【Tー①】回帰、龍宮
文字数 4,088文字
──じじ、と音が鳴った。
煩わしさよりも疑問が先に過る。
音の所在は、自身の頭の中にあったからだ。
『……ノイズ?』
例えるならば、そ れ 。
思考を巡らせると同時に、別の聞き慣れた声が頭上から響いた。
……ノ イ ズ に抱いたほんの少しの疑問はいとも簡単に掻き消され、声の出処へ視線を移す。
「おーーい!! そろそろ休憩だーーっっ!! メシにしよう!!!!」
「──了解でーす!」
凡そ10メートル程はあるだろうか。
射す太陽の光に瞼を抵抗させながら、その場所を仰ぎ見て返答する。
単管で組まれた仮設の足場。
先輩でもあり上司でもある彼は、綱渡りにも近い構造をしたそこを器用にひょいひょいと渡りながら、こちらへ降りてくる。
「っと、一旦周りにビスやらワッシャーやら落ちてないか確認しとけよー。先行ってるわ」
「わかりましたー」
言いながら、頭に巻いたタオルを豪快に解き停めてあるトラックの方へ向かって行く。
その背中を見送りながら、受けた指示を全うする為俺も歩き出した。
『……暑いな』
額、背中……いや。
全身を伝う汗が、否が応にも自身の主張を裏付けていた。
その事象を成す一端を担っている上 を臨む。
まるで精巧なペンキを施した様なアクアブルーに染められた一面に、食らいつきたくなる雲の群衆。
煌々と熱を射る太陽を尻目に一筋、二筋と引かれた飛行機雲は。
……なぜか目を惹かれる存在感があった。
人々が【空】と形容するそこは。
慌しく過ぎる一日の始まりもとりあえずの節目を迎え、光が際立つ日盛りの刻を迎えていた。
俺は、この情景が嫌いではない。
……たが、【空】という呼び名には違和感を覚えたままだ。
きっとそれは──
「……あ」
過ぎる思考は拭われ、【空】から眼前へ視線を戻した。
『危ない危ない、本当に落ちていた……』
仕 事 場 の付近。視界の隅へ割り込む異物は、紛れもない先刻の言い付けを体現する。
『ちゃんと確認してから戻るか』
心の中で締め直し。
掌の上で小さなネジを弄びながら、ゆっくりと足を踏み進めていった。
────────────
──────
──
「ほんふぉひほひほほもふぁっほへもはふいへひふぁふぁー」
「何言ってるかわからないです」
空調を効かせた車内で互いに昼食を摂る。
【夏こそがっつり!特盛りチキンカツ弁当】を頬張っている先輩は、俺の返しにふんっと鼻を鳴らしながら冷茶を以て口内を開通させた。
「そこはフィーリングをこう、さ。いや、今回の仕事もやっと目処が付いてきたなーって言ったのよ」
「勉強不足でした。……そうですね、手の掛かる工程は今日の午前中までで何とかしましたし。後はゆっくりでも大丈夫そうですよね」
言いながら、車窓を通して先程の場所を覗く。
外部からの委託により請け負った付帯工事は、大体の峠を超えた状態にある。
今回の仕事は、寂れたモールの一部改築に伴う水と電気の引き込みがメインだった。
「だな。これが終わったらちょっと長めに休みもらおうかなーっと。……やべ、タバコ切らした。わりぃ一本もらえる?」
「自分もそうさせてもらおうかなと思ってます。どうぞ」
俺も手にしていたコンビニのおにぎりを平らげ、互いに食事を終える。
くしゃくしゃになったソフトケースから煙草を一本取り出して渡し、もう一本を自分で咥えた。
「ああん火もどっかいった! すいやせん貸して下さい……」
「どうぞ」
嘆く声を宥めるようにライターを差し出す。
「サンキューっ」
そのまま嬉々として、着火をし始めようとしていた時。
彼のポケットから振動音が鳴り響いた。
「あれっ、誰だタイミング悪い……げっ! 社長からだ」
振動の元を取り出しながらそう言う。
空調を少し弱め、極力物音を立てないように備えた。
「もしもーしっ、はい! お疲れ様でーす。……はい……はい。えーっとですねー……」
応対を繰り返す先輩は、何かの確認でも求められたのかそのままドアを開けて仕事場の方へ歩いて行く。
……車内は一気に閑散を迎えた。
『このまま一服して待ってるか……』
午前の業務で多少疲労もある、許された時間は体力回復に努めておこう。
そう心に言い聞かせ、咥えたままになっていた煙草に命を吹き込もうとしたところで……気付く。
『……火が無い』
どうやら、俺が渡したライターを持ったまま出ていってしまったらしい。
……参った。
外の先輩を見ると、施行中の仕事場に向かって指を差しあれこれとやりとりを繰り返している様子が伺える。
……すぐに終わりそうな気配は無い。
『仕方ない……』
ひとつの発起を胸に抱きながら、念 の 為 車内から外をぐるりと見渡す。
件の先輩は、ちょうどこちらへ背を向けている状態であった。
……ならば大丈夫か、と。
人差し指を煙草の先端に添えた。
自身の周りに存在する微量なそ れ を掻き集め、自らを回路とし体現を成す。
象るモノを指先へ集中し、具現。
呼応する事象は小さな炎 として現れた。
光を灯した煙草を一口吸い、次いで吐く息と同時に指先の火を吹き消す。
「ふう……」
漂う紫煙を纏いながら、先輩の戻りを待った。
────────────
──────
──
「悪い悪い、今終わったわ」
鼻の頭をぽりぽりと掻き、苦笑いを浮かべながら車内へ戻る先輩。
「結構長引いてましたね、何か仕事内容の変更でもありましたか?」
言いながら、煙草をもう一本差し出す。
「サンキュー。いや、そっちは大丈夫だよ。このまま予定通りで良いってさ」
受け取った物を慣れた手つきで着火させながらそう返してきた。
そ っ ち は 大丈夫、というのは……
「お前さ、今日早めに上がっていいから一旦会社戻りな」
俺の疑問に先んじて応じる様に返答が戻る。
……その内容は、意外なものであった。
「今日?それは全然構いませんけど。……え、社長からですか?」
「そゆこと。いやー、呼び出しとは怖い怖い。何やらかしたのやら……」
にひひと笑いを浮かべながら、こちらを覗く。
「お、思い当たる節が特に無いんですけど……」
「はははっ、大丈夫大丈夫。お叱りのアレじゃないよ。……ま、良く頑張ったなってこったよ」
「え……?りょ、了解です」
今ひとつ要点を得ないまま、合意を唱えた。
────────────
──────
──
休憩後、言い付け通りキリの良いところまでで俺のみ仕事を切り上げる。
どうせ近場に泊まってるから歩きで平気だと、先輩の厚意に甘えそのまま移動にトラックを使わせてもらった。
……運転中の車窓から差す光は、西から。
【空】は夕暮れの時を刻んでいた。
『……社長か。直に話すのは久々かもな』
外の景色に感化でもされたのか、少しだけ昔の事を思い出していた。
『あ の 時 以来……になるのかな』
などと。
少しの巡らせる思いは別の要因に上書きされる。
……気付けば、目的地に到着していた。
『っと……』
慌ててシフトレバーを操作し、備え付けの駐車場を目指していく。
程なくトラックを停車させ、降り立つ。
……眼前に臨むのは、古めかしい小さな工務店だ。
ここが俺の勤め先でもあり──
──俺が人 と し て 在 れ る 理 由 とも言えるのかもしれない。
「お疲れ様でーす」
軋むスライドドアを開け放ちながら言う。
事務仕事をしている別の先輩達もそのまま挨拶を返し、迎え入れてくれた。
……そのまま、奥の社長席へ歩を進めていく。
「お疲れ様です、今戻りました。お呼びでしたか?」
ゴシップ雑誌をアイマスク代わりに、リクライニングチェアを傾けながらいびきを響かせている目の前の人物へ声を掛ける。
「んがっ……、んん?……おおっ、お疲れ! 悪いね急に呼んじゃって。現場は平気?」
「はい、先輩が引き継いでくれてるんで大丈夫ですよ」
交わしながら、1本の缶コーヒーを渡された。
気にせず呑 け、とのジェスチャーを受けたので甘えておく。
「ありがとうございます。……それで、何かあったんですか?」
「うん、昇進おめでとう」
口に含んだコーヒーを吹き出しそうになった。
「っっ……え? しょ、昇進?」
「そう。今回任せてある仕事もそうだけど、今まで良く頑張ってくれたからね。等級アップという形で、労わせてよ」
社長がそう言うと同時に、後ろで別の作業をしていた先輩達が拍手を送ってくれる。
「あ、ありがとうございます……っっ」
あまりに突然な事でまだ受け止めきれていない部分もあるが、まずは社長と先輩達へ頭を下げた。
「今回はそれの呼び出しって事だったんですね、……評価頂きありがとうございます。今後もより貢献出来る様、励んで参ります」
改めて頭を下げると、社長も深く頷きこちらへ向き直った。
「うん、頼むね。で、今回呼んだのはこ れ もそうなんだけど。もう一点、伝えたい事があってね」
「伝えたい事?」
「うちに今、ひとつデカめの案件が依頼されてる。……それに、代表として出向く気は無い?」
少しだけ。
ほんの少しではあるが、そう言う社長の目の色が変わった気がする。
……何とも人が悪い。
「──是非、やらせて下さい」
実際、大きな仕事を託されるというのは悪い気はしない。
……断れるはずもなかった。
「ありがとう。もう任せてもいいんじゃないかと思ったからさ、助かるよ」
「いえ、こちらこそ。期待に応えられるよう尽力します」
互いに握手を交わす。
「ん、じゃあ詳細は追って伝えるから待っててね。今任せてある仕事もとりあえず終わらせなきゃだしね。……とりあえず、先方に挨拶しといてもらっていいかな」
「了解です」
言われ、相手方の電話番号の書かれた紙を渡される。
自分のデスクの固定電話を使いその先へ繋げた。
……数コールであちらとの交信は始まる。
社長からの話を伺った事、自分が担当させてもらう事を伝え。
「じゃあ改めて名前を聞いてもいいかな?」
と、ひとつの疑問を当てられる。
問われた内容に対し少しだけ言葉に詰まった。
名 を 名 乗 る 事自体が久々でもあったし……
「はい、龍宮 と申します。よろしくお願い致します」
──俺は、この名前にまだ馴 染 め て い な い のだと思う。
────────────
──────
──
※龍宮
作者:梨乃実様
煩わしさよりも疑問が先に過る。
音の所在は、自身の頭の中にあったからだ。
『……ノイズ?』
例えるならば、
思考を巡らせると同時に、別の聞き慣れた声が頭上から響いた。
……
「おーーい!! そろそろ休憩だーーっっ!! メシにしよう!!!!」
「──了解でーす!」
凡そ10メートル程はあるだろうか。
射す太陽の光に瞼を抵抗させながら、その場所を仰ぎ見て返答する。
単管で組まれた仮設の足場。
先輩でもあり上司でもある彼は、綱渡りにも近い構造をしたそこを器用にひょいひょいと渡りながら、こちらへ降りてくる。
「っと、一旦周りにビスやらワッシャーやら落ちてないか確認しとけよー。先行ってるわ」
「わかりましたー」
言いながら、頭に巻いたタオルを豪快に解き停めてあるトラックの方へ向かって行く。
その背中を見送りながら、受けた指示を全うする為俺も歩き出した。
『……暑いな』
額、背中……いや。
全身を伝う汗が、否が応にも自身の主張を裏付けていた。
その事象を成す一端を担っている
まるで精巧なペンキを施した様なアクアブルーに染められた一面に、食らいつきたくなる雲の群衆。
煌々と熱を射る太陽を尻目に一筋、二筋と引かれた飛行機雲は。
……なぜか目を惹かれる存在感があった。
人々が【空】と形容するそこは。
慌しく過ぎる一日の始まりもとりあえずの節目を迎え、光が際立つ日盛りの刻を迎えていた。
俺は、この情景が嫌いではない。
……たが、【空】という呼び名には違和感を覚えたままだ。
きっとそれは──
「……あ」
過ぎる思考は拭われ、【空】から眼前へ視線を戻した。
『危ない危ない、本当に落ちていた……』
『ちゃんと確認してから戻るか』
心の中で締め直し。
掌の上で小さなネジを弄びながら、ゆっくりと足を踏み進めていった。
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「ほんふぉひほひほほもふぁっほへもはふいへひふぁふぁー」
「何言ってるかわからないです」
空調を効かせた車内で互いに昼食を摂る。
【夏こそがっつり!特盛りチキンカツ弁当】を頬張っている先輩は、俺の返しにふんっと鼻を鳴らしながら冷茶を以て口内を開通させた。
「そこはフィーリングをこう、さ。いや、今回の仕事もやっと目処が付いてきたなーって言ったのよ」
「勉強不足でした。……そうですね、手の掛かる工程は今日の午前中までで何とかしましたし。後はゆっくりでも大丈夫そうですよね」
言いながら、車窓を通して先程の場所を覗く。
外部からの委託により請け負った付帯工事は、大体の峠を超えた状態にある。
今回の仕事は、寂れたモールの一部改築に伴う水と電気の引き込みがメインだった。
「だな。これが終わったらちょっと長めに休みもらおうかなーっと。……やべ、タバコ切らした。わりぃ一本もらえる?」
「自分もそうさせてもらおうかなと思ってます。どうぞ」
俺も手にしていたコンビニのおにぎりを平らげ、互いに食事を終える。
くしゃくしゃになったソフトケースから煙草を一本取り出して渡し、もう一本を自分で咥えた。
「ああん火もどっかいった! すいやせん貸して下さい……」
「どうぞ」
嘆く声を宥めるようにライターを差し出す。
「サンキューっ」
そのまま嬉々として、着火をし始めようとしていた時。
彼のポケットから振動音が鳴り響いた。
「あれっ、誰だタイミング悪い……げっ! 社長からだ」
振動の元を取り出しながらそう言う。
空調を少し弱め、極力物音を立てないように備えた。
「もしもーしっ、はい! お疲れ様でーす。……はい……はい。えーっとですねー……」
応対を繰り返す先輩は、何かの確認でも求められたのかそのままドアを開けて仕事場の方へ歩いて行く。
……車内は一気に閑散を迎えた。
『このまま一服して待ってるか……』
午前の業務で多少疲労もある、許された時間は体力回復に努めておこう。
そう心に言い聞かせ、咥えたままになっていた煙草に命を吹き込もうとしたところで……気付く。
『……火が無い』
どうやら、俺が渡したライターを持ったまま出ていってしまったらしい。
……参った。
外の先輩を見ると、施行中の仕事場に向かって指を差しあれこれとやりとりを繰り返している様子が伺える。
……すぐに終わりそうな気配は無い。
『仕方ない……』
ひとつの発起を胸に抱きながら、
件の先輩は、ちょうどこちらへ背を向けている状態であった。
……ならば大丈夫か、と。
人差し指を煙草の先端に添えた。
自身の周りに存在する微量な
象るモノを指先へ集中し、具現。
呼応する事象は小さな
光を灯した煙草を一口吸い、次いで吐く息と同時に指先の火を吹き消す。
「ふう……」
漂う紫煙を纏いながら、先輩の戻りを待った。
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「悪い悪い、今終わったわ」
鼻の頭をぽりぽりと掻き、苦笑いを浮かべながら車内へ戻る先輩。
「結構長引いてましたね、何か仕事内容の変更でもありましたか?」
言いながら、煙草をもう一本差し出す。
「サンキュー。いや、そっちは大丈夫だよ。このまま予定通りで良いってさ」
受け取った物を慣れた手つきで着火させながらそう返してきた。
「お前さ、今日早めに上がっていいから一旦会社戻りな」
俺の疑問に先んじて応じる様に返答が戻る。
……その内容は、意外なものであった。
「今日?それは全然構いませんけど。……え、社長からですか?」
「そゆこと。いやー、呼び出しとは怖い怖い。何やらかしたのやら……」
にひひと笑いを浮かべながら、こちらを覗く。
「お、思い当たる節が特に無いんですけど……」
「はははっ、大丈夫大丈夫。お叱りのアレじゃないよ。……ま、良く頑張ったなってこったよ」
「え……?りょ、了解です」
今ひとつ要点を得ないまま、合意を唱えた。
────────────
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休憩後、言い付け通りキリの良いところまでで俺のみ仕事を切り上げる。
どうせ近場に泊まってるから歩きで平気だと、先輩の厚意に甘えそのまま移動にトラックを使わせてもらった。
……運転中の車窓から差す光は、西から。
【空】は夕暮れの時を刻んでいた。
『……社長か。直に話すのは久々かもな』
外の景色に感化でもされたのか、少しだけ昔の事を思い出していた。
『
などと。
少しの巡らせる思いは別の要因に上書きされる。
……気付けば、目的地に到着していた。
『っと……』
慌ててシフトレバーを操作し、備え付けの駐車場を目指していく。
程なくトラックを停車させ、降り立つ。
……眼前に臨むのは、古めかしい小さな工務店だ。
ここが俺の勤め先でもあり──
──俺が
「お疲れ様でーす」
軋むスライドドアを開け放ちながら言う。
事務仕事をしている別の先輩達もそのまま挨拶を返し、迎え入れてくれた。
……そのまま、奥の社長席へ歩を進めていく。
「お疲れ様です、今戻りました。お呼びでしたか?」
ゴシップ雑誌をアイマスク代わりに、リクライニングチェアを傾けながらいびきを響かせている目の前の人物へ声を掛ける。
「んがっ……、んん?……おおっ、お疲れ! 悪いね急に呼んじゃって。現場は平気?」
「はい、先輩が引き継いでくれてるんで大丈夫ですよ」
交わしながら、1本の缶コーヒーを渡された。
気にせず
「ありがとうございます。……それで、何かあったんですか?」
「うん、昇進おめでとう」
口に含んだコーヒーを吹き出しそうになった。
「っっ……え? しょ、昇進?」
「そう。今回任せてある仕事もそうだけど、今まで良く頑張ってくれたからね。等級アップという形で、労わせてよ」
社長がそう言うと同時に、後ろで別の作業をしていた先輩達が拍手を送ってくれる。
「あ、ありがとうございます……っっ」
あまりに突然な事でまだ受け止めきれていない部分もあるが、まずは社長と先輩達へ頭を下げた。
「今回はそれの呼び出しって事だったんですね、……評価頂きありがとうございます。今後もより貢献出来る様、励んで参ります」
改めて頭を下げると、社長も深く頷きこちらへ向き直った。
「うん、頼むね。で、今回呼んだのは
「伝えたい事?」
「うちに今、ひとつデカめの案件が依頼されてる。……それに、代表として出向く気は無い?」
少しだけ。
ほんの少しではあるが、そう言う社長の目の色が変わった気がする。
……何とも人が悪い。
「──是非、やらせて下さい」
実際、大きな仕事を託されるというのは悪い気はしない。
……断れるはずもなかった。
「ありがとう。もう任せてもいいんじゃないかと思ったからさ、助かるよ」
「いえ、こちらこそ。期待に応えられるよう尽力します」
互いに握手を交わす。
「ん、じゃあ詳細は追って伝えるから待っててね。今任せてある仕事もとりあえず終わらせなきゃだしね。……とりあえず、先方に挨拶しといてもらっていいかな」
「了解です」
言われ、相手方の電話番号の書かれた紙を渡される。
自分のデスクの固定電話を使いその先へ繋げた。
……数コールであちらとの交信は始まる。
社長からの話を伺った事、自分が担当させてもらう事を伝え。
「じゃあ改めて名前を聞いてもいいかな?」
と、ひとつの疑問を当てられる。
問われた内容に対し少しだけ言葉に詰まった。
「はい、
──俺は、この名前にまだ
────────────
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※龍宮
作者:梨乃実様