【Tー③】敷かれた安寧は風前の無機
文字数 3,453文字
風を切る音を間近に……俺を掠めていくそれは、局地的な暴風と見紛う。
──それ程に疾く、鋭い。
「…………っっ」
身に着けていた作業着がいとも簡単に斬り裂かれ、じわりと鮮血が滲む。
……俺を横切ったのは対峙する相手の腕。
そこから発達した鉤爪の様なモノを振りかぶられた。
「アアアアアアアアァァァァアアーーーーッッッッ!!!!!!!!」
ヒトの形をした異物は、尚も咆哮を上げる。
腹の底へ響き渡るプレッシャーは、俺に瞬きと呼吸を忘れさせていた。
「──ッッ……」
────呑まれるな、だ か ら な ん だ と い う の か 。
……まさか、もしかして、なぜ、どうして。
そういったものは今より以前に捨て置く。
思考を巡らせて生じるラグはきっと、まず初めに俺を殺しにかかる。
そうなっては……突き付けられたモノに答えを求める事すらできない──!!
意識を固めた俺に、相手は再度腕を振りかぶる。
同時に地面を思い切り踏みつけ、俺は後方へ距離を取った。
「……はぁぁ……ッ!!」
呼吸と共に、思考をひとつの意志へ集中させる。
その矛先は辺りへ滞留している微量なマナ、全 て だ。
……恐らく、昨日の夜に対峙したあの黒いモノとは何もかもが比較にならないと察する。
自衛はもちろんだが……まずは目の前の暴風を止める為、俺はかき集めたマナに命令を下していく。
「ぐっっ……く……!!」
やはりこ の テ の行使は得意ではない……が。
暴れ回るマナを抑え込みながら、そこへイメージを通し続ける。
「アアアアアアァァァァアア!!!!!!!!」
膠着する俺に、これ儲けとばかりに飛び掛ってくる異物──
「そう慌てないで下さいよ…………っっ!!」
──対し。
そう呟いた俺の言葉を引き金に、ひとつのヤマトを体現させる。
ぴいん、と。
弾いた弓の様に張り詰めた一筋の音が響き渡ると同時に、空間は変貌を遂げていく。
……広がる領域は、俺達を中心に結 界 としてその姿を成した。
「アアア………ア……ッッ!?」
その変化を肌で感じ取ったのか、異物は掛ける脚を止めた。
──行使したのは、不可視の結界。
いかに作業現場とはいえ、日中であるこのタイミングでは人目につきすぎる。
……まずは、目の前の驚異と対峙すべき土台を作り上げた。
「っっ──!!」
未だ歩を留め続ける異物に向かい、次はこちらから踏み込む。
……距離にして凡そ15メートル。
その間に再度、自身に帯び続けているマナへ次の命令を下す。
その矛先は自らの肢体へ。
──自己駆動力強化 として発現させる。
「……だあっっ!!」
自分を切りつける風の速さが増したのを体感で覚え、それと同時に異物の横っ面を目掛け蹴りを放つ。
「ガァァア!!」
空間に次いで俺の変 化 をも感じ取ったのか、異物は眼前に迫った障害に対し──
──先程まで振るっていた腕を、最小限の動作で防御にあてた。
「チッ……!!」
そのまま体を反転させ、次は先程と逆の面へ回し蹴りを放つ。
……異物はそれを、僅かなスウェーで捌いた。
「なっ……!?」
異物はそのまま反った上半身をしならせ、反動を利用し頭突きを繰り出してきた。
ほぼ条件反射に近い咄嗟の動作で、俺は両腕を前方で交差させ防御の構えを取った。
──取った、というよりは、誘発させられた。
「ぐ……っっ……!!」
ずしりと内まで響く衝撃は、マナの行使を施したこの身体ですら軋みを上げる。
行き場を失った営力は、俺が数メートル後退 る事で何とか均衡を保つ。
「アアアアァアアアア!!!!!!」
すかさず異物はこちらへ駆ける。
……対し、エンチャントの循環をさらに速めた。
どくどくと血流がざわめく音と、鬱陶しい耳鳴りが同時に鳴る。
紛れも無い、度 を超えた強化に対する俺の体の応えだった。
だが、そうでもしなければ────
「───アアアア!!!!」
直進を伴う腕はこちらを目標に、その意を乗せ真っ直ぐ伸ばされる。
それは俺の視線に対し、あまりにも真 っ 直 ぐ 過ぎる。
…………距離が掴めない…………!!
「ッッ……!!」
もはや横へ飛び退くのみとなった拙い選択肢を選ばされる。
結果として生まれた光景は、俺の目の前へ横一直線に異物の腕が残り────
────それをこちらへ薙ぎ払われる。
「ぐがッッ…………!?」
着地点は腹部。
眼球からハッキリと火花が覗いた。
俺は…………
────薙ぎ払われた腕を霞む意識の中で掴んだ。
「アアアッッ!?」
「がああああああ!!!!」
手中にした異物の腕を遠心力の要にし、下半身を捻り。
異物の顔面へ膝を叩き込んだ。
「ガッ……カカッッ……!?」
「ぐっ……!!」
思わぬ衝撃だったのか、異物は腕を振り回し俺を叩き落とした。
地べたを舐めながら、視界に入った異物が立つ場に対し手を掲げる。
瞬時にイメージを通すのは、僅かな爆発。
「ガァァァア!?」
地雷を踏み抜いたかの様に、異物は反射的に片足を浮かせた。
……マナの消費を最小限に抑えるために、わざわざエンチャント を選んでいるんだ。
爆発自体に大したダメージはない。
──根を張る残された異物の片足に、俺は身体を翻し足払いを仕掛ける。
ぐちゃりと。
互いの足が嫌な音と共に交わるのを感じた後、目論見通りずしんとその巨体は倒れた。
「────ッッ!!」
地に仰向けとなった異物目掛け、俺は立ち上がりながら右手にイメージを固める。
ばちばちと音を上げながら呼応するその望みは、閃光としてここに姿を表す。
……昨日現れた狼の動きを止めた雷 を用いる、自 己 駆 動 力 強 化 の 多 重 付 与 ……!!
その代償は、時を待たずして俺の中に響いた。
……が、無視する。
「────ッッらあああ!!!!」
放つ右手の矛先は、異物の鳩尾へ。
「ガアアアアァ!!!!!!」
対する異物は俺の所作を成すまいと、倒れたまま俺と同じく右腕を振るう。
……だが背を地につけた状態では、大した速度は生まれない……!!
わざわざこ の 体 勢 を選んだ理由はそこにあった。
俺は振るわれた腕を回避し────
「なっ…………!?」
────回避したと思われた異物の手から放たれたのは、地面……抉られたア ス フ ァ ル ト の 残 骸 だった。
「ぐああぁ!?」
その欠片は、俺の眼球を直撃する。
思わず反射的に瞼を閉じる……が、そのまま自分の右腕は暗闇の中で進路を辿らせた。
ずどん、と。
エンチャントを帯びた俺の一撃は衝撃音を生じさせた。
同時に距離を取りながら、痛む瞳と滲む景色を何とか払拭し前方へ視線を移す。
「ガアァァァ……ッッ」
それに答えるように異物は喉を鳴らす。
……ち ぎ れ 掛 け た 左 腕 をぶら下げながら。
…………失敗だ。
着弾はしたものの、異物は未だ両の足で地に立っている。
元々の目的であった活動停止は望む結果をもたらす事は無かった。
「喧嘩慣れし過ぎですよ……トラさん……」
などと。
もはや届くかどうかも定かではない言葉を吐いた。
……たまに本人から聞かせれていた、【武勇伝】なるものが頭を過る。
昨日の狼 とは全く動作のレベルが違う。
体躯の如く、まさに思考する人間であると同時にその力はまさに異物と捉えられる。
「……く……っっ」
加え。
結界、多重付与を交えたエンチャント、爆発、雷を用いたマナの行使は枯渇を表面化する。
ぐらりと歪む視界を、頭を振るい無理矢理象らせた。
…………残された手段は。
『……あそこだ……っ!!』
自身の後方に、仕事で使用しているステンレス製のパイプ配管が転がっている。
「ガ……ガガアァ……ッッ!!」
異物も全くの無傷というわけではない。
その姿を視界に収めながら、じりじりと望む場所へ移動していく。
「…………アアアアアアアアアアアアァ!!!!!!!!」
俺のその姿に痺れを切らしたのか、左腕を不自然に振り乱しながら異物はこちらへ飛び掛ってきた。
──同時に、俺はパイプを手に取る。
「…………ッッ……!!」
その無機物へ、持ち手からイメージを流し込んでいく。
もはやその存在を失った近辺のマナ…………ではなく。
──自身の内に僅かに存在するオドを材料として。
「……ぐ…………っっ……!!」
だが……俺は。
オ ド の 扱 い が 未 だ に 不 明 瞭 だ。
先程までとは相手に与えられるプレッシャーも格段に低いはず。
もはやこれしか武器と呼べるモノが無いとはいえ、半ばヤケクソで振るったパイプは恐らく異物に対して大きな効果は──
「っ……!?」
──無いはず、なのだが。
「ガッ……アアアア……!?」
…………俺の持ったパイプを目にすると、異物は大きく後方へ距離を取ったのだった。
──それ程に疾く、鋭い。
「…………っっ」
身に着けていた作業着がいとも簡単に斬り裂かれ、じわりと鮮血が滲む。
……俺を横切ったのは対峙する相手の腕。
そこから発達した鉤爪の様なモノを振りかぶられた。
「アアアアアアアアァァァァアアーーーーッッッッ!!!!!!!!」
ヒトの形をした異物は、尚も咆哮を上げる。
腹の底へ響き渡るプレッシャーは、俺に瞬きと呼吸を忘れさせていた。
「──ッッ……」
────呑まれるな、
……まさか、もしかして、なぜ、どうして。
そういったものは今より以前に捨て置く。
思考を巡らせて生じるラグはきっと、まず初めに俺を殺しにかかる。
そうなっては……突き付けられたモノに答えを求める事すらできない──!!
意識を固めた俺に、相手は再度腕を振りかぶる。
同時に地面を思い切り踏みつけ、俺は後方へ距離を取った。
「……はぁぁ……ッ!!」
呼吸と共に、思考をひとつの意志へ集中させる。
その矛先は辺りへ滞留している微量なマナ、
……恐らく、昨日の夜に対峙したあの黒いモノとは何もかもが比較にならないと察する。
自衛はもちろんだが……まずは目の前の暴風を止める為、俺はかき集めたマナに命令を下していく。
「ぐっっ……く……!!」
やはり
暴れ回るマナを抑え込みながら、そこへイメージを通し続ける。
「アアアアアアァァァァアア!!!!!!!!」
膠着する俺に、これ儲けとばかりに飛び掛ってくる異物──
「そう慌てないで下さいよ…………っっ!!」
──対し。
そう呟いた俺の言葉を引き金に、ひとつのヤマトを体現させる。
ぴいん、と。
弾いた弓の様に張り詰めた一筋の音が響き渡ると同時に、空間は変貌を遂げていく。
……広がる領域は、俺達を中心に
「アアア………ア……ッッ!?」
その変化を肌で感じ取ったのか、異物は掛ける脚を止めた。
──行使したのは、不可視の結界。
いかに作業現場とはいえ、日中であるこのタイミングでは人目につきすぎる。
……まずは、目の前の驚異と対峙すべき土台を作り上げた。
「っっ──!!」
未だ歩を留め続ける異物に向かい、次はこちらから踏み込む。
……距離にして凡そ15メートル。
その間に再度、自身に帯び続けているマナへ次の命令を下す。
その矛先は自らの肢体へ。
──
「……だあっっ!!」
自分を切りつける風の速さが増したのを体感で覚え、それと同時に異物の横っ面を目掛け蹴りを放つ。
「ガァァア!!」
空間に次いで俺の
──先程まで振るっていた腕を、最小限の動作で防御にあてた。
「チッ……!!」
そのまま体を反転させ、次は先程と逆の面へ回し蹴りを放つ。
……異物はそれを、僅かなスウェーで捌いた。
「なっ……!?」
異物はそのまま反った上半身をしならせ、反動を利用し頭突きを繰り出してきた。
ほぼ条件反射に近い咄嗟の動作で、俺は両腕を前方で交差させ防御の構えを取った。
──取った、というよりは、誘発させられた。
「ぐ……っっ……!!」
ずしりと内まで響く衝撃は、マナの行使を施したこの身体ですら軋みを上げる。
行き場を失った営力は、俺が数メートル
「アアアアァアアアア!!!!!!」
すかさず異物はこちらへ駆ける。
……対し、エンチャントの循環をさらに速めた。
どくどくと血流がざわめく音と、鬱陶しい耳鳴りが同時に鳴る。
紛れも無い、
だが、そうでもしなければ────
「───アアアア!!!!」
直進を伴う腕はこちらを目標に、その意を乗せ真っ直ぐ伸ばされる。
それは俺の視線に対し、あまりにも
…………距離が掴めない…………!!
「ッッ……!!」
もはや横へ飛び退くのみとなった拙い選択肢を選ばされる。
結果として生まれた光景は、俺の目の前へ横一直線に異物の腕が残り────
────それをこちらへ薙ぎ払われる。
「ぐがッッ…………!?」
着地点は腹部。
眼球からハッキリと火花が覗いた。
俺は…………
────薙ぎ払われた腕を霞む意識の中で掴んだ。
「アアアッッ!?」
「がああああああ!!!!」
手中にした異物の腕を遠心力の要にし、下半身を捻り。
異物の顔面へ膝を叩き込んだ。
「ガッ……カカッッ……!?」
「ぐっ……!!」
思わぬ衝撃だったのか、異物は腕を振り回し俺を叩き落とした。
地べたを舐めながら、視界に入った異物が立つ場に対し手を掲げる。
瞬時にイメージを通すのは、僅かな爆発。
「ガァァァア!?」
地雷を踏み抜いたかの様に、異物は反射的に片足を浮かせた。
……マナの消費を最小限に抑えるために、わざわざ
爆発自体に大したダメージはない。
──根を張る残された異物の片足に、俺は身体を翻し足払いを仕掛ける。
ぐちゃりと。
互いの足が嫌な音と共に交わるのを感じた後、目論見通りずしんとその巨体は倒れた。
「────ッッ!!」
地に仰向けとなった異物目掛け、俺は立ち上がりながら右手にイメージを固める。
ばちばちと音を上げながら呼応するその望みは、閃光としてここに姿を表す。
……昨日現れた狼の動きを止めた
その代償は、時を待たずして俺の中に響いた。
……が、無視する。
「────ッッらあああ!!!!」
放つ右手の矛先は、異物の鳩尾へ。
「ガアアアアァ!!!!!!」
対する異物は俺の所作を成すまいと、倒れたまま俺と同じく右腕を振るう。
……だが背を地につけた状態では、大した速度は生まれない……!!
わざわざ
俺は振るわれた腕を回避し────
「なっ…………!?」
────回避したと思われた異物の手から放たれたのは、地面……抉られた
「ぐああぁ!?」
その欠片は、俺の眼球を直撃する。
思わず反射的に瞼を閉じる……が、そのまま自分の右腕は暗闇の中で進路を辿らせた。
ずどん、と。
エンチャントを帯びた俺の一撃は衝撃音を生じさせた。
同時に距離を取りながら、痛む瞳と滲む景色を何とか払拭し前方へ視線を移す。
「ガアァァァ……ッッ」
それに答えるように異物は喉を鳴らす。
……
…………失敗だ。
着弾はしたものの、異物は未だ両の足で地に立っている。
元々の目的であった活動停止は望む結果をもたらす事は無かった。
「喧嘩慣れし過ぎですよ……トラさん……」
などと。
もはや届くかどうかも定かではない言葉を吐いた。
……たまに本人から聞かせれていた、【武勇伝】なるものが頭を過る。
昨日の
体躯の如く、まさに思考する人間であると同時にその力はまさに異物と捉えられる。
「……く……っっ」
加え。
結界、多重付与を交えたエンチャント、爆発、雷を用いたマナの行使は枯渇を表面化する。
ぐらりと歪む視界を、頭を振るい無理矢理象らせた。
…………残された手段は。
『……あそこだ……っ!!』
自身の後方に、仕事で使用しているステンレス製のパイプ配管が転がっている。
「ガ……ガガアァ……ッッ!!」
異物も全くの無傷というわけではない。
その姿を視界に収めながら、じりじりと望む場所へ移動していく。
「…………アアアアアアアアアアアアァ!!!!!!!!」
俺のその姿に痺れを切らしたのか、左腕を不自然に振り乱しながら異物はこちらへ飛び掛ってきた。
──同時に、俺はパイプを手に取る。
「…………ッッ……!!」
その無機物へ、持ち手からイメージを流し込んでいく。
もはやその存在を失った近辺のマナ…………ではなく。
──自身の内に僅かに存在するオドを材料として。
「……ぐ…………っっ……!!」
だが……俺は。
先程までとは相手に与えられるプレッシャーも格段に低いはず。
もはやこれしか武器と呼べるモノが無いとはいえ、半ばヤケクソで振るったパイプは恐らく異物に対して大きな効果は──
「っ……!?」
──無いはず、なのだが。
「ガッ……アアアア……!?」
…………俺の持ったパイプを目にすると、異物は大きく後方へ距離を取ったのだった。