【Tー⑩】ただの戯曲でしかないのだから
文字数 4,964文字
──がちん、という音と共に蟷螂の肢体は大きく揺れた。
彼女 が横に振り抜いた脚が為した……その結果に俺は次ぐ。
「だああッッ!!!!」
右手に固めたヤマト を拳に乗せ、その胴体目掛け打ち抜く。
分厚いタイヤでも殴り付けたかの様な感触の末に……その膜は均衡を破り、ついに風穴を空けるに至った。
腕を引き抜きながら蟷螂の姿を視界に収めようとして……俺 を見定めた刃はすぐに振り下ろされる。
──それを横から強引に掴んだトラさんは奴を足蹴にしながら手にした蟷螂の腕を引っ張る…………いや、引 き ち ぎ っ た 。
思わぬ顛末へ驚愕の意を示すかのように蟷螂は上体をくねらせる。
……地面に伸びた幾本もの脚はじたばたと駆動を繰り返し、覚束無さを否応にも呈した。
「龍宮さん肩借ります」
その姿を収めていた真衣さんから声が掛かる。
「すぐ返してくれるなら」
「もちろん」
言葉の所以はすぐに理解させられた。
それを交わした後すぐに俺の背中と左肩に圧が加わり──
「大して重くないですよね」
「もちろん」
──真衣さんは、俺を土台に飛翔する。
重力に逆らい上へ上へと昇る彼女は右の足先を大きく真上に掲げて、止まる。
鈍く光る月を背負うその姿に……少しだけ美しさを感じた。
程なくして落下し始める彼女が臨む視線の先には、蟷螂の脳天が捉えられている。
目掛け振り下ろされる踵 はその矛先を違える事なくインパクトを生じ、弾かれた頭は体との接合を諦め地面を転がった。
「っっは……」
着地とともに息を吐く真衣さんは、再度前へ目を向ける。
俺とトラさんを含め三つの視線を浴びた首のない蟷螂は……糸の切れた操り人形の様に、ずしゃりとその場に伏せ。
……そのまま、形を失くしていく異物は夜の神社の風景へ溶けていくのだった。
────────────
──────
───
「──ええ、はい……そうです。今は手配して頂いた宿に、はい」
すっかり更けた夜は……緩やかな風を生み。
それを正面から受け止めている俺の手には携帯電話が握られている。
繋がっている先は社長。
定時報告の名目で交わす言葉はとても和やかなものであった。
「いえ、とんでもないです。はい……はい、トラさんにもフォローして頂いてるので。はい」
……しかし蟷螂を貫いた右手の感触は未だ拭えないまま。
乖離するこちら をあちら へ気取られぬ様にするのが精一杯であった。
「わかりました、引き続き現調及び島の方々とのコミュニケーションに努めます」
よろしくねと耳に通った社長の声を最後に、やり取りは終わる。
そのまま携帯電話をポケットにしまい込み……踵を返した先に見える建物へ進む。
……玄関の観音扉を開けると、そこには腕を組んだままのトラさんが仁王立ちしていた。
「社長はなんか言ってたか?」
「いえ、別段。引き続きよろしくとの事で」
そっかと返したトラさんはそのまま背を向け、俺もそれに倣う。
履いていた靴を割り当てられたスペースに押し込み、木目調に囲まれた廊下に二つ足音が響く。
「……しっかし。ぶっちゃけ期待してなかったけど、割といいトコだな」
道中、トラさんは周りを仰ぎながらそう言う。
「ですね。古めかしくはありますが良く整備されています」
──異物との会合を果たした後。
元々聞かされていたこちらでの拠点……島の民宿に、俺達は案内されていた。
真衣さんとは一旦そこで解散し、また明日の仕事の際に……と申しを付け。
……ついに最後まで、あの蟷螂について言及を交わす事はなかった。
「メシもうめぇし風呂も広い、おまけに女将さんはハンパねぇ美人。……こりゃ、現地の人間じゃなくても惜しいな」
「それは、確かに」
トラさんが言う言葉には同意。
それでなくても……神社での一件を除けば今日一日を通してはじまりの島に対し、決してネガティブを感じる事は無かった。
仕 事 として訪れていなければ、とも考えてしまうが。
「…………ま、とりあえずお前の部屋行こうぜ。色々話す事もあんだろ」
「……わかりました」
そ れ はすぐに払拭……いや、意識的に霧散させる。
──程なくして、自分に割り当てられた部屋の前に辿り着く。
持たされた鍵を取り出し施錠を解き、少しだけ重みのある引き戸をスライドさせた。
そのままの動作で脇にある照明のスイッチを入れようとしたが、俺の手はそこで止まる。
…………退出の際に消したはずの明かりが、灯されていたからだ。
次いで、耳に入った音は今 俺 が 見 て い る 光 景 を確かなモノに昇華させる。
「あ、お疲れ様です」
そこには、居間にある備え付けの座椅子に座りながら煎餅をばりぼりと咀嚼している真衣さんがいたのだった。
「え」
「は?」
……俺とトラさんの頭上には、同時にクエスチョンが浮上する。
「扉、とりあえず閉めてもらえませんか。母 にはバレたくないので」
そんな俺達を他所に片手をひらひらと振りながらやんわりと講義をする彼女に、俺達は渋々と従うしかなかった。
────────────
──────
───
「先に言ってくれれば良かったのに」
「何がですか?」
「民宿 が自分の家だってこと」
「ん」
俺に視線を一度合わせた真衣さんは、再びそれを手元に戻す。
自分の分を含め三つ、慣れた手つきで急須から湯呑みへ湯気の上がる茶を注いでいく。
「特に必要性を感じなくて」
言いながら真衣さんは腰を下ろす。
俺とトラさん、そして真衣さんは大きめの座卓を囲み顔を突き合わせた。
「いやつーかどうやってこの部屋に? 龍宮、鍵掛けてたんだろ」
「ああ、マスターキーがありますので」
トラさんに返す真衣さんが無表情のまま片手にちらりと覗かせたのは、俺の持つ鍵と同じ部屋番のものだった。
「おっま……なんちゃら乱用だぞおい。俺らのプライバシーがよぉ?」
「不躾なのは承知しています。それとも……男二人同じ部屋の中、夜も更けたこの暇 にくんずほぐれつで、もしやなにか。それでしたら大変申し訳ありません」
はっ、と。
大袈裟に口元に手を当てながら彼女は言う。対すトラさんは大きく溜息をつきながら湯呑みを一口呷った。
「何、真衣ちゃんそういうの好きなの」
「いえ、全く」
そしてトラさんは熱々の茶を一気に飲み干した。
「っってかよ、それ以前に大丈夫なのかよ」
「大丈夫とは?」
「いや、そのまま返すと成人男性二人と同じ部屋の中、夜も更けたこのいとまに……なあ? 龍宮」
「えっ」
ちびちびと茶を嗜んでいた俺に、突然の振りは器官を叩く。
僅かに咽る俺に、真衣さんは脇にあったティッシュを差し出してくれる。
…………その視界に収まるのは。
タンクトップとショートパンツに身を包んだ、先程までの固い印象からはかけ離れた姿の彼女。
晒す肌色は、その布面積よりも多いのではと感じてしまう程。
否応にも僅かばかりの扇情を──
「どうしました龍宮さん」
「いや、別に。ただトラさんの言う通り、部屋に入れる入れない以前に良くはないと思うよ。自分の家だっていうなら、なおさら」
室内着の襟元を正しながら彼女へ向き直る。
……俺もトラさんに倣い、茶を飲み干した。
「……大丈夫ですよ。今日一日お二人と行動を共にして、ある程度は信用に足ると感じていますので」
「ありがたい言葉だけれども」
「それに私、足癖悪いですから」
座ったままの体勢で片足をぴんと伸ばしてみせる。
「んん……でも、ちょっとトラさんと仕事の話もしなくちゃいけないから、そういう意味でも──」
「──そうそう、そうなんですよ」
そこで真衣さんは俺の言葉を遮る。
同時に、自身が身に付けていたタンクトップの肩紐をするりと下ろしていった。
「今この場で私が大声を上げでもしたら、貴方達はどうなりますかね。…………仕 事 で来て頂いているなか、現地の女を部屋に連れ込んで……それも二人揃って。ね?」
茶で火照ったはずの体は、一瞬で凍る。
それはトラさんも同じの様で……大きく目を見開いて彼女を収めていた。
「だから……龍宮さん、虎太郎さん。私もお 話 に混ぜてほしいんですよ、ぜひ」
「…………脅迫でもしてんのか、俺らに」
ドスの効いた声で応を灯すトラさんに、真衣さんは表情を変えず対す。
「まさか。……腹 を 割 っ て 話 が し た い 、それだけですよ」
そう言いながら、真衣さんは着衣を正す。
そして男達の空いた湯呑みに再び茶を投入していくのだった。
こ、こ、と。
壁に掛けられた時計が秒針を刻み続ける。
「…………真衣さん、言い分はわかったよ。それで、話っていうのは?」
「……端的に言います。島 の 開 発 を 待 っ て ほ し い んです」
彼女は初めて、その表情を少しだけ強ばらせる。
真一文字に引かれた唇は、真衣さんにとってその言葉は確かな意思であると主張している様な印象すら受けた。
「……それは──」
「──わかっています。お二人をどうこうしたところで、それが適うかと言われればまた違うのでしょう……」
「…………真衣ちゃんさ」
「……はい?」
再度注がれた茶をまた一口通したあと、トラさんが口を開いた。
……その瞳に、一抹の鋭さを灯して。
「俺らもさ、ガキの使いじゃねえんだわ。……あったけぇメシ食う為、仲間に恥かかせねぇ為、背負った会社の為、家族の為にココに来てんの」
「…………」
「だから俺らは何としてもこの仕 事 は落とすわけにいかねえ。何より龍宮の晴れ舞台なんだよ、それを反故にすんのは俺が納得いかね」
「理解は、しているつもりです」
静かな剣幕に真正面から真衣さんは居直る。
そしてトラさんは、その視線を俺に移した。
「だから……あーもうわかんね、龍宮パス」
「わかりました」
そのまま立ち上がり、広縁 に向かったトラさんは椅子にどかりと座り外を眺める。
俺は真衣さんに向き直った。
「だから、教えてほしい。開発を待ってほしいと思う理由を。元々真衣さん達島民の皆との円滑なコミュニケーションこそが俺達の仕事のメインでもある。……正直なところ、そ う い っ た 類の意見は出て然るべきだとは思っていた」
「……なるほど」
「それを解消する為なら、協力は惜しまない。良ければ話してくれないかな」
「…………」
俺達の言葉を受けた彼女は、そこでようやく湯呑みを傾ける。
……そして一息をつき、改めて俺に視線を合わせた。
「…………龍宮さん」
「ん?」
「先程も言った、腹を割って話がしたい……というの。約束して頂けますか」
「もちろん。俺達も、真衣さんの事はあ る 程 度 は信用してる」
「む」
俺の返しに、真衣さんは少しだけ頬を膨らませながらじとっとこちらを見る。
「まあほら。これからさらに信用に足るようになれば、ね」
「……あまり胸元と太ももを見ないで下さい、蹴りますよ」
彼女も湯呑みを一気に呷る。
「了解。それで、何から話せばいいかな」
「はい。その前にまずはそれに伴った……といいますか。ひとつお聞きしたいことが」
「聞きたいこと?」
「……ええ。…………先程の神 社 での件、なのですが」
その単語が出てきた時に、思わず俺も眉をしかめる。
そ れ は、俺の聞きたい事でもあった。
…………彼女の性格や立ち振る舞いを加味して考えても、あの異物に対してあまりにも冷静過ぎると感じていたからだ。
「今日はよく動いたね」
「はい、とても。それで、龍宮さん達はもしかして……あ あ い う の は──」
「俺からも。真衣さんはもしかして、あ あ い う の は──」
「──初めてじゃないですよね?」
「──初めてではないよね?」
互いの言葉は重なる。
それは、ただの確認作業でしかない。
一縷の必然はついにその本質を帯び、そしてこの場へ重く沈んでいく。
「…………」
「…………」
沈黙は続くが、交差する視線は一ミリもブレる事は無い。
……ひどく長さを感じたその数瞬は、真衣さんのふっと吐いた息で再び鼓動を開始した。
「やっぱり、そうだったんですね」
「そっちこそ。どうりで手馴れてた」
視線の先にいるトラさんの鼻を鳴らす音が聞こえる。彼もまた、同じ思惑を持っていたということ。
「でしたら話は早いです。……私が、島の開発を待ってほしい理由をお伝えします」
「うん、聞かせて」
ひとつ大きく深呼吸を束ねた真衣さんは……また新しい表情を見せる。
それは、懇願とも祈りとも取れる様な……そんな想いを携えたモノで。
「……沙華 が帰ってくるまで、島 を失くすわけにはいかないんです」
「だああッッ!!!!」
右手に固めた
分厚いタイヤでも殴り付けたかの様な感触の末に……その膜は均衡を破り、ついに風穴を空けるに至った。
腕を引き抜きながら蟷螂の姿を視界に収めようとして……
──それを横から強引に掴んだトラさんは奴を足蹴にしながら手にした蟷螂の腕を引っ張る…………いや、
思わぬ顛末へ驚愕の意を示すかのように蟷螂は上体をくねらせる。
……地面に伸びた幾本もの脚はじたばたと駆動を繰り返し、覚束無さを否応にも呈した。
「龍宮さん肩借ります」
その姿を収めていた真衣さんから声が掛かる。
「すぐ返してくれるなら」
「もちろん」
言葉の所以はすぐに理解させられた。
それを交わした後すぐに俺の背中と左肩に圧が加わり──
「大して重くないですよね」
「もちろん」
──真衣さんは、俺を土台に飛翔する。
重力に逆らい上へ上へと昇る彼女は右の足先を大きく真上に掲げて、止まる。
鈍く光る月を背負うその姿に……少しだけ美しさを感じた。
程なくして落下し始める彼女が臨む視線の先には、蟷螂の脳天が捉えられている。
目掛け振り下ろされる
「っっは……」
着地とともに息を吐く真衣さんは、再度前へ目を向ける。
俺とトラさんを含め三つの視線を浴びた首のない蟷螂は……糸の切れた操り人形の様に、ずしゃりとその場に伏せ。
……そのまま、形を失くしていく異物は夜の神社の風景へ溶けていくのだった。
────────────
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「──ええ、はい……そうです。今は手配して頂いた宿に、はい」
すっかり更けた夜は……緩やかな風を生み。
それを正面から受け止めている俺の手には携帯電話が握られている。
繋がっている先は社長。
定時報告の名目で交わす言葉はとても和やかなものであった。
「いえ、とんでもないです。はい……はい、トラさんにもフォローして頂いてるので。はい」
……しかし蟷螂を貫いた右手の感触は未だ拭えないまま。
乖離する
「わかりました、引き続き現調及び島の方々とのコミュニケーションに努めます」
よろしくねと耳に通った社長の声を最後に、やり取りは終わる。
そのまま携帯電話をポケットにしまい込み……踵を返した先に見える建物へ進む。
……玄関の観音扉を開けると、そこには腕を組んだままのトラさんが仁王立ちしていた。
「社長はなんか言ってたか?」
「いえ、別段。引き続きよろしくとの事で」
そっかと返したトラさんはそのまま背を向け、俺もそれに倣う。
履いていた靴を割り当てられたスペースに押し込み、木目調に囲まれた廊下に二つ足音が響く。
「……しっかし。ぶっちゃけ期待してなかったけど、割といいトコだな」
道中、トラさんは周りを仰ぎながらそう言う。
「ですね。古めかしくはありますが良く整備されています」
──異物との会合を果たした後。
元々聞かされていたこちらでの拠点……島の民宿に、俺達は案内されていた。
真衣さんとは一旦そこで解散し、また明日の仕事の際に……と申しを付け。
……ついに最後まで、あの蟷螂について言及を交わす事はなかった。
「メシもうめぇし風呂も広い、おまけに女将さんはハンパねぇ美人。……こりゃ、現地の人間じゃなくても惜しいな」
「それは、確かに」
トラさんが言う言葉には同意。
それでなくても……神社での一件を除けば今日一日を通してはじまりの島に対し、決してネガティブを感じる事は無かった。
「…………ま、とりあえずお前の部屋行こうぜ。色々話す事もあんだろ」
「……わかりました」
──程なくして、自分に割り当てられた部屋の前に辿り着く。
持たされた鍵を取り出し施錠を解き、少しだけ重みのある引き戸をスライドさせた。
そのままの動作で脇にある照明のスイッチを入れようとしたが、俺の手はそこで止まる。
…………退出の際に消したはずの明かりが、灯されていたからだ。
次いで、耳に入った音は
「あ、お疲れ様です」
そこには、居間にある備え付けの座椅子に座りながら煎餅をばりぼりと咀嚼している真衣さんがいたのだった。
「え」
「は?」
……俺とトラさんの頭上には、同時にクエスチョンが浮上する。
「扉、とりあえず閉めてもらえませんか。
そんな俺達を他所に片手をひらひらと振りながらやんわりと講義をする彼女に、俺達は渋々と従うしかなかった。
────────────
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「先に言ってくれれば良かったのに」
「何がですか?」
「
「ん」
俺に視線を一度合わせた真衣さんは、再びそれを手元に戻す。
自分の分を含め三つ、慣れた手つきで急須から湯呑みへ湯気の上がる茶を注いでいく。
「特に必要性を感じなくて」
言いながら真衣さんは腰を下ろす。
俺とトラさん、そして真衣さんは大きめの座卓を囲み顔を突き合わせた。
「いやつーかどうやってこの部屋に? 龍宮、鍵掛けてたんだろ」
「ああ、マスターキーがありますので」
トラさんに返す真衣さんが無表情のまま片手にちらりと覗かせたのは、俺の持つ鍵と同じ部屋番のものだった。
「おっま……なんちゃら乱用だぞおい。俺らのプライバシーがよぉ?」
「不躾なのは承知しています。それとも……男二人同じ部屋の中、夜も更けたこの
はっ、と。
大袈裟に口元に手を当てながら彼女は言う。対すトラさんは大きく溜息をつきながら湯呑みを一口呷った。
「何、真衣ちゃんそういうの好きなの」
「いえ、全く」
そしてトラさんは熱々の茶を一気に飲み干した。
「っってかよ、それ以前に大丈夫なのかよ」
「大丈夫とは?」
「いや、そのまま返すと成人男性二人と同じ部屋の中、夜も更けたこのいとまに……なあ? 龍宮」
「えっ」
ちびちびと茶を嗜んでいた俺に、突然の振りは器官を叩く。
僅かに咽る俺に、真衣さんは脇にあったティッシュを差し出してくれる。
…………その視界に収まるのは。
タンクトップとショートパンツに身を包んだ、先程までの固い印象からはかけ離れた姿の彼女。
晒す肌色は、その布面積よりも多いのではと感じてしまう程。
否応にも僅かばかりの扇情を──
「どうしました龍宮さん」
「いや、別に。ただトラさんの言う通り、部屋に入れる入れない以前に良くはないと思うよ。自分の家だっていうなら、なおさら」
室内着の襟元を正しながら彼女へ向き直る。
……俺もトラさんに倣い、茶を飲み干した。
「……大丈夫ですよ。今日一日お二人と行動を共にして、ある程度は信用に足ると感じていますので」
「ありがたい言葉だけれども」
「それに私、足癖悪いですから」
座ったままの体勢で片足をぴんと伸ばしてみせる。
「んん……でも、ちょっとトラさんと仕事の話もしなくちゃいけないから、そういう意味でも──」
「──そうそう、そうなんですよ」
そこで真衣さんは俺の言葉を遮る。
同時に、自身が身に付けていたタンクトップの肩紐をするりと下ろしていった。
「今この場で私が大声を上げでもしたら、貴方達はどうなりますかね。…………
茶で火照ったはずの体は、一瞬で凍る。
それはトラさんも同じの様で……大きく目を見開いて彼女を収めていた。
「だから……龍宮さん、虎太郎さん。私も
「…………脅迫でもしてんのか、俺らに」
ドスの効いた声で応を灯すトラさんに、真衣さんは表情を変えず対す。
「まさか。……
そう言いながら、真衣さんは着衣を正す。
そして男達の空いた湯呑みに再び茶を投入していくのだった。
こ、こ、と。
壁に掛けられた時計が秒針を刻み続ける。
「…………真衣さん、言い分はわかったよ。それで、話っていうのは?」
「……端的に言います。
彼女は初めて、その表情を少しだけ強ばらせる。
真一文字に引かれた唇は、真衣さんにとってその言葉は確かな意思であると主張している様な印象すら受けた。
「……それは──」
「──わかっています。お二人をどうこうしたところで、それが適うかと言われればまた違うのでしょう……」
「…………真衣ちゃんさ」
「……はい?」
再度注がれた茶をまた一口通したあと、トラさんが口を開いた。
……その瞳に、一抹の鋭さを灯して。
「俺らもさ、ガキの使いじゃねえんだわ。……あったけぇメシ食う為、仲間に恥かかせねぇ為、背負った会社の為、家族の為にココに来てんの」
「…………」
「だから俺らは何としてもこの
「理解は、しているつもりです」
静かな剣幕に真正面から真衣さんは居直る。
そしてトラさんは、その視線を俺に移した。
「だから……あーもうわかんね、龍宮パス」
「わかりました」
そのまま立ち上がり、
俺は真衣さんに向き直った。
「だから、教えてほしい。開発を待ってほしいと思う理由を。元々真衣さん達島民の皆との円滑なコミュニケーションこそが俺達の仕事のメインでもある。……正直なところ、
「……なるほど」
「それを解消する為なら、協力は惜しまない。良ければ話してくれないかな」
「…………」
俺達の言葉を受けた彼女は、そこでようやく湯呑みを傾ける。
……そして一息をつき、改めて俺に視線を合わせた。
「…………龍宮さん」
「ん?」
「先程も言った、腹を割って話がしたい……というの。約束して頂けますか」
「もちろん。俺達も、真衣さんの事は
「む」
俺の返しに、真衣さんは少しだけ頬を膨らませながらじとっとこちらを見る。
「まあほら。これからさらに信用に足るようになれば、ね」
「……あまり胸元と太ももを見ないで下さい、蹴りますよ」
彼女も湯呑みを一気に呷る。
「了解。それで、何から話せばいいかな」
「はい。その前にまずはそれに伴った……といいますか。ひとつお聞きしたいことが」
「聞きたいこと?」
「……ええ。…………先程の
その単語が出てきた時に、思わず俺も眉をしかめる。
…………彼女の性格や立ち振る舞いを加味して考えても、あの異物に対してあまりにも冷静過ぎると感じていたからだ。
「今日はよく動いたね」
「はい、とても。それで、龍宮さん達はもしかして……
「俺からも。真衣さんはもしかして、
「──初めてじゃないですよね?」
「──初めてではないよね?」
互いの言葉は重なる。
それは、ただの確認作業でしかない。
一縷の必然はついにその本質を帯び、そしてこの場へ重く沈んでいく。
「…………」
「…………」
沈黙は続くが、交差する視線は一ミリもブレる事は無い。
……ひどく長さを感じたその数瞬は、真衣さんのふっと吐いた息で再び鼓動を開始した。
「やっぱり、そうだったんですね」
「そっちこそ。どうりで手馴れてた」
視線の先にいるトラさんの鼻を鳴らす音が聞こえる。彼もまた、同じ思惑を持っていたということ。
「でしたら話は早いです。……私が、島の開発を待ってほしい理由をお伝えします」
「うん、聞かせて」
ひとつ大きく深呼吸を束ねた真衣さんは……また新しい表情を見せる。
それは、懇願とも祈りとも取れる様な……そんな想いを携えたモノで。
「……