【Lー⑩】ただの儀式でしかないのだから
文字数 7,196文字
一部とした臨みをこの場に広がる視界全てに浸透をさせ。
今を以て不要と化した喧騒は、音も無くその身を焦がしていく。
呼吸と共に落とし込んだ、このどうしようもない不和 に……私は──
──アイリ を、連れて行く事にした。
「……ぐッッ……は……!?」
武器を奪い、眼前に木剣を突き付け、降参を迫り、いよいよこの場を収束させようとしていた彼女は……
……私の言 葉 に一瞬だけ、その胸中へ隙を生じさせた。
──結果として、次いだ行動 は伴う。
「なっ……んですの今──」
「──ふっっ!!!!」
通 っ た はずの、その腹部を押さえながら。
……驚愕の表情を浮かべる彼女の漏らした言葉は途中で遮断され。
──私は、伸ばした掌をそのまま握り彼女の召し物 を掴み込む。
その手を、思い切り横 へ。
「あ────ッッ!?」
彼女の視界はきっと、私の手へ追従する様にぐるりと回転を伴い……軽やかに根を張っていたはずの両足はぐらつき──
──同時に、その足を払う。
支えを失った彼女の体は、その場でふわりと宙を舞い。
「────せぁぁぁ!!!!!!」
そして無防備となったその鳩尾へ、私は右の足刀 をねじ込んだ。
逃 が す 先 を伴わぬ衝撃は、彼女を後方へと投げ出させる。
……何度か舞台を転げた後、アイリは片膝を着きながら体勢を立て直しこちらを見据えた。
「…………っっあ……く……ッッ!! こ、んの……っっ!!!!」
恐らくまだ呼吸もままなっていないはず。
人として強制された駆動を試みる為、強引に肩を上下させながら……それでも、彼女はその視線の鋭さを損なわせはしない。
むしろそれは、先程までとは違う光を帯び始めていくのだった。
……わかるよ、アイリ。
こう、直接、手足でやられると。
痛いよりも、ムカつくんだよね。
「──っっだあああぁぁぁああ!!!!」
彼女が持つ煌びやかさや優雅さとは全く掛け離れた……本能の怒号を撒き散らしながら、アイリはこちらへ翔ぶ。
対し、私は地につけた足を広げ……再び構えた。
「……おいで」
──受け止めてあげる、全部。
「だッッ──!!!!」
もはや完全に神速を取り戻した彼女の一閃。
そんな大層なモノ──ただ意識を改めた程度で見切れるほど、甘くはない。
「ん、ぐ……っっ!!」
だからそれは易々と私に被弾するし、伴う衝撃と熱は待ったをかけずにこの身を襲い尽くす。
──だ が そ れ だ け だ
「えっ──ぁ──!?」
木剣を振るったまま伸ばされたその腕を掴むと共にこちらへ引っ張る。
それを追い掛けるようにして私に迫る事を強要された彼女は、大きく目を見開いたまま──
その脳天に、私は頭を重ねた。
「────いッッ──!?」
「っった……」
がちん、と互いの眼球に火花を散らす。
反動を付けた頭突きはもちろん私にも響くが……それ以上に彼女の不意に触れたのか、瞳を泳がせながら木剣を持ったままの手で頭を庇う様が見て取れた。
────脇が空く。
「でやあぁぁぁ!!!!」
その焦点に臨ませる私の駆動は、自らの回転を伴い後ろ蹴りを成す。
中段を着地点に発射させたそれは、確実に彼女へと届かせんとして──
「閃熱光射出 !!!!!!」
──私の軌跡を、その声が遮る。
自身を庇わぬ残された片手で下 を指しながら……彼女は、体現をそのまま果たした。
打ち付けられる光源とむせ返る熱気、そして轟音を伴う衝撃は眼前で爆ぜ、私は蹴り出した脚を自身の跳躍へシフトさせた。
そのまま、後方へ。
……彼女のヤマトは舞台を抉り、その結果は粉塵と併せまるで煙幕の様にその場へ広がる事で主張を進める。
彼女の姿が見えな──
「────ッッ!!!!!!」
ほんの一瞬。
ほんの一瞬、ちり、と頭上から言い知れぬ圧迫感を覚えた。
だけど私が今知覚できたのはそ れ だけ。
──左肩に強烈な鈍痛を感じたのは、その後だった。
「はぁぁああああああ!!!!」
次いで耳を打つのは彼女の声。
着 地 を為したまま踏み込むその姿が真横に映る。
その気概と咆哮に確固たる意思を叩き付けようとしていた。
──頭上から振り下ろされた
──腕、上がらない
──左、利き腕ではない
──痛み、忘れろ
──目を逸らすな
──迫っている、剣
──私に出来る事
──今、出来る事
──やれ
──すぐ、やれ
「──うッッ……ぎ……ぃ……!!」
「…………なっ……!?」
私の答えは決まり、その所作を表す。
対し、自分の思惑の完全な外といった具合の表情を呈す彼女は……僅かにその動きを硬直させる。
──私は先 程 木 剣 を 打 ち 下 ろ さ れ 使 い 物 に な ら な く な っ た 左 腕 を 防 御 に 宛 て た 。
「──く──ぁ──ッッ」
歯を食いしばっていないと意識が飛びそうになる。目を見開いていないと景色が歪みそうになる。
振りかぶられた生き様は私の腕へ深く刻み込まれ、その応は瞬く間に頭からつま先を縦横無尽に駆け巡る。
……構うものか。
使えなかったモノが運良くもう一手儲けただけ。だとすれば、今私が急く事は──
「……っっせあぁぁぁぁああ!!!!!!」
再度、軋む腕を無視しながら自らをぐるりと回転、及び反動を思い切り乗せ。
──私の後ろ蹴りは、アイリの胸元へ着弾した。
「──がッッ────!?」
その呻きと共に手 応えは確実に響き。
ざん、ざん、と舞台を擦りながら、彼女は営力に従い向かいへ遠のいていく。
「……っっは……あ……ッッ」
そこでようやく、落とし込んだ呼吸は還る。
振り上げた脚を戻し鳴りを止めない左腕を押さえながら……彼女を、視界に収め続けた。
「ファ──ぐっっ……!! ッッ閃熱光射出 ……!!!!」
最終的にうつ伏せの形で止まったアイリは、その体勢のまま顔と掌だけをこちらに向けそう叫ぶ。
放たれる熱源は私の頬を僅かに掠め──それを自身が立ち上がる時間へとあて、すぐさま彼女はこちらへ駆けた。
「──ぁぁぁああああああ!!!!」
「────ッッ!!」
その圧は瞬きを待たず眼前へ割り込む。
言う事を聞かない左腕はだらりとぶら下がり──そのまま捨て置く。
残された右を構え、両脚を広げ、再び沈めた呼吸は私の口からふっと漏れ出た。
そしてアイリが振るったのは、木剣ではなかった。
……その手 。
大きく開いた手を振りかざした彼女へ、獲物の所動に注視していた私はまんまとその進入を許してしまう。
「んんッッ──!?」
ぱあん、という音と同時に耳鳴りが走る。
すぐさまびりびりと頬が悲鳴を上げ……叩 かれた事を理解──
──したと同時に、彼女は私の懐へ肩から突っ込んできた。
「だぁぁぁああッッ!!!!」
そのまま下段に構えた木剣を、咆哮と共に零距離で斬り上げようとし──
──私は後退と跳躍、そして上体の回転を同時に行う。
左腕を始めとした全ての肢体がぎしぎしと唸りを上げるが……無視。
無視、しなければ次の瞬間伏せるのは私だ。
「──せぇぇあああッッ!!!!」
上体の切り返しと共に生まれた下半身の捻りは加速を生じさせ、脚へと加算させる。
……飛び後ろ回し蹴りとして成った私の所作は、その空間へ放たれ──
──ずばあん、と。
豪速球を受け止めたミットの様な、空気がしなる音がその場に響く。……彼女の木剣と私の足裏が合致し、刹那の均衡を為していた。
──私は着地と同時に前へ踏み込む────!!
「────ッッ!?」
「──ふっ──!!」
一瞬だけ、アイリの反応が遅れる。
その隙に私は呼吸 を終え……左脚を前へ、右脚の踏み込みをさらに強く、左手は心で構え、右手に全霊を集中させた。
「──うああぁぁぁああああ!!!!」
「──せああぁぁぁああああ!!!!」
アイリもそこで、ついに木剣を振りかぶる。
そして私が発射を命じた正拳突き はその鳩尾を定め、意を貫く体現と化す──!!!!
「………………」
「………………」
みし、と。
音にもならない音が、その場に響いた様な気がした。
たぶんそれは、彼女も同じ。
「ぐッッ……ぁは……あ……!!」
「ん……っっ……うッッ……!!」
私の右手は彼女の鳩尾へ。
彼女の獲物は私の右脇腹へ。
それぞれが、確実な着弾を成していた。
……今すぐその場に転がり回りたい、膝を折って蹲りたい、声を張り上げて少しでも気を紛らわせたい。
そんな欲求が頭の中を駆け巡るが……見据えた彼女の瞳には、まだ光を伴う鋭利が確実に残されていたから……それを飲み込む。
代わりに、後ろに飛び退く事だけを選択。
彼女も示し合わせたかのように動作を同じくした。
「はっっ……ぐ……はぁ……はぁ……っっ」
「……ふ……ぅ……っっ……は……ふぅ……っっ」
交わす視線だけは外さないまま、互いが大きく乱した呼吸を整える。
その間にも次 を模索し続け……いや、もはやそれすらも今は必要無い。今この場で私達が求めるモノは予め用意された小綺麗な工程なんかじゃない。
──舞台に臨む互いの筋には、敷かれた交差と練度という名の経験だけが発言を許される。
「……いきますわよ」
「……うん」
そして、火蓋はここに敷かれ。
私達は再度その場を踏み込もうとして──
「────アイリィィイ!!!!」
その足を、ひとつの叫びが止めた。
耳に打たれた声は、確かつい先程も……
「……はい、お母様」
……彼女がそこで、私から視線を外す。
呟いた言葉はやはりと言うべきか…… 相変わらず、いつの間にそこにいたのか。アイリが瞳を向けた先には、彼女の母親の姿が場外にあった。
…………怒髪天を衝くと言わんばかりの表情を、その顔に貼り付けて。
「一体あなたは何をしているの!? 追い詰めたかと思えばこんな……こんな野蛮な、粗野で無作法なやり取りに興じて……どれだけ恥を晒せば気が済むの!!!!」
「…………申し訳、ありません」
「謝れば済むという話じゃないわよ!! ……いいこと、ここで見ててあげるからさっさとあ の ヤマトで決着を付けなさい!! それがせめてもの、この場を収める事の出来る最善手よ。……終わったら、またイチから教育し直しよ!! 覚悟なさい!!!!」
「…………畏まりました」
それだけを宣うと……彼女の母親はその場を下がり、腕組みをしながら舞台を収める。
「……だってさ」
「……ですわね」
再び視線を交わした私達は……ある意味。
そ れ で、少しだけ緊張が解けたような気がしたのかもしれない。
「ケンカ はここまで、かな」
「…………私 とした事が、つい意地になってしまいましたわ。貴女のせいでしてよ」
言いながら、彼女は木剣を一度腰に添え直す。
乱れた髪を僅かに整え……ほんの少しの笑顔と共に、私へ再度視線を向けた。
「……やっぱり、そ う だったんだね」
先程までのやり取りの中、彼女はついに私へヤマト を直 接 ぶつける事はしなかった。
……それだけではなく他にも、もっとアイリには上手いやり方が沢山あったはずなのに。
「今言ったでしょう、貴女のせいでしてよ。 ……そもそも、そのつもりだったくせに」
「ばれてたんだ」
彼女の言う通り、私がそ う い う やり取りを誘った事は否定しない。
「……白状します。スッキリしましたわ」
「それは良かった。でもどうして、ヤマトをもっと使わなかったの?」
……その私の問いに、彼女は少しだけ目を伏せながら答えた。
「──ヤマトを駆使し続ける事が強 さ と言っていいのか……私 には、わかりかねます」
「……だから、敢えて体術を主軸に添えて私と?」
「はい。……ですが、甘い考えだったと改めさせられましたわ。結局、直接的ではないにしろ私 は二度も貴女のエスコートに無礼を働いた」
「そんな、無礼だなんて」
「いいえ、言わせて下さいませ」
そしてアイリは両手で裾を摘み、足を交差させながら深々と頭を下げる。
……その姿に、名家の出であるという事を一瞬で理解させるような佇まいを魅せ。
「──こ の やり取りに、私 がヤマト を弄せねばそこへ及ばぬ事へ、謝罪を。そして、リコリス様がこ の やり取りをして下さる事へ……心から感謝を」
その言葉を私へ紡ぐ。
……なんとなく、それだけで。
私がこの場に立っている事の理由が象られた様な気がして……嬉しかった。
「……こちらこそ。楽しかったよ」
「…………私 と本気で戦って 下さった方なんて、初めてでしてよ」
「わりといると思うよ、紹介しよっか」
「……ふふ、あははっ。それはぜひ…………よしなに」
「うん。じゃあ、あとでね」
──はい、と。
アイリが私に返したところで、また場外から声が響いた。
もはや慣れてしまった彼女の母親の怒号が再び互いの耳を切り付ける。
いつまで無駄口を叩いているのか、大衆の面前で何をしているのか、まだ恥の上塗りをするのか、さっさと終わらせろ。
どこの下女 かもわからぬ輩と、これ以上関わるな──
と、その言葉を私 に呈したところで……
────アイリの表情が変わる。
「お黙りになって下さいませ」
凛、と鳴る旋律は舞台の全てを支配するような錯覚さえ感じる。
「──私 の友人と定めたお方でしてよ、邪魔しないで」
吐き捨てる、とする言葉は相応しくない。
真を心 に捉えた佇まいと裏付けされた信念は、きっと──
「──勇者、なんだね」
「なんのことですの」
まだ場外できいきいと何かが唸っているが……もう、今の私達には何も聞こえないだろう。
「勇者って呼ばれるの、やっぱり嫌?」
「……リコリス様でしたら、さほど」
「そっか」
「ええ」
そして互いに少しずつ渦巻くのは……鋭さを伴った緊張感で。
どんな紆余湾曲を経ようとも、やはり。
──私達は、決を付けなくてはいけない。
「ね、アイリ」
「なんですの」
「あ の ヤマトってやつ……見せてよ」
「……ん」
それは、先程の彼女達親子の間で交わされたモノのひとつ。
「とっておき……なんだよね、きっと」
「……それは……ええ。でも」
「ヤマトに対しての思いは、わかるよ。……今それをするのは、アイリの強さに関するこだわりとは反する事なのかもしれない」
「…………」
口をつぐむ彼女は、真っ直ぐにこちらを見据える。
私は……それを受け止める、決めた事だから。
「だから、これはただのお願い。私に見せて欲しいんだ、あなたの積み上げてきた結晶を。……それが強さに繋がるかどうかは、これから次第なんじゃないかなって思うよ。アイリなら、きっと出来るよ」
「…………リコリス様」
少しだけ眉を潜めた彼女は。
僅かにかぶりを振るう仕草と、目元を拭う様を観せた後……
…………こちらへ、今日一番の鋭さを伴った視線を投げかけるのであった。
「──私 にこ れ を使わせる事……後悔しないで下さいませ」
「うん……わかった」
そう言いながら、彼女はちょうど足下に転がっていた私の木刀をこちらへ放る。
……優しくトスされたそれを私は受け取り、片手で構えた。
「いきますわよ……!!!!」
「いつでも……っっ!!」
──その言葉が、合図。
瞬間的にアイリの周辺からばちばちと響く音は紫電を纏い、電撃の糸として彼女の周りを走り続ける。
眼前に掲げた木剣へ収束していくそれらはひとつの光り輝く閃光を成す。
私の足下にまで地響きが届く。
アイリに練られたマナはきっと、彼女の強さを示すのだろう。
──私も、今持ち得る全力を以て迎える。
イメージは、容易い。
一度、使っている。
角度、射出、方向……それらの修正だけ。
求めろ、刻め、掴め、詰めろ
造作もない、造作もないと思い込め
私の求めた筋は通すには容易い、容易い、貫け
「──ッッ────!!!!」
がりがりと脳内がノイズを軋ませる。
ヤマト を象る前兆は確かにこの身を照らし続け。
──私は、目の前にや ぐ ら 組み立てる。
大砲とも言えるその佇まいは……下から上ではなく、こ ち ら か ら あ ち ら へその砲口を向けた。
「──ああああああぁぁぁああああ!!!!!!」
矛先に居るアイリが叫ぶ。
いよいよ成りつつあるあちらのヤマトは……その閃光を剣 の姿に変化させ、彼女の周りに一本、また一本と顕現 していく。
浮かぶ剣のひとつひとつに眩い光がコーティングされ、同時にスパークを伴う青白い電気が纏われていた。
「──こ、これぞ……ッッかつて古 の龍族にのみ遣う事が許された、最強の、ヤマト、ですわ……っっ!!!!」
その数が十を超えたところで、彼女は私にそう言う。
……こちらも準 備 が整った。
木刀を前方に向け、アイリへ綴る。
「──これはね、私の文化祭の思い出……っっ!!」
──そして一瞬、全ての音が止む。
だけどそれは一瞬だけ。
たぶん、これから放つ互いの意志の為の……一呼吸。
その分だけ、この場は静寂を選び────
「────ッッ雷神剣射出 !!!!!!」
「──キャンプファイヤぁぁぁあああ!!!!!!」
轟音、爆音、暴音、騒音。
あらゆる音が混じり合い、そして一線の光源が互いを結ぶように繋がる。
瞬間的に混じり合う互いのヤマトは相手を食らい尽くさんとして咆哮を続け。
その衝撃に私達の声はかき消されていく。
ただただ、目の前の光に自らの生き様と調べを乗せ続ける事のみを道理とし。
そこに紛いを生じさせるモノは何も無く、純粋な、正面からの、単純な、むしろ穏やかさを覚えさせるようなこの営みで。
──アイリの雷を伴った幾本もの剣と、私の圧力を伴った火柱は……やがて四散する。
「…………ッッ」
舞い散る硝煙とも言える幕は、徐々にその視界をクリアにさせていく。
がつん、と木刀を舞台に突き立てた。
……いや、それに体重を預けていないと、もはや立っていられない。
──次の瞬間にもし彼女が眼前に現れようものなら……私にはもう、抗う力は残されていないだろう。
「は……っっ……あ……!!」
なんとか呼吸のみを駆動させ、幕が完全に開けるのをそのまま見定める。
……そして。
晴れた舞台の先に臨むのは……ヤマトを放ったその場で倒れているアイリの姿。
──勝者、リコリス。
私の意識は、その音と共に途切れるのだった──
今を以て不要と化した喧騒は、音も無くその身を焦がしていく。
呼吸と共に落とし込んだ、このどうしようもない
──
「……ぐッッ……は……!?」
武器を奪い、眼前に木剣を突き付け、降参を迫り、いよいよこの場を収束させようとしていた彼女は……
……私の
──結果として、次いだ
「なっ……んですの今──」
「──ふっっ!!!!」
……驚愕の表情を浮かべる彼女の漏らした言葉は途中で遮断され。
──私は、伸ばした掌をそのまま握り彼女の
その手を、思い切り
「あ────ッッ!?」
彼女の視界はきっと、私の手へ追従する様にぐるりと回転を伴い……軽やかに根を張っていたはずの両足はぐらつき──
──同時に、その足を払う。
支えを失った彼女の体は、その場でふわりと宙を舞い。
「────せぁぁぁ!!!!!!」
そして無防備となったその鳩尾へ、私は右の
……何度か舞台を転げた後、アイリは片膝を着きながら体勢を立て直しこちらを見据えた。
「…………っっあ……く……ッッ!! こ、んの……っっ!!!!」
恐らくまだ呼吸もままなっていないはず。
人として強制された駆動を試みる為、強引に肩を上下させながら……それでも、彼女はその視線の鋭さを損なわせはしない。
むしろそれは、先程までとは違う光を帯び始めていくのだった。
……わかるよ、アイリ。
こう、直接、手足でやられると。
痛いよりも、ムカつくんだよね。
「──っっだあああぁぁぁああ!!!!」
彼女が持つ煌びやかさや優雅さとは全く掛け離れた……本能の怒号を撒き散らしながら、アイリはこちらへ翔ぶ。
対し、私は地につけた足を広げ……再び構えた。
「……おいで」
──受け止めてあげる、全部。
「だッッ──!!!!」
もはや完全に神速を取り戻した彼女の一閃。
そんな大層なモノ──ただ意識を改めた程度で見切れるほど、甘くはない。
「ん、ぐ……っっ!!」
だからそれは易々と私に被弾するし、伴う衝撃と熱は待ったをかけずにこの身を襲い尽くす。
──
「えっ──ぁ──!?」
木剣を振るったまま伸ばされたその腕を掴むと共にこちらへ引っ張る。
それを追い掛けるようにして私に迫る事を強要された彼女は、大きく目を見開いたまま──
その脳天に、私は頭を重ねた。
「────いッッ──!?」
「っった……」
がちん、と互いの眼球に火花を散らす。
反動を付けた頭突きはもちろん私にも響くが……それ以上に彼女の不意に触れたのか、瞳を泳がせながら木剣を持ったままの手で頭を庇う様が見て取れた。
────脇が空く。
「でやあぁぁぁ!!!!」
その焦点に臨ませる私の駆動は、自らの回転を伴い後ろ蹴りを成す。
中段を着地点に発射させたそれは、確実に彼女へと届かせんとして──
「
──私の軌跡を、その声が遮る。
自身を庇わぬ残された片手で
打ち付けられる光源とむせ返る熱気、そして轟音を伴う衝撃は眼前で爆ぜ、私は蹴り出した脚を自身の跳躍へシフトさせた。
そのまま、後方へ。
……彼女のヤマトは舞台を抉り、その結果は粉塵と併せまるで煙幕の様にその場へ広がる事で主張を進める。
彼女の姿が見えな──
「────ッッ!!!!!!」
ほんの一瞬。
ほんの一瞬、ちり、と頭上から言い知れぬ圧迫感を覚えた。
だけど私が今知覚できたのは
──左肩に強烈な鈍痛を感じたのは、その後だった。
「はぁぁああああああ!!!!」
次いで耳を打つのは彼女の声。
その気概と咆哮に確固たる意思を叩き付けようとしていた。
──頭上から振り下ろされた
──腕、上がらない
──左、利き腕ではない
──痛み、忘れろ
──目を逸らすな
──迫っている、剣
──私に出来る事
──今、出来る事
──やれ
──すぐ、やれ
「──うッッ……ぎ……ぃ……!!」
「…………なっ……!?」
私の答えは決まり、その所作を表す。
対し、自分の思惑の完全な外といった具合の表情を呈す彼女は……僅かにその動きを硬直させる。
──私は
「──く──ぁ──ッッ」
歯を食いしばっていないと意識が飛びそうになる。目を見開いていないと景色が歪みそうになる。
振りかぶられた生き様は私の腕へ深く刻み込まれ、その応は瞬く間に頭からつま先を縦横無尽に駆け巡る。
……構うものか。
使えなかったモノが運良くもう一手儲けただけ。だとすれば、今私が急く事は──
「……っっせあぁぁぁぁああ!!!!!!」
再度、軋む腕を無視しながら自らをぐるりと回転、及び反動を思い切り乗せ。
──私の後ろ蹴りは、アイリの胸元へ着弾した。
「──がッッ────!?」
その呻きと共に
ざん、ざん、と舞台を擦りながら、彼女は営力に従い向かいへ遠のいていく。
「……っっは……あ……ッッ」
そこでようやく、落とし込んだ呼吸は還る。
振り上げた脚を戻し鳴りを止めない左腕を押さえながら……彼女を、視界に収め続けた。
「ファ──ぐっっ……!! ッッ
最終的にうつ伏せの形で止まったアイリは、その体勢のまま顔と掌だけをこちらに向けそう叫ぶ。
放たれる熱源は私の頬を僅かに掠め──それを自身が立ち上がる時間へとあて、すぐさま彼女はこちらへ駆けた。
「──ぁぁぁああああああ!!!!」
「────ッッ!!」
その圧は瞬きを待たず眼前へ割り込む。
言う事を聞かない左腕はだらりとぶら下がり──そのまま捨て置く。
残された右を構え、両脚を広げ、再び沈めた呼吸は私の口からふっと漏れ出た。
そしてアイリが振るったのは、木剣ではなかった。
……その
大きく開いた手を振りかざした彼女へ、獲物の所動に注視していた私はまんまとその進入を許してしまう。
「んんッッ──!?」
ぱあん、という音と同時に耳鳴りが走る。
すぐさまびりびりと頬が悲鳴を上げ……
──したと同時に、彼女は私の懐へ肩から突っ込んできた。
「だぁぁぁああッッ!!!!」
そのまま下段に構えた木剣を、咆哮と共に零距離で斬り上げようとし──
──私は後退と跳躍、そして上体の回転を同時に行う。
左腕を始めとした全ての肢体がぎしぎしと唸りを上げるが……無視。
無視、しなければ次の瞬間伏せるのは私だ。
「──せぇぇあああッッ!!!!」
上体の切り返しと共に生まれた下半身の捻りは加速を生じさせ、脚へと加算させる。
……飛び後ろ回し蹴りとして成った私の所作は、その空間へ放たれ──
──ずばあん、と。
豪速球を受け止めたミットの様な、空気がしなる音がその場に響く。……彼女の木剣と私の足裏が合致し、刹那の均衡を為していた。
──私は着地と同時に前へ踏み込む────!!
「────ッッ!?」
「──ふっ──!!」
一瞬だけ、アイリの反応が遅れる。
その隙に私は
「──うああぁぁぁああああ!!!!」
「──せああぁぁぁああああ!!!!」
アイリもそこで、ついに木剣を振りかぶる。
そして私が発射を命じた
「………………」
「………………」
みし、と。
音にもならない音が、その場に響いた様な気がした。
たぶんそれは、彼女も同じ。
「ぐッッ……ぁは……あ……!!」
「ん……っっ……うッッ……!!」
私の右手は彼女の鳩尾へ。
彼女の獲物は私の右脇腹へ。
それぞれが、確実な着弾を成していた。
……今すぐその場に転がり回りたい、膝を折って蹲りたい、声を張り上げて少しでも気を紛らわせたい。
そんな欲求が頭の中を駆け巡るが……見据えた彼女の瞳には、まだ光を伴う鋭利が確実に残されていたから……それを飲み込む。
代わりに、後ろに飛び退く事だけを選択。
彼女も示し合わせたかのように動作を同じくした。
「はっっ……ぐ……はぁ……はぁ……っっ」
「……ふ……ぅ……っっ……は……ふぅ……っっ」
交わす視線だけは外さないまま、互いが大きく乱した呼吸を整える。
その間にも
──舞台に臨む互いの筋には、敷かれた交差と練度という名の経験だけが発言を許される。
「……いきますわよ」
「……うん」
そして、火蓋はここに敷かれ。
私達は再度その場を踏み込もうとして──
「────アイリィィイ!!!!」
その足を、ひとつの叫びが止めた。
耳に打たれた声は、確かつい先程も……
「……はい、お母様」
……彼女がそこで、私から視線を外す。
呟いた言葉はやはりと言うべきか…… 相変わらず、いつの間にそこにいたのか。アイリが瞳を向けた先には、彼女の母親の姿が場外にあった。
…………怒髪天を衝くと言わんばかりの表情を、その顔に貼り付けて。
「一体あなたは何をしているの!? 追い詰めたかと思えばこんな……こんな野蛮な、粗野で無作法なやり取りに興じて……どれだけ恥を晒せば気が済むの!!!!」
「…………申し訳、ありません」
「謝れば済むという話じゃないわよ!! ……いいこと、ここで見ててあげるからさっさと
「…………畏まりました」
それだけを宣うと……彼女の母親はその場を下がり、腕組みをしながら舞台を収める。
「……だってさ」
「……ですわね」
再び視線を交わした私達は……ある意味。
「
「…………
言いながら、彼女は木剣を一度腰に添え直す。
乱れた髪を僅かに整え……ほんの少しの笑顔と共に、私へ再度視線を向けた。
「……やっぱり、
先程までのやり取りの中、彼女はついに私へ
……それだけではなく他にも、もっとアイリには上手いやり方が沢山あったはずなのに。
「今言ったでしょう、貴女のせいでしてよ。 ……そもそも、そのつもりだったくせに」
「ばれてたんだ」
彼女の言う通り、私が
「……白状します。スッキリしましたわ」
「それは良かった。でもどうして、ヤマトをもっと使わなかったの?」
……その私の問いに、彼女は少しだけ目を伏せながら答えた。
「──ヤマトを駆使し続ける事が
「……だから、敢えて体術を主軸に添えて私と?」
「はい。……ですが、甘い考えだったと改めさせられましたわ。結局、直接的ではないにしろ
「そんな、無礼だなんて」
「いいえ、言わせて下さいませ」
そしてアイリは両手で裾を摘み、足を交差させながら深々と頭を下げる。
……その姿に、名家の出であるという事を一瞬で理解させるような佇まいを魅せ。
「──
その言葉を私へ紡ぐ。
……なんとなく、それだけで。
私がこの場に立っている事の理由が象られた様な気がして……嬉しかった。
「……こちらこそ。楽しかったよ」
「…………
「わりといると思うよ、紹介しよっか」
「……ふふ、あははっ。それはぜひ…………よしなに」
「うん。じゃあ、あとでね」
──はい、と。
アイリが私に返したところで、また場外から声が響いた。
もはや慣れてしまった彼女の母親の怒号が再び互いの耳を切り付ける。
いつまで無駄口を叩いているのか、大衆の面前で何をしているのか、まだ恥の上塗りをするのか、さっさと終わらせろ。
どこの
と、その言葉を
────アイリの表情が変わる。
「お黙りになって下さいませ」
凛、と鳴る旋律は舞台の全てを支配するような錯覚さえ感じる。
「──
吐き捨てる、とする言葉は相応しくない。
真を
「──勇者、なんだね」
「なんのことですの」
まだ場外できいきいと何かが唸っているが……もう、今の私達には何も聞こえないだろう。
「勇者って呼ばれるの、やっぱり嫌?」
「……リコリス様でしたら、さほど」
「そっか」
「ええ」
そして互いに少しずつ渦巻くのは……鋭さを伴った緊張感で。
どんな紆余湾曲を経ようとも、やはり。
──私達は、決を付けなくてはいけない。
「ね、アイリ」
「なんですの」
「
「……ん」
それは、先程の彼女達親子の間で交わされたモノのひとつ。
「とっておき……なんだよね、きっと」
「……それは……ええ。でも」
「ヤマトに対しての思いは、わかるよ。……今それをするのは、アイリの強さに関するこだわりとは反する事なのかもしれない」
「…………」
口をつぐむ彼女は、真っ直ぐにこちらを見据える。
私は……それを受け止める、決めた事だから。
「だから、これはただのお願い。私に見せて欲しいんだ、あなたの積み上げてきた結晶を。……それが強さに繋がるかどうかは、これから次第なんじゃないかなって思うよ。アイリなら、きっと出来るよ」
「…………リコリス様」
少しだけ眉を潜めた彼女は。
僅かにかぶりを振るう仕草と、目元を拭う様を観せた後……
…………こちらへ、今日一番の鋭さを伴った視線を投げかけるのであった。
「──
「うん……わかった」
そう言いながら、彼女はちょうど足下に転がっていた私の木刀をこちらへ放る。
……優しくトスされたそれを私は受け取り、片手で構えた。
「いきますわよ……!!!!」
「いつでも……っっ!!」
──その言葉が、合図。
瞬間的にアイリの周辺からばちばちと響く音は紫電を纏い、電撃の糸として彼女の周りを走り続ける。
眼前に掲げた木剣へ収束していくそれらはひとつの光り輝く閃光を成す。
私の足下にまで地響きが届く。
アイリに練られたマナはきっと、彼女の強さを示すのだろう。
──私も、今持ち得る全力を以て迎える。
イメージは、容易い。
一度、使っている。
角度、射出、方向……それらの修正だけ。
求めろ、刻め、掴め、詰めろ
造作もない、造作もないと思い込め
私の求めた筋は通すには容易い、容易い、貫け
「──ッッ────!!!!」
がりがりと脳内がノイズを軋ませる。
──私は、目の前に
大砲とも言えるその佇まいは……下から上ではなく、
「──ああああああぁぁぁああああ!!!!!!」
矛先に居るアイリが叫ぶ。
いよいよ成りつつあるあちらのヤマトは……その閃光を
浮かぶ剣のひとつひとつに眩い光がコーティングされ、同時にスパークを伴う青白い電気が纏われていた。
「──こ、これぞ……ッッかつて
その数が十を超えたところで、彼女は私にそう言う。
……こちらも
木刀を前方に向け、アイリへ綴る。
「──これはね、私の文化祭の思い出……っっ!!」
──そして一瞬、全ての音が止む。
だけどそれは一瞬だけ。
たぶん、これから放つ互いの意志の為の……一呼吸。
その分だけ、この場は静寂を選び────
「────ッッ
「──キャンプファイヤぁぁぁあああ!!!!!!」
轟音、爆音、暴音、騒音。
あらゆる音が混じり合い、そして一線の光源が互いを結ぶように繋がる。
瞬間的に混じり合う互いのヤマトは相手を食らい尽くさんとして咆哮を続け。
その衝撃に私達の声はかき消されていく。
ただただ、目の前の光に自らの生き様と調べを乗せ続ける事のみを道理とし。
そこに紛いを生じさせるモノは何も無く、純粋な、正面からの、単純な、むしろ穏やかさを覚えさせるようなこの営みで。
──アイリの雷を伴った幾本もの剣と、私の圧力を伴った火柱は……やがて四散する。
「…………ッッ」
舞い散る硝煙とも言える幕は、徐々にその視界をクリアにさせていく。
がつん、と木刀を舞台に突き立てた。
……いや、それに体重を預けていないと、もはや立っていられない。
──次の瞬間にもし彼女が眼前に現れようものなら……私にはもう、抗う力は残されていないだろう。
「は……っっ……あ……!!」
なんとか呼吸のみを駆動させ、幕が完全に開けるのをそのまま見定める。
……そして。
晴れた舞台の先に臨むのは……ヤマトを放ったその場で倒れているアイリの姿。
──勝者、リコリス。
私の意識は、その音と共に途切れるのだった──