第17話 照井 a.k.a ぎんなん君
文字数 1,582文字
ぎんなん君またの名を照井 は、たまにたんぽぽ食堂に1人で来るようになった。
とうとう昨日は、村瀬さんと並んで夕飯を食べていた。
メニューはバターチキンカレー、コールスローサラダとキャロットラペに玉ねぎのスープ。まるでデートだ。
照井は犬っぽい。堂々としていて、笑顔が大きい。そして余裕がある。
村瀬さんが住田ドーピングの話をしたら、照井は嫌みの無い笑顔で、
「あいつ凄いよ、あれは真似できない」
と、褒めいていた。そりゃそうだ、北斗大学理学部数学科だぞ。
小関課長のもう1人のツレ、お調子者の谷 君もたまにたんぽぽ食堂に現れるようになった。
こちらは人畜無害な感じがするので安心していられる。
背が高くて目つきに圧があって、一見、八島さん風だけど気さく。大家さんと田所さんのお気に入りになりつつある。
「小関課長ですか? 新型ウイルスが広がる前から、無駄なミーティングや飲み会を無くしてくれたんすよ~。あとはとにかく判断が早い! 本当に仕事ができる人って初めて見ましたよ~」
「小関課長が転勤してきたとき、バツイチで父子家庭だって聞いてみんなでちょっと警戒したんですよ。離婚で裁判やったらしいし。そしたら昼飯のとき『息子があんまりしゃべってくれなくなった』なんて愚痴りだしちゃって、『みんな通る道ですよ』なんてパートのおばちゃんが思わずフォローして、アレレ? ってみんなで調子狂ったな」
「え? MCミサキ、工業高校に合格したんすか! 俺あんとき、商品券3千円分を現金で買ってあげたんすよ~電気代無いって言うから~」
谷の雑談で、みんなで笑い合っている。村瀬さんも楽しそう。
谷の周りが明るいほど、私は服部を思い起こす。今ごろなにをしているのか。
なんとなくわかってきた。照井は高卒で正社員。
谷は大卒で派遣社員。Fランらしいが。
ある日、谷が1人で食べに来たとき、田所さんがびっくりするようなことを聞いた。
「谷君、もう1人の眼鏡の兄ちゃんは、女絡みのトラブル多いだろ?」
「あ、それは言えねえっす。照井さん年下だけど先輩だし」
谷、その返しは肯定したと同じだぞ。
小関さんが高山さんに注意喚起していた。
「ぎんなん君の噂。あの人、男気あって面倒見良くていい人みたいでさ、だから男女問わずモテるんだよ。高校の時ボクシングやっていて喧嘩も強いんだって。でも先週、工場の敷地内でぎんなん君をめぐって女同士口喧嘩していたんだぜ。さすが泉水市だよ、ヤンキーチックだよなぁ」
「あの人たまに食堂に来るよ」
「真奈はね、ぎんなん君に絡んじゃダメだよ」
「私は住田さんのファンだ」
「それもどうかと思うが……真奈の趣味はマニアックなんだよな、俺含め」
その会話は、村瀬さんも聞いていたはずだった。
5月、雨の日だったと近藤さんが教えてくれた。
「照井君が村瀬さんの部屋に入ったのよ」
「……」
「でもすぐ出てきたわよ、10分もしなかったと思う。ビニール傘借りて帰って行った。村瀬さん、ありがとうってお礼言っていたから、力仕事でもしてもらったんじゃないかしら。高い所の修理とか」
「……そういう問題じゃないんだよ……部屋に入れたのが問題なんだよ」
「ちょっと開ちゃん、泣いてるの?」
「だっておかしいだろ! 私は別にしても、村瀬さんをずっと思っている服部や成田君がいるのに、あんな女癖の悪そうなポッと出の照井なんかに」
「開ちゃん、落ち着いて。私が見えない人がほとんどだから、端から見ると1人で錯乱していると思われるわよ」
「いいよ別に……あいつ、なにやっているんだよ。あいつ!」
「誰のこと?」
「あいつ、百川だよ!」
「開ちゃーん」高山さんの声。
「田中さんから苺大福いただいたんだ、さ、涙拭いて、食堂行って食べよう」
高山さんに背中を押され、食堂に戻った。
私がなぜ泣いているのかを興味本位にほじくらない、高山さんはいい女だと思う。
とうとう昨日は、村瀬さんと並んで夕飯を食べていた。
メニューはバターチキンカレー、コールスローサラダとキャロットラペに玉ねぎのスープ。まるでデートだ。
照井は犬っぽい。堂々としていて、笑顔が大きい。そして余裕がある。
村瀬さんが住田ドーピングの話をしたら、照井は嫌みの無い笑顔で、
「あいつ凄いよ、あれは真似できない」
と、褒めいていた。そりゃそうだ、北斗大学理学部数学科だぞ。
小関課長のもう1人のツレ、お調子者の
こちらは人畜無害な感じがするので安心していられる。
背が高くて目つきに圧があって、一見、八島さん風だけど気さく。大家さんと田所さんのお気に入りになりつつある。
「小関課長ですか? 新型ウイルスが広がる前から、無駄なミーティングや飲み会を無くしてくれたんすよ~。あとはとにかく判断が早い! 本当に仕事ができる人って初めて見ましたよ~」
「小関課長が転勤してきたとき、バツイチで父子家庭だって聞いてみんなでちょっと警戒したんですよ。離婚で裁判やったらしいし。そしたら昼飯のとき『息子があんまりしゃべってくれなくなった』なんて愚痴りだしちゃって、『みんな通る道ですよ』なんてパートのおばちゃんが思わずフォローして、アレレ? ってみんなで調子狂ったな」
「え? MCミサキ、工業高校に合格したんすか! 俺あんとき、商品券3千円分を現金で買ってあげたんすよ~電気代無いって言うから~」
谷の雑談で、みんなで笑い合っている。村瀬さんも楽しそう。
谷の周りが明るいほど、私は服部を思い起こす。今ごろなにをしているのか。
なんとなくわかってきた。照井は高卒で正社員。
谷は大卒で派遣社員。Fランらしいが。
ある日、谷が1人で食べに来たとき、田所さんがびっくりするようなことを聞いた。
「谷君、もう1人の眼鏡の兄ちゃんは、女絡みのトラブル多いだろ?」
「あ、それは言えねえっす。照井さん年下だけど先輩だし」
谷、その返しは肯定したと同じだぞ。
小関さんが高山さんに注意喚起していた。
「ぎんなん君の噂。あの人、男気あって面倒見良くていい人みたいでさ、だから男女問わずモテるんだよ。高校の時ボクシングやっていて喧嘩も強いんだって。でも先週、工場の敷地内でぎんなん君をめぐって女同士口喧嘩していたんだぜ。さすが泉水市だよ、ヤンキーチックだよなぁ」
「あの人たまに食堂に来るよ」
「真奈はね、ぎんなん君に絡んじゃダメだよ」
「私は住田さんのファンだ」
「それもどうかと思うが……真奈の趣味はマニアックなんだよな、俺含め」
その会話は、村瀬さんも聞いていたはずだった。
5月、雨の日だったと近藤さんが教えてくれた。
「照井君が村瀬さんの部屋に入ったのよ」
「……」
「でもすぐ出てきたわよ、10分もしなかったと思う。ビニール傘借りて帰って行った。村瀬さん、ありがとうってお礼言っていたから、力仕事でもしてもらったんじゃないかしら。高い所の修理とか」
「……そういう問題じゃないんだよ……部屋に入れたのが問題なんだよ」
「ちょっと開ちゃん、泣いてるの?」
「だっておかしいだろ! 私は別にしても、村瀬さんをずっと思っている服部や成田君がいるのに、あんな女癖の悪そうなポッと出の照井なんかに」
「開ちゃん、落ち着いて。私が見えない人がほとんどだから、端から見ると1人で錯乱していると思われるわよ」
「いいよ別に……あいつ、なにやっているんだよ。あいつ!」
「誰のこと?」
「あいつ、百川だよ!」
「開ちゃーん」高山さんの声。
「田中さんから苺大福いただいたんだ、さ、涙拭いて、食堂行って食べよう」
高山さんに背中を押され、食堂に戻った。
私がなぜ泣いているのかを興味本位にほじくらない、高山さんはいい女だと思う。