12,000キロメートル! 何マイル? 3210.883マイル! 南極までひとっ飛び
What’s up 俺がMCミサキ アンタ頭イカレてる 俺は数学が全然だけど ゼロを1にしてここに立ってる この位置が天下分け目 ぎんなん君にゃリスペクト アンタのリリックはゴミアスベスト 調整区域に不法投棄 俺のバースで息の根止める 空回りの自転車操業 アンタに出る幕はねえ!
僕が乗っているのは自転車じゃなくて一輪車だよ! ミサキ君の言うとおり僕は頭がおかしくなって世界が整数で満ち満ちて溢れているのを目の当たりにしたんだわかるか? 気持ちいいのは一瞬だけ俺は乱降下して急降下して地面に頭ぶつけてこの有様あんなに甘酸っぱかった整数も今はザラザラ砂を噛むようラップは噛まないけどね とにかく整数が集まらない懐かない つれなくなった恋人みたい僕は真性チェリー ところで最初見たときからずーっと気になっていた君のTシャツ 胸のその数字は完全数 君は完全なつもりか? 何様だ 僕を完全スルーするな 君の夢は何だ
夢は音楽で食っていくこと are you ready 生まれたときから底辺 勉強もできねえ まずはここ優勝が足がかり アンダーグラウンドから這い上がり 逆転ホームランかっ飛ばす all right この胸の数字がなんだって? 28? 俺は1位しか欲しくねえ! さっきから意味わかんねえ スキルとバイブス上げて ダチと泉水盛り上げる!
田中宮司と小関さんは、お腹を抱え笑い転げながら「やべー! 住田ドーピングー!」と叫んでいて、高山さんも何がハマったのか「住田さーん!」と声援を送っている。この3人声がデカい。
高山・小関ペアってノリが独特で、みんなからバカップルって言われているんだよな。まあ、高山さんが楽しそうだからいいんだけど。
「それでは勝敗を決めたいと思います。1回だけ手を挙げてください。まずは住田ドーピングがよかったと思う人!」
田中宮司、小関さん、高山さんが立ち上がって両手をブンブン振った。後方ギャラリーのウサギとカエル達、5人囃子もやんややんやの拍手喝采をしていたが、熱量はそこだけだった。
「それでは、MCミサキがよかったと思う人!」
大部分の客が手を挙げた。もちろん私も挙げた。いや、消去法でそうなるでしょ。赤い着物とタヌキも手を挙げていた。あの2人感性ギャルだから。
村瀬さんはどちらにも挙げなかった。後で聞いたら
「どっちもイマイチ、MCぎんなん君の方がよかった」
だって。ぎんなん君のこと、どんだけ気に入ったんだ。
ステージ上で岬は、『道の駅商品券30,000円』と書かれた大きなボードを持ってフラついた。
住田ドーピングは、音楽が止まってマイクを離した途端、住田さんに戻って下を向いた。
正直、マイクを持った住田ドーピングは、恐かった。トリップしていて話が通じない感じ。
あんな風になったらたまらない。そして数学科というところにはあれ以上の化け物がたくさんいるのか。たんぽぽ食堂の魑魅魍魎なんてファンシーな部類じゃないか。
私はその夜から数学以外も勉強するようになった。
住田さんは準優勝で道の駅商品券10,000円分を貰った。
それを田中宮司に渡して、田中宮司は畑中さんに渡して、それで畑中さんは道の駅で米を買ってきて、タンポポ食堂で炊いて私のガソリンとなった。
巡り巡ってタダ飯になるのなら、岬ではなく、住田ドーピングを応援してもよかったか?