【Tー⑬】Jihad. -Tatsumiya-
文字数 6,918文字
意を決する。
腹を括る。
信念を貫き通す。
想いを遂げる。
決意を固める。
それらは、相対する存在がいてこそ成り立つモノなのではないかと考える。
だとしたら……今、俺の中を支配しているものは一体なんなのだろうか。
話の通じぬ獣相手でも筋になるのか?
義として全うするに相応しい要因か?
ヒトとして奮起し得るに足りるか?
…………コミュニケーションと称された人間としての営みは、型が決まっていない素振りを魅せながら……やがて基準を設け始め、溶ける。
浸透し、蔓延に座した枠を見定めて……優位であろうと無様に立ち回る。
決してそれが最高であるとは思っていないが、他に最適解が見当たらない為甘んじてそこに準じるしかない。
今まで築き上げてきた自分という存在を脅かすのかどうかだけを、判断基準とした。
非常にチープで、陳腐。
だからこそ、こんなモノを覗かせる訳にはいかない。
遵守し続ける”人間”を模倣する為には────
────────────
──────
───
圧縮不可能
……修正………………
…………オーバータイム
一時的にオブザーバーへ移行
───
──────
────────────
先に佇む存在は彼らの意識を一方的に叩く。
舞台はそれを大仰に讃え、鳴動を繰り返していた。
鈍く光る黒を携えた鱗は並び続け……いっそ美しさと称せる程にそれは均等に映り、展開する翼は空間を容易く引き裂き、景色を塗り替え。
……遥か上部から臨むその瞳 は、確実に龍宮達を収めていた。
龍 は今ここに体現し、対峙するに至る。
違 う事のない認識はその場へ降り……支配を以って思想を制圧した。
「…………」
──その姿を収めた龍宮の瞳は……色を失くしつつある。
どうしようもなく大きく、抗う考えすら浮かばせる事の無い存在に対しての畏怖。
紛いなりにもかつて根付いていた人物 であったそれに対する躊躇。
数多の要素は結合し、黒い龍 として顕現。
龍宮にとっては忘れ難い過去であると同時に……決別の象徴でもある。
そして……それはかえって、彼の思考をひどくシンプルにさせた。
「龍宮」
同じく龍を見上げている虎太郎が呟く。
龍宮が目をやると、その口元には一本……煙草が咥えられていた。
「……すみませんトラさん、気が利かず」
言いながら、指先に灯したヤマトをその先端へ寄せ役目を果たす龍宮に……虎太郎はひとつだけ頷きを返した。
……震える空気の中に、紫煙が俄に混ざる。
「…………入 れ 込 む のは好きにすりゃいいが、見失うなよ。色々」
「…………」
その言葉に。
龍宮は何も発すること無く……再度指先にヤマトを発現させ、自らも口元の所作を同じくした。
──セオ、セオと繰り返されていた龍の呻きは……そこでようやく止まる。
いよいよ真に彼らを捉えるその存在は、一層のプレッシャーを纏いながら翼をはためかせる。
……それにより生じた暴風にも近い圧力が、三人を覆った。
「境内は禁煙なんですが」
「今ので消えちまったから勘弁してくれ」
傍らにいた真衣が告げると、虎太郎は肩を竦めながらそう応える。
……色を失った吸殻を男二人共に携帯灰皿へねじ込みながら、彼らは視線を改めた。
同時に、龍宮は腕を広げ自己駆動力強化 を全員に施す。
虎太郎は軽くなった肩をぐるりと回し、強かな笑みを携え呟いた。
「俺の命 、一旦預けるわ」
「……謹んで。利子を付けてお返しします」
そう返した龍宮も僅かに口角を上げる。
やはり彼にとって、虎太郎という存在は大きく根付いたモノで…………
「おう。きっちり返──」
──そこで、彼らのやり取りは遮断された。
その所以を理解しようとする前に、龍宮と真衣の視線は龍から頭上へと移る。
彼らが認める事の出来た事象はふたつ。
ひとつは、視界の端に極一瞬……一筋の光が走る様を見た。
もうひとつ。
光が通った後、何かが上空へ舞った。
それは、約数十センチ程の長さを有した物体。
幾ばくかの質量があるのか、回転を伴う物体からは風を切る音が鳴る。
……やがて、物体は摂理に従いながら地面へと向かっていく。
──ずしゃ、と。
赤黒い液体を辺りに撒き散らして、落ちた。
物体の両端を象る造形は、全くの不一致。
その内の片方は零れる液体の出処のようだ。
そしてもう片方は多少複雑な造りをしている。
……称すのならば、そう。
人間の手指────
「────構うなッッ!!!!」
虎太郎の声が響き渡る。
額に脂汗を浮かべ ながら、龍宮と真衣へその言葉をぶつけた。
「ッッ────!!」
二人は散開する。
今 起 き た 出 来 事 に対する自らの処理は、少なくとも真衣にとって難しい事ではある。
…………が、優 先 順 位 を定められる程度の度量は持ち合わせていた。
駆ける度にざん、ざん、と足裏に響く反発は普段のそれとは比べ物にならないほど自身の体を前へ前へと押し進めている。
施されたヤマト なるモノの効果を、彼女はこの状況において冷静に確認していた。
この距離で翔べば届く。
この強さで踏めば届く。
この高さで臨めば届く。
ひとつひとつ、慣れ親しんだ神社の境内を駆け回り……龍を見据えながら。
……その瞳は、滾りの様を呈していた。
──何年待ったと思っている。
ついに訪れた親友 の手掛かり。
話の通じる人間も現れ、ようやく僅かな光明が見え始めた矢先。
この程度 で止められる願いではない────!!!!
「──だあぁああああッッ!!!!」
周りに生えていた木々の幹を踏み込み、大きく跳躍をした真衣は龍の顔面へ飛び込む。
大きく反動を効かせた回し蹴りが怒号と共に放たれ、その横っ面を弾いた。
──どごん、と鈍い音が響く。
無理やり首を振られた龍は一度だけ、瞳をぎょろりと真衣の方へ放つ。
龍にとって蟻にも近しい対象の内の一人でしかなかった彼女が生じた一撃は、その意識を向けさせる事に達したのだった。
……しかしそれは、真衣の危機に直結する所作でもある。
間を置かず、龍はその身を食い潰そうと口を開きながら体ごと突進し────
「閃熱光射出・極 ッッ!!!!」
──それを、轟速で直進する熱線が阻む。
出処には両手を掲げた龍宮が控えていた。
意識の外から受けた顔面への障害にかぶりを振り後退る龍へ、追い打ちをかけるようにその体を蹴り込み……反動を利用して真衣はその場から一度離れた。
……龍への妨害 を放った龍宮は次 のマナを練り、駆けながら思考する。
虎太郎に事が発生した際、間違い無く全員が龍を注視していた──にも関わらず誰も対応がままならなかった。
恐ろしく早い何か……先程一瞬だけに伺えた光がそれに紐付けされるであろうとは予想が付くが、いずれにせよ自らのエンチャントを易々と貫く事だけは事実。
「絶対零度射出・極 ──!!!!」
──であれば。
先ずは動き続け、的をブレさせ、意識を散らし。
次いで龍の機動力を奪う事が先決……真衣が駆け回っている今こそが好機であると同時に、長引かせれば長引かせる程不利になるだろうと判断。
……彼の手から放たれた青を伴う帯は瞬く間に龍を包み込み……がち、がちという音と共に急速に凍り付いていく。
ヤマトを発現し続ける龍宮は、そのまま視界の端にいる虎太郎へ視線を向けた。
膝を折り、肩を抱えながらその場で蹲る彼を臨み…………
龍宮は
今すぐにでも治療したい という気持
────────────
【修正】
────────────
龍宮は
本当であれば……今すぐにでも治療したいという気持ちをなんとか抑え、龍へのヤマトを行使し続けた。
「ッッ──ぐっっ──!!!!」
いかに島のマナが多量とはいえ、極 を伴うヤマトの連続使用はその身に否応なしに負荷をかける。
──それを無視し、龍宮は叫んだ。
「真衣さんッッ!!!! 今だ!!!!」
既に龍の全身を覆ったヤマトはその役目を全うしようとしている。
気を伺っていた彼女はその言葉を受け……再度、龍目掛け思い切り跳躍した。
「龍宮さん──っっ!!!!」
ヤマトに関して造形の浅い真衣でも、その様子を見れば今の龍宮がどれ程身を削っているのかは容易に想像出来た。
それも助け……自らが願う想いを合わせて体に乗せ、彼女は大きく足を振りかぶった。
狙うのは、翼。
……龍宮のヤマトによって身動きの取れない龍は、真衣のインパクトを許した。
──ばきん、と。
ガラスが割れる様な音が響く。
繋がりを失った翼は根元から落下し、ずしゃりと地面へ落ちていった。
「────ッッ!!!!」
それを確認した真衣はすぐさま龍の体を踏み込みながら天高く飛翔していく。
いつまで龍宮のヤマトが保つかもわからない、こ こ で決すと心を定めたのだ。
真衣は最後に龍の鼻先を踏み込みながら跳び…………右の足先を頭上に掲げた。
……目掛けるのは脳天。エンチャントの推進と自らの全体重を乗せた踵を、一直線に落とし込んでいく。
「──でやあぁぁあああッッ!!!!」
目的 の為に振り下ろされた一閃は、彼女の想いと生き様を体現せしめ。
そして龍へと────
「────────!!!!!?」
──接触する事はなかった。
彼女の振り抜いた右足は空振り…………いや、空 振 っ て す ら い な い 。
彼 女 の 意 志 を 乗 せ た は ず の 右 脚 そ の も の が 無 く な っ て い た 。
「────あ──ッッ?」
自身ですら気付いていなかったのか、真衣は目の前に現れた光景に何の理解も及ぼす事が出来ないでいた。
……瞬間、ついに効力を失ったヤマトがその拘束を解く。
龍はぐるりと半身を動かし、残った翼を真衣に打ち付けるのだった。
「ま、真衣さ────」
──そのまま。
吹き飛ばされた彼女は境内の木々に背中からずどん、とぶつかる。
目で追い続けていた龍宮だったが、それ以上の言葉を発する事が出来ないでいた。
……だが、龍宮は確かに見た。
…………真衣の脚を撃ち抜いたモノを。
それは龍の瞳から発せられ、あまりにも疾い一筋の閃光として現れる。
先程の虎太郎を屠ったのも同一なのだろうと──
「く…………ッッ」
──自らを視界に捉えた龍を臨みながら、龍宮は確信したのだった。
変わらぬ威圧……むしろ彼らの半端な所為で、その眼光に鋭さが増している様にも伺える。
ずしゃ、ずしゃ、とゆっくり龍宮へと巨大な足を運ぶ龍は…………もうセオと口にする事は無い。
そこにいるのは、ただひとつの強大な、破壊そのものを表しているかの様な存在。
「…………あ……ああ……ッッ」
……龍の歩に合わせて後退る龍宮は。
…………遠くで蹲る虎太郎と、木々の下で力なく倒れる真衣をちらりと見遣り────
過去の忌まわしい 記憶がフラッシュバックす
────────────
【修正】
────────────
過去の忌まわしい 記憶がフラッシュバックす
────────────
【再修正】
────────────
「────あああぁあああああああッッッッ!!!!!!!!」
過去の 忌まわしい記憶が フラッシュバックした 龍宮は、それを払拭するべく周囲のマナ全てに号令をかける。
呼応したヤマトは、ばちばちと音を立てながら少しずつ紫電と成り……龍宮を囲んでいく。
やがてそれらは一本、また一本と剣 を模した姿へと装いを変え……青白いスパークを帯びた刀身は、すぐに百を超える数となる。
「──がッッ────!?」
それを龍が黙って見過ごすはずもなく、倒れた二人を襲ったであろう光の線が龍宮の胴体を貫く。
「ッッ……ぐ……ああぁああああッッ!!!!」
……それも厭わず、龍宮はヤマトへ力を込めていく。
──過去を乗り越え……!!!!
──いつか救えなかった彼女への贖罪と……!!!!
──今在る人々を必ず救うという信念のもと……!!!!
──龍宮はそのヤマトを完成させていくのだ……!!!!
────なんと殊勝な生き様なのだろうか!!!!!!!!
「ぐあああああっっ!!!?」
……しかし、無情にも龍の光は再び放たれる。
体にふたつ風穴が空いた龍宮はその場に倒れそうになるが…………なんとか踏みとどまる。
その姿を見た龍は────光の発射台である瞳と同じ輝きを持った球体を自身の周りへいくつも発現させる。
その数が十、二十を超えたあたりで龍宮の脳内に最悪の想像が過ぎる。
────あの球ひとつひとつから、光が放たれるのでは?
「…………ッッ!!!!!!」
恐らくその想像は正しいのだろう。
彼の目視でも理解出来るほどにその数多の珠は、みるみるうちに輝きを増していく。
……あれを全て放たれては、いくら龍宮でもひとたまりもない!!!!
「く、くそ…………!!!!」
だが、まだ完成していないヤマトを放ったところで望む結果が勝ち取れるとは彼には思えなかった。
しかし眼前の驚異に抗う術が明確なはずもなく。
……その思考がまとまらぬ内に、龍の周りに控えた球が光を急激に増したところで────
──ぱあん、と。
境内全域に響き渡る程の乾いた音が鳴った。
同時に、呻き声をあげながら龍は仰け反る。
……その瞳の片方が潰れている事へ龍宮が気付くのに、さほど時間は掛からなかった。
「なっ…………!?」
驚愕の色を隠せない龍宮は、認める事が可能であった要素がひとつだけあった。
────その音が、虎太郎の方向から聴こえた事に。
「トラさ…………ッッ」
「日和ってんじゃ、ねぇぞ……龍宮……」
膝を崩した状態の虎太郎は、残された腕を掲げながらそう呟く。
…………その手元には、拳 銃 を 模 し た ヤマトが顕現していたのだった。
「そ、それは──」
「──いいからさっさと、やる事やれ……ッッ!!!!あ っ ち も気合い入れてんだからよ…………!!!!」
言いながら彼が顎で指したあ っ ち へ龍宮が視線を送ると…………片足で龍へと近付く、真衣の姿を収めるのだった。
「ま……真衣さんッッ!?」
「…………た、つみやさん。…………たしか、イ メ ー ジ 、するんでしたよね」
彼女は龍宮にそれだけを残し、ひとつだけ呼吸を落としながら…………一気に龍との距離を詰める。
……龍の足下へ立ち荒んだ真衣は、未だ虎太郎のヤマトによる衝撃へ狼狽える龍に一度だけ触れ…………小さく呟いた。
「…………これが、沙華の……ッッ」
そして。
自身の右腕を深く胴体へ折り込み、眼光は一直線を結び……残された片足で彼女は大きく踏み込む。
「────正拳突き だああぁあッッ!!!!!!!!」
その叫びと共に打たれた右手は。
どん、と地面を揺らす程の圧力と併せ龍の足を抉る。
──瞳と足。
両の駆動を奪われた龍は、じたばたとその場で蠢くのみだった。
「龍宮ぁぁあああッッ!!!!」
「────!!!!!!!!」
虎太郎の激は、龍宮のヤマトの顕現へ最後のひと押しをする。
ついに成ったその具現は…………全ての切っ先を龍へ向けた。
────さあ、刮目せよ。
今ここに、数多の想いを刻み幾重の時間を束ねた末に発現した最強のヤマトが放たれる。
その輝きは、龍宮の全てを表すのだろう。
「──────雷神剣射出 ッッ!!!!!!!!」
────────────
──────
───
「──リコリス?」
「そう、リコリス」
時 間 を元に戻した境内で、治癒が施された腕を揉みながら……虎太郎は龍宮へそう返した。
「やっと思い出したわ、彼岸花の別名」
「へー虎太郎さん、意外な知識をお持ちで。……怪しいですね」
同じく元通りになった足で歩み寄りながら、真衣は地面に咲く彼岸花を持ち寄り呟く。
「怪しいってなんだよ、別にいいじゃん」
「過去の女性にお花好きでもいたんですか。やりますね」
……きゃいきゃいとやり取りを交わす二人を、龍宮は呆けた顔で見つめていた。
その視線の先には、真衣の手に握られていた彼岸花があった。
「龍宮さんもご存知で?」
「ああいや、俺はあまりそういうのは」
振り返った真衣に、手を振りながら龍宮が応じる。
「せっかくだし持って帰りましょうか」
「え、いいの? 敷地内のやつだけど」
虎太郎は立ち上がると同時に、真衣の発言に応を返す。
その言葉に……彼女は少しだけ笑みを称えて答えた。
「まあいいじゃないですか。……大仕事を終えた後ですし」
そして真衣さんは、先程まで龍が佇んでいた場所を差す。
龍宮のヤマトによって全く名残が存在しないが……つい先程まで、その場で死闘が行われていたのだ。
「ほら、龍宮さんが殊勲賞ってことで」
「あはは……じゃあ、せっかくだし」
「なんだ龍宮、彼岸花……リコリス? 気に入っちまったのか」
「────ええ、綺麗だと思いますよ。 とても」
そう呟いた龍宮の視線の先に。
もう、彼岸花は映っていなかった────
────────────
──────
───
圧縮再起動
マナ直結
オド直結
ランディングギア ロック
チャンバー加圧確認
【そら】起動確認
reboot…………
HELLO!!
~Narco´Noise~
You keep believing it is right and forget about it without realizing it. As long as you continue to use Yamato
腹を括る。
信念を貫き通す。
想いを遂げる。
決意を固める。
それらは、相対する存在がいてこそ成り立つモノなのではないかと考える。
だとしたら……今、俺の中を支配しているものは一体なんなのだろうか。
話の通じぬ獣相手でも筋になるのか?
義として全うするに相応しい要因か?
ヒトとして奮起し得るに足りるか?
…………コミュニケーションと称された人間としての営みは、型が決まっていない素振りを魅せながら……やがて基準を設け始め、溶ける。
浸透し、蔓延に座した枠を見定めて……優位であろうと無様に立ち回る。
決してそれが最高であるとは思っていないが、他に最適解が見当たらない為甘んじてそこに準じるしかない。
今まで築き上げてきた自分という存在を脅かすのかどうかだけを、判断基準とした。
非常にチープで、陳腐。
だからこそ、こんなモノを覗かせる訳にはいかない。
遵守し続ける”人間”を模倣する為には────
────────────
──────
───
圧縮不可能
……修正………………
…………オーバータイム
一時的にオブザーバーへ移行
───
──────
────────────
先に佇む存在は彼らの意識を一方的に叩く。
舞台はそれを大仰に讃え、鳴動を繰り返していた。
鈍く光る黒を携えた鱗は並び続け……いっそ美しさと称せる程にそれは均等に映り、展開する翼は空間を容易く引き裂き、景色を塗り替え。
……遥か上部から臨むその
「…………」
──その姿を収めた龍宮の瞳は……色を失くしつつある。
どうしようもなく大きく、抗う考えすら浮かばせる事の無い存在に対しての畏怖。
紛いなりにも
数多の要素は結合し、黒い
龍宮にとっては忘れ難い過去であると同時に……決別の象徴でもある。
そして……それはかえって、彼の思考をひどくシンプルにさせた。
「龍宮」
同じく龍を見上げている虎太郎が呟く。
龍宮が目をやると、その口元には一本……煙草が咥えられていた。
「……すみませんトラさん、気が利かず」
言いながら、指先に灯したヤマトをその先端へ寄せ役目を果たす龍宮に……虎太郎はひとつだけ頷きを返した。
……震える空気の中に、紫煙が俄に混ざる。
「…………
「…………」
その言葉に。
龍宮は何も発すること無く……再度指先にヤマトを発現させ、自らも口元の所作を同じくした。
──セオ、セオと繰り返されていた龍の呻きは……そこでようやく止まる。
いよいよ真に彼らを捉えるその存在は、一層のプレッシャーを纏いながら翼をはためかせる。
……それにより生じた暴風にも近い圧力が、三人を覆った。
「境内は禁煙なんですが」
「今ので消えちまったから勘弁してくれ」
傍らにいた真衣が告げると、虎太郎は肩を竦めながらそう応える。
……色を失った吸殻を男二人共に携帯灰皿へねじ込みながら、彼らは視線を改めた。
同時に、龍宮は腕を広げ
虎太郎は軽くなった肩をぐるりと回し、強かな笑みを携え呟いた。
「俺の
「……謹んで。利子を付けてお返しします」
そう返した龍宮も僅かに口角を上げる。
やはり彼にとって、虎太郎という存在は大きく根付いたモノで…………
「おう。きっちり返──」
──そこで、彼らのやり取りは遮断された。
その所以を理解しようとする前に、龍宮と真衣の視線は龍から頭上へと移る。
彼らが認める事の出来た事象はふたつ。
ひとつは、視界の端に極一瞬……一筋の光が走る様を見た。
もうひとつ。
光が通った後、何かが上空へ舞った。
それは、約数十センチ程の長さを有した物体。
幾ばくかの質量があるのか、回転を伴う物体からは風を切る音が鳴る。
……やがて、物体は摂理に従いながら地面へと向かっていく。
──ずしゃ、と。
赤黒い液体を辺りに撒き散らして、落ちた。
物体の両端を象る造形は、全くの不一致。
その内の片方は零れる液体の出処のようだ。
そしてもう片方は多少複雑な造りをしている。
……称すのならば、そう。
人間の手指────
「────構うなッッ!!!!」
虎太郎の声が響き渡る。
「ッッ────!!」
二人は散開する。
…………が、
駆ける度にざん、ざん、と足裏に響く反発は普段のそれとは比べ物にならないほど自身の体を前へ前へと押し進めている。
施された
この距離で翔べば届く。
この強さで踏めば届く。
この高さで臨めば届く。
ひとつひとつ、慣れ親しんだ神社の境内を駆け回り……龍を見据えながら。
……その瞳は、滾りの様を呈していた。
──何年待ったと思っている。
ついに訪れた
話の通じる人間も現れ、ようやく僅かな光明が見え始めた矢先。
「──だあぁああああッッ!!!!」
周りに生えていた木々の幹を踏み込み、大きく跳躍をした真衣は龍の顔面へ飛び込む。
大きく反動を効かせた回し蹴りが怒号と共に放たれ、その横っ面を弾いた。
──どごん、と鈍い音が響く。
無理やり首を振られた龍は一度だけ、瞳をぎょろりと真衣の方へ放つ。
龍にとって蟻にも近しい対象の内の一人でしかなかった彼女が生じた一撃は、その意識を向けさせる事に達したのだった。
……しかしそれは、真衣の危機に直結する所作でもある。
間を置かず、龍はその身を食い潰そうと口を開きながら体ごと突進し────
「
──それを、轟速で直進する熱線が阻む。
出処には両手を掲げた龍宮が控えていた。
意識の外から受けた顔面への障害にかぶりを振り後退る龍へ、追い打ちをかけるようにその体を蹴り込み……反動を利用して真衣はその場から一度離れた。
……龍への
虎太郎に事が発生した際、間違い無く全員が龍を注視していた──にも関わらず誰も対応がままならなかった。
恐ろしく早い何か……先程一瞬だけに伺えた光がそれに紐付けされるであろうとは予想が付くが、いずれにせよ自らのエンチャントを易々と貫く事だけは事実。
「
──であれば。
先ずは動き続け、的をブレさせ、意識を散らし。
次いで龍の機動力を奪う事が先決……真衣が駆け回っている今こそが好機であると同時に、長引かせれば長引かせる程不利になるだろうと判断。
……彼の手から放たれた青を伴う帯は瞬く間に龍を包み込み……がち、がちという音と共に急速に凍り付いていく。
ヤマトを発現し続ける龍宮は、そのまま視界の端にいる虎太郎へ視線を向けた。
膝を折り、肩を抱えながらその場で蹲る彼を臨み…………
龍宮は
────────────
【修正】
────────────
龍宮は
本当であれば……今すぐにでも治療したいという気持ちをなんとか抑え、龍へのヤマトを行使し続けた。
「ッッ──ぐっっ──!!!!」
いかに島のマナが多量とはいえ、
──それを無視し、龍宮は叫んだ。
「真衣さんッッ!!!! 今だ!!!!」
既に龍の全身を覆ったヤマトはその役目を全うしようとしている。
気を伺っていた彼女はその言葉を受け……再度、龍目掛け思い切り跳躍した。
「龍宮さん──っっ!!!!」
ヤマトに関して造形の浅い真衣でも、その様子を見れば今の龍宮がどれ程身を削っているのかは容易に想像出来た。
それも助け……自らが願う想いを合わせて体に乗せ、彼女は大きく足を振りかぶった。
狙うのは、翼。
……龍宮のヤマトによって身動きの取れない龍は、真衣のインパクトを許した。
──ばきん、と。
ガラスが割れる様な音が響く。
繋がりを失った翼は根元から落下し、ずしゃりと地面へ落ちていった。
「────ッッ!!!!」
それを確認した真衣はすぐさま龍の体を踏み込みながら天高く飛翔していく。
いつまで龍宮のヤマトが保つかもわからない、
真衣は最後に龍の鼻先を踏み込みながら跳び…………右の足先を頭上に掲げた。
……目掛けるのは脳天。エンチャントの推進と自らの全体重を乗せた踵を、一直線に落とし込んでいく。
「──でやあぁぁあああッッ!!!!」
そして龍へと────
「────────!!!!!?」
──接触する事はなかった。
彼女の振り抜いた右足は空振り…………いや、
「────あ──ッッ?」
自身ですら気付いていなかったのか、真衣は目の前に現れた光景に何の理解も及ぼす事が出来ないでいた。
……瞬間、ついに効力を失ったヤマトがその拘束を解く。
龍はぐるりと半身を動かし、残った翼を真衣に打ち付けるのだった。
「ま、真衣さ────」
──そのまま。
吹き飛ばされた彼女は境内の木々に背中からずどん、とぶつかる。
目で追い続けていた龍宮だったが、それ以上の言葉を発する事が出来ないでいた。
……だが、龍宮は確かに見た。
…………真衣の脚を撃ち抜いたモノを。
それは龍の瞳から発せられ、あまりにも疾い一筋の閃光として現れる。
先程の虎太郎を屠ったのも同一なのだろうと──
「く…………ッッ」
──自らを視界に捉えた龍を臨みながら、龍宮は確信したのだった。
変わらぬ威圧……むしろ彼らの半端な所為で、その眼光に鋭さが増している様にも伺える。
ずしゃ、ずしゃ、とゆっくり龍宮へと巨大な足を運ぶ龍は…………もうセオと口にする事は無い。
そこにいるのは、ただひとつの強大な、破壊そのものを表しているかの様な存在。
「…………あ……ああ……ッッ」
……龍の歩に合わせて後退る龍宮は。
…………遠くで蹲る虎太郎と、木々の下で力なく倒れる真衣をちらりと見遣り────
────────────
【修正】
────────────
────────────
【再修正】
────────────
「────あああぁあああああああッッッッ!!!!!!!!」
過去の 忌まわしい記憶が フラッシュバックした 龍宮は、それを払拭するべく周囲のマナ全てに号令をかける。
呼応したヤマトは、ばちばちと音を立てながら少しずつ紫電と成り……龍宮を囲んでいく。
やがてそれらは一本、また一本と
「──がッッ────!?」
それを龍が黙って見過ごすはずもなく、倒れた二人を襲ったであろう光の線が龍宮の胴体を貫く。
「ッッ……ぐ……ああぁああああッッ!!!!」
……それも厭わず、龍宮はヤマトへ力を込めていく。
──過去を乗り越え……!!!!
──いつか救えなかった彼女への贖罪と……!!!!
──今在る人々を必ず救うという信念のもと……!!!!
──龍宮はそのヤマトを完成させていくのだ……!!!!
────なんと殊勝な生き様なのだろうか!!!!!!!!
「ぐあああああっっ!!!?」
……しかし、無情にも龍の光は再び放たれる。
体にふたつ風穴が空いた龍宮はその場に倒れそうになるが…………なんとか踏みとどまる。
その姿を見た龍は────光の発射台である瞳と同じ輝きを持った球体を自身の周りへいくつも発現させる。
その数が十、二十を超えたあたりで龍宮の脳内に最悪の想像が過ぎる。
────あの球ひとつひとつから、光が放たれるのでは?
「…………ッッ!!!!!!」
恐らくその想像は正しいのだろう。
彼の目視でも理解出来るほどにその数多の珠は、みるみるうちに輝きを増していく。
……あれを全て放たれては、いくら龍宮でもひとたまりもない!!!!
「く、くそ…………!!!!」
だが、まだ完成していないヤマトを放ったところで望む結果が勝ち取れるとは彼には思えなかった。
しかし眼前の驚異に抗う術が明確なはずもなく。
……その思考がまとまらぬ内に、龍の周りに控えた球が光を急激に増したところで────
──ぱあん、と。
境内全域に響き渡る程の乾いた音が鳴った。
同時に、呻き声をあげながら龍は仰け反る。
……その瞳の片方が潰れている事へ龍宮が気付くのに、さほど時間は掛からなかった。
「なっ…………!?」
驚愕の色を隠せない龍宮は、認める事が可能であった要素がひとつだけあった。
────その音が、虎太郎の方向から聴こえた事に。
「トラさ…………ッッ」
「日和ってんじゃ、ねぇぞ……龍宮……」
膝を崩した状態の虎太郎は、残された腕を掲げながらそう呟く。
…………その手元には、
「そ、それは──」
「──いいからさっさと、やる事やれ……ッッ!!!!
言いながら彼が顎で指した
「ま……真衣さんッッ!?」
「…………た、つみやさん。…………たしか、
彼女は龍宮にそれだけを残し、ひとつだけ呼吸を落としながら…………一気に龍との距離を詰める。
……龍の足下へ立ち荒んだ真衣は、未だ虎太郎のヤマトによる衝撃へ狼狽える龍に一度だけ触れ…………小さく呟いた。
「…………これが、沙華の……ッッ」
そして。
自身の右腕を深く胴体へ折り込み、眼光は一直線を結び……残された片足で彼女は大きく踏み込む。
「────
その叫びと共に打たれた右手は。
どん、と地面を揺らす程の圧力と併せ龍の足を抉る。
──瞳と足。
両の駆動を奪われた龍は、じたばたとその場で蠢くのみだった。
「龍宮ぁぁあああッッ!!!!」
「────!!!!!!!!」
虎太郎の激は、龍宮のヤマトの顕現へ最後のひと押しをする。
ついに成ったその具現は…………全ての切っ先を龍へ向けた。
────さあ、刮目せよ。
今ここに、数多の想いを刻み幾重の時間を束ねた末に発現した最強のヤマトが放たれる。
その輝きは、龍宮の全てを表すのだろう。
「──────
────────────
──────
───
「──リコリス?」
「そう、リコリス」
「やっと思い出したわ、彼岸花の別名」
「へー虎太郎さん、意外な知識をお持ちで。……怪しいですね」
同じく元通りになった足で歩み寄りながら、真衣は地面に咲く彼岸花を持ち寄り呟く。
「怪しいってなんだよ、別にいいじゃん」
「過去の女性にお花好きでもいたんですか。やりますね」
……きゃいきゃいとやり取りを交わす二人を、龍宮は呆けた顔で見つめていた。
その視線の先には、真衣の手に握られていた彼岸花があった。
「龍宮さんもご存知で?」
「ああいや、俺はあまりそういうのは」
振り返った真衣に、手を振りながら龍宮が応じる。
「せっかくだし持って帰りましょうか」
「え、いいの? 敷地内のやつだけど」
虎太郎は立ち上がると同時に、真衣の発言に応を返す。
その言葉に……彼女は少しだけ笑みを称えて答えた。
「まあいいじゃないですか。……大仕事を終えた後ですし」
そして真衣さんは、先程まで龍が佇んでいた場所を差す。
龍宮のヤマトによって全く名残が存在しないが……つい先程まで、その場で死闘が行われていたのだ。
「ほら、龍宮さんが殊勲賞ってことで」
「あはは……じゃあ、せっかくだし」
「なんだ龍宮、彼岸花……リコリス? 気に入っちまったのか」
「────ええ、綺麗だと思いますよ。 とても」
そう呟いた龍宮の視線の先に。
もう、彼岸花は映っていなかった────
────────────
──────
───
圧縮再起動
マナ直結
オド直結
ランディングギア ロック
チャンバー加圧確認
【そら】起動確認
reboot…………
HELLO!!
~Narco´Noise~
You keep believing it is right and forget about it without realizing it. As long as you continue to use Yamato