第3話 回顧録 株式会社アマミヤ繊維 倒産
文字数 1,765文字
幽霊にならいいだろう。私は今に到った話を始めた。
本当はちょっと息抜きで外に出ただけで、勉強の途中だったが。
遠くで雷鳴が微かに聞こえ、空はいつもより濃い灰色の雲が垂れ込めてきている。
「うちの会社が倒産したのが小学5年生のとき。それまでは私も普通に髪伸ばしてスカートはいて可愛いファンシーグッズなんかぶちかましていました」
「ぶちかましていたんだ」
「近藤さんは『北条時頼の鉢の木』の逸話って知っていますか?」
「うん、確か、吹雪の日貧乏な家に、僧侶が一晩泊まらせてくださいって訪ねてきたのよね……
その家の主が僧侶をもてなそうとしたが、貧乏で薪が尽きてしまっていた。そこで主は、大切にしていた梅と桜と松の盆栽を惜しげもなく囲炉裏にくべて、僧侶に暖をとらせてあげた。
僧侶が感心して主に名前を尋ねると、
『自分は武士である、鎌倉幕府に一大事があれば駆けつけます』
と話した。
少しして、鎌倉幕府から緊急招集のおふれが出た。
主が痩せた馬と粗末な装備で駆けつけると、旅の僧侶は実は北条時頼であった。
北条時頼はあの晩のお礼として、梅、桜、松の鉢の木にちなんだ領土を主に授けたのだった。
……っていう話よね」
「その通りっす。倒産するって従業員全員が知ったとき、この話をしたオッサンがいたんすよ。社長! また会社を興したとき、声かけてください! 『いざ鎌倉』で駆けつけますからって」
「開ちゃんのお父さん、人望があったのね。いい話だわ」
「でも私、偶然聞いちゃった」
「 ? 」
「そのオッサン、影でこう言っていた。もっと泥臭く金策に走れ、あっさりバンザイするなよ。まさか給料未払いとかねえよな、あいつが下手打ったしわ寄せが俺たちにくるなんて冗談じゃねえ、退職金だってもらいたいくらいだ」
「……」
「内臓売って、女房と娘を売ってでも金作れよって」
「それは……従業員達で話していたの?」
「そう。私のこと、ロリコンの変態に高く売れるって、みんなで話していた。誰が言っているか、声でわかった。でも2人だけは」
私はいつもそう。
私を貶 めた人の話は平気でできる。でも、お父さんを庇 ってくれた人を思い出すと、涙が滲んでくるのだ。
工場 の窓の下、しゃがんで聞いた。アスファルトの亀裂とドクダミの白い花。
「2人だけ、庇ってくれた。俺は社長には長い間世話になった、僕は短い間だったけどよくしてもらったって」
昔から居る大江さんと新人の木村君だった。普段、気の利いたことを言わないノリの悪い2人だった。
そのあと2人は、みんなから散々叩かれた。俺らは気楽なあんたらと違ってローンがあるんだとか、これから子どもに金がかかるんだとか。
私は世間知らずのお嬢様だったから、あいつらの話を鵜呑みにして足元が崩れる感触がして震えた。
内臓を売る? ロリコンの変態に売られる?
その話はすぐ両親にした。
お父さんは静かにこう言った。
確かにお父さんは見通しが甘くてみんなに大変な迷惑をかけた。でも、口に出していいことと悪いことがある。少し時間はかかるが、財産を処分して給料は優先して払う計画だった。開はなにも心配しなくていいからね。
お母さんは苦笑いして、小さな声で言った。
私達の人を見る目はまだまだだったか。いざ鎌倉で駆けつけてもらいたいのは大江さんと木村君ね、と。
「私は女に見られたくないんだ。もうそんなこと一生言われたくないし、それに私」
どうしよう言うべきか、言葉に詰まった。
近藤さんは私をジッと見て、次の言葉を待っている。幽霊ならいいだろう、告白する。
「私は多分、バイセクシャルなんだ」
「……」
「それもあって、自分の性があやふやに感じて。だったら男になろうと思ったんだよ」
近藤さんは、ちょっと間を空けて言った。
「……そんなことがあったの……でも、開ちゃん、もう言われた言葉を反芻 しないで? 過去に気持ちを置かないで欲しい」
「え?」
そのとき、雨がパラパラ落ちてきた。
「大変! 開ちゃん食堂に戻ってね。私、ずっと待っている人がいてね、たまにここに来るの。またお話ししましょう」
風が強く吹いた。食堂に戻る途中振り返ると、お約束のように近藤さんはいなかった。
もしかして脳のバグで幻覚を見ているのだとしたら、自分ヤベーなと思った。
私は食堂に戻ってすこし呆けた。
私が過去に気持ちを置いているだと?
本当はちょっと息抜きで外に出ただけで、勉強の途中だったが。
遠くで雷鳴が微かに聞こえ、空はいつもより濃い灰色の雲が垂れ込めてきている。
「うちの会社が倒産したのが小学5年生のとき。それまでは私も普通に髪伸ばしてスカートはいて可愛いファンシーグッズなんかぶちかましていました」
「ぶちかましていたんだ」
「近藤さんは『北条時頼の鉢の木』の逸話って知っていますか?」
「うん、確か、吹雪の日貧乏な家に、僧侶が一晩泊まらせてくださいって訪ねてきたのよね……
その家の主が僧侶をもてなそうとしたが、貧乏で薪が尽きてしまっていた。そこで主は、大切にしていた梅と桜と松の盆栽を惜しげもなく囲炉裏にくべて、僧侶に暖をとらせてあげた。
僧侶が感心して主に名前を尋ねると、
『自分は武士である、鎌倉幕府に一大事があれば駆けつけます』
と話した。
少しして、鎌倉幕府から緊急招集のおふれが出た。
主が痩せた馬と粗末な装備で駆けつけると、旅の僧侶は実は北条時頼であった。
北条時頼はあの晩のお礼として、梅、桜、松の鉢の木にちなんだ領土を主に授けたのだった。
……っていう話よね」
「その通りっす。倒産するって従業員全員が知ったとき、この話をしたオッサンがいたんすよ。社長! また会社を興したとき、声かけてください! 『いざ鎌倉』で駆けつけますからって」
「開ちゃんのお父さん、人望があったのね。いい話だわ」
「でも私、偶然聞いちゃった」
「 ? 」
「そのオッサン、影でこう言っていた。もっと泥臭く金策に走れ、あっさりバンザイするなよ。まさか給料未払いとかねえよな、あいつが下手打ったしわ寄せが俺たちにくるなんて冗談じゃねえ、退職金だってもらいたいくらいだ」
「……」
「内臓売って、女房と娘を売ってでも金作れよって」
「それは……従業員達で話していたの?」
「そう。私のこと、ロリコンの変態に高く売れるって、みんなで話していた。誰が言っているか、声でわかった。でも2人だけは」
私はいつもそう。
私を
「2人だけ、庇ってくれた。俺は社長には長い間世話になった、僕は短い間だったけどよくしてもらったって」
昔から居る大江さんと新人の木村君だった。普段、気の利いたことを言わないノリの悪い2人だった。
そのあと2人は、みんなから散々叩かれた。俺らは気楽なあんたらと違ってローンがあるんだとか、これから子どもに金がかかるんだとか。
私は世間知らずのお嬢様だったから、あいつらの話を鵜呑みにして足元が崩れる感触がして震えた。
内臓を売る? ロリコンの変態に売られる?
その話はすぐ両親にした。
お父さんは静かにこう言った。
確かにお父さんは見通しが甘くてみんなに大変な迷惑をかけた。でも、口に出していいことと悪いことがある。少し時間はかかるが、財産を処分して給料は優先して払う計画だった。開はなにも心配しなくていいからね。
お母さんは苦笑いして、小さな声で言った。
私達の人を見る目はまだまだだったか。いざ鎌倉で駆けつけてもらいたいのは大江さんと木村君ね、と。
「私は女に見られたくないんだ。もうそんなこと一生言われたくないし、それに私」
どうしよう言うべきか、言葉に詰まった。
近藤さんは私をジッと見て、次の言葉を待っている。幽霊ならいいだろう、告白する。
「私は多分、バイセクシャルなんだ」
「……」
「それもあって、自分の性があやふやに感じて。だったら男になろうと思ったんだよ」
近藤さんは、ちょっと間を空けて言った。
「……そんなことがあったの……でも、開ちゃん、もう言われた言葉を
「え?」
そのとき、雨がパラパラ落ちてきた。
「大変! 開ちゃん食堂に戻ってね。私、ずっと待っている人がいてね、たまにここに来るの。またお話ししましょう」
風が強く吹いた。食堂に戻る途中振り返ると、お約束のように近藤さんはいなかった。
もしかして脳のバグで幻覚を見ているのだとしたら、自分ヤベーなと思った。
私は食堂に戻ってすこし呆けた。
私が過去に気持ちを置いているだと?