第16話 ネクスト製紙工場3人組
文字数 1,565文字
春休み、私はたんぽぽ食堂に入り浸り昼飯と晩飯を食べていた。いつも恒例。高校でもこれは続けるつもりだ。
大家さんには、
「私、将来絶対偉くなってタダ飯の恩返しをしますから」と言っておいた。
最近大家さんは機嫌がいい。スーパーヤオシン裏のテナントに入居者が決まったのだ。
前に貸していた『フィンランド』という雑貨屋はあっという間に廃業して、今度オープンしたお店は、『オオツボ模型』というプラモデルやジオラマのお店だった。
ある晩、作業着姿の3人組が食堂に入ってきた。
あっ、と思った。この人が小関さんのお父さんか。たまに出没するという噂の人物。3人一組で大家さんと田所さんのお気に入りだ。
親子だから顔は似ているけれど、雰囲気は違うな。穏やかで枯れているけど、冷静でちょっとのことでは動じない感じと言えばいいのか。息子と違って全然浮ついたところがない。当たり前か。
それよりも村瀬さんが、連れの若い男をさり気なく見ていた。珍しいことだ。
眼鏡の真面目そうな男と、お調子者風の男は、今日のメニューの豚の角煮とタコのキムチ炒めを「美味い! 」「ビール飲みてえ」と賑やかに食べていて、小関父は笑っていた。話を聞いていると、小関父は課長のようだ。
3人があらかた食べ終わったのを見計らうと、村瀬さんは席を立ち、眼鏡の男に話しかけた。
「あの、もしかして、ラップバトルのMCぎんなんさんですか? 」
「あ、そうです、恥ずかしいな」
眼鏡男は照れくさそうに笑った。
「お、テルさん、有名人」「すごいな、照井君」
「やっぱり!」
村瀬さんは真っ赤になりながら言った。
「即興なのにまるで歌でした、もっと聞きたかった、やだ私、語彙力無い」
3月にも道の駅でラップバトルがあったのだ。
『春休みラップバトル大会IN道の駅』
今回、住田ドーピングは不参加だった。
理由は、田中宮司の確定申告の準備作業に追われていたため。整理整頓のできないルーズな宮司に変わって、住田さんが税理士に渡す書類の整理をしているというのだ。でしょうね、という感じ。別に驚きはしない。
私と村瀬さん、葉月ちゃんと成田君とで見に行った。今回はMCぎんなん君が優勝、岬が準優勝だった。
この男、ラップバトルのときは、キャップを深くかぶっていて眼鏡をかけていなかった。
村瀬さん、よく気がついたな。こういう男が好みなのか?
でもさ、この男、眼鏡が真面目そうに見えるかもしれないけれど、耳のピアスの穴見てみろよ。3つあるよな。村瀬さんの大学にはいないタイプだろ?
それに前回の表彰式のとき、岬に言っていたじゃないか。
「俺も昔は貧乏でバカだったけど、今、就職して地に足がついている。おまえも、高校はちゃんと出てうちの会社に来いよ」
多分、元不良だぜ。うちの工場のバイトにもこの手の輩 はいたからわかるんだ。
百川さんの代わりなら、同じ大学で見つけた方がいいと思うけど。
……この場に服部がいなくてよかったな。服部はいつもノーガード。ダイレクトに傷つくだろうから。
次の日、案の定近藤さんがベンチで待ち構えていた。
「新しいキャラじゃない。ぎんなん君。ちょっと不良っぽくて、村瀬さんがああいうのが好みだなんてびっくりだわ」
「ほんとだよ」
「元気ないわね」
「村瀬さんの表情がなんか生々しくてさ」
「あーあ、私の好きなプラトニックは葉月ちゃんの初恋を待つしかないのかしら」
「そうだね」
「その前に、開ちゃんの初恋はまだなの? なーんて」
「そんなのとっくだよ。食堂に来るようになった小6のとき、優しくて賢くて威張らない村瀬さんを好きになったのが初恋だよ。百川さんとつき合うの見て失恋したんだ」
「冗談?」
「冗談みたいだろ? バイセクシャルだって言ったじゃねえか」
「やだ、切ないじゃない。あんまり幽霊を驚かせないで」
「幽霊のくせに驚くな」
大家さんには、
「私、将来絶対偉くなってタダ飯の恩返しをしますから」と言っておいた。
最近大家さんは機嫌がいい。スーパーヤオシン裏のテナントに入居者が決まったのだ。
前に貸していた『フィンランド』という雑貨屋はあっという間に廃業して、今度オープンしたお店は、『オオツボ模型』というプラモデルやジオラマのお店だった。
ある晩、作業着姿の3人組が食堂に入ってきた。
あっ、と思った。この人が小関さんのお父さんか。たまに出没するという噂の人物。3人一組で大家さんと田所さんのお気に入りだ。
親子だから顔は似ているけれど、雰囲気は違うな。穏やかで枯れているけど、冷静でちょっとのことでは動じない感じと言えばいいのか。息子と違って全然浮ついたところがない。当たり前か。
それよりも村瀬さんが、連れの若い男をさり気なく見ていた。珍しいことだ。
眼鏡の真面目そうな男と、お調子者風の男は、今日のメニューの豚の角煮とタコのキムチ炒めを「美味い! 」「ビール飲みてえ」と賑やかに食べていて、小関父は笑っていた。話を聞いていると、小関父は課長のようだ。
3人があらかた食べ終わったのを見計らうと、村瀬さんは席を立ち、眼鏡の男に話しかけた。
「あの、もしかして、ラップバトルのMCぎんなんさんですか? 」
「あ、そうです、恥ずかしいな」
眼鏡男は照れくさそうに笑った。
「お、テルさん、有名人」「すごいな、照井君」
「やっぱり!」
村瀬さんは真っ赤になりながら言った。
「即興なのにまるで歌でした、もっと聞きたかった、やだ私、語彙力無い」
3月にも道の駅でラップバトルがあったのだ。
『春休みラップバトル大会IN道の駅』
今回、住田ドーピングは不参加だった。
理由は、田中宮司の確定申告の準備作業に追われていたため。整理整頓のできないルーズな宮司に変わって、住田さんが税理士に渡す書類の整理をしているというのだ。でしょうね、という感じ。別に驚きはしない。
私と村瀬さん、葉月ちゃんと成田君とで見に行った。今回はMCぎんなん君が優勝、岬が準優勝だった。
この男、ラップバトルのときは、キャップを深くかぶっていて眼鏡をかけていなかった。
村瀬さん、よく気がついたな。こういう男が好みなのか?
でもさ、この男、眼鏡が真面目そうに見えるかもしれないけれど、耳のピアスの穴見てみろよ。3つあるよな。村瀬さんの大学にはいないタイプだろ?
それに前回の表彰式のとき、岬に言っていたじゃないか。
「俺も昔は貧乏でバカだったけど、今、就職して地に足がついている。おまえも、高校はちゃんと出てうちの会社に来いよ」
多分、元不良だぜ。うちの工場のバイトにもこの手の
百川さんの代わりなら、同じ大学で見つけた方がいいと思うけど。
……この場に服部がいなくてよかったな。服部はいつもノーガード。ダイレクトに傷つくだろうから。
次の日、案の定近藤さんがベンチで待ち構えていた。
「新しいキャラじゃない。ぎんなん君。ちょっと不良っぽくて、村瀬さんがああいうのが好みだなんてびっくりだわ」
「ほんとだよ」
「元気ないわね」
「村瀬さんの表情がなんか生々しくてさ」
「あーあ、私の好きなプラトニックは葉月ちゃんの初恋を待つしかないのかしら」
「そうだね」
「その前に、開ちゃんの初恋はまだなの? なーんて」
「そんなのとっくだよ。食堂に来るようになった小6のとき、優しくて賢くて威張らない村瀬さんを好きになったのが初恋だよ。百川さんとつき合うの見て失恋したんだ」
「冗談?」
「冗談みたいだろ? バイセクシャルだって言ったじゃねえか」
「やだ、切ないじゃない。あんまり幽霊を驚かせないで」
「幽霊のくせに驚くな」