第20話 服部豪邸訪問
文字数 2,183文字
私は泉水第一高校に合格がわかったとき、食堂でみんなに報告がてらまずは腹ごしらえをして、それから服部の家にお礼を言いに行った。
「これから服部の家に行くから」ってあらかじめラインしておいたけど、服部、いつも同様なんか慌てていたな。
服部の家は泉水駅東の閑静な高級住宅街、相生 2丁目。前に服部から、無理矢理住所を聞き出しておいてよかった。
服部の家はぐるっと塀で囲われていた。かなり広い敷地だ。自転車で走りながら門を見つけ、インターホンを押すと事務的な女性の声「はい、どちらさまですか?」
「天宮といいます。服部先生お願いします」
「フラワーアレンジメント教室に、天宮さんという生徒はおりませんが」
「違う、そっちじゃない、泉工医大生の服部さんの教え子です」
少しして、服部が慌てて出てきてドアを開けた。「天宮ちゃん、どうしたの?」
「服部、泉水第一に合格した。服部のお陰だよ」
「ええ! すごいじゃない、まあ上がってよ」
服部は野良猫みたいな私を家に上げてくれた。
ピカピカの玄関にはすっきりとした水仙のアレンジメント。ピカピカの廊下を通って応接間に通された。広い。庭の木々が見える。母親譲りの目利きの私にはわかる。庭の見え方から調度品から、すべてセンスがいい。テーブルには菜の花と桃のバスケットが飾られていた。
これが格差か。落ちぶれる前は、自分はお嬢様だと思っていたけど、まだまだ庶民だったね。
お手伝いさん(!)が、紅茶と鮮やかな色とりどりの丸っこいお菓子を運んできた。さっそくいただく。
「うわっ、甘くて美味いな! なんなんだコレ?」
「マカロンっていうお菓子だって」
「これ食堂のみんなにも食わせてやりたいな。あ、でも、甘いもののあとには、オカキも食いたくなるな」
するとノックがして、「司 、いいかしら?」上品な女の人が入ってきた。
あ、服部のママだ。家に居るのにアイボリーのシックなワンピース着て、いかにも “ママ” という感じ。
私は立ち上がり、
「天宮といいます。急にすみません。服部先生から勉強を教えていただき、泉水第一に合格しました。今日はその報告に来ました」
「え? あ、座ってくださいな。司、バイトでもしていたの?」
「あの、服部先生は、子ども食堂の学習支援をしてくださっています。ボランティアです」
服部、ちょっとオロオロしている。岬とはまた違うタイプのトークスキルを持つ、この私に任せておけ。
「まあ、司がボランティアを? もしかして、アレンジメントのお花もそこに持って行ったの?」
「うん」
「それならそうと、言ってちょうだいな。あなたは昔からいつも言葉が足りないんだから」
「母さん、クリスマスのお菓子や問題集もそこに持って行ったんだよ」
「はい、みんなとても喜んで感激していました」
「司が、ボランティアなんて……まあ……」
ママの目が潤んできた。よし、たたみかけるぞ。
「私は、服部先生のお陰で泉水第一に合格しました、感謝しています。私だけじゃありません、食堂のみんなも心優しい服部さんが大好きです、本当にありがとうございました」
嘘じゃない、本当のことだ。服部は勝ち組なのに、それを鼻にかけないところが気に入っている。
とうとう服部ママはハンカチで目を押さえた。
アニメオタクでなにを考えているのかわからなかった息子が、隠れて子ども食堂でボランティアをしていたんだぜ。しかも、みんなから感謝され慕われているんだぜ。そりゃ泣くわな。
服部も涙ぐんだ。私もつられて泣いた。涙は伝染する。
服部ママは「天宮さん、また気軽に遊びに来てちょうだい」と言い、お土産にマカロンを持たせてくれた。まずは両親に食べてもらおう。
帰り際、服部は私にだけ見えるよう、こっそり右手で親指を立てて、困ったように笑った。やっぱり服部の笑顔は片えくぼで可愛い。いつも笑ってりゃいいのに。
服部ママは1週間後、たんぽぽ食堂に視察に来た。どんなところか見たくなったのだろう。ママのその気持ちはわかる。
偶然村瀬さんは不在で、みんな内心ホッとしていた。
大家さんに挨拶したあと、お約束のように高山さんと成田君を3度見した。じっくり見た。予想していたより年齢が高く落ち着いた端正な若者達がいたので驚いた風だったが、そのあとは椎貝さんに釘付けになっていた。
椎貝さんの雰囲気、立ち振る舞いが気に入ったようだった。クリスチャンらしいが、そんなのどうでもいいよな。カルト宗教じゃあるまいし。
服部ママ、あなたの勘は正しい。服部の面倒をみられるのは、断トツ一番はこの私で、二番は博愛主義者の椎貝さんだと思うぜ。
そのあと、服部ママが持ってきたお土産の新商品、『プレミアム五つ星ふりかけアラレ』をみんなで分けた。
海苔鰹、梅しそ、焼き鮭、エゴマ入りちりめん山椒、明太子の5種類。これ、買ったら高いらしい。ありがたく頂戴した。
後日畑中さんは、エゴマ無しちりめん山椒を自作していた。畑中さんは勉強熱心だ。
田中宮司が「これいくらでも米が食べられちゃう」
と言ったので慌てて取り上げるという寸劇もあった。
見ていると畑中さんがお姉さんで、田中宮司は弟みたいだ。
大家さんと田所さんは、畑中さんに小関さんのお父さんを引き合わせてみたいらしいけど、私は田中宮司がいいと思うな。あの畑中さんが気を遣わず言いたいことを言って、自然体で楽しそうだもん。
「これから服部の家に行くから」ってあらかじめラインしておいたけど、服部、いつも同様なんか慌てていたな。
服部の家は泉水駅東の閑静な高級住宅街、
服部の家はぐるっと塀で囲われていた。かなり広い敷地だ。自転車で走りながら門を見つけ、インターホンを押すと事務的な女性の声「はい、どちらさまですか?」
「天宮といいます。服部先生お願いします」
「フラワーアレンジメント教室に、天宮さんという生徒はおりませんが」
「違う、そっちじゃない、泉工医大生の服部さんの教え子です」
少しして、服部が慌てて出てきてドアを開けた。「天宮ちゃん、どうしたの?」
「服部、泉水第一に合格した。服部のお陰だよ」
「ええ! すごいじゃない、まあ上がってよ」
服部は野良猫みたいな私を家に上げてくれた。
ピカピカの玄関にはすっきりとした水仙のアレンジメント。ピカピカの廊下を通って応接間に通された。広い。庭の木々が見える。母親譲りの目利きの私にはわかる。庭の見え方から調度品から、すべてセンスがいい。テーブルには菜の花と桃のバスケットが飾られていた。
これが格差か。落ちぶれる前は、自分はお嬢様だと思っていたけど、まだまだ庶民だったね。
お手伝いさん(!)が、紅茶と鮮やかな色とりどりの丸っこいお菓子を運んできた。さっそくいただく。
「うわっ、甘くて美味いな! なんなんだコレ?」
「マカロンっていうお菓子だって」
「これ食堂のみんなにも食わせてやりたいな。あ、でも、甘いもののあとには、オカキも食いたくなるな」
するとノックがして、「
あ、服部のママだ。家に居るのにアイボリーのシックなワンピース着て、いかにも “ママ” という感じ。
私は立ち上がり、
「天宮といいます。急にすみません。服部先生から勉強を教えていただき、泉水第一に合格しました。今日はその報告に来ました」
「え? あ、座ってくださいな。司、バイトでもしていたの?」
「あの、服部先生は、子ども食堂の学習支援をしてくださっています。ボランティアです」
服部、ちょっとオロオロしている。岬とはまた違うタイプのトークスキルを持つ、この私に任せておけ。
「まあ、司がボランティアを? もしかして、アレンジメントのお花もそこに持って行ったの?」
「うん」
「それならそうと、言ってちょうだいな。あなたは昔からいつも言葉が足りないんだから」
「母さん、クリスマスのお菓子や問題集もそこに持って行ったんだよ」
「はい、みんなとても喜んで感激していました」
「司が、ボランティアなんて……まあ……」
ママの目が潤んできた。よし、たたみかけるぞ。
「私は、服部先生のお陰で泉水第一に合格しました、感謝しています。私だけじゃありません、食堂のみんなも心優しい服部さんが大好きです、本当にありがとうございました」
嘘じゃない、本当のことだ。服部は勝ち組なのに、それを鼻にかけないところが気に入っている。
とうとう服部ママはハンカチで目を押さえた。
アニメオタクでなにを考えているのかわからなかった息子が、隠れて子ども食堂でボランティアをしていたんだぜ。しかも、みんなから感謝され慕われているんだぜ。そりゃ泣くわな。
服部も涙ぐんだ。私もつられて泣いた。涙は伝染する。
服部ママは「天宮さん、また気軽に遊びに来てちょうだい」と言い、お土産にマカロンを持たせてくれた。まずは両親に食べてもらおう。
帰り際、服部は私にだけ見えるよう、こっそり右手で親指を立てて、困ったように笑った。やっぱり服部の笑顔は片えくぼで可愛い。いつも笑ってりゃいいのに。
服部ママは1週間後、たんぽぽ食堂に視察に来た。どんなところか見たくなったのだろう。ママのその気持ちはわかる。
偶然村瀬さんは不在で、みんな内心ホッとしていた。
大家さんに挨拶したあと、お約束のように高山さんと成田君を3度見した。じっくり見た。予想していたより年齢が高く落ち着いた端正な若者達がいたので驚いた風だったが、そのあとは椎貝さんに釘付けになっていた。
椎貝さんの雰囲気、立ち振る舞いが気に入ったようだった。クリスチャンらしいが、そんなのどうでもいいよな。カルト宗教じゃあるまいし。
服部ママ、あなたの勘は正しい。服部の面倒をみられるのは、断トツ一番はこの私で、二番は博愛主義者の椎貝さんだと思うぜ。
そのあと、服部ママが持ってきたお土産の新商品、『プレミアム五つ星ふりかけアラレ』をみんなで分けた。
海苔鰹、梅しそ、焼き鮭、エゴマ入りちりめん山椒、明太子の5種類。これ、買ったら高いらしい。ありがたく頂戴した。
後日畑中さんは、エゴマ無しちりめん山椒を自作していた。畑中さんは勉強熱心だ。
田中宮司が「これいくらでも米が食べられちゃう」
と言ったので慌てて取り上げるという寸劇もあった。
見ていると畑中さんがお姉さんで、田中宮司は弟みたいだ。
大家さんと田所さんは、畑中さんに小関さんのお父さんを引き合わせてみたいらしいけど、私は田中宮司がいいと思うな。あの畑中さんが気を遣わず言いたいことを言って、自然体で楽しそうだもん。