【Lー⑪】高温

文字数 5,229文字

「沙華」
「ん?」

「彼氏とか欲しかったりしませんか」
「え、なに急に。しかもなんで敬語」

「なんとなく」
「なんとなくか。……うーん、特に考えた事無いかな。真衣は?」

「私?」
「うん」

「私も別に」
「なにそれ」

「いや正直、周りで出来上がってらっしゃるのを見てるとどんなもんかって気にはなるけどさ」
「うん」

「いざこう、そんな感じになってるであろう自分を客観的に想像してみると」
「うん」

「ちょっと()()ね」
「なるほど」

「お子様って事なのかな」
「どうなんだろう。重きを置いてるトコが違うだけって気もするけど」

「あーね。まあでも、大多数が当たり前の様に()()()()()を受け入れてるのを見ると……自分大丈夫なのかな、とか。よくわからない不安に襲われたりする事もあるわけですよ(まる)
「……そっか、そうだね。言われてみれば」

「でもねー」
「うん」


()()()()、湧かないんだよね」
「湧かない……ね。私も」

「致し方なし案件」
「うん。焦ることないよ、無理してする事でもないだろうし」

「うん、そだね。……でも、なんやかんや沙華はさらっとイケメンこさえそう」
「イケメン? わーい」

「無表情やめろ?」
「いやだって。それ言ったら真衣も、今の考え覆るような超絶イケメンに会っちゃうかもしれないよ」

「その時はその時だね。しかし私は沙華みたいな()()もってないからなーおらおら、ぶら下げやがっておらおら」
「つつかないで、痛い。でも稽古してる時邪魔なんだよね」

「出たこれ、強者の愉悦」
「拝んでいいよ」

「学校着くまでは拝んどいてあげる。さすがですリコリスさんって」
「……え?」

「リコリスさん、リコリスさん」
「……真衣? どうしたの、真衣?」

「リコリスさん────」




────────────

──────

───




「────リコリスさん!!!!
「……ん、うん……?」

それはまるで掠れたフィルムの様に、延々と私をその場へ支配させていた。
瞼に差し込む光と耳に打ち入る声に遮断された映像は、眼前の顔……メイコちゃんに代わるのだった。

「ああああリコリスさあああんっっ!!!!
「おうっふ……ッッ」
前にもこんなのあったかも、なんて。
そんな事を頭に過ぎらせながら……私の懐へメイコちゃんは飛び込んでくる。

「痛くないですか!? 苦しくないですか!? もうっ、リコリスさんはいっっつも!! もうっ!!
「ちょ、ちょっと痛いかも。……うん、ごめんね。心配かけちゃったね」

彼女の微笑ましい抗議に、私は頭を撫で返す。
……その間にようやく、淀んだ脳内がクリアになってくる。

()()との戦いが決した後……たぶん。
そこで事切れたのだろうか、気付けば私が背を預けていたのは見知らぬベッドの上で、周りには同じ様に横になる人々が散見された。
……この城の中の医務室、といったところだろうか。

「はっ……あまり声を上げては迷惑ですね、失礼しました。そしてリコリスさんもっと撫でて下さい」
「ふふ、はいはい。わかっ……ッッ──」
その可愛らしい要望に応えようと差し出していた左腕に少しだけ力を込めると、まるで電撃が走ったかの様な痛みを覚えた。

「リ、リコリスさん……っっ?」
「んっ…………平気……」

思わず庇ったそれは、先程使い物にならなくなったモノ。
……打ち付けられた衝撃はやはり、そう簡単に拭えるものではなかったという事か。

「そんな汗だくで強がらないで下さいっ、待って下さいそっちの手ですね……んん……自己治癒力促進(ヒーリング)……ッッ!!
メイコちゃんがその言葉を紡ぐと、彼女の掌を通して光を伴った熱が私へ通る。
仄かに伝わるヤマトは、この腕へ確かな旋律を施し……

「んぐっ……く……う……ッッ」
その音に、彼女の呻きが混ざった。

「メ、メイコちゃん? 大丈夫……?」
「だっ……大丈夫、です。全然。傷が深……リコリスさんの名誉の負傷に、反動がちょっぴり、ほんのちょっぴり大きいかなーくらいのアレなだけです」

「だ、だめだよそんなの。メイコちゃん無理しないでっ」
「いやです。続けますよ……ッッ」

「メイコちゃんっ」
「いやですっ」

こういったヤマトを使用する際に()()なるものが存在する事自体、私には及びが付かなかったが。
尚もそれを行使し続ける彼女へ、私は歯止めをかけ続ける。

「だめっ」
「やっ」

もはやそのやり取りが駄々のこね合いに成り下がり始めたところで。

──ばたん、と。

視線の先にあった、この部屋の出入口であろう両開きの扉が音を立てて開かれた。
そしてそこから現れた人物は、つかつかと足音を散らしながら私達の方へと向かってくる。


「……自己治癒力促進(ヒーリング)のヤマトを使用する際は、対象の負荷に関わらず術者の確実な安全の為多人数で施すのがセオリーですわ」

その言葉を呟きながら、現れた()()はメイコちゃんの横に立つ。


「あっ、貴女は……」
「今はまず、リコリス様の処置を。いきますわよ」

「は、はいっ」
「せーのっ」


──そして、()()()()に放たれたヤマトは、さらなる光を携えて私を包み込む。
帯び始める淡い熱量は傷んだ身体を優しく吹き抜け、みるみるうちに快復を感じさせる程であった。


「…………ありがとう、アイリ」
「……いいってこと、でしてよ」




────────────

──────

───




一度、右肩をぐるりと回してみる。
その駆動にほとんど違和感を覚える事はなく、彼女達が紡いだものは私に確かな祝福をもたらした。

「本当にありがとう、ふたりとも。おかげですごい元気」
「……まだ横になってて下さいませ、(わたくし)の打ち込みはそんなに甘くないですわよ?」
ふふん、と鼻を鳴らし。
アイリはそう言いながら、少し乱れた毛布をかけ直してくれる。

「ふふ、そうだね。仰る通りです。じゃあもう少しだけ」
「それがよろしいかと」

「アイリはもう平気なの? ……一応、私も甘くしたつもりは無いんだけど」
「……全く甘くありませんでしたわね。でもお構いなく、自分で処理しましたので」
そう言いながら、彼女は掌に先程私へ向けた光を灯らせる。
つい今しがた多人数で、と言っていたのに……その辺りはさすがというところか。

「……そっか、なるほど。じゃあ私は大人しくしてるよ」
「懸命です。まだリコリス様の次の試合まで()()()()()でしょうし」

……試合。
ちょっとした充足すら覚えつつあった自分に、その単語は少し新鮮に思えた。
私はまだ、目的の為に舞台へと据えなくてはいけないのだ。

「そう、だね。……そういえば、今どんな状況なのかな?」
「ああ、それが。実は──」

「──はいリコリスさん! あーん!!

私の問いに応えようとしていたアイリを、今の今まで大人しかったメイコちゃんが割り込む。
その手には…………一口サイズと言うには少しだけ大きめにカットされた、リンゴ? と思わしき果物が伸びていた。

「わ、メイコちゃん。それ私に?」
「はいっ、どうぞーっ」
ずいっと差し出される彼女の誠意に、私は釣られる様に口元を持っていこうとする。


「──切り方がなっていませんわ」

それを、稲妻の如き疾さでシャットアウトする彼女の手には……脇にあった果物ナイフが握られていた。
気付くと同時にメイコちゃんの差し出していた果物は、その実を文字通り刻まれていたのだった。


「なっ…………アイリさん、どういう事ですか」
「リコリス様の口内の許容量を鑑みて下さいませ。対し、今貴女がカットされたコレのなんと大きいこと」

「きょ、許容量……ッッ!? そんなのわかるわけ──」
「──わかりますわ。先程の私達の逢瀬はそれを為すには充分過ぎました」

「ええ……!? なんですかそれ、私には真剣勝負にしか見えませんでした!?
「真剣でしたとも、互いの生き様をこれでもかとぶつけ合いましたわ」

「あーなんかちょっと変態っぽいです」
「何を仰い!?

……きゃいきゃいとじゃれ合う二人を、私はなんとなく微笑ましく見守る。
でもとりあえず果物は食べたい。


「ともかく、これは私が用意したんですから私がリコリスさんにあーんします」
「いいえ、あーんなる所作を行使する権利は(わたくし)に在ると存じますわ」


ばちばちと火花を散らすメイコちゃんとアイリ。
発端が私にありそうなので、思い付いた提案を二人に投げ掛ける事にした。

「それなら、二人一緒に食べさせて? そうしてくれたら私嬉しいな」


……そしてその案は可決された。
おずおずと二人は一つの獲物を手にし、私へと運び込んでくる。

放り込まれたモノをしゃりしゃりと咀嚼し、そのまま喉へ通した。
甘みと酸味が程よくマッチした香りが鼻を抜け、身体に浸透していくのを感じる。
とてもおいしい。

「んっ……ありがと、二人とも」


「……メイコさん、リコリス様って」
「ね。私もそんな気がします」
私が笑顔を送ったはずの二人はなぜか訝しげな表情を浮かべながら、ひそひそと何かを耳打ちし合う。
特に気にしないでおく。


「……とりあえず、何か食べられる程に回復したのであれば安心ですわね。ゆっくりして下さいまし」
「うん、そうさせてもらうね」
その場で少し居直ったアイリに頷きを返す。
……その時にふと、メイコちゃんと遊びにも近いやり取りを交わした彼女に対し脳裏を過ぎるものがあった。

少しだけ憚られたが、口に出す。


「アイリ。……()()は、大丈夫?」
「…………ん」

それは、()()までの私達を取り巻いていたひとつの要素。
彼女との戦いの最中、アイリへのプレッシャーとしてあったのだろうと容易に想像はできる。

その矛先は……彼女の()()としての立ち振る舞いだったり、尊厳だったり。
得てして、今さっきの様なやり取り等は決して許されるモノなのでは無かったのではないかと。

「ごめんね、言い辛かったら──」
「──勘当、されましたわ」

その私の紡ぎは彼女によって解け、音としてその場へ降りる。

「え……っっ!?
「おかげさまで、こうして自由に動き回れる様になりましたの。……何とも、周囲の目は鬱陶しいですが」
呟く彼女は、少しだけそのブロンドの髪を振りながら視線を流す。

「そ、それは……えっと。んん……そっか、そうなんだね」

……ごめん。

危うく、その言葉が出そうになった。
きっと私との試合の結果がひとつのきっかけになったのだろうとは思い当たる。
しかし……決して口にするわけにはいかない。

それをしては、彼女と交わしたあの時間に非礼をぶつける事と同義なのだから。


「ええ。ですので、ようやくあの長ったらしい名前を捨てて……ただのアイリになりましたわ。以後お見知り置きを」

……その時の彼女の顔が、とても気丈であったから。
私はそれに甘える事にする。

「うん。……わかった、覚えておくね。それで、アイリはこれからどうするの?」
「まだ決めていませんの。……ただ、此度の大会ではリコリス様の行く末を見届けたいと思っていますわ」

「ん、そっか。心強いよ」
「はい。……(わたくし)に勝っておいて、負けたら許しませんからね」
……そんな、まさか人生の中で自分が言われる事になるとは思わなかったセリフを優しく叩き付けられ。

──私は、(つい)ぞ答えを聞きそびれていたひとつの話題を振り返る。


「あ、そうだ。大会といえば……二人とも、結局私が寝てる間状況はどうなったの?」

恐らく体感ではさほど時は経っていないだろうけど、それでも幾ばくかの空白はあったはず。
その問いを宛ててみる。

「ん……そうでしたわね、先程はメイコさんに邪魔されましたが」
「邪魔なんてしてませーん。……ていうか、私もリコリスさんに付きっきりだったんでそういえばわからなかったです。教えて下さいアイリさん」
未だじゃれ合う二人に笑みを返しながら、その応えを待った。


「──実は。(わたくし)達の試合の後……ひとつ、(主催)からアナウンスがありましたの」

少しだけ、その瞳に試合で見せた様な鋭さを僅かに控え……アイリは綴る。

「アナウンス? 何かあったのかな」
「ええ。今城主の元へ客人として来訪している龍族と呼ばれたお方……その御仁から、進言があったそうで」

「そう……なんだ?」
「はい。なんでも、出場者全員を調べなくてはいけない……という状態との事でしてよ。今まさに真っ最中かと」

「…………調べ、る──?」





────私は、次にアイリが零した一言でその場を飛び出す事になる。

それはひとつの確定的な……それも、良くない方へ大きく傾いた事象。




「出場者の中に、這者の気配を持った人物がいるらしくて」




────────────

──────

───





──観客席の中を思い切り駆ける。
広がる喧騒はこれまでのモノとは大きくその色を変え……どよどよとした淀みを持った不協和音と化している。

その波を掻き分け、最前列へ身体を持ち込む。
そして視界に広がる舞台は……私の意識に二つの存在を認めさせた。

ひとつは、片腕を前方に掲げた黒いコートを羽織る男。
そしてそれに対面するもうひとつは──



「────レイナさん!!!!!!

身体の至るところに生傷を負った、その人。
今まさに、()()は下されようとしていたのだ。


私は、観客席の堤に足を掛け


そのまま体重を乗せて踏み込んだ──
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登場人物紹介

リコリス

龍宮

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