【Tー⑦】顧みた地平の内へ
文字数 4,107文字
「ぐごおぉぉぉん…………っっ」
突飛な音が繰り返し耳に響く。
……いや、振り向くまでも無い。
それは後部座席で器用に体を折り曲げ横になっているトラさんから発せられるモノだった。
「よく寝てるね」
「ええ、全く」
対し。
助手席に座っている俺と……ハンドルを握る先 輩 は、僅かばかりの苦笑を浮かべた。
「龍宮君も気にせず寝ててもいいよ」
「とんでもないです、大丈夫ですよ」
……勧められた提案は、自分の身ではそう易々とは受け取る事はできない。
──トラさんと共に猿 との対峙を交わしたあの日から、一週間が経った。
社長の言いつけ通り、件の現場仕事を終わらせた後は出張の準備へあて……ついに今日を迎えた。
行き先である始まりの島は陸路が続かない場所であった為、事前に社長が手配してくれていた船での出向となる。
そして当日に向け、フェリー乗り場までの足をどうするかトラさんと話し合っていた最中……
……その日は休みだからと、ドライバーを買って出てくれたのがこの先輩だった。
「……しかし、社長も人が悪いね。朝イチのフェリーじゃ、あっちを出るのが早朝になるし眠くなるのも当然だよ」
「はは、島 で現地の方と落ち合う時間を早くし過ぎたみたいで。スマンと言われましたよ」
「ん、そっか。……龍宮君は朝強い方?」
「特別強いっていう程でも無いですが、おかげさまでなんとか無遅刻ではいけてます。先輩はどうです?」
「僕も……そうだね。そこまで強い方じゃ無かったんだけど」
そう言いながら、先輩は少しだけ瞼を細め。
「……今は奥さんが起こしてくれるから、さ」
ぽつりと、それだけを呟く。
……左手の薬指に光る指輪が、朝日を受けて淡く灯った様な気がした。
「なるほど、そうでしたね」
同時に、その表情に少しだけは に か み が浮かんだところで。
……数ヶ月前に、先輩が入籍したという知らせを聞いた事を思い出した。
彼は、今の仕事に従事するにあたって俺と同じく……全くのゼロからのスタートだったという。
親近感……と言っては失礼かもしれないが。
トラさんと同じく、より尊敬する先輩として自分の中に存在していた。
……その事もあり。
先輩の吉報は、とても喜ばしい事であった。
何より、やり取りを交わしていて。
別段言葉数が多い人では決して無いが。
……なんとなく。
…………なんとなくた だ 話 し て い る だ け なのに、とても心地良い人でもあった。
「ごめん、惚気けるつもりじゃ」
「いえいえ、貴重な先輩の話です。ご指導ご鞭撻、是非よろしくお願いします」
「んん……そう畏まられると」
「失礼しました」
「最後は愛だよ」
「あ、教えてくれるんですね」
……などと。
俺の様な目下の者にも分け隔てなく接してくれる。
入籍をしてから、より物腰に余裕が出てきた様な……見習わなくては。
「…………ん」
互いに他愛の無い会話を交わすうち、フロントガラスを臨む先輩の視線がさらに遠くを見据えた。
「見えてきたね、あそこだよ」
「あ……ですね」
指された方へ目をやると。
停泊場に着けられた大きなフェリーが、無数のコンテナやトラックの隙間からその姿を覗かせていた。
「そろそろトラさん起こそうか」
「……朝イチでさっそく大仕事ですね」
「違いない」
……少しだけ漏れた笑みは、先輩の鼻から抜け。
それを後目に、俺は後部座席のトラさんの体を揺さぶった。
────────────
──────
───
「わざわざサンキュな、気ぃ付けて帰れよ 」
「とんでもない。二人もお気を付けて」
「俺らがいない間、会社 を頼む」
「了解です、任せておいて下さい」
……船着場の近く。
先輩は路肩に車を停め、俺達は下車する。
そして頬にシートの跡を付けたままのトラさんと先輩が、言葉を交わしていた。
「龍宮君も、しっかり勉強しておいで」
「はい、ありがとうございます。先輩に成長した姿を見せられる様、努力します」
「だーいじょぶだって、俺がついてら」
先輩の激励に合わせ、トラさんが肩を回してくる。
……頬にシートの跡を付けたまま。
「……あ、トラさん。そろそろ行きましょう、送ってもらっといて乗り過ごすのはさすがに」
「お、もうそんなアレか。……じゃ、そろそろ行くわ」
互いに荷物が入ったバッグを背負い直し、運転席の先輩へ向き直った。
先輩も、こちらへ笑顔を浮かべながら呟く。
「……色々あると思いますが、頑張って。応援しています」
「おう、ホントありがとな。嫁さんにもよろしく言っといてくれ」
「先輩ありがとうございました、行ってきます」
俺とトラさんの言葉を受けた先輩は手を掲げ応じ、再度車からエンジン音を吹かせ……来た道へと発進していった。
「……っし、んじゃ行くか」
「はい」
先輩の車が完全に見えなくなったところで、トラさんと共にフェリー乗り場へ歩を向けた。
「チケットとかはあんの?」
「はい、社長に二人分持たされてますよ」
「あれ、俺聞いてない」
「ノーコメントです」
コノヤロウと口走るトラさんから逃げるように、早足で乗り場のカウンターへ足を進める。
肌を差していた朝日は屋根に遮られ、その姿を失くす。
……受付にはそれなりに人だかりが出来ており、利用客の多さが目に付いた。
「俺らが乗るヤツは?」
「あっちみたいですよ」
言われ、島 行きのフェリーに対応した受付へ目を向けると。
他の行先へ臨む人だかりは、そこだけぽつりと穴が空いたように誰も居なく。
──それに乗船するのは……俺達だけだった。
────────────
──────
───
……朝日は少しだけ上り詰め。
頬に触れる風は、僅かに潮の香りがする。
船首が波を引き裂く音だけが木霊し、それに合わせゆらゆらと揺れる船体に合わせ。
俺は、デッキから流れ往く地平線を見詰めていた。
「なに黄昏てんだ」
後ろから声が通り、そちらへ振り向く。
いつの間にか着替えたのか、俺と同じく背広姿のトラさんがそこにいた。
「珍しいですね」
「スーツ か? ホントは嫌だけどな。……一応社名背負ってるし、お前にも恥かかせらんねーしな」
「ありがとうございます」
「いいんだよ、どっしり構えとけ」
……どちらかというと、ヒットマン。
言葉に出す事は無いそんな印象を覚えたところで、トラさんはデッキの手すりに腰を預けた。
「ま、とりあえず呑 れよ」
そのままトラさんは一本の缶をこちらへ示す。
良く冷えた、ノンアルコールのビールだった。
「わざわざすいません、頂きます」
「まだ向こうまでしばらくかかるってよ。時間潰しとこうぜ」
その言葉を皮切りにし、互いに缶を開ける。
吹き出す泡が零れないよう口で迎え、一口ごくりと喉を鳴らした。
「ふう……。しばらくかかるのなら、もう少し寝てますか?」
「いや、いい」
「そうですか」
「ア イ ツ が安全運転だったからな、よく寝れたわ」
そして二口目を呷る。
……互いの目線は、再度地平線へと移った。
「……お前さ」
「はい?」
「ウチで働き始めて何年だっけか?」
「えっ……と。確か、七年ほどになります」
「そっか。ま、ようやく中堅ってトコか」
「そんな、とんでもないです」
「謙遜すんな、よくやってるよお前は」
「……ありがとうございます」
トラさんは、缶の残りを全て飲み干す。
そして空になったそれを手で弄びながら、静かに続けた。
「……最初は、道具の名前覚えるところからだったのにな」
「お恥ずかしい限りで」
「…………」
「…………」
俺もそこで残ったビールを飲み干す。
同時に、トラさんは地平線から視線を外し呟いた。
「龍宮」
「はい?」
「……答えたくなきゃ構わねぇ、忘れろ。俺も二度と聞かない」
そして、彼は両の手で空き缶を潰しながら。
真っ直ぐにこちらを見据え──
「お前は……ど こ から来たんだ?」
──ぽつりと、そう発した。
「……それは」
「あーさっき言った事忘れんなよ、答えたくなきゃ別にいいんだ。自分 にとって面倒な昔話抱えながら働いてるヤツなんざ、ウチにもごまんといるんだからよ」
そう言い、トラさんは合わせていた視線を再度海の彼方へ投げた。
…………俺はど こ から来たのか。
そう銘打たれた彼の疑問は、俺の中へ深く突き刺さる。
答 え な く て も い い という予防線を張ってくれたトラさんに、感謝の意さえ覚えた。
俺にとってのこ こ は、ようやく辿り着いた安住の地でもあり……。
それを崩してしまう様な要素は、なるべくであれば払拭したくもあった。
ただ……手に入れた日常とは程遠い──あ の 日 のトラさんの変貌や、多数の異物との対峙。
それらを、俺はヤマト を用いて対応してきたのだ。
……何より、もはやトラさんにもオドが発現している。
────彼には、話しておくべきなのかもしれない。
「…………トラさん」
「ん……?」
「ゲームとかやる方ですか?」
「なんだいきなり。……まあ割と、スマホゲーくらいなら」
「充分です」
「どした」
「……お話します」
「…………いいのか?」
「はい、業務命令なので」
「お前な」
少しだけ苦笑を浮かべながら、トラさんは煙草と携帯灰皿を取り出した。
俺は彼の咥えた煙草の先端に、指先から生じさせたヤマトで火を灯した。
「乗客が自分達だけで良かったです」
「もう慣れたもんだ」
「トラさんもですけどね」
「まあな」
……そして、波と共に揺れる風が紫煙を過ぎらせたところで。
俺は、トラさんに紡ぐ。
「…………自分は、元々こ こ の人間ではありません」
彼は再度大きく煙を吐き出す。
それは、俺の言葉が彼へ届いた証なのだと感じる。
「…………ま、そのくらいは覚悟してたよ。レベル的にはとんでもねえ外国ってなもんだろ」
「……ありがとうございます」
「どうせならガンガン聞かせろ、時間はあんだ」
「了解しました」
俺もそこで一本煙草を取り出す。
今度はトラさんが、咥えたそれに火を灯してくれた。
ひとつ息を吐き出し。
彼の紫煙と混ざったそれは広がる景色を一瞬歪め、すぐに風に流された。
──俺は、トラさんへ綴る。
歪な【そら】に覆われた、あの世界で。
マ ナ と オ ド の 発 祥 地 とされていた場所で暮らしていた事。
そして。
龍族 の末裔として、その場所を守り続けていた事を────
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突飛な音が繰り返し耳に響く。
……いや、振り向くまでも無い。
それは後部座席で器用に体を折り曲げ横になっているトラさんから発せられるモノだった。
「よく寝てるね」
「ええ、全く」
対し。
助手席に座っている俺と……ハンドルを握る
「龍宮君も気にせず寝ててもいいよ」
「とんでもないです、大丈夫ですよ」
……勧められた提案は、自分の身ではそう易々とは受け取る事はできない。
──トラさんと共に
社長の言いつけ通り、件の現場仕事を終わらせた後は出張の準備へあて……ついに今日を迎えた。
行き先である始まりの島は陸路が続かない場所であった為、事前に社長が手配してくれていた船での出向となる。
そして当日に向け、フェリー乗り場までの足をどうするかトラさんと話し合っていた最中……
……その日は休みだからと、ドライバーを買って出てくれたのがこの先輩だった。
「……しかし、社長も人が悪いね。朝イチのフェリーじゃ、あっちを出るのが早朝になるし眠くなるのも当然だよ」
「はは、
「ん、そっか。……龍宮君は朝強い方?」
「特別強いっていう程でも無いですが、おかげさまでなんとか無遅刻ではいけてます。先輩はどうです?」
「僕も……そうだね。そこまで強い方じゃ無かったんだけど」
そう言いながら、先輩は少しだけ瞼を細め。
「……今は奥さんが起こしてくれるから、さ」
ぽつりと、それだけを呟く。
……左手の薬指に光る指輪が、朝日を受けて淡く灯った様な気がした。
「なるほど、そうでしたね」
同時に、その表情に少しだけ
……数ヶ月前に、先輩が入籍したという知らせを聞いた事を思い出した。
彼は、今の仕事に従事するにあたって俺と同じく……全くのゼロからのスタートだったという。
親近感……と言っては失礼かもしれないが。
トラさんと同じく、より尊敬する先輩として自分の中に存在していた。
……その事もあり。
先輩の吉報は、とても喜ばしい事であった。
何より、やり取りを交わしていて。
別段言葉数が多い人では決して無いが。
……なんとなく。
…………なんとなく
「ごめん、惚気けるつもりじゃ」
「いえいえ、貴重な先輩の話です。ご指導ご鞭撻、是非よろしくお願いします」
「んん……そう畏まられると」
「失礼しました」
「最後は愛だよ」
「あ、教えてくれるんですね」
……などと。
俺の様な目下の者にも分け隔てなく接してくれる。
入籍をしてから、より物腰に余裕が出てきた様な……見習わなくては。
「…………ん」
互いに他愛の無い会話を交わすうち、フロントガラスを臨む先輩の視線がさらに遠くを見据えた。
「見えてきたね、あそこだよ」
「あ……ですね」
指された方へ目をやると。
停泊場に着けられた大きなフェリーが、無数のコンテナやトラックの隙間からその姿を覗かせていた。
「そろそろトラさん起こそうか」
「……朝イチでさっそく大仕事ですね」
「違いない」
……少しだけ漏れた笑みは、先輩の鼻から抜け。
それを後目に、俺は後部座席のトラさんの体を揺さぶった。
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「わざわざサンキュな、気ぃ付けて帰れよ 」
「とんでもない。二人もお気を付けて」
「俺らがいない間、
「了解です、任せておいて下さい」
……船着場の近く。
先輩は路肩に車を停め、俺達は下車する。
そして頬にシートの跡を付けたままのトラさんと先輩が、言葉を交わしていた。
「龍宮君も、しっかり勉強しておいで」
「はい、ありがとうございます。先輩に成長した姿を見せられる様、努力します」
「だーいじょぶだって、俺がついてら」
先輩の激励に合わせ、トラさんが肩を回してくる。
……頬にシートの跡を付けたまま。
「……あ、トラさん。そろそろ行きましょう、送ってもらっといて乗り過ごすのはさすがに」
「お、もうそんなアレか。……じゃ、そろそろ行くわ」
互いに荷物が入ったバッグを背負い直し、運転席の先輩へ向き直った。
先輩も、こちらへ笑顔を浮かべながら呟く。
「……色々あると思いますが、頑張って。応援しています」
「おう、ホントありがとな。嫁さんにもよろしく言っといてくれ」
「先輩ありがとうございました、行ってきます」
俺とトラさんの言葉を受けた先輩は手を掲げ応じ、再度車からエンジン音を吹かせ……来た道へと発進していった。
「……っし、んじゃ行くか」
「はい」
先輩の車が完全に見えなくなったところで、トラさんと共にフェリー乗り場へ歩を向けた。
「チケットとかはあんの?」
「はい、社長に二人分持たされてますよ」
「あれ、俺聞いてない」
「ノーコメントです」
コノヤロウと口走るトラさんから逃げるように、早足で乗り場のカウンターへ足を進める。
肌を差していた朝日は屋根に遮られ、その姿を失くす。
……受付にはそれなりに人だかりが出来ており、利用客の多さが目に付いた。
「俺らが乗るヤツは?」
「あっちみたいですよ」
言われ、
他の行先へ臨む人だかりは、そこだけぽつりと穴が空いたように誰も居なく。
──それに乗船するのは……俺達だけだった。
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……朝日は少しだけ上り詰め。
頬に触れる風は、僅かに潮の香りがする。
船首が波を引き裂く音だけが木霊し、それに合わせゆらゆらと揺れる船体に合わせ。
俺は、デッキから流れ往く地平線を見詰めていた。
「なに黄昏てんだ」
後ろから声が通り、そちらへ振り向く。
いつの間にか着替えたのか、俺と同じく背広姿のトラさんがそこにいた。
「珍しいですね」
「
「ありがとうございます」
「いいんだよ、どっしり構えとけ」
……どちらかというと、ヒットマン。
言葉に出す事は無いそんな印象を覚えたところで、トラさんはデッキの手すりに腰を預けた。
「ま、とりあえず
そのままトラさんは一本の缶をこちらへ示す。
良く冷えた、ノンアルコールのビールだった。
「わざわざすいません、頂きます」
「まだ向こうまでしばらくかかるってよ。時間潰しとこうぜ」
その言葉を皮切りにし、互いに缶を開ける。
吹き出す泡が零れないよう口で迎え、一口ごくりと喉を鳴らした。
「ふう……。しばらくかかるのなら、もう少し寝てますか?」
「いや、いい」
「そうですか」
「
そして二口目を呷る。
……互いの目線は、再度地平線へと移った。
「……お前さ」
「はい?」
「ウチで働き始めて何年だっけか?」
「えっ……と。確か、七年ほどになります」
「そっか。ま、ようやく中堅ってトコか」
「そんな、とんでもないです」
「謙遜すんな、よくやってるよお前は」
「……ありがとうございます」
トラさんは、缶の残りを全て飲み干す。
そして空になったそれを手で弄びながら、静かに続けた。
「……最初は、道具の名前覚えるところからだったのにな」
「お恥ずかしい限りで」
「…………」
「…………」
俺もそこで残ったビールを飲み干す。
同時に、トラさんは地平線から視線を外し呟いた。
「龍宮」
「はい?」
「……答えたくなきゃ構わねぇ、忘れろ。俺も二度と聞かない」
そして、彼は両の手で空き缶を潰しながら。
真っ直ぐにこちらを見据え──
「お前は……
──ぽつりと、そう発した。
「……それは」
「あーさっき言った事忘れんなよ、答えたくなきゃ別にいいんだ。
そう言い、トラさんは合わせていた視線を再度海の彼方へ投げた。
…………俺は
そう銘打たれた彼の疑問は、俺の中へ深く突き刺さる。
俺にとっての
それを崩してしまう様な要素は、なるべくであれば払拭したくもあった。
ただ……手に入れた日常とは程遠い──
それらを、俺は
……何より、もはやトラさんにもオドが発現している。
────彼には、話しておくべきなのかもしれない。
「…………トラさん」
「ん……?」
「ゲームとかやる方ですか?」
「なんだいきなり。……まあ割と、スマホゲーくらいなら」
「充分です」
「どした」
「……お話します」
「…………いいのか?」
「はい、業務命令なので」
「お前な」
少しだけ苦笑を浮かべながら、トラさんは煙草と携帯灰皿を取り出した。
俺は彼の咥えた煙草の先端に、指先から生じさせたヤマトで火を灯した。
「乗客が自分達だけで良かったです」
「もう慣れたもんだ」
「トラさんもですけどね」
「まあな」
……そして、波と共に揺れる風が紫煙を過ぎらせたところで。
俺は、トラさんに紡ぐ。
「…………自分は、元々
彼は再度大きく煙を吐き出す。
それは、俺の言葉が彼へ届いた証なのだと感じる。
「…………ま、そのくらいは覚悟してたよ。レベル的にはとんでもねえ外国ってなもんだろ」
「……ありがとうございます」
「どうせならガンガン聞かせろ、時間はあんだ」
「了解しました」
俺もそこで一本煙草を取り出す。
今度はトラさんが、咥えたそれに火を灯してくれた。
ひとつ息を吐き出し。
彼の紫煙と混ざったそれは広がる景色を一瞬歪め、すぐに風に流された。
──俺は、トラさんへ綴る。
歪な【そら】に覆われた、あの世界で。
そして。
────────────
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