第19話 村瀬さんに初めて会ったときのこと

文字数 1,172文字

 両親にたんぽぽ食堂の話をした。父親は言った。
「捨てる神あれば拾う神あり、だね」
 確かに大山さんは、神様がお忍びでこの世に来ているような雰囲気だった。
捨てる神あれば、拾う大山さんあり。

 高校生かと思った女の子は大学生で村瀬さんといった。

 私が算数の問題を解いているのをジッと見ていた。私も村瀬さんのノートを見たが、ちんぷんかんぷんだった。英語と数学が混ざっているようで。
なんでこの人こんなに賢いのに、目立たないようにしているのだろう。
いつもブカブカの服を着て、あまりお化粧をしていなかった。
とにかく鬱陶しく無くて、どこか儚げだった。そして一緒にいると気持ちが落ち着いた。
 百川さんが村瀬さん狙いだということは、私達大山チルドレンは全員知っていた。気がついていないのは村瀬さんだけだった。

 夏にケバくて頭が軽そうな女2人が、たんぽぽ食堂に来たことがある。
ケバい女に反論したときの村瀬さんは、岬のラップのように立て板に水だった。いつもは遠慮がちなのに。
蓮香(れんか)じゃないけれど、「おもしれー女」と思った。

 村瀬さんは実家に帰ったとき、中学校の数学の教科書と参考書を持って帰ってきてくれた。重かったはずだ。
「開君、もしよかったらやってみる?」
 私がダイヤの数学の教科書を、暇さえあれば見ていたのを知っていたんだ。

 数学の問題を解いているときは、従業員達が言った侮蔑(ぶべつ)的な言葉を忘れられた。
私は女も男も関係ない世界で大成してやる。

 私は村瀬さんからもらった教材を手垢がつくまで使った。私の宝物。一生捨てられない。
村瀬さんは私のグチャグチャのノートを見て言った。
「映像授業の塾で教えているけど、結局、開君みたいにいっぱい手を動かした人が最後に勝つんだろうな」
 もっときれいに書きなさい、みたいなことは一度も言わなかった。


 3時頃食堂に行ったとき、なんとなく外の窓ガラスから中を覗いた時がある。
村瀬さんと百川さんだけがいた。畑中さんは買い出し中だったのだろう。
村瀬さんが座っている後ろから、百川さんがそっと抱きしめていた。でかい図体の百川さんが村瀬さんに甘えているようだった。
いつもは百川さんが威張った風にスカしていたから、意外だった。
二人きりのときは、こんな雰囲気なんだ。なんかドキドキして目が離せなくて、しばらく見ていた。

 百川さんも、まあ、いいヤツだ。
とにかく村瀬さんしか見えていないところが気に入った。
「土曜の夜はやりまくっている」と、八島さんと麦倉さんが話しているのが聞こえたときは正直モヤッとしたけど、村瀬さんが綺麗になってきたので、愛されているんだなって思った。

 私が知っている村瀬さんは、遊びのつき合いなんかはできないはずだろ? 
悪いヤツじゃないだろうけど、照井みたいな男に本気になると傷つくぞ。
恋愛なんかで荒んだ村瀬さんなんて、見たくないんだよ!

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登場人物紹介

天宮 開(あまみや かい)


女子中学生 物腰が男っぽく、毅然としていてマイペース。バイセクシャル。

会社経営に失敗して父親は破産。貧困となったが、優秀な両親を尊敬している。

村瀬 芽依(むらせ めい)


泉工医大生 たんぽぽ食堂で学習支援をしている

服部 司(はっとり つかさ)


泉工医大生 村瀬芽依マニア サフランガチオタ 

近藤 優名(こんどう ゆうな)


第1部 第1章参照

高山 真奈(たかやま まな)


たんぽぽ食堂の常連 高校生

成田 宗也(なりた そうや)


たんぽぽ食堂の常連 高専生

須川 葉月(すがわ はづき)


たんぽぽ食堂の常連 小学生

岬 悠生(みさき ゆうせい)


たんぽぽ食堂の常連 同じ市営住宅に住む同級生 

二宮 治子(にのみや はるこ)


たんぽぽ食堂のオーナー 資産家

大山 仁市(おおやま じんいち)


民生委員 地域を巡回し、不遇の児童救済にかかりきり。

田中 秀一(たなか しゅういち)


符丁神社の宮司 霊能力者 独身

畑中 麻美(はたなか あさみ)


たんぽぽ食堂の調理師 みんなのオアシス的存在

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