第5話 夏休みラップバトル大会IN道の駅野外ステージ

文字数 2,506文字

 夏休みに入ったけど、私は相変わらず国語と社会の勉強をする気になれなかった。だってつまんないから。

 田中宮司とお昼ご飯を食べに来た高山さんが、宮司に余計なことを言った。
「天宮さんは数学が大好きなんですよ。数学以外興味無いんだって」
 宮司はニヤッとして言った。
「それヤバいかも。うちの住田君みたくなっちゃうよ」

 住田君? そういえば神社に住み込みバイトがいるって聞いたことがある。
宮司は私を見ていった。
「住田君はね、なんと、北斗大学理学部数学科だよ! 休学中だけど」

「え? マジ? 私のお父さんも北斗大学だよ。工学部。そんな人がなんでここにいんの!?」
 私は興奮して叫んだ。

「住田君、数学やり過ぎておかしくなっちゃったんだって。それで親にお祓いにつれて来られてね、そのままリハビリのためバイトしているの」
「へえ、その人にちょっと数学の話聞きたい」

「ん~どうかな~会話成り立つかな~? 住田君小さい頃から神童って言われていたけど、大学入ったら自分よりレベルの高い化け物みたいな奴がいっぱいいたんだってさ。種原山なんかより(けた)違いで魑魅魍魎の巣窟(そうくつ)なんだって、数学科ってのは! 」

「宮司さんの話はいつも大袈裟なんだよ」
 私はちょっとキレた。すると宮司はまったく意に介さず、

「あ、そうそう! 来週道の駅の野外ステージでラップバトル大会があるのよ。お客さんの声援で勝敗を決めるからみんなで応援してよ」

 高山さんがキョトン顔で「誰の応援ですか? 」
「住田君だよ~、住田ドーピングって名前でエントリーしているから~」
「私、住田君の声、まだ聞いたことありません」
「僕もあんまり聞かないな」
 いったい何の話をしているんだ、数学の話じゃなかったのか。


 よくわからない流れだけど、翌週土曜日の昼下がり、みんなで道の駅にラップバトル大会というものを見に行った。
みんなといっても、私、田中宮司、村瀬さん、高山さん、小関さんの5人。
椎貝さんは微笑みながら「バトル……というのは、ちょっと。私は遠慮しますね。みなさん楽しんできてください」だった。

 ラップバトルといっても緊張感無くのどかだった。
音楽に乗せて初対面の者同士、口喧嘩をするみたいだ。ちょっとでも韻を踏んだらドヤ顔。下は小学生から上はオヤジまで。

 宮司が柚子のアイスクリームをみんなにご馳走してくれた。美味い。のんびり食べながら見ていたら岬がエントリーしていた。
あのひょろっと高い背と長い手足、尖った顎でわかる。黒いTシャツに腰からずり落ちそうなパンツは迷彩柄。

 岬は同じ天神中学校、同じ市営住宅のタメ、たんぽぽ食堂のタダ飯仲間だ。
キャラ変してからのマイメンの1人。父子家庭。最近食堂であんまり会わなくなっていたけど、こんなことをしていたのか。

 岬がステージに上がった。道の駅スタッフの若い(にい)ちゃんが司会。
対戦相手は作業着の若い男だ。キャップを深くかぶりモスグリーンの作業着の上着を腰に巻き、首からタオルをぶら下げ堂々としている。背は岬より低いが、Tシャツ越しの引き締まっている体は、なんというか男臭い。
 小関さんが「あ、あれ、ネクスト製紙工場の作業着だよ」高山さんに耳打ちしている。

 岬、緊張しながらも、一生懸命ガン飛ばして悪ぶっている。ジャンケンをして先攻後攻を決めた。
「あれ岬君じゃない!?」村瀬さんも気がついた。
「先攻MCミサキ、後攻MCぎんなん君、レディーファイッ!!」
 あっ、もう始まった。


俺がMCミサキ from 流星街 What’s up? カマシにきたぜ ぎんなん野郎あんたにゃ特に言うことねえ 地産地消道の駅 玉手箱で 息の根止める 俺のライムで客が湧く 俺はマイクで食っていく ノータイムであんたの喉元狙う 喉から手が出る優勝賞金 これ無いと俺んち電気が止まる 俺ホントマジで取りに来ている 死活問題舐めんなオッサン you know?


マイクで食っていく? 人を食った話だな そんなガキなら掃いて捨てるほど おまえ中坊か 高校はちゃんと行けよ 電気と一緒に人生止まるぞ 母ちゃん泣かせるな あ?死んでる? わりィな 草葉の影で母ちゃん泣いているぞ 腐っても学校は行け いつか転機がくる 奮起してやれ 俺からの説教 おまえのアンサー聞かせろや


わかったよオッサン 高校は行くよ でも俺は勉強ができねえ ずっと底辺家も底辺 do or die 送電停止前通知 見たことあるかオッサン カウントダウンの始まりだぜ でも俺は止まらねえ 勝ちは譲れねえ 取り柄はねえけど悔し涙を無駄にしねえ いつかは大山さんに恩返し これが俺のアンサー


マイカフォンじゃ食っていけない このままじゃ兄ちゃん 半グレかヒモ 気合いだけなら空回り リズムキープもズレまくり 取り柄がねえなんて言うなよ! おまえの目は光っているよ 自分を信じろ この勝負は兄ちゃんに譲る でも優勝賞品商品券だ 電気の振り込みできねえぜ 最後に大山って誰だ



 最後の方、相手のお兄さんは普通に説教。終わってから、ほっこり温かい気持ちになるステージだった。これなら椎貝さんも見に来ればよかったのに。
岬、学校では先生に指されても英語の教科書をかたくなに読まなかったのに、それっぽい発声で英語を口にしている。岬と根比べして半泣きになった、新卒の伊藤先生に聞かせてやりたいよ。

「では、判定を聞きます、皆さん1回だけ手を上げてください。MCミサキがよかったと思う人!」
 私はラップの上手い下手はよくわからないが、マイメンのよしみで岬に手を上げた。村瀬さんが、意外にもぎんなん君に挙手していて驚いた。

 ぎんなん君と岬の勝負は拮抗(きっこう)した。ぎんなん君が、
「いいよ、2バース目で言ったとおり、勝ちは兄ちゃんに譲るよ」
 と言うと、ぎんなん君の知り合い達が「テルー」「マジかっけー」と湧きに湧いた。ぎんなん君、人気者だ。

 気がつくと、観客の後方に毛色の異なるギャラリーがそろい踏み。
赤い着物とタヌキの子の他に、レトロなドレスの3人は老女。
鳥獣戯画から抜け出したようなウサギとカエル達は行儀よく体育座り、お雛様の御一行様は5人囃子が浮かれていた。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

天宮 開(あまみや かい)


女子中学生 物腰が男っぽく、毅然としていてマイペース。バイセクシャル。

会社経営に失敗して父親は破産。貧困となったが、優秀な両親を尊敬している。

村瀬 芽依(むらせ めい)


泉工医大生 たんぽぽ食堂で学習支援をしている

服部 司(はっとり つかさ)


泉工医大生 村瀬芽依マニア サフランガチオタ 

近藤 優名(こんどう ゆうな)


第1部 第1章参照

高山 真奈(たかやま まな)


たんぽぽ食堂の常連 高校生

成田 宗也(なりた そうや)


たんぽぽ食堂の常連 高専生

須川 葉月(すがわ はづき)


たんぽぽ食堂の常連 小学生

岬 悠生(みさき ゆうせい)


たんぽぽ食堂の常連 同じ市営住宅に住む同級生 

二宮 治子(にのみや はるこ)


たんぽぽ食堂のオーナー 資産家

大山 仁市(おおやま じんいち)


民生委員 地域を巡回し、不遇の児童救済にかかりきり。

田中 秀一(たなか しゅういち)


符丁神社の宮司 霊能力者 独身

畑中 麻美(はたなか あさみ)


たんぽぽ食堂の調理師 みんなのオアシス的存在

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み