第12話 フリージア、スイートピー、カーネーション、ガーベラ
文字数 1,553文字
村瀬さんは声には出さずに「え?」という表情を浮かべ、無言で服部から離れたテーブルに荷物を置いた。
服部は、慌てて椅子から立ち上がり「あっ、お、お邪魔しています」
大家さんが、
「村瀬さん、服部君がね、クリスマス用のお菓子を寄付してくれるんですって! それとね、勉強に使う問題集なんかも持ってきてくれるって。ありがたいわね」
「どうもありがとうございます」
「村瀬さん、ご愁傷さまでしたみたいなトーンで言わないで」
いたたまれなくなった服部は、
「じゃ、俺、これで帰ります」
ちょっと待った! 私は食いついた。
「服部さん、次、いつ来ますか!?」
村瀬さんが、服部本体と生霊にストーカーされ、迷惑を被った話は聞いている。結構、ヤバい奴だってみんなが言っていた。
だが貧困受験生の私にとって、今、そんなことはどうでもいい話だ。とにかく大量の問題集をゲットしたい。高山さんも目をギラギラさせて服部をガン見している。
「もしかして、君、高校受験? じゃ、なるべく早めに準備するね」
「お願いします!」
私と高山さんが90度のお辞儀をしている側で、大家さんは言った。
「ほら、村瀬さん、服部君をお見送りして」
村瀬さんが眉をしかめた。服部は焦って「いえ、大丈夫です」
村瀬さんはテンション低いまま、服部と一緒に食堂を出た。私もこっそり、厨房の勝手口から忍び足で外に出て、隠れて聞き耳を立てた。
「……」
「……」
外に出た2人は無言。服部、気の利いたことなにか言え!
赤い着物とタヌキの子が、服部の手提げ袋を覗き込んでいる。
「……えっと、村瀬さんはやっぱりすごいな。学習支援をしているんだってね。俺、一浪しているから同い年なのに、雲泥の差だな、留年しそうだし、ははっ」
「たいしたことはしていません。みんな賢い子なので」
「あの、俺がウロウロすると嫌だと思うけど、俺もみんなの役に立ちたいので……あの……俺になにかできることがあったら、言って……欲しい、です」
服部、元気ないぞ。頑張れ。
「はい、みんなに伝えておきます」
村瀬さん、つれないな。服部は村瀬さんの役に立ちたいんだぜ。
「約束破っちゃった、これ」
服部は少し乱暴に、手提げ袋を村瀬さんに突き出した。
村瀬さんは、ビクッと体を硬くする。
「怒んないでよ。……今の髪型も似合うね」
村瀬さんは百川さんの言いつけでずっと同じ髪型をしていたけど、最近髪を伸ばし、緩くウエーブをかけていた。
村瀬さんは手提げ袋をおずおずと受け取った。
「あ、問題集持ってくる約束したから、また来ます。じゃ」
服部は帰っていった。いつの間にか、私の傍らに高山さんも立っていた。
私と高山さんは先回りして食堂に戻り、村瀬さんを何食わぬ顔で待った。
村瀬さんが食堂に入って来るや否や、私と高山さんと葉月ちゃんは、手提げ袋の中を覗き込んだ。
茶色の手提げ袋の中はハッと息を呑むような彩度の高い可愛い花束だった。
葉月ちゃんは一つ一つ指さして言った。
「黄色はフリージア、淡いピンクのスイートピー、クリーム色のカーネーション、ピンクのガーベラ。お花の名前、覚えたんだ。きれいだね、春の匂いがする」
「フリージアの香りよ、花のプレゼントもいいものだわ」
大家さんの言葉に村瀬さんは、
「こんな華やかな花束初めてですよ、服部からじゃなければ、素直に喜べるのに」
そう呟いた。そのとき、高山さんが意外なことを言ったのだ。
「村瀬さん、人って変われるから、今の服部さんを見てあげてください。私も、14歳を境に別人になりました」
「そういえば私も、倒産を境に別人になったなー」
村瀬さんは少し考えて、
「私はベースにある陰キャは変わらないかも」
そして大家さんがいつもの調子で軽口を叩いた。
「じゃあ、服部君の気持ちが少しはわかるんじゃない? 村瀬さん」
服部は、慌てて椅子から立ち上がり「あっ、お、お邪魔しています」
大家さんが、
「村瀬さん、服部君がね、クリスマス用のお菓子を寄付してくれるんですって! それとね、勉強に使う問題集なんかも持ってきてくれるって。ありがたいわね」
「どうもありがとうございます」
「村瀬さん、ご愁傷さまでしたみたいなトーンで言わないで」
いたたまれなくなった服部は、
「じゃ、俺、これで帰ります」
ちょっと待った! 私は食いついた。
「服部さん、次、いつ来ますか!?」
村瀬さんが、服部本体と生霊にストーカーされ、迷惑を被った話は聞いている。結構、ヤバい奴だってみんなが言っていた。
だが貧困受験生の私にとって、今、そんなことはどうでもいい話だ。とにかく大量の問題集をゲットしたい。高山さんも目をギラギラさせて服部をガン見している。
「もしかして、君、高校受験? じゃ、なるべく早めに準備するね」
「お願いします!」
私と高山さんが90度のお辞儀をしている側で、大家さんは言った。
「ほら、村瀬さん、服部君をお見送りして」
村瀬さんが眉をしかめた。服部は焦って「いえ、大丈夫です」
村瀬さんはテンション低いまま、服部と一緒に食堂を出た。私もこっそり、厨房の勝手口から忍び足で外に出て、隠れて聞き耳を立てた。
「……」
「……」
外に出た2人は無言。服部、気の利いたことなにか言え!
赤い着物とタヌキの子が、服部の手提げ袋を覗き込んでいる。
「……えっと、村瀬さんはやっぱりすごいな。学習支援をしているんだってね。俺、一浪しているから同い年なのに、雲泥の差だな、留年しそうだし、ははっ」
「たいしたことはしていません。みんな賢い子なので」
「あの、俺がウロウロすると嫌だと思うけど、俺もみんなの役に立ちたいので……あの……俺になにかできることがあったら、言って……欲しい、です」
服部、元気ないぞ。頑張れ。
「はい、みんなに伝えておきます」
村瀬さん、つれないな。服部は村瀬さんの役に立ちたいんだぜ。
「約束破っちゃった、これ」
服部は少し乱暴に、手提げ袋を村瀬さんに突き出した。
村瀬さんは、ビクッと体を硬くする。
「怒んないでよ。……今の髪型も似合うね」
村瀬さんは百川さんの言いつけでずっと同じ髪型をしていたけど、最近髪を伸ばし、緩くウエーブをかけていた。
村瀬さんは手提げ袋をおずおずと受け取った。
「あ、問題集持ってくる約束したから、また来ます。じゃ」
服部は帰っていった。いつの間にか、私の傍らに高山さんも立っていた。
私と高山さんは先回りして食堂に戻り、村瀬さんを何食わぬ顔で待った。
村瀬さんが食堂に入って来るや否や、私と高山さんと葉月ちゃんは、手提げ袋の中を覗き込んだ。
茶色の手提げ袋の中はハッと息を呑むような彩度の高い可愛い花束だった。
葉月ちゃんは一つ一つ指さして言った。
「黄色はフリージア、淡いピンクのスイートピー、クリーム色のカーネーション、ピンクのガーベラ。お花の名前、覚えたんだ。きれいだね、春の匂いがする」
「フリージアの香りよ、花のプレゼントもいいものだわ」
大家さんの言葉に村瀬さんは、
「こんな華やかな花束初めてですよ、服部からじゃなければ、素直に喜べるのに」
そう呟いた。そのとき、高山さんが意外なことを言ったのだ。
「村瀬さん、人って変われるから、今の服部さんを見てあげてください。私も、14歳を境に別人になりました」
「そういえば私も、倒産を境に別人になったなー」
村瀬さんは少し考えて、
「私はベースにある陰キャは変わらないかも」
そして大家さんがいつもの調子で軽口を叩いた。
「じゃあ、服部君の気持ちが少しはわかるんじゃない? 村瀬さん」