【Tー⑧】センチマインドシーク
文字数 5,054文字
【七年前】
──じじ、と音が鳴った。
煩わしさよりも疑問が先に過る。
音の所在は、自身の頭の中にあったからだ。
『……ノイズ?』
例えるならば、そ れ 。
思考を巡らせると同時に、別 の 感 触 が俺の頬を撫でた。
……ノ イ ズ に抱いたほんの少しの疑問はいとも簡単に掻き消され、感触の出処へ視線を移す。
しかし。
視界が霞む。
頬に当たったものが何なのか、わからない。
それ以前に──
『あ……れ……?』
──俺が身を預けていたのは、地面。
体の正面から感じる冷たさと、ごつごつとした触りは……うつ伏せになっていた所為。
なぜそんな体勢になっていたのかは理解に遠い。
……ひとまず、体を起こそうとする。
「──が……ッッ!?」
それに反発するように、体の節々が悲鳴を上げた。
……思わず片膝をつく。
咄嗟の呻きを抑えながら、呼吸を整えた。
同時に、目線は眼前へと広がり。
ようやく視界が鮮明に臨む。
鈍い光を携える【そら】が、その場を照らす。
……そこには。
俺の暮らす集落────
──が、僅かばかりの名残を残した……辺り一面焼け野原と化した大地だった。
「なっ……」
唐突に舞い込んだ要素の数々に、まだ頭が全く追い付いていない。
…………その時。
こつん、と。
俺のつま先に何かがぶつかった。
足下へ目をやる。
……それはきっと、先程俺の顔を撫でたモノ。
もはやその輪郭を朧げにする事は決して無く、俺の目には……そ れ がハッキリと映り込む。
一言で表すのなら。
…………人の、手。
………………手、だ け 。
「…………あ……うぁ……ッッ」
それはあまりにも、意識の外。
流れてくる感情を明確な言葉にする事は適わず、俺はただただ狼狽を呈す。
それは、目の前に広がる光景から催したモノで間違いは無い。
ただ、同時に認識したひとつの要素は……俺を容易く渦中へと突き落とした。
……なぜなら、その手 の薬指に光っていたモノは──
「────ッッ!?」
瞬間、背後からドス黒いプレッシャーを覚える。
手 を避けながら……俺は振り返った。
──そ し て そ の 行 為 を 後 悔 す る 。
振り返らなければ、そ れ を見ずに済んだのかもしれない。
そのまま彼方へと逃げ果せていれば、そ れ を見ずに済んだのかもしれない。
……深淵にも近い黒を携えた、龍 。
ヒトの何倍もの体躯を有するその身と、地鳴りを誘発させるような息吹。
深紅を帯びた……斬り付ける様な瞳、頑強と質量を併せ持った鱗。
目を合わせでもすれば、その瞬間に自分は両の足で地を踏めなくなるのだろう……と。
瞬きすら許さぬうちに、それを叩き付けられる。
「ぎッッ────!!!!」
だ が 俺 は 龍 の 目 に 視 線 を 打 ち 込 む ────
「──あ”あ”あ”ああぁぁぁあああああああああッッッッ!!!!!!」
────その口端から彼 女 の頭と、そして手を欠いた腕が……天 を仰ぎながらだらりと垂れ下がっていたから。
「自己駆動力強化・極 ──!!!!」
辺りに溢れんばかりに散らばるマナを強引に掻き集め命令を下し、その場を蹴る。
賭したヤマトは自身への反 動 として主張を発するが──無視。
そ ん な モ ノ が、一体何の妨げになるというのか。
「ぐっ…………くッッ!!!!」
叩き付ける風は……俺の皮膚をいとも容易く裂き続ける。
だが空気の壁を無理矢理打ち破り捨て、行使したヤマトは俺に龍の眼前へと瞬時に挑ませる事を許可した。
「だッッらぁぁぁぁぁあああ!!!!」
その営力をそのままに、龍の横っ面に全身全霊の回し蹴りを放つ。
──どごん、と。
インパクトの瞬間、凡そ生き物のそれでは無い感触が脚に響く。
……恐らく、大したダメージは入っていない。
それでも。
それでも龍 の 口 を 動 か す 程 度 には衝撃が為ったのか、その端から解き放たれる彼 女 が伺えた──
──上半身のみの姿で。
「────────」
眼球の奥が熱い。
耳鳴りが響く。
それは、確実に俺の脳内へ呼び掛ける。
ばちばちと火花を上げ呼応を重ね……それでも。
……もう、無為に思考を巡らせていられない。
過ぎた事象と吹き荒ぶ光景は……俺の望みをひどくシンプルにした──
──黒の龍を没す 。
「雷神剣射出 ──!!!!!!」
蹴撃を為した脚をそのまま弾かせ、龍の頭上へ位置を取る。
同時に、呼び掛けに応じるマナは俺の望むヤマトへと体現を施す。
……ひとつ、またひとつ。
青白い電撃を帯びた大小様々な剣 が俺の周囲へ具現していく。
「──あああああああああッッ!!!!」
……まだ、足らない。
こんなモノでは足らない。
マナへの命 をさらに重ね、俺はヤマトの膨張を無様に望む。
──剣 が一本増える度、内蔵を抉られる様な衝撃と合致する。
──剣 が一本増える度、弾け飛びそうになる頭を留まらせる。
その切先は、眼下の龍へ。
全ての剣にその標を指定し、照準を合わせ、穿ち貫く事のみを目的とさせ固着。
纏わせる閃光の流動を、より鋭く、膨大に、その身の寄る辺を拒み続ける事のみを目的とさせ固着。
「ッッ────」
いよいよ周囲のマナが枯渇し、その胎動は自身の自己駆動力強化 すらも効果を消失させようとしていた、瞬時。
「──────ガァッッ!!!!!!」
意図せずして漏れた声は、もう自分の耳には入らない。
……俺は心中でトリガーを引き、携えたヤマトを龍へ降り注がせた──
────はずなのだが。
「なっ…………!?」
振りかざしたヤマト は、俺の視界から……その姿を消失させていく。
そ れ に、気を取られていた俺は。
──龍の巨大な尻尾が、こちらを目掛けて振るわれていた事に全く気が付かなかった。
「ぐがッッ────!!!!」
生じる因果は、俺を容易く薙ぎ払う。
脳が弾け、耳は裂け、眼球は片方潰れ、身体中の骨はその接合を諦める。
次いで被る衝撃は、地面に叩き付けられた自身を過剰に歓迎した。
「おッッげ……ア…………ッッ」
──呼吸が出来ない。
俄に漏れる音は、凡そ自分の生を確認するには乏しすぎた。
おおおおおおおん、と。
血に染った視界の彼方に臨む黒い龍が、猛々しい雄叫びを上げる。
その姿はまるで────
「ぐッッ……あ……っっ!?」
すぐ脇に、彼 女 だ っ た モ ノ が在る事に気付く。
……なんとか、そこまで這いずる。
体の半分を失い、片手を亡くし、顔中の穴という穴から鮮血を流すその姿は……しかし。
それでも尚、彼女は俺にとって──
「────サヤカ……ッッ」
……だが、そ の 名 を。
もう呼ぶ事は叶わない。
────────────
──────
───
「………………」
「………………」
そこまでで俺は……過 去 への耽りを止める。
……トラさんは咥えていた煙草を携帯灰皿に揉み消すと、二本目に火を灯した。
「…………社長から、昔聞いたんだけどよ」
「……はい」
「仕事の帰り、頭をシルバーアッシュ に染めた若いのが重症で倒れてたのと出くわした……ってな」
「…………」
トラさんは一度紫煙を撒く。
俺もそこで、二本目を咥えた。
「…………そ の タ イ ミ ン グ だった……って事か?」
「……だと思います。あちらで、それからの記憶が曖昧なんです。気付いたら病院で目が覚めて……それからは、社長やトラさん含め皆さんのお世話になっている次第です」
「……そっか」
もう一度、トラさんは煙草を吹かす。
「とりあえずさ。龍宮」
「はい?」
「話してくれてありがとう。大変だったな」
「…………いえ。素っ頓狂な話で申し訳ないです」
「別に不思議な事なんてねぇよ。自分 の女に何かあって、キレんのは当たり前だろうが。 ……それだけの事だろ」
「……ありがとうございます」
……きっと、理解に遠い事や聞き慣れぬ言葉だとか……沢山あったに違いない。
それでも、トラさんは感謝の意を述べたうえで受け入れてくれたのだった。
「こ れ は俺だけのモンとして大事に受け取っておくわ、忘れないよ。……まあ次ん時にでもマナとオドの発祥だとか、そ っ ち のおもしれぇ話はまた聞かせてくれ」
「はい、もちろんです」
「俺もほら、ぱねぇ感じのアレじゃん」
「ですね、トラさんにもオドが生きていますので。また詳しくお話しますよ」
「頼むわ。んで龍族?とかいうのの生き残りだったんだろ……もう龍宮じゃなくてドラゴンて呼ぶか?」
「そんなアクション俳優みたいな」
そして互いの笑い声が交わされる。
……少しだけ吹いた潮風は、彼への敬いを乗せ緩やかに過ぎていった。
「…………おっ」
そして二本目の煙草を消火させたトラさんが、船首の指す彼方へ目をやりながら呟く。
「あれじゃね?始まりの島」
「ん」
俺も彼と同じ箇所を臨む。
そこには、地平線をなぞる様に小さな孤島が佇んでいた。
「やっとだな、お前の大一番」
「……はい」
こ ち ら での生を望む俺にとって、従事している仕事を大成させるのは願いとして当然にある。
……その舞台となる場所が、ついに目前に迫る。
「あんま緊張すんなよ、いつも通りいけ」
「はい、よろしくお願いします。虎太郎さん」
「おっま、やめろ急にっ」
……波音に少しの名残を感じながら。
俺達は、デッキを後にした。
────────────
──────
───
「……ふう」
数時間の船旅を終え、下船をした俺達。
トラさんは無事に島へ到着した事を伝える為、少し離れたところで社長に報告の電話を入れていた。
「…………」
少しだけ、辺りを見渡す。
防波堤に波がぶつかる音が耳に入り、それに合わせセミの命を賭した鳴き声が木霊する。
古びた自販機は見た事も無い飲料を掲示し、錆び付いた道路標識には蔦が絡まっている。
向かいにある駄菓子屋の日陰では、犬が腹を出して寝ていた。
景色の奥を臨めばその肌を真緑に染め上げた小高い山が覗き、こちらを見下ろしている。
それら全てを、鮮やかな熱を携えた太陽が照らし……遠くから子供達の笑い声も響いた。
……心無しか、空気がうまい。
『これは、なんというか』
「……良く言えば、のどかなトコだな」
俺の僅かな物思いを、電話を終えたトラさんが代弁した。
「あ、お疲れ様です。社長は何か言ってましたか?」
「や、特には。しっかり働いてこいってよ」
「そうでしたか、了解です」
「おう。んで、この辺に現地 の人らが迎えに来てるらしいんだケド……」
そう言いながら、トラさんは周囲へ目を配る。
俺もそれに倣い動作を同じくしていると……
……曲がり角から、二つの人影がこちらへ歩いてくる姿が伺えた。
「やーすみません、お待たせしてしまいましたかね」
その内の一人、年配の男性が頭をぺこぺこと下げながら俺に投げた。
「いえ、こちらも今到着したところですよ。わざわざご足労をおかけして申し訳ございません」
「いえいえとんでもない、この島の為に来て頂いているんです。ご協力出来る事がありましたら何でも仰って下さい」
互いを労いながら、俺は懐から名刺を取り出し相手へ差し出した。
「……龍宮と申します。よろしくお願い致します」
「私はこの者の補佐で参りました、よろしくお願い致します」
同じくしてトラさんも自分の名刺を差し出しながら言う。
……普段とのギャップに少しだけ表情へ出てしまいそうになるが、我慢。
「よろしくお願い致します、有難く頂戴致します。……私はこういう者です」
次いで、あちらが差し出した名刺を受け取る。
──〇〇観光協会。
彼の肩書きには、そう添えられていた。
「頂戴致します。……早速で申し訳ありません、まずは軽く島を見て回りたいのですが……宿の場所を教えて頂いてもよろしいでしょうか?荷物を置いてきますので」
あちらの名刺をケースに仕舞い、懐に戻しながらそう伝える。
それを聞いた男性は、それでしたら、と。
その場にいたもう一人の女 性 を指しながら、俺達に向き直った。
「案内でしたらウチの娘を付けさせますよ、そちらの方が現調も捗るでしょう。荷物はこちらで運んでおきますので」
「娘さんでしたか。よろしいのですか?」
「ええ、ええ。どうぞこき使ってやって下さい」
貴重品はお持ちになって下さいね、と念を押された後で。
俺とトラさんは男性へ自分達の荷物を預けた。
「ありがとうございます、お手数お掛けします」
「いえいえとんでもございません。……それでは、私は荷物を運んだ後他の方々の出迎えもしてきますので」
そう言いながら男性は、自身の娘を俺達の前へ位置付け。
「──真衣、しっかりと業者さん達を案内するんだよ」
それだけを言い残す。
マイと呼ばれた彼女は……一言。
はい、とだけ返事を発した──
────────────
──────
───
※真衣イメージ
──じじ、と音が鳴った。
煩わしさよりも疑問が先に過る。
音の所在は、自身の頭の中にあったからだ。
『……ノイズ?』
例えるならば、
思考を巡らせると同時に、
……
しかし。
視界が霞む。
頬に当たったものが何なのか、わからない。
それ以前に──
『あ……れ……?』
──俺が身を預けていたのは、地面。
体の正面から感じる冷たさと、ごつごつとした触りは……うつ伏せになっていた所為。
なぜそんな体勢になっていたのかは理解に遠い。
……ひとまず、体を起こそうとする。
「──が……ッッ!?」
それに反発するように、体の節々が悲鳴を上げた。
……思わず片膝をつく。
咄嗟の呻きを抑えながら、呼吸を整えた。
同時に、目線は眼前へと広がり。
ようやく視界が鮮明に臨む。
鈍い光を携える【そら】が、その場を照らす。
……そこには。
俺の暮らす集落────
──が、僅かばかりの名残を残した……辺り一面焼け野原と化した大地だった。
「なっ……」
唐突に舞い込んだ要素の数々に、まだ頭が全く追い付いていない。
…………その時。
こつん、と。
俺のつま先に何かがぶつかった。
足下へ目をやる。
……それはきっと、先程俺の顔を撫でたモノ。
もはやその輪郭を朧げにする事は決して無く、俺の目には……
一言で表すのなら。
…………人の、手。
………………手、
「…………あ……うぁ……ッッ」
それはあまりにも、意識の外。
流れてくる感情を明確な言葉にする事は適わず、俺はただただ狼狽を呈す。
それは、目の前に広がる光景から催したモノで間違いは無い。
ただ、同時に認識したひとつの要素は……俺を容易く渦中へと突き落とした。
……なぜなら、その
「────ッッ!?」
瞬間、背後からドス黒いプレッシャーを覚える。
──
振り返らなければ、
そのまま彼方へと逃げ果せていれば、
……深淵にも近い黒を携えた、
ヒトの何倍もの体躯を有するその身と、地鳴りを誘発させるような息吹。
深紅を帯びた……斬り付ける様な瞳、頑強と質量を併せ持った鱗。
目を合わせでもすれば、その瞬間に自分は両の足で地を踏めなくなるのだろう……と。
瞬きすら許さぬうちに、それを叩き付けられる。
「ぎッッ────!!!!」
「──あ”あ”あ”ああぁぁぁあああああああああッッッッ!!!!!!」
────その口端から
「
辺りに溢れんばかりに散らばるマナを強引に掻き集め命令を下し、その場を蹴る。
賭したヤマトは自身への
「ぐっ…………くッッ!!!!」
叩き付ける風は……俺の皮膚をいとも容易く裂き続ける。
だが空気の壁を無理矢理打ち破り捨て、行使したヤマトは俺に龍の眼前へと瞬時に挑ませる事を許可した。
「だッッらぁぁぁぁぁあああ!!!!」
その営力をそのままに、龍の横っ面に全身全霊の回し蹴りを放つ。
──どごん、と。
インパクトの瞬間、凡そ生き物のそれでは無い感触が脚に響く。
……恐らく、大したダメージは入っていない。
それでも。
それでも
──上半身のみの姿で。
「────────」
眼球の奥が熱い。
耳鳴りが響く。
それは、確実に俺の脳内へ呼び掛ける。
ばちばちと火花を上げ呼応を重ね……それでも。
……もう、無為に思考を巡らせていられない。
過ぎた事象と吹き荒ぶ光景は……俺の望みをひどくシンプルにした──
──
「
蹴撃を為した脚をそのまま弾かせ、龍の頭上へ位置を取る。
同時に、呼び掛けに応じるマナは俺の望むヤマトへと体現を施す。
……ひとつ、またひとつ。
青白い電撃を帯びた大小様々な
「──あああああああああッッ!!!!」
……まだ、足らない。
こんなモノでは足らない。
マナへの
──
──
その切先は、眼下の龍へ。
全ての剣にその標を指定し、照準を合わせ、穿ち貫く事のみを目的とさせ固着。
纏わせる閃光の流動を、より鋭く、膨大に、その身の寄る辺を拒み続ける事のみを目的とさせ固着。
「ッッ────」
いよいよ周囲のマナが枯渇し、その胎動は自身の
「──────ガァッッ!!!!!!」
意図せずして漏れた声は、もう自分の耳には入らない。
……俺は心中でトリガーを引き、携えたヤマトを龍へ降り注がせた──
────はずなのだが。
「なっ…………!?」
振りかざした
──龍の巨大な尻尾が、こちらを目掛けて振るわれていた事に全く気が付かなかった。
「ぐがッッ────!!!!」
生じる因果は、俺を容易く薙ぎ払う。
脳が弾け、耳は裂け、眼球は片方潰れ、身体中の骨はその接合を諦める。
次いで被る衝撃は、地面に叩き付けられた自身を過剰に歓迎した。
「おッッげ……ア…………ッッ」
──呼吸が出来ない。
俄に漏れる音は、凡そ自分の生を確認するには乏しすぎた。
おおおおおおおん、と。
血に染った視界の彼方に臨む黒い龍が、猛々しい雄叫びを上げる。
その姿はまるで────
「ぐッッ……あ……っっ!?」
すぐ脇に、
……なんとか、そこまで這いずる。
体の半分を失い、片手を亡くし、顔中の穴という穴から鮮血を流すその姿は……しかし。
それでも尚、彼女は俺にとって──
「────サヤカ……ッッ」
……だが、
もう呼ぶ事は叶わない。
────────────
──────
───
「………………」
「………………」
そこまでで俺は……
……トラさんは咥えていた煙草を携帯灰皿に揉み消すと、二本目に火を灯した。
「…………社長から、昔聞いたんだけどよ」
「……はい」
「仕事の帰り、頭を
「…………」
トラさんは一度紫煙を撒く。
俺もそこで、二本目を咥えた。
「…………
「……だと思います。あちらで、それからの記憶が曖昧なんです。気付いたら病院で目が覚めて……それからは、社長やトラさん含め皆さんのお世話になっている次第です」
「……そっか」
もう一度、トラさんは煙草を吹かす。
「とりあえずさ。龍宮」
「はい?」
「話してくれてありがとう。大変だったな」
「…………いえ。素っ頓狂な話で申し訳ないです」
「別に不思議な事なんてねぇよ。
「……ありがとうございます」
……きっと、理解に遠い事や聞き慣れぬ言葉だとか……沢山あったに違いない。
それでも、トラさんは感謝の意を述べたうえで受け入れてくれたのだった。
「
「はい、もちろんです」
「俺もほら、ぱねぇ感じのアレじゃん」
「ですね、トラさんにもオドが生きていますので。また詳しくお話しますよ」
「頼むわ。んで龍族?とかいうのの生き残りだったんだろ……もう龍宮じゃなくてドラゴンて呼ぶか?」
「そんなアクション俳優みたいな」
そして互いの笑い声が交わされる。
……少しだけ吹いた潮風は、彼への敬いを乗せ緩やかに過ぎていった。
「…………おっ」
そして二本目の煙草を消火させたトラさんが、船首の指す彼方へ目をやりながら呟く。
「あれじゃね?始まりの島」
「ん」
俺も彼と同じ箇所を臨む。
そこには、地平線をなぞる様に小さな孤島が佇んでいた。
「やっとだな、お前の大一番」
「……はい」
……その舞台となる場所が、ついに目前に迫る。
「あんま緊張すんなよ、いつも通りいけ」
「はい、よろしくお願いします。虎太郎さん」
「おっま、やめろ急にっ」
……波音に少しの名残を感じながら。
俺達は、デッキを後にした。
────────────
──────
───
「……ふう」
数時間の船旅を終え、下船をした俺達。
トラさんは無事に島へ到着した事を伝える為、少し離れたところで社長に報告の電話を入れていた。
「…………」
少しだけ、辺りを見渡す。
防波堤に波がぶつかる音が耳に入り、それに合わせセミの命を賭した鳴き声が木霊する。
古びた自販機は見た事も無い飲料を掲示し、錆び付いた道路標識には蔦が絡まっている。
向かいにある駄菓子屋の日陰では、犬が腹を出して寝ていた。
景色の奥を臨めばその肌を真緑に染め上げた小高い山が覗き、こちらを見下ろしている。
それら全てを、鮮やかな熱を携えた太陽が照らし……遠くから子供達の笑い声も響いた。
……心無しか、空気がうまい。
『これは、なんというか』
「……良く言えば、のどかなトコだな」
俺の僅かな物思いを、電話を終えたトラさんが代弁した。
「あ、お疲れ様です。社長は何か言ってましたか?」
「や、特には。しっかり働いてこいってよ」
「そうでしたか、了解です」
「おう。んで、この辺に
そう言いながら、トラさんは周囲へ目を配る。
俺もそれに倣い動作を同じくしていると……
……曲がり角から、二つの人影がこちらへ歩いてくる姿が伺えた。
「やーすみません、お待たせしてしまいましたかね」
その内の一人、年配の男性が頭をぺこぺこと下げながら俺に投げた。
「いえ、こちらも今到着したところですよ。わざわざご足労をおかけして申し訳ございません」
「いえいえとんでもない、この島の為に来て頂いているんです。ご協力出来る事がありましたら何でも仰って下さい」
互いを労いながら、俺は懐から名刺を取り出し相手へ差し出した。
「……龍宮と申します。よろしくお願い致します」
「私はこの者の補佐で参りました、よろしくお願い致します」
同じくしてトラさんも自分の名刺を差し出しながら言う。
……普段とのギャップに少しだけ表情へ出てしまいそうになるが、我慢。
「よろしくお願い致します、有難く頂戴致します。……私はこういう者です」
次いで、あちらが差し出した名刺を受け取る。
──〇〇観光協会。
彼の肩書きには、そう添えられていた。
「頂戴致します。……早速で申し訳ありません、まずは軽く島を見て回りたいのですが……宿の場所を教えて頂いてもよろしいでしょうか?荷物を置いてきますので」
あちらの名刺をケースに仕舞い、懐に戻しながらそう伝える。
それを聞いた男性は、それでしたら、と。
その場にいたもう一人の
「案内でしたらウチの娘を付けさせますよ、そちらの方が現調も捗るでしょう。荷物はこちらで運んでおきますので」
「娘さんでしたか。よろしいのですか?」
「ええ、ええ。どうぞこき使ってやって下さい」
貴重品はお持ちになって下さいね、と念を押された後で。
俺とトラさんは男性へ自分達の荷物を預けた。
「ありがとうございます、お手数お掛けします」
「いえいえとんでもございません。……それでは、私は荷物を運んだ後他の方々の出迎えもしてきますので」
そう言いながら男性は、自身の娘を俺達の前へ位置付け。
「──真衣、しっかりと業者さん達を案内するんだよ」
それだけを言い残す。
マイと呼ばれた彼女は……一言。
はい、とだけ返事を発した──
────────────
──────
───
※真衣イメージ